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「野呂さんの悲劇」は法律で救えるか

プレジデント 3月4日(日)10時30分配信

 昨年11月、野呂さんという男性が「ノロウイルス」の呼び名の変更を学会などに求めたと報じられて話題になった。野呂姓の子どもたちが嫌な思いをしないように訴えたというが、世間に定着した呼び名を変えるのは一筋縄でいかない。ならば、いっそ名字のほうを変えることはできないのだろうか。

 氏の変更について、戸籍法に次のような規定がある。
「やむを得ない事由によって氏を変更しようとするときは、戸籍の筆頭に記載した者及びその配偶者は、家庭裁判所の許可を得て、その旨を届け出なければならない」(第107条1項)
 つまり「やむを得ない事由」がある場合にかぎり、戸籍に記載された名字を変更することは認められているのだ。ちなみに前回のこの連載で取り上げた、下の名前の変更には「正当な事由」(戸籍法第107条2項)が必要だ。一瞬迷ってしまうが、「やむを得ない事由」と「正当な事由」では、前者のほうがハードルは高い。つまり名より氏のほうが変更は難しいことになる。

 では、どのような場合がやむを得ない事由に該当するのか。まず考えられるのが珍奇・難読の名字を変更するケースだ。過去には、「おおなら」と読む名字が「オナラ」に通じて滑稽であるとして、改姓が認められた判例もあった(岐阜家裁、昭和42.8.7)。「おおなら」が認められるなら「野呂」も改姓できそうだが、戸籍法に詳しい國部徹弁護士は「珍奇な名字は嫌だという個人の価値観だけでは、やむを得ない事由にあたるといえない」と解説する。
「裁判所が見ているのは、社会的な不都合が生じているかどうか。やむを得ない事由として認められるためには、子どもがいじめにあったり、精神的苦痛で病気になったなど、損害を具体的に立証する必要がある」

 ほかの判例を見ても、改姓が認められるのは具体的な不都合が生じている場合が多い。たとえば幼いころ近親者から性的虐待を受けて、戸籍上の氏名が加害者や加害行為を想起させたり(大阪家裁、平成9.4.1)、氏名をよく知られた元暴力団員について、氏の変更が更生のために必要だった(宮崎家裁、平成8.8.5)場合などは、やむを得ない事由にあたるとして改姓が許されている。最終的には裁判所の判断だが、現実に重大な問題が生じ、それを解消する手段が改姓以外にないときに変更が認められやすいようだ。

 以上のように、名字の変更は下の名前の変更より難しい。ただ、もともと、氏は結婚や養子縁組で変わるケースがある。どうせ変わる可能性があるのに、なぜ氏の変更には一段高いハードルが設けられているのか。背景にあるのは戸籍制度だ。
「戸籍には夫婦同姓のルールがあり、改姓すると一人だけでなく戸籍内全員の氏が変わります。それによって生じる影響の大きさを考慮して、名前より氏のほうに厳しい条件を設けているのではないか」(國部弁護士)
 現状の戸籍制度では夫婦で異なる氏を名乗ることはできないが、親子なら抜け道もある。結婚や分籍(在籍する戸籍から分離して新しく戸籍をつくること)によって親の戸籍から外れ、改姓を申請すればいい。分籍は戸籍筆頭者と配偶者以外の成人なら自由に行え、市町村に届け出を出すだけでいい。
 もっとも、名前の変更と比べて氏の変更に余計な手間がかかることは間違いない。
「本来、氏名の変更は個人の権利として民法で決めるべきものです。しかし氏に関しては、戸籍という事務手続きによって、逆に民法の規定のほうが制約を受けている。これは本末転倒だという意見もあります」(同)

 戸籍は家族制度の根幹だが、夫婦別姓論の高まりを受けて制度が見直される可能性もある。そうなると氏の変更も容易になるのかもしれない。


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ジャーナリスト
村上 敬=文

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最終更新:3月4日(日)10時30分

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