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不器用な二人
作者:七誌
 国王、ユージーン・ド・バトウズは黙々と執務をこなしていた。
 傍らには宰相が控えている。そこに書類の束を抱えた書記が入ってきた。書記は顔面蒼白、全身は震え一言でいうなら怯えていた。声もそれにふさわしく震えている。

「へ、陛下。書類をお持ちしました」

 その声に王が顔を上げると、書記はびくりと身をすくませる。

「分かった。こちらに持って来い」

 別段おかしな命令ではないのに、書記は震えて足が進まない。見かねて宰相が書類を受け取って退室させる。王は深いため息をついた。

「眉間にしわをよせると、人相が凶悪になりますよ、陛下」

 宰相の指摘にますます不機嫌な顔になる。

「普通に執務をこなしているだけで、怯えられてみろ。気も滅入る」

 王はその厳しい顔つきから強面陛下ともあだ名される人相だった。
 泣く子も黙るどころではなく笑う子も泣くと評され、赤子と動物、老人には人気があるものの、子供と若者、特に若い女性には普通にしていても怯えられ、避けられ、泣かれてしまうのだ。
 笑っても駄目、無表情でも駄目。怒ったならその表情は最終兵器とも称され、実際先だっての戦ではそれが大いに役にたったほどだった。勇猛果敢な軍事大国にあっても強面陛下の人相は鍛えられた体躯と優れた武芸とともに特別だった。


 書類を受け取り、目を通してサインしていく。その執務が一段落した時、王宮の侍医長が執務室を訪れた。

「失礼いたします。新しい後宮付き侍医を紹介いたします。イリア・ユースタスです」

 傍らにはドレスを着た娘が礼をしている。王はこの後を予想して内心ため息をつく。
 ――顔を上げて自分を見て、怯えて、そんな反応が不敬にあたると更に動揺して、退室した途端に職を辞そうとするのだ。相手が若い女性ならもう何度となく繰り返されてきた初対面の儀式だ。
 きっとこの娘もそうなのだろう、と気のない声で呼びかける。

「許す、面をあげよ」

 だから、その娘、イリアが顔をあげて自分を見て――微笑んだのは何かの見間違いではないかと思った。女性が自分を見て怯えずに微笑むなどありえない。よほど慣れ親しんだ者しか怯えずに接してくれる者などいない。
 だが、娘は震えもせず、どもりもせず落ち着いた声で挨拶をした。

「はじめまして、陛下に対面できこの上なき幸せでございます。若輩ながら誠心誠意つとめさせていただきます」
「……あい分かった。しっかりとつとめるように」

 型どおりの返事をすると、イリアはもう一度礼をして侍医長とともに退室した。
 扉が閉まってもしばらくの間、ユージーンはイリアのいたところへの視線をはずせずにいた。宰相の名を呼ぶ。宰相も表情には出していないが思いは同じだったのだろう。わずかに顔を傾けた。

「若い娘が、俺を怖がらなかったぞ。震えも泣きもせずに……見間違いではなかろうな」
「私も確かに見ました。陛下」

 だから、王にイリアは強い印象を残した。それが始まりだった。


 後宮侍医は後宮の正妃や妾妃、女官や侍女をはじめとした人員の健康管理、病への対処をになう。場所柄女性が務めるのが望ましいが、女性の医者はなかなかおらず、長い間空席になっていた。
 やむなく侍医長が兼任していたが、後宮に入るのも何重もの手続きをしなければならず面倒なことこの上ない。後宮侍医が常駐してくれるのは、好ましいなりゆきだった。

 新しく侍医になったイリアは、医務室と隣接する居室を整え後宮の住人となった。
 王が朝を迎えると、侍医が寝室に参上して王の健康状態を調べる。本宮でも後宮でもその診察はかわらない。結膜を確認し、口の中をのぞき、心音と呼吸音を確認して、体温を測定し脈を測る。
 その日の朝、王は後宮の寝台での診察をうけた。傍らには妾妃がいる。まだ正妃は娶ってはいない。
 イリアは淡々と各種の診察をこなしていた。
 だがその姿は最初の時のドレス姿ではなかった。結っていた髪はひとつにまとめられ、ドレスの代わりにサイズは合わせているが男性の服を身につけている。つまり男装だ。

「なぜそのような格好をしている」
「お静かに、正確な音が聞き取れなくなります」

 口調も丁寧ではあるがりりしくて、ユージーンは困惑する。だが侍女も妾妃もそんなイリアをうっとりと見ている。


 後宮で朝食を済ませ、本宮に戻ろうとしたユージーンだったが、その足は医務室に向かっていた。護衛の兵士がその後をついていく。ノックもせずに開け放った医務室には消毒薬の特有のにおいがして、その中にイリアがいた。

「これは陛下、ここに何の御用でしょう」

 やはり恐れ気もなく見つめてくる。ちょうどお茶を飲もうとしていたようだ。

「あ、いや。久しぶりに後宮医務室が稼動したので様子を見に来た。――何を飲んでいるのだ?」
「薬草茶です。お飲みになりますか?」

 頷くともう一つカップを出してそれに注ぐ。椅子にすわりそれを口元にもっていく。複雑な、だが不快ではない香りだった。
 不思議な後味で意外にも悪くはなかった。

「そなた、何故そのような格好をしているのだ?」

 朝と同じ質問をくりかえす。イリアは男装の己の格好を見て苦笑した。

「医学校時代の癖です。あそこで女性は私だけだったので男装して男言葉で過ごしたんです。何かあった時はこのほうが色々動きやすくて便利ですから」

 言い方もりりしくて、容貌は整っているのに男装すると中性的で、後宮の女性が見とれるのも分かる気がする。
 初対面もそうだったがこの姿も新鮮でついじっと見てしまった。視線に気付きいぶかしげに見返される。

「陛下、なにか?」
「いや、何でもない、本宮に戻る」

 イリアはご自愛ください、と微笑んで臣下の礼をとった。
 医務室を出て本宮へと戻る。無表情でいたが、内心は先ほどのイリアの笑みで動悸が治まらなかった。



「あれは何者だ?」

 執務をこなしながら宰相に尋ねる。王に近づく人間は徹底的に調べ上げている宰相はよどみなく答える。

「伯爵の先妻の娘です。何故か医学を志して医学校に入学して優秀な成績で卒業、軍医として従軍経験もあります」

 出自に驚く。貴族の娘だったのか。それが医者になるなどはねっかえりも甚だしい。しかも軍医とは。

「軍医としても優秀だったとか。ただ、あの容姿に身分なので軍としても何か問題がおこってはと扱いに苦慮していたようです。後宮ならば女性だけですので安心だと、これ幸いと送り込まれたようです」

 あれが戦地にと想像する。きっと今朝見たような男装だったのだろう。戦場の緊迫した空気にその姿は似つかわしかったのか、そうでなかったのか。

「気になりますか?」

 宰相は目を細める。宰相や侍従長、女官長など子供のころからの自分を知っている人間には、感情を読み取られる。それらの人物は付け加えれば自分を怖がらない。
 長い年月を経ての対応だが、初対面で怖がらなかったのは彼女が初めてだった。

「珍しいとは思う」

 言葉すくなにこの話を終わらせた。


 それから王の行動に変化が見られた。毎夜後宮に赴く。だが妾妃を召さない。
 一人で眠り、朝イリアの診察を受ける。朝食を後宮で取った後本宮へ戻るわずかな時間に医務室でお茶を飲む。イリアは淡々と業務をこなし王を迎えた。恐れも媚もなくお茶を飲んで会話を交わす。

「そなたは何故医学を志したのか?」

 この質問にイリアはカップを口元に持っていこうとした手を止めた。

「そうですね。母が弟を産んだときに亡くなって、弟も助からなくて。私には双子の姉がいるのですが病弱だったので近しい人を失いたくない、助けたいと思ったのが最初です。幸いにも伯爵家は子沢山ですから一人毛色が変わったのがいてもいいかと」

 また別の日には。

「そなた、俺の顔が怖くはないか」
「いいえ。戦場では顔のひどく損傷した負傷者もいました。比べるのは失礼ですが陛下はお顔に傷などありません。威厳のあるりりしいお顔と思っています」

 そう言われて、おまけに微笑まれたのでユージーンは息が止まるかと思われた。
 そしてどうしようもなくイリアに惹かれているのを自覚した。


 だが後宮に通っていても妾妃を召さない王に対して周囲の目は冷ややかだった。妾妃とその侍女から発せられた不満や憶測は後宮の侍女から女官長、ついには表の宰相にまで届くようになった。
 宰相は情報を集め女官長や侍従長とも協議して、ため息をひとつついて事態の収拾を図るべく動いた。


 いつものように。ユージーンの行動はもうそうとしか言えなかった。
 後宮医務室でお茶を飲んでいるとイリアがつ、と顔を上げてユージーンを見つめた。変わらず男装してりりしさが前面に出ているが本質は伯爵令嬢の気品を持ち美しい娘だ。そのイリアが静かにきりだした。

「陛下、もうここにはおいでくださいますな」

 ユージーンは動きを止めた。何を言われたか分からなかった。

「どういうことだ?」
「ここは医務室で、病気の人間の来る場所です。陛下に病気を移すおそれがありますので」

 ここでお茶を飲むようになってから既に三ヶ月になろうとしていた。何故今更そんなことを言い出すのか。

「今さらだろう? それに俺は丈夫だ。病など心配せずとも」
「万が一のことがあります。それに誰かがここに来たときに陛下がおいででは、その者が治療を受ける妨げになります」

 自分がいるのが邪魔だ、言外ににおわされた意味にかっとする。
 背後に控える護衛がはっとしたほどユージーンの雰囲気が変わった。強面陛下のあだ名の通り戦場で見る者を震え上がらせた表情になる。並のものならこれだけで戦意を喪失し、恐怖に怯えるのは間違いない。
 だがイリアは表情はかたかったが動じなかった。静かにユージーンの前に座っている。
 しばらくにらみ合いが続いた。唐突にユージーンは立ち上がり扉へと向かう。イリアも立ち上がり深く礼をした。
 それを無視してユージーンは医務室をあとにした。


 それきり、ユージーンは医務室を訪れることを止めた。時折後宮を訪れて妾妃を召す。その翌朝はイリアの診察を受ける。
 だがその雰囲気は一変し、診察の間中イリアをにらんでいる。その圧力に妾妃や寝室にいる侍女のほうが耐え切れず怯える始末だった。イリアのみはそれに頓着せずに朝の診察をすすめる。
 何事もないように測定項目をうめていくイリアと、その顔を敵のように見つめる強面のユージーン。
 後宮の朝に異常な緊張状態をはらむ眺めだった。
 医務室に訪問者を認めたイリアは苦笑した後、その人物を招き入れた。

「なにかお飲みになりますか?」
「ああ、では陛下が飲まれたという薬草茶を」

 丁寧な物言いで宰相は腰掛ける。そしてお茶の用意をするイリアを眺めた。
 伯爵令嬢で母親も国内の侯爵家の出で、血筋にも身分にも問題はない。酔狂にも医者になったが知性と美貌を兼ね備えている。
 つつしみや恥じらいは今のところ見受けられないが、貴族令嬢のような媚や甘えも見せない。
 ――主たる国王の心を今一番乱している存在。
 ことり、とカップと茶菓子の皿をテーブルに置きイリアは宰相の向かいに座った。二人してカップに口をつける。

「面白い味わいだ。これはなかなか」
「そう言っていただけると嬉しいです」

 そして、イリアは目線だけで宰相を促す。ただ茶をのみに来たわけではあるまい。


「――陛下のことです」
「これ以上私にどうしろと? ご命令どおりにここにお立ち寄りになるのを断りました。陛下が後宮にいらした時の診察しか接点をもってはおりません。それにも私情など交えてはおりません」

 自分の仕事をしているだけ、と言うイリアに宰相は真面目に向き合う。確かにその通りだ。彼女は医者としての職務を果たしている、その姿勢は誰もとがめることのできない立派なものだ。
 だが。

「陛下のご様子がいらぬ憶測を呼んでいます」
「私が陛下のご気分を害しているのは分かりますが、理由は分かりません。私より周りの女性方の怯えようが気の毒になるくらいです」

 イリアはため息をつく。後宮に国王が来るたびに敵のように、憎い相手を見るような視線を間近で受ける。それに傷つかないわけではない。嫌われていると、最高権力者からの不興をかっていると思い知らされるたびに苦いものが身内に蓄積されていく。
 それを職務の名の下にふたをしてやるべきことをやっているのだ。

 ユージーンの内面に触れた後では、嫌われている事実は一層イリアを落ち込ませた。高潔で孤独で不器用なユージーンとお茶を飲んで、会話をすることはいつしかイリアにとっても、楽しく貴重な時間になっていたからだ。

「いっそ後宮侍医の職を辞すればよいのでしょうか? 私はそれでかまいませんが」

 おそらくそれが一番簡単な解決法だろう。不和の種を取り除く、そうすれば不和はおこりようがないのだから。

「辞めてどうなさるおつもりか?」
「そうですね、実家の侍医になってもいいですし、軍に戻っても、市井の医者になってもかまいません」

 どこでどうしたって生きてはいける。結婚前は親に、結婚後は夫に依存するしかない貴族の娘の生きかたを軽やかにとびこえてイリアは縛られない強さを獲得していた。

「そもそも、どうして陛下は私を厭うのでしょうか」
「ああ、あれは厭うというより……」

 説明しようとした宰相は、しかし前触れもなく乱暴に開けられたドアの音と、それをした人物に言葉を途切れさせた。

「――随分と楽しそうだな」

 低い声でユージーンが二人を見つめるというよりは睨み付けた。

「俺は出入り禁止で宰相はいいのか。ここで病が移ったら何とする?」
「陛下」

 宰相はいさめようとするがイリアはそれを制した。

「申し訳ございません。私の配慮が足りませんでした。宰相様も陛下同様こちらにおいでいただくような方ではございません」

 かつての言い訳を非難材料にされても動じずに受け流すイリアに、ユージーンはかっと血が上るのを感じた。同時に頭の片隅は妙に、醒める。

「二人して何を話していた?」

 イリアはよどみなく話し始めた。

「ここを辞する話をしておりました。私は陛下のご不興を買った身ですので、ここを去るのがよかろうと」

 ユージーンはぽかんとした顔になった。イリアが後宮を去る?
 自分の近くからいなくなる、だと。
 そこまで考えたときに、不機嫌に接していたことなど頭から吹き飛んだ。ただ嫌だという思いが湧きあがる。何が、何故嫌かなど分からず、とにかく嫌だった。
 

 どうすればここに残らせることができるのか? どうすれば――。
 そして一つの答えにいきあたる。簡単だ、命令さえすればよい。

「後宮を去るのは許さない。お前を妾妃に召し上げる。俺の寝所にはべれ」

 ユージーンの言葉にイリアはもちろんだが、宰相も固まる。イリアは戯れに召し上げるような軽い者ではない。妾妃になるとしても、後宮に今いる者と身分に遜色はない。

「陛下、よくお考え下さい。イリア嬢はグランドリー伯爵家の令嬢です。無造作にお手をつけるわけには」
「後宮の女は俺のものだろう? 伯爵家に急ぎ使いを出せ。夕刻までに承諾させろ」

 宰相を封じるとユージーンはイリアに向き直る。
 こんなことになっても泣きも怯えもせずに自分の顔を見つめる。得がたいと思い、拒絶されて憎らしく思いながらもいつしか執着した。
 イリアは硬い表情ながらユージーンに確認を取る。

「陛下は本気なのですね? 本気で私を妾妃にする、と」
「そうだ。女官長に連絡するからその指示に従え」
「私は医者です。思いもよらない病原菌をもっているかもしれません。陛下の側にはふさわしくありません」

 どこまで思い通りにならないのだろう。ユージーンは内心歯噛みする。

「それに、どうして嫌いな私を側に置こうとなさるのですか?」

 自分を怖がらないそのまっすぐな瞳に、素直に言えば良かった。俺を怖がらないお前を失いたくないのだと。
 しかし口から出たのは別の言葉だった。

「……毛色の変わった妾妃も一興だろう」

 その瞬間イリアの顔に浮かんだものが何だったのか。若い娘の心の動きなど理解できるはずもなく、ユージーンはだからそれをとらえ損ねた。イリアは息を吸い込むと落ち着いた口調になった。

「ではせめて私を業務から完全に離した状態にしてください。でなければ危険です」
「それはどれくらいの期間だ?」
「そうですね、一ヶ月くらいは」
「待たない、二週間だ、それ以上は待てない」

 それだけあればイリアの後宮入りも体裁が整えられる、宰相も手続きをと慌しく医務室を後にした。ユージーンも部屋を出ようとして、その足を止めた。

「逃げようなどと考えるな。そんなことをすれば一族郎党に累が及ぶからな」

 イリアは静かに答えた。

「……逃げません」

 二人の去った医務室で、女官長の訪問に備えて荷物を整理しながらイリアは呟いた。

「毛色の変わった、か」

 そして手を胸のところできゅっと握りこんだ。


 宰相が伯爵家からの承諾をもぎ取り、正式にイリアが後宮入りしたのはきっかり二週間後だった。
 イリアの病原菌云々の言い訳は、もともと後宮侍医としてユージーンの診察をしていたのだから病気がうつるならその間にとっくにうつっている。二週間待ったのはユージーンからすればわがままを聞いてやったようなものだ。

 自分を避けたくせに宰相は医務室に入れて、お茶をふるまって親しげに話していた。面白くない。気に入らない。
 ずっと孤独でいたのに、ある日温もりをもらった。それを取り上げられて、もう知らない前に戻れなかった。気まぐれに希望を与えてそれを取り上げたくせに、その後もすました顔で接してきた。

 どんなに睨んでも動じないあの顔を、くずしてみたい。
 自分の腕の中でその表情をゆがめさせたい。
 執着にも似た感情の原点をユージーンは自覚していなかった。

 後宮に入った夜にユージーンはイリアの部屋へと赴いた。入浴を済ませて夜着に身を包んだイリアは、あてがわれた部屋でユージーンを出迎えた。
 そこには男装の中性的な姿はなく、美しい娘がいるだけだった。

「ようこそおいでくださいました」

 へりくだった物言いをして、イリアは礼をする。許しがないと顔は上げられない。ユージーンは長いこと許しを出さず、イリアに礼を強いた。ようやく許したかと思うと、イリアは腕を取られて寝台に放り投げられた。
 体勢を整える前にユージーンが覆いかぶさってくる。
 噛み付くように激しい口付けを受けて、反射的に逃げようとする後頭部をユージーンは抑えた。そのまま舌を口内にすべらせてイリアの舌に絡めて吸い上げる。夜着を引きちぎらんばかりにはだけさせて、肌に手をすべらせた。
 すべてがいきなりで、性急さはイリアをすくませた。

「んっ、ふ……んん」

 苦しそうなイリアに構わずに舌をしごき、唾液を送り込む。むせそうになるのを許さずに飲み込ませる。すべてを注ぎいれたかった。ユージーンは熱に浮かされたようにイリアを貪った。
 口の端からもれた唾液を指でぬぐって、それを胸の先端にこすりつける。

「んぅ、くうっ」

 指で先端をつままれてイリアが身を捩った。ユージーンは許さずに唇は塞いだままで、くりくりと先端を指で弄ぶ。そのうちにつん、とそこが硬くなってきて存在を主張し始めた。それをみすまして、今度は指の腹で掠めるように撫でさする。
 イリアはユージーンの指で胸をいいようにされていた。やんわりと揉まれたかと思うと、痛みを感じる手前までの強さの力を加えられる。刺激に忠実に先端はますます硬くなって、そこから疼くような感覚が生まれている。硬軟とりまぜて翻弄されてしまうと、痛みの後の甘さが痺れるように広がっていく。
 いつしか苦痛だけでない声が漏れてくるようになった。

「ふ、あぁ……ん、ぁあ、」

 声を確かめてユージーンは舌先で先端をなぞった。

「あっ」

 鋭い声をあげ、イリアの体が跳ねる。舌先でちろちろと舐めていたものをねっとりとした動きに変える。イリアの頬が赤みを増した。
 唇で挟んで吸い上げると肩に置かれた指先に力が入ったのをユージーンは感じた。夢中でしゃぶり、歯でしごいてそこを攻め続けた。

「へ、いか、んぁっ、や……だめ、です」

 弱々しく押しやろうとするのを封じて、耳に舌を這わせる。舌先を中に入れうごめかせた。

「なにが駄目だ。ぜんぶ、よこせ」

 滲んだ涙を舐めとってまた唇を塞ぐ。胸をもみながら内腿に手をかけて、足を割り開く。体を間にねじ込んで足を閉じられないようにした。
 指先で腹部をたどる。手の平で腰をなでる。熱くなって汗ばんだ肌が手に吸い付いてくる。めまいがしそうなほどに欲望が煽られた。
 男装でりりしいイリアが、自分の下で、自分の作り出す感覚に翻弄されている様がたまらない。強い刺激に怯え、それ以上に他者から与えられる快感を受け取ろうとする体に溺れそうになっていた。
 もっと欲しいという思いとまだ我慢していろという思いが、ユージーンの中でせめぎあう。すぐにでも貫きたい、だがそうすると苦痛だろう。


 無骨な指が思いがけない繊細さで秘所に触れてきて、イリアは塞がれている口からくぐもった呻きをあげる。ユージーンの作る熱が、体の中を出口を求めてさまよう気がした。
 そっと触れた指は下から上へとゆっくりと動く。親指が恥骨を押したかと思うとその下の蕾をじんわりと圧迫した。

「んんっ、く、ふうぅっ」

 腰が揺れた瞬間を狙い済ましたかのように、蕾をこすられてイリアは反応する。
 同時にぬるりと、秘所から濡れた感触もした。

「ここを触られるのが、すきか?」

 唇を離して掠れた囁きを落とされるが、親指は蕾を揺らし秘所にも入り込んでいた。無骨な指は一本だけなのに痛い。指はそれ以上奥へは沈められなかった。
 ゆっくりと沈み込んだ指がそろそろと抜かれる。中を広げるように動かされて体が動いた拍子に、秘所が指を締め付けていた。

「指をくわえ込んだ。しばらくはこれに慣れろ」

 強面の瞳には、濡れた欲がある。何度も出入りして指をぐるりと回す。そのうちに指の動きに合わせて襞が絡むようになった。
 蕾もこすられ爪の先で軽く押される。そこからの疼きと中を指で犯されていることに、イリアは次第に何も考えられなくなっていく。
 こうして妾妃にされたのも、ユージーンがただ自分を征服するためだけに抱いていることも。ユージーンに嫌われ、憎まれていることも。

「ふ……あぁ、あっあぁ……」

 声が甘く乱れていって、秘所がとろとろになっていってもイリアはただ、ユージーンの指だけを意識した。胸や鎖骨をきつく吸われて、ちりっとした痛みを生じても、秘所の中の指が襞をかきわけると腰が浮いて手に秘所を押し付けてしまう。
 ユージーンも喘ぐイリアの姿に興奮する。普段静かなイリアが、顔を紅潮させて汗をうかべ、熱くぬかるんだ秘所に入れた指を締め付けてくることに。
 中の、ある部分を強めにこすると、腰が一層跳ねる。
 そこを執拗に押して、蕾を爪でこすりながらイリアに問う。

「中と、こことどちらがいいか?」

 イリアは涙を浮かべてすがるようにユージーンを見つめる。その表情に胸をつかれる思いがした。

「わ、わからな、い」

「どちらもよさそうに見えるぞ」

 そう言ってユージーンは秘所への指を増やした。同時に顔をそこに持っていって蕾に舌をよせる。

「ひぁっ、あああっ」

 舌先で蕾をしごかれて腰が跳ねる、その拍子に指が奥まで沈む形になった。
 抜き差しするたびにぐちぐちと音がして、白く粘ついた液が指に絡む。ユージーンは指を抜いてそこに口をつけた。すすり上げると腰がびくびくと揺れ、秘所がひくつく。舌を差し入れてうごめかせて、イリアの味を確かめる。
 もう、イリアはすすり泣いていて、内股は細かく痙攣している。

「感じやすいのか、男と経験があるからの反応か」

 イリアが身を硬くする。ユージーンはそれに苛立った。前者ならいい、後者なら……許さない。

「まあいい、すぐに分かる」

 両腿の裏側に手をかけて足の付け根を大きく割り開く。痛いほどに怒張して、先走りの液を漏らす己自身を秘所にあてがった。イリアがはっと息をのむ気配がしたが、もう止められなかった。
 先端をねじ込むように入れて、角度を合わせて奥に進める。中はきつく、熱く侵入を拒みながら、一旦入れると包み込んでくる。
 イリアが涙をこぼして、何かに耐えるようにぎゅっと目をつぶっている。
 ようやく奥まで入れてイリアの汗ではりついた額の髪の毛をのけた。

 ゆる、と己を引くと血が絡んでいる。それを見てばかげたほどの安堵を覚えた。冷静に考えれば国王の妾妃だ、生娘でないわけはないのに。
 再び奥に押し込んで抜く。それを繰り返しながら蕾に手を伸ばす。刺激すると面白いように中が締まり、気持ちがよくなる。
 少しずつ動きを大きくしていくと、イリアの声が、表情が変わっていく。
 苦痛一色だったのに、だんだんとそれが落ちついていくようだった。

「……ん、んぁ、ぁ」

 律動に合わせて吐き出す息に小さな声が混じるようになってきた。中のある一点をこするとユージーンを挟む腿に力が入った。そこに当たるように、腰を使って中をこね回す。
 イリアの反応は初めてとしては上々だ。無意識に腰をおしつけて中を締め付ける。

 夜具を掴んでいた手を引き剥がして背中に回させる。イリアが無意識にすがり付いてくるのに、昏い満足を覚える。
 
「あ、あぁ……っ、は……あっ」

 こぼれる声に煽られて一層啼かせるためにあちこちを突き上げる。腰を両手で支えて勢い良く奥まで穿つと、イリアが息を詰める。その度に中が締め付けられて、ユージーンに新たな快感を与えてくる。
 行為に夢中になり我慢ができなくなって、大きく動く。急激に高まる解放への欲望に、奥まで押し込めて腰を振った。どくん、と心臓の動きに合わせるようにイリアの奥で抑制を解き放つ。どくどくとその感覚は長く続きユージーンは小刻みに奥を小突いた。
 その瞬間にあげたのは嬌声か悲鳴か、ユージーンには判じかねた。

 ユージーンの下でイリアがぐったりとしている。初めての女相手に容赦しなかったのだから仕方がない。ようやくユージーンに、イリアを思いやる余裕が生まれた。
 血と二人の体液でどろどろな秘所を布でぬぐって、イリアを抱き上げて浴室に運ぶ。
 温かい湯につかって秘所に指を入れ、中をかきだす。うす赤いものがでてきてユージーンは仄暗い満足感を覚えた。
 同時に、これで完全に嫌われてしまったとも思った。
 ユージーンのなすがままだったイリアがのろのろと顔を上げて、ユージーンの方を向く。涙をながした後で、唇は赤く腫れている。

「陛下……何故泣いていらっしゃるのですか?」

 言いながらのびてきた手が頬に触れ、ユージーンが身をすくませた。

「俺が、泣いているだと?」

 目に手をやって、汗ではなく濡れているのを感じ取って呆然とする。
 イリアはユージーンの頬に手の平をあてた。

「厭う私を抱いたからですか? 泣くほどお嫌なら捨て置いてください。毛色の変わった妾妃ですのでこれきりでも非難はないでしょう」
「ち、がう。ちがう。嫌なのはお前ではない。浅ましい俺自身だ」

 絞り出すように言うと、涙が流れる。泣いたのなどいつ以来だろう。記憶にないほど昔なのは確かだった。
 嫉妬して、独占欲をむき出しにして、無理に後宮に入れてイリアを抱いた。
 毛色の変わったなどと揶揄してイリアを傷つけた。酷いことをした後で、後悔してももう遅いのだと分かっているのに。

「俺が泣くなどおかしいだろう。鬼とも言われて他人を泣かす強面が、泣くなどと……」

 イリアはもう片方の手もユージーンの頬に当てた。ゆっくりと近づいてユージーンの唇にそっと、唇を重ねた。
 もう一度そうやって触れるだけの口付けをして、イリアはユージーンの目を覗き込む。


「おかしくなどありません。陛下が何を浅ましいと思われているかは分かりません。でも私は陛下を尊敬しています。医者としてお仕えできて幸せでした。陛下に嫌われているのは悲しいですが」

 身を離そうとしたイリアをユージーンは抱きしめた。

「違う、嫌ってなどいない。俺を怖がらなかったお前が、俺を受け入れてくれたお前がいなくなるのが嫌で、医務室にもう来るなと言われたのが腹立たしくてお前を妾妃として縛った。側にいてほしかっただけなのに」

 頭の上からの声にイリアが顔を上げた。

「それは本当ですか?」
「本心だ」

 失う恐怖など二度と味わいたくない。今度失ったら、もう耐えられない。
 ただイリアを抱きしめていたユージーンはそっと背中にまわされた手に気付く。
 イリアが抱きしめてくれている?
 恐る恐る視線を合わせたユージーンは、微笑むイリアをみつけた。

「お慕いしています。強面なところも、お優しいところも、不器用なところも」

 信じられない思いでイリアを見つめる。

「また、薬草茶を飲ませてくれるか?」
「はい、陛下の体調にあわせて淹れます」


 鬼の目に涙だろう。そう自嘲するユージーンに、イリアは微笑んで首を振った。
 

 強面陛下が娶ったのは妾妃から正妃になった男装の医者。
 珍しい組み合わせの二人はよく国を治めた。残る肖像画で国王の人相の悪さは伝えられているが、見た人の胸の中には不思議に温かいものを生じさせた。
 史書には幸福だったと締めくくられる生涯が記されている。


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