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  とある主従の攻防戦 作者:七誌
悟   前編
 高杉悟は目覚めを迎えつつあった。
 頭はちょっとばかり痛むが、ひどく気持ちの良い何かを抱いている。
 あったかくて柔らかい。
 こんな抱き枕持っていたかななど思いつつ、それにきゅっと力を入れた。
 横向きになって抱いているそれは、腹部から足の前面にまで温もりを伝えている。

 やばい、気持ちよすぎるだろ。これ。

 しかも音声機能付きなのか、近いところから呼ばれている気がする。
「……様。若旦那様。起きて下さい」
 うわあ、この声真由にそっくりだ。なんて素晴らしいんだ。
 これを開発した人は天才だろうなどど思いつつ、にやけながら再度夢の世界に陥りそうになった悟の耳には。

「いい加減起きて下さい、若旦那様」
 地を這うような、低い低い起床を促す声が聞こえた。
 どすの利いたその声にようやく目を開いて見たものは。
 腕の中に後ろから抱き込まれながら、首だけをめぐらして冷たい眼差しで見つめる真由本人だった。
「……え?」
「さっさと起きて、この手を離してください。若旦那様」
 我が家の使用人の、いや昨日でその職を辞したはずの若宮真由が、どうして一緒に寝ている?
 しかも二人とも裸だ。
 事情を飲み込めずにしかし、腕の中の異性に固まってしまっている悟をねめつけ、真由は拘束するかのように腰に回されていた腕をはずし、思いっきりベッドの端に寄った。
「さて、若旦那様。覚えておいででしょうか」
 首だけを掛け布団からだした状態で真由が問いかける。なまじ整った顔だけに静かに怒っている様子がとてつもなく恐ろしい。
 悟は訳が分からないながらも、ごくり、と唾を飲み込んだ。

「ええと、確か昨夜は真由が辞職する慰労会で、本来なら親が同席するはずだったのが急用が入ってしまって、俺が代わりに」
「そうです。ここでの最後の夜だからと恐れ多くも使用人の私を同席させてくださって、夕食を一緒にとりました」
 思い出した。
 真由と二人で、料理人が真由のためにといつにも増して腕を振るった美味しい料理を食べた。すごく楽しくて料理も美味しくて、色々話をしているうちにあっという間に時間が過ぎたのは覚えている。
「うん、あれは美味しかった。俺一人の食事とえらく違った気が、じゃなくって」

 食事の後どうしたか? 

 普通ならそれでお開きのはずだが真由がいなくなってしまうのが寂しくて……
「確か、俺の部屋で軽く飲もうって」
 そこまで言って、悟は真由の周囲の温度が下がった気がした。真由はうっすら笑ってはいるけど目が、目が笑っていない。
 ――すごく、怖い。美人が怒ると本当に怖い。
「軽く、そう、あれが若旦那様の軽くなのですね。お止めしたのにボトルを二本空けられて、泣くは絡むは、あげくの果てに『これでどこにも行けないだろう』と」
 そこまで言って真由はベッドの向こうを指差した。それを追っていくと床に散乱する真由と悟の服があった。
 しかも真由のはボタンが引きちぎられたり、生地が破れていたり。これはもしや……
 ぎぎぎ、と音がしそうな気になりながら悟は真由のほうを振り向く。
「え、と、俺は」
 真由はゆっくりと頷く。しっかりはっきり、軽蔑と怒りを伝えて。
「――けだものでした」

 一刀両断されてしまった。
 言葉で人は死ねるかもしれない、絶対胸に穴があいたと悟は思った。



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