気象・地震

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東日本大震災:福島去る医療従事者 医師152人が退職 被ばく影響ないはず。でも家族は…

 東京電力福島第1原発事故から間もなく1年。福島県では今も、放射線被ばくの影響におびえる日々を過ごす人が少なくない。家庭や職場での当たり前の日常生活を奪われ、体調を崩す人もいる。一方、震災前人口の3%にあたる6万2674人(2月23日現在)が県外に避難。農業や観光などの風評被害も収まっていない。(3面に「大震災1年」、社会面に関連記事)

 朝6時前、車に積もった雪を落とし、山形県米沢市の自宅から勤務先の福島市の病院へ向かう。帰宅は深夜になる。大雪の今冬、県境の難所・栗子峠越えは大変だ。往復5時間。時に車が雪にはまり込む。タイヤ周りの雪をかきながら、「おれ何やってんだろう」と思う。

 そんな生活も間もなく終わる。4月から東北地方の別の病院に移る。「楽になる。でも今の同僚たちに申し訳ない」。放射線技師の30代の男性は力なく語った。福島市出身。東京の医療専門学校で3年間学び、今の病院で8年間働いてきた。妻と4歳の長女、1歳の長男と暮らす。

 原発事故直後、不安げな妻に「心配ない」と力説した。レントゲンやCTを毎日動かす技師の被ばく線量限度は、全身の場合、年間50ミリシーベルトかつ5年間で100ミリシーベルト。専門学校で習った知識では、福島市の線量程度なら健康に影響はないはずだ。

 妻はその時は納得したようだったが、態度が変化していく。日中も子供と家に籠もり、ささいなことで激しく叱る。「やっぱり危ないんじゃない?」と不安を漏らす。

 放射線の影響を巡って正反対の見解がネット上にあふれ、デマも飛ぶ。子育て仲間は次々と県外に避難していった。

 週末は家族を車に乗せ、栃木や山形を目指した。我が子を公園でたっぷりと遊ばせ、野菜を買い込んで長距離を戻る。疲労がたまった。夫婦のいさかいも増えた。「放射線技師が逃げたら周囲への影響が大きいんだ」。妻から険しい声が返ってきた。「技師の家族は逃げられないというの?」

 微量の被ばくでがんになるという証拠はないが、ならないという確証もない。話し合いに何時間費やしたか。それでも説得は不可能だった。米沢へ移ったのは昨年8月。妻は穏やかな表情に戻った。

 医療従事者の福島県外への流出が止まらない。県内の医療関係者によると、医師に限っても昨年3月1日と12月1日の比較で152人が退職、81人が着任し、差し引き71人の減。県病院協会の前原和平会長は「本人に残る意思があっても家族の意向で移るケースが多いようだ」と言う。

 「退職をなかなか職場で切り出せなかった」と男性は言う。自分に続き看護師らが雪崩を打って辞めることが恐ろしかった。「できることなら『そう言えばあの人いなくなったね』という感じで辞めたい」。勤務先の病院では原発事故直後から医師や看護師が次々と退職し、男性が15人目という。【井上英介】

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 大震災1年 連続特集 14・15面 福島県の現状

毎日新聞 2012年3月5日 東京朝刊

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