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新清士

ゲームジャーナリスト。1970年生まれ。慶應義塾大学商学部及び環境情報学部卒。国際ゲーム開発者協会日本(IGDA日本)代表。立命館大学映像学部非常勤講師。著書に、『「侍」はこうして作られた』(新紀元社)。

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「PlayStation Vita」から見えるソニーグループの混乱(下)

 「PlayStation Vita」は優れた面と、その優れたものをトータルでは混乱させる側面を持っている。


 スペックは、現時点での生産できる最高のARMチップセットを無理して搭載している。

 

 しかし、VITA OSという独自OSとAndroid OS(PlayStation Suite)の両方を搭載。Android OSだけに絞るという案もあったようだが、すでに開発していた独自OSを切るという判断が結局出来なかったのだろう。

 

 さらに、「PS Vitaカード」によってパッケージゲームとネット流通のシステムを併存。現状の装着率は1.34と極端には低くはない。しかし、数年以内には、ネット流通が中心になる可能性が高いにも関わらずだ。

 

 これも、当初のプランでは、ネット流通だけに絞るという案もあったようだ。ただ、09年のPSP goの失敗もあり、結局、小売店への配慮が成されるという結果になった。これは、中間マージンを発生させ続けることになるため、ゲームの販売価格を、大胆に引き下げてユーザーを引きつけることが難しい。

 

 PS Vitaは性能が高いため、嫌でも開発コストは上昇するが、それらのコストを吸収するためには、ネット流通にシフトしていくことを迫られるだろう。ただ、今後どの時期に切り替えるのかも、明白ではない。当然、緩やかな移行を狙っていると思えるが、こうした移行は、他企業のビジネスモデルに取って代わられて、期待通りに行かないことが多い。

 

 また、3G回線に対応したというのが大きな売りであったはずだが、肝心のNTTドコモとの提携した価格体系は、通常のタブレットPCと同じ設定であるため、ユーザーには何の利便性もない。電話もできない、ブラウザも遅い、電子書籍を読むには画面サイズが適切でない。そうしたハードに、喜んで3Gの契約を行う人は、将来的にも限られるだろう。

 

 アマゾンの書籍販売価格の中に3G回線の接続費用は織り込んでしまうKindleのような大胆なビジネスモデルはなく、通信面でのインパクトは皆無。そのため、価格の安いWi-Fiモデルもよく売れるという結果になり、本来の目玉機能は無意味化しつつある。

 

 また、タッチパネルを搭載しているものの、そのインターフェイスは、ほかのソニー製品にまったくない新しい概念で作られたものだ。PS3やソニーのアンドロイド端末Xperiaといったほかのハードウェアに拡張されるという計画もあるように見えない。ソニー製品全体での首尾一貫性がない状態だ。これはグーグルTVなどとのインターフェイスとも対立するため、ソニーグループの中には、製品ごとにインターフェイスがある状態になっている。

 

 また、物理メモリーカードを使えるが、一般に普及しているMicro SDといったものではなく、負けが確定しているソニー仕様のものしか使えない。もちろん、読み出し書き込み速度が速く、コピーを防止するという目的はあるあるもの、ユーザーの最初の購買時のコストを膨らませる要因になっている。北米のメディアは、本体以外に隠れたこのコストを負担しなければならないことに批判が集中している。ソニー内部でさえ、デジカメ等にMicro SDを使っているケースも増加しているにも関わらずだ。

 

 

Copyright 2012 Sony Corporation

 

 つまり、個別のスペックには見るべき点がありながら、独自仕様と、さらにソニーグループ内での共通化さえ行われていないために、コストを下げるための選択肢が少ない。性能がいい部分とコストを膨らませる部分とが混ざる、きわめてアンバランスな状態が潜んでいると言える。

 

 スペックはスマートフォンの性能に近く、開発は行いやすいが、数多くの独自仕様を入れ込んだことで、販売台数が増加しない期間も、OSそのもののメンテナンスコストがかかる。加えて、部品点数を減らせないためにハードウェアの価格を容易に下げられないといった、課題を今後とも抱え込んでしまうことが予想できる。

 

 これは、日本軍が、海軍では「ゼロ戦」、「大和」、陸軍でさえ「隼」といった優れた先端的な技術を生み出しながら、全体の統合的な戦略の中に組み込めなかったのとよく似ている。(例えば、陸軍の歩兵の銃器は明治時代に設定されたもののまま太平洋戦争を戦うという、武器のアンバランス性が存在していた)

 

 このばらつきは、ソニーという企業に、PS Vitaをグループ全体のなかにどう位置づけるかといった統合的な戦略がないまま、様々な現場からの意見を調整して結局折衷案を選ばざる得なかったことが推測できる。

 

 

 PS VitaはアップルやAndroidを追うように、「PlayStation Suite」を通じてオープンプラットフォーム戦略も行うことも、昨年1月に発表が華々しく行われている。しかし、それは遅れに遅れた。クローズドベータの発表が行われたのは10月。また、一部のユーザーから公開が始まったのは11月からだ。しかも現状では、PS Vita上では走らせることが出来ず、ソニー製のAndroid端末でしか動かない状態だ。

 

 とはいえ、この部署が個別にがんばっていることは、10月のアメリカで行った発表をニコニコ動画に配信するといった、変わったことをやろうとしている努力を見れば感じられる。

 

 しかし、会社内での立場の弱さはホームページを見れば歴然だ。

 

 「Developer Program for PlayStation Suite」のページは現状2ページしかない。驚くべきことにニコニコ動画へのリンクさえない。そのため、まともな広報ラインに乗せられている印象はしない。

  

 

Copyright 2012 Sony Corporation


 さらに、驚かされるのは、販売方法や、開発者への収益の配分比率など、ビジネスモデルの根幹である部分が「現在のところは未定」とFAQに平気で書かれている点だ。

 

 オープンプラットフォームビジネスを展開する上では、ビジネスモデルの設計が最も重要であり、技術的な先行性、言い換えれば、スペックは決め手にならない。裏を返せば、このプロジェクトは、技術者主導で進んでおり、営業的にきちんとした戦略を持たずに進んでいることが読み取れる。

 

 過去、ソニーは、ゲーム機の分野で、オープンプラットフォーム戦略をとる仕草をしてきている。PS2、PSP、PS3ともLinuxの搭載を認めるそぶりを見せながら、結局はまともなサポートを行わず、また、閉じてしまったケースも少なくない。それは、何度もハッキングコミュニティを失望させている。特に、02年のPS2 Linuxの時代には、アップルやグーグルよりも早かった。しかし、その部署が、社内政治で勝てなかったのだろう。

 

 

 これは、昨年、5月のPS3をハッキングしたジョージ・ホッツを裁判で訴えた後に、ハッカーコミュニティごと裁判に巻き込み、「プレイステーションネットワーク」アカウント流出事件にまで発展しているケースも同様だ。

 

 これは、社内で適切な情報共有がなされていない典型例だ。社内にハッキングコミュニティに通じているプログラマーがいないはずはなく、そうした人物からの情報を上層部にあげるルートが存在しないと考えられる。そのため、グループ内の潜在的な優秀な人的リソースを生かし切れていないと思われる。これは混乱した日本企業によく見られる現象で、混乱度合いが進むにつれて、現場からの情報を上げていくルートが消えていく。

 

 そのため、PS Vitaへの、ソニーの戦略の曖昧さは拭うことができず、何が戦略的なゴールなのかが見えにくい。現状は厳しく、今後もこの状態は少なくとも短期間に、簡単に改善できると想定することは難しい。


 

 こういう場合は企業の活動はどうなるかというと、現場の人間に極端なまでの無理を強いることになる。そして、戦略が混乱して、統合できる存在がいないために、状況を一気に変えてくれる「神風」待ちになる。

 

 「プレイステーション・ポータブル」の場合は、「モンスターハンターポータブル」(カプコン)が神風になった。神風が吹くと、抱えている問題を何となく忘れてしまい、根本的な戦略に修正が掛からないのも日本の組織の特性でもある。一方で、欧米ではPSPに対して、神風が吹かなかったために、欧米企業もユーザーも現時点では期待値が低いという違いが生まれている。

 

 もちろん、PS Vitaは残っている数少ない日本製のプラットフォームとなるポータブル機だ。厳しい状況にあっても、成功してほしいと願っている。しかし、製品は発売され、簡単な戦略変更はもう難しい。ただ、今を乗り越えられる中長期的名戦略があり得るのかは、私なりに(上)にまとめたつもりだ。

2012年3月6日 11:49

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