NEWS──2007 更新

    韓国・太平洋戦争犠牲者遺族会と日本の戦後責任をハッキリさせる会の戦後補償のための活動についてのニュース。
    訴訟は「アジア太平洋戦争韓国人犠牲者補償請求事件」。原告は40人で、元「慰安婦」、元日本軍人・軍属、遺族からなる。
    1991年12月6日、東京地裁に国を相手に「補償」を請求して提訴(1次35人、2次6人。のち1人外れる)。
    訴訟原告代理人は高木健一弁護士、幣原廣、林和男、福島瑞穂弁護士ら。
    2001年3月26日、東京地裁判決で原告請求棄却。第一審口頭弁論34回
    同年4月6日、東京高裁に控訴。控訴人代理人弁護士は第一審と同じ。控訴審口頭弁論6回
    2003年7月22日、控訴審判決、東京高裁。同年8月上告。
    2004年11月29日、上告審判決、最高裁判所第二小法廷。棄却


     
     
     
  • 韓国、元日本軍人軍属らにも追加補償法  2007.7
  • 靖国違憲訴訟・東京、東京地裁判決、05年4月26日 1400 (05.04)
  • 1月27日、金田きみ子=仮名(朴福順)ハルモニが亡くなった。1921年10月生まれ、83歳。元「慰安婦」として裁判原告であり、「基金」を韓国で初めて申請 韓国・遺族会ホームページ/日本語自動訳   (2005.1.29)
  • 外交文書公開──朝鮮日報ニュース特集 (2005.01)
  • 外交文書公開と波紋・韓国・遺族会
  • 上告審-最高裁判決言渡▼04年11月29日10:30、第2小法廷 報道・写真など(2004.12)

  • *1991年12月6日 アジア太平洋戦争韓国人犠牲者補償請求事件提訴 東京地裁  
     2001年3月26日 東京地裁判決(棄却)、控訴 。地裁口頭弁論34回(結審)
     2003年7月22日 東京高裁判決(棄却)、上告 。高裁口頭弁論6回(結審)
  • 韓国・遺族会、控訴審判決へ訪日 2003.7.
  • 韓国・遺族会裁判控訴審判決は▼03年7月22日15:30、東京高裁104
  • 2003.3.4.控訴審第6回結審/控訴審第5回 2002.12.17
  • 控訴審第4回 2002年9月24日、東京高裁813法廷
  • 控訴審 第3回02.7.9 控訴審第2回02.5.21 
  • 韓国・遺族会裁判 控訴審第1回 2002年3月5日
  • 韓国・遺族会〈靖国参拝反対〉行動 2001.8.   *関連報道2001.8.11
  • 韓国・遺族会控訴 2001.4.6
  • 韓国・遺族会裁判、▼東京地裁で棄却判決 2001.3.26

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  • 民主党「法案」提出
  • 弁連協、要綱
  • 供託金
  • 裁判(2000.1.31結審)
  • 集会(2000.1.)
  • 訃報
  • 韓国政府による臼杵代表2年以上の入国拒否と解除

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    「太平洋戦争犠牲者支援法、真の解放へ第一歩」遺族会長
     聯合ニュース 2007/07/04から

    【ソウル4日聯合】3日の国会本会議で「太平洋戦争前後の国外強制動員犠牲者の支援法」が通過したことについて、太平洋戦争犠牲者遺族会本部のヤン・スンイム会長は同日、「『太平洋戦争の犠牲者』と認められたことが最も大きな成果だ。真の解放へ第一歩を踏み出した」とコメントした。

     この法案は太平洋戦争前後に国外に強制連行された人のうち、死亡・行方不明になった人の遺族に対しては犠牲者1人当たり2000万ウォンの慰労金を、生存者には1人当たり500万ウォンをそれぞれ支給する内容を骨子とする。

     ヤン会長は国会で法案が通過した瞬間、10年以上も前に法案のために苦労して全国行脚した強制連行の生存者が思い浮かんだという。足をはらし血が出ようとも雨に濡れながら行脚を続けた高齢者は「今降る雨は先に旅立った友の涙だ。むしろうれしい」と話していたとして目のふちを赤くした。

     ヤン会長が会長を引き受けたのは、義父が日本に強制徴用され死亡したという痛みと、遺族らに対する政府の冷遇のためだ。1971年に政府が「対日請求権」として補償方針を打ち出したことから役所を訪ねたが日本での死亡確認書を求められ、関係機関を回るうちにほかの遺族らも政府から冷遇されていることを知り、遺族会の活動を始めたと説明した。遺族会の活動は1971年から37年に及ぶ。法案通過までの道のりでつらいことも多く会長職を投げ出すことも考えた。しかし、熱心に活動する会員と、国民から次第に忘れ去られようとする太平洋戦争の犠牲者と歴史を考え、歯を食いしばってここまで来たと語った。

     ヤン会長は、政府が昨年国会に提出した法案の名称は「日帝強占下の国外強制動員犠牲者などの支援に関する法律案」だったが、「日帝強占下」という用語は国際社会で客観的に認められない国内向けの言葉にすぎないとした。「太平洋戦争」という言葉がふさわしく、これを認められたこともうれしいと述べた。

     「法案通過の第一歩を踏み出すまでが大変だった」と話すヤン会長は、今後の目標として、太平洋戦争の戦傷者に対する医療支援金問題と遺族のための奨学基金設立を掲げた。

    *注
     2007.7.3 「太平洋戦争前後国外強制動員犠牲者など支援に関する法律」が国会本会議で可決された。当初の政府案に対し遺族らの要求により修正を加えたもの。
     その内容は(1) 強制動員犠牲者遺族に対して、1家族当り2千万ウォンの慰労金を支給、(2)負傷で障害を受けた人には、1人当り2千万ウォン限度で障害のレベルよって支給、(3)生存者に対しては 1人当り5百万ウォンの慰労金を支給、(4)未収金は1円当たり2千ウォンに換算して支給、(5) 生存者に対して、治療費用の一部を医療支援金で支援することを骨子にしている。

     元「慰安婦」についてはすでに1993年、法律によって政府支援金(生活安定金支給)を支給している。(国からは年金月額50万ウォンなど)
     韓国・社団法人太平洋戦争犠牲者遺族会は、対日補償請求とは別に、元「慰安婦」と同様に韓国政府が支援を行うことを要求してきた。

      韓国政府は、韓日請求権協定で国家と国民間の財産的価値がある請求権に対して解決されたことであり、強制動員された被害者たちの請求権は消滅しなかったが、政府の外交保護権を放棄したことで権利行使を阻害して来たことに対し、人道的に、道義的な次元で救済措置を用意したと明らかにしている。


     

    戦後補償訴訟控訴審の原告団が出国
    朝鮮日報2003.07.21(月)18:33

    13年間、日本の裁判所で続けられている韓国人の戦後補償訴訟控訴審の宣告公判に出席するため、太平洋戦争犠牲者遺族会
      (www.victims.co.kr)の会員7人が21日、仁川(インチョン)空港から日本東京へと出発した。
         
    7人は22日、東京高等裁判所103号大法廷で開かれる戦後補償訴訟2審の控訴審宣告公判に原告として出席する予定だ。
    また、ハンナラ党の李承哲(イ・スンチョル)議員とホン・ヨンジュン政策委員会専門委員の2人も同行した。
         
    元従軍慰安婦のハルモニ(おばあさんの意)などあわせて41人を原告とするこの訴訟は、1991年12月に日本の裁判所に提起されて以
    来、1992年6月に初公判をはじめ、これまで延べ34回の1審裁判を経て、2001年3月棄却の判決が下された。
    2審は7回開かれている。
         
    遺族会の金ジョンデ会長は「原告中、慰安婦ハルモニ2人を含め、すでに死去した5人の遺影を掲げて日本の法廷に立つつもり」と話した。

    李衛栽(イ・ウィジェ)記者
     


     

    韓国・遺族会控訴審 第3回7月9日に終わり、次回は9月24日

    韓国太平洋戦争犠牲者遺族会の補償請求・控訴審は、7月9日第3回口頭弁論が行われました。
    控訴人代理人の弁護士から、「安全配慮義務」違反についての論点を陳述しました。この件について国側が意見を出して、次回口頭弁論が行われます。
    次回は9月24日火曜日、午後3時30分から、東京高裁813号法廷です。

    7月行動概要──
    ▽7月8日
     18:30〜靖国訴訟 集会、平和遺族会全国連絡会主催
     文京区民センター(地下鉄春日駅すぐ)
     韓国・太平洋戦争犠牲者遺族会 キムチョンデ会長発言
    ▽7月9日
     11:00〜靖国訴訟法廷 東京地裁103号(傍聴集合10:00、地裁1階)
         韓国・太平洋戦争犠牲者遺族会 キムチョンデ会長陳述
     12:00〜靖国裁判集会 弁護士会館1003 二次提訴、法廷の報告
          第一次提訴0112 日本239人、韓国4人
          第二次提訴0207 日本90人、韓国724人  合計提訴人数1057人

     15:30〜韓国・遺族会補償請求裁判の控訴審第3回法廷
         東京高裁813号

    ▼社団法人韓国太平洋戦争犠牲者遺族会から来日の方々。
    金鍾大(キム・チョンデ 犠牲者の長男)(社)韓国太平洋戦争犠牲者遺族会会長。
    父・金判龍は1912年12月26日、全羅北道任実郡生まれ。1941年8月軍属(工員)として第4海軍施設部、1941年8月31日海軍徴用。44年8月8日帰国途中の広順丸がパラオで空爆され沈没、戦死。

    梁順任(ヤン・スニム 義父が犠牲者)(社)韓国太平洋戦争犠牲者遺族会名誉会長、前共同代表。
    義父が広島・呉で軍属に徴用されパラオに。1944年、ペリリュー島で戦死。戦後生還を信じて待ちつづけた義母の依頼で「韓国・遺族会」の活動に関わり、遺族たちの問題解決のため専心してきた。

    沈美子(シム・ミジャ 軍隊慰安婦)
    1924年2月24日、黄海道生まれ。1940年3月〜45年8月15日、九州、大阪で「慰安婦」生活を強いられる。敗戦後、帰国。刺繍技術を生かして暮らしてきた。東京地裁判決では他の「慰安婦」と同様、「軍隊慰安婦とされ、軍隊慰安婦として働かされたことが認められる。」とされている。

    ▽来日を予定していた方たち
    金正任(キム・ジョンニム 犠牲者の娘)(社)韓国太平洋戦争犠牲者遺族会全羅南道支部長。
    父は面(村)事務所勤務のところ志願兵制が施行され、割当人数を満たすため 自らやむなく「志願」し東部ニューギニアで戦死。戦後若い母は再婚したため、父の顔も知らないまま親戚の家を転々、つらい少女期を過ごす。韓国・遺族会会員になり、父の遺骨返還、ニューギニアへ赴いての現地追悼を強く要求している。

    金泰仙(キム・テソン 犠牲者の長女) (社)韓国太平洋戦争犠牲者遺族会ソウル支部長
    父・金炳国は1924年10月13日、慶尚北道善山郡生まれ。陸軍独立歩兵第五一七大隊に所属し、階級は陸軍上等兵であつた。金炳國は、1945年9月18日、戦病死した。
     


     

    韓国・遺族会補償請求裁判、控訴審開始!

    ▼第2回は、5月21日(火)午後3時30分より、東京高裁813法廷
     沈美子さん陳述
    ▽来日予定 梁順任名誉会長 金鍾大会長 金田君子さん 申雲龍事務局長

    ▼3月5日(火)午後3時30分より、控訴審第1回、東京高裁813号法廷
    ▼高木健一弁護士の控訴理由陳述、金鍾大キム・チョンデ会長の意見陳述

    この控訴審に合わせ韓国・遺族会の梁順任ヤン・スニム名誉会長、キム・チョンデ会長、ペ・ヘウォン前会長、金田君子さんら9人が来日した。

    *******
    ●2審の開始に当たって──
    戦後補償運動の一つの総決算の場   弁護士 高木 健一

     私たちのアジア太平洋戦争韓国人犠牲補償請求裁判は、ご承知のとおり、昨年の3月26日に、不当な全面棄却の判決を受けました。直ちに控訴をし、10月4日には、弁護団は控訴理由書を提出しましたが、その後、期日の連絡がなかったところ、ようやく、東京高裁における第1回裁判が開かれることになりました。
     このように期日が遅れたのは、訴訟救助の問題があったのです。東京高裁の担当部である第16民事部は、訴訟救助の要件である原告の支払い能力に関する証明をするように、これまで厳しく対応してきたのです。本来、この裁判は日本国によって不当かつ違法な損害を受けた韓国人犠牲者が、日本国に補償を求めるものであって、補償をこれまで行わなかった日本国に大きな責任があることは、誰の目にも明らかなことです。
     にもかかわらず、その日本国を相手とする裁判の費用(一人当たり9万4410円)を日本国に支払わなければ、裁判の手続きにも乗せないというのは、韓国人犠牲者として到底納得のできないことであるのは、よく理解できるところです。去る1月25日、案の定、裁判所は40名の原告のうち、11名について、支払い能力のないことの証明がないとして、訴訟救助の申立を棄却してきました。貧困のため、課税の事実がないと証明した人に対しても、印紙代を払えと不当な決定をしてきたのです。一部、課税支払いをしている人についても、本件の一審では訴訟救助を認められており、今回の決定は、極めて不公平なものでした。
     幸い、弁護団による特別抗告申立により、裁判所は、一部の人については、再審査をして訴訟救助を認めることになりましたが、未だ不公平は続きます。
     この高裁が、このように不当な決定をしたのも、この裁判の重大性と日本国家として補償すべきであるのに、していない事実に関しての無理解が原因だろうと思います。他の裁判においても、一部を除いて、裁判所の姿勢は極めて厳しいものがあります。この日本がかつて侵した韓国人に対する加害行為をいつまでも放置しておくことは、絶対にできないのだということを肝に銘ずるべきだと思います。
     私たちがこの裁判を起こした1991年からこの10年、一部は前進があったものの、総体として日本社会は逆行しているともいえる状況にあります。その流れを最も反映するこの裁判で、どれだけ強く私たちの主張をぶつけることができるか、また、その主張に正面から取り組む勇気を裁判所が持てるかが問われているのです。日本における戦後補償運動の一つの総決算の場であるといえます。
     今後、どのように補償実現を図っていくことができるか、ドイツにおける強制労働被害者に対する基金の設置や、アメリカにおける裁判の役割も視野に入れて、今後とも、皆様と協力して、努力を積み重ねていきたいと思っております。


     

    2001.8.韓国・太平洋戦争犠牲者遺族会行動

      来日した韓国・太平洋戦争犠牲者遺族会の首相靖国参拝反対行動初日、
      まず、靖国神社の境内で座り込み、訴えた(2001.8.11)
    東京高裁に控訴

     3月26日東京地裁で棄却の判決が出た韓国・太平洋戦争犠牲者遺族会の訴訟について、4月6日、東京地裁に控訴した。一審の弁護団が代理して手続きを行った。
     なお、弁護団は高木健一弁護士を代表に11人全員がひきつづき訴訟代理人を引き受けた。日本の戦後責任をハッキリさせる会も、これを支持し、補償実現のための共同行動を行っていく。2001.4

     

    東京地裁で棄却判決

     2000年1月に結審した、韓国太平洋戦争犠牲者遺族会訴訟の
     判決は、3月26日10時、東京地裁713号法廷で言い渡され、「棄却」。
     即日、韓国太平洋戦争犠牲者遺族会と弁護士、日本の戦後責任をハッキリさせる会は控訴で合意。
    2001.3.28.up

    ▲ 3月26日午後、韓国・遺族会メンバーは村山富市元総理・アジア女性基金理事長に面会し、政治的な解決への努力を申し入れた。
    アジア女性基金理事で自治労の福山副委員長、同じく運営審議会委員、笠見政治政策局長も同席した。手前、元「慰安婦」のシム・ミジャ ハルモニ、向こう金田君子(仮名)ハルモニ。




     

    韓国人元日本軍人・軍属の未払給与供託金還付を交渉(2001.2)
                          
     韓国・太平洋戦争犠牲者遺族会と日本の戦後責任をハッキリさせる会は2月1日午後4時前、法務省を訪れ、元日本軍人・軍属の未払給与の供託金の還付を請求し、担当者と交渉した。
     当初、厚生省からの回答通り、供託場所である東京法務局を相手に訪問しようと予定していたが、法務省が担当課に来るように指定したため、急きょ法務省での交渉となった。
     来日した韓国・遺族会の会員ら20人、裁判の代理人・林和男弁護士、ハッキリ会関係者をああわせ30人ほどが会議室に入室。法務省側からは補佐官ら2人が応対した。
     申し入れは以下の通り。
     

      供託金還付の申し入れ

      法務省御中

      (韓国)社団法人 太平洋戦争犠牲者遺族会
        名誉会長  梁 順 任
        会長    金 鍾 大
       日本の戦後責任をハッキリさせる会
        代表    臼杵 敬子
        連絡先 東京都渋谷区渋谷2-7-9パル 青山301
        電話03-5466-0692 ファクス03-5466-0786
       

      旧日本軍軍人・軍属等の「未払給与」の供託に伴う
      「供託金」の還付請求

      1.旧日本軍軍人・軍属(韓国在住・韓国人)の未払給与の供託事実確認
       上記未払給与について厚生省(社会援護局)に照会したところ、それが供託されている事実を確認し、供託場所は東京法務局であると、同省より文書で回答された。
       この供託の事実を、改めて確認していただきたい。
      2.当該未払給与の供託金還付請求
       東京法務局に当該供託金が供託されていることが確認されたことにより、当該者は、その支払い(還付)を請求する。
       還付のため所要の手続きを経次第、還付することを確認していただきたい。
       

     韓国・太平洋戦争犠牲者遺族会金会長から、この文書により、当然に払い戻しを求めたいと申し入れた。これに対して法務省補佐官からは、「供託金は権利者の請求は、法令に従った書面によって供託官が審査する。戦後補償に関係する供託金について、この場で返還するか否かをお答えする権限がない。現に裁判で争われていることでもある」との話があった。
     同行した林弁護士から、時効について進行しないように指示したかどうか(1)時効処理の有無、(2)還付請求についての対応方を(法務局担当に)指示回答をしたことがあるか否かについて調べて答えてもらいたいと求めた。担当官は、「しっかり調べ勉強してお答えしたい」と述べ、今後の面談交渉を約束した。

    確認215人で約25億円

     この申し入れついて「朝日新聞」は1月31日の夕刊、2月1日朝刊で報じた。すでに一次分として確認された人数は215人、合計32万3772円。これは物価換算して約25億円となる。1951年から53年に引揚援護局(現厚生省)が供託手続きしたもので、厚生省によると朝鮮半島出身者は11万人、総額9000万円にのぼる、と伝えた。


     

    民主党が「戦時性的強制被害者問題の解決の促進に関する法律案」提出
     

     民主党は00年4月11日、参議院に軍隊慰安婦問題に関する「戦時性的強制被害者問題の解決の促進に関する法律案」を提出した。発議者は同党本岡参議院議員ら。国の責任で、謝罪と措置、金銭の支払いを伴う─ことを条文化し、その措置促進の基本方針は総理大臣が会長、関係省庁の大臣を委員として決め、措置実施の事務を執り行う、としている。
     いわゆる「慰安婦」問題への「国の法的責任」、「国による個人への補償」との明文はない。
     アジア女性基金が、「国の道義的責任」「総理が国を代表しておわびの手紙」「国の道義的責任を誠実に果たすための医療・福祉支援事業」を実行してきた経緯については、趣旨説明で否定的にのみ触れている。しかし国連の人権委、小委への報告がアジア女性基金を一定の意義を認めながらも、「日本政府は法的責任をみとめていない」としていることについては応えていない。
     「国の責任で謝罪、措置、金銭の支払い」というだけで「国が法的責任により補償を行う」とは規定していない。アジア女性基金の進捗(総計160人以上がすでに受け取ったという)を「応援する」かのようであるものの、国際法違反、国家責任、補償責任を直接に法案とすることができず、アジア女性基金の実態との関係はあいまいなものとなっている。妥協的な「法案」の提出まではこぎつけたが、審議にかかるか、採択になるかはまったく未知数。
     訴訟している被害者の要求に応えきれない案でありながら、しかも国会構成から、その成立可能性はきわめて少ないとみられている。

    注・2001年4月、民主・共産・社民で統一案を再々提案した(案は同様)


     

    弁護団連絡協議会が賠償法案要綱
     

    「慰安婦」関連7裁判の弁護団協議会(藍谷邦雄弁護士代表)は4月27日、「戦時性的強制被害者賠償法要綱」をまとめ、発表した。「慰安婦」について「反人道的行為」として国の謝罪、個人への補償を行う。内閣所管の独立行政法人の「被害者賠償委員会」により、立法後5年以内に賠償金を支給する、という内容。(4.28.2000)
     

    【関連】「国立国会図書館法の一部を改正する法律案」(恒久平和調査局設置案) 超党派の国会議員でつくる「恒久平和のために真相究明法の成立を目指す議員連盟」(会長=浜四津敏子・公明党代表代行と鳩山由紀夫・民主党幹事長代理=当時)が1999年8月10日、衆院に提出された。現在、議員百十八人が賛同し、次期国会での成立を目指している(報道)。しかし、自民、公明党が乗らず、審議・成立の見通しはない、と民主党・田中甲議員は述べている。
       社民党は同年8月13日、「戦争被害の補償等に関する法案」を発表。

     

    1月31日、韓国・太平洋戦争犠牲者遺族会の裁判が結審
     

     「アジア太平洋戦争韓国人犠牲者補償請求事件」の裁判が2000年1月に結審した。
     この裁判は、韓国・太平洋戦争犠牲者遺族会の元「慰安婦」、元軍人・軍属、遺族(原告40人)による戦後補償請求の民事訴訟 。1991年12月6日に東京地方裁判所に提訴、訴訟原告代理人は高木健一弁護士、林和男弁護士、福島瑞穂弁護士ら11人。
     金学順(キム・ハクスン、1997年12月17日死亡)さんら元「慰安婦」提訴の最初であり、元日本軍人・軍属、それらの遺族の大規模な戦後補償裁判として注目されてきた。提訴から30回以上の口頭弁論(法廷)が行われ、9年におよぶ裁判となった。
     日本の弁護士たち、そして戦後補償活動グループの日本の戦後責任をハッキリさせる会(ハッキリ会・臼杵敬子代表)が支援してきた。

     2万人以上の被害者団体、韓国・太平洋戦争犠牲者遺族会(社団法人)裁判の結審だけに、多くの原告や会員たちが訪日。来日した17人が、法廷につめかけたほか、政府・国会関係者への要請活動を行った。金鍾大会長、前の共同代表で現・名誉会長の梁順任さんらも行動をともにした。

     ハッキリ会では、その滞在費、行動費などのためカンパ、募金を呼びかけている。
     ハッキリ会の連絡先は、電話03-5466-0692、寒灯舎。郵便振替口座は、00110-8-551701「日本の戦後責任をハッキリさせる会」。

    金鍾大(キム・チョンデ)会長らが最終弁論

     ▽第33回口頭弁論 (結審)
     ▽2000年1月31日(月)13時30分から15時
     ▽東京地方裁判所 713法廷(7階)
     ▽最終弁論
     元軍隊慰安婦・金田君子(仮名)1938年から1944年まで中国・石家荘-棗強(なつめきょう)で「慰安婦」生活を強いられた。総理の謝罪の手紙を受け取ったが国側から「不知」とされたままである。
     元軍人・鄭キ永(チョン・キヨン)1944年陸軍特別志願兵(学徒兵)。陸軍歩兵として中国・蘇州、太湖、杭州、上海。未払給与あり。慶尚南道出身、79歳。
     元軍属・朴七封(パク・チルポン)1941年関東軍、44年台湾第71師団。マラリアで半身不随に。未払給与あり。全羅南道出身、75歳。
     遺族・金鍾大(キム・チョンデ)全羅南道出身の父・金判龍が1941年海軍軍属徴用、44年8月8日戦死。
     弁護団(高木健一弁護士ほか)国家無答責・統治行為論への反論、国際法上の権利、措置法違憲論など。


     

    1月31日夜、集会「遺族会裁判の意義と今後の展開」
    供託金還付要求、現地追悼早期実現を目標に

     1月31日午後の裁判のあと、韓国・太平洋戦争犠牲者遺族会と日本の戦後責任をハッキリさせる会は、日本キリスト教会館で集会を開き、平和遺族会、高槻むくげの会、労働組合などから多数が参加した。この間の原告、会員の死亡者に黙とうを捧げ、判決に期待するとともに、未払給与の供託金還付、人道的に現地追悼などを国が実施するよう求めていくことを確認した。また、韓国・太平洋戦争犠牲者遺族会は、梁名誉会長、金会長の体制で団結、さまざまな要求実現の活動を進めることで一致した。

     ▽「韓国・遺族会裁判の意義と今後の展開」
     ▽2000年1月31日18時30分〜21時
     ▽日本キリスト教会館7階 A・B室
     ▽発言 遺族会金鍾大会長、梁順任名誉会長、原告たち、弁護士、ハッキリ会、支援グループほか
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      連絡先 日本の戦後責任をハッキリさせる会(ハッキリ会)電話 03-5466-0692(寒灯舎)

                
    ハッキリ会メンバー、姜聖信カンソンシンさん逝く

     日本の戦後責任をハッキリさせる会の草創期からのメンバーである姜聖信(カン・ソンシン)さんが1999年12月28日亡くなった。交通事故だという。40歳。12月29日、長野県大町市の大町教会で葬儀が行われた。ハッキリ会の活動で、ハルモニ、ハラボジたちに可愛がられ、また、かれらを愛した。豪快かつ細心、律義であり意気横溢の人だった。


     

    日本の戦後責任をハッキリさせる会臼杵代表、韓国「入国禁止」解除

     1997年7月、韓国政府(法務部など)から入国「禁止」の措置をとられた日本の戦後責任をハッキリさせる会(ハッキリ会)臼杵敬子(うすきけいこ)代表が、99年9月、措置を解除された。
     この措置は、韓国・挺身隊問題対策協議会(挺対協)が韓国政府に対して申し入れしたことを契機にとられていた。同年1月、アジア女性基金が韓国の元「慰安婦」に「償い金」などを届けるにあたって、介在し誘導したとして挺対協が「入国禁止」に動いた。
     挺対協は、ほかに在日韓国人女性(朴壽南氏)についても同じ時期に「入国禁止」措置を求めたが、韓国人であるため政府の措置はされなかった(この項=聯合通信)。

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     ハッキリ会が支援する韓国・太平洋戦争犠牲者遺族会の裁判をすすめる上で障害になり、同団体関係者からも措置撤回を働きかけていた。
     措置解除について、挺対協からさらに韓国政府に異議が申し入れられたが、退けられた。
     
     

    関連《共同通信》

    一時金協力運動家、韓国入国禁止に
    掲載日1997年07月24日・共同から
     

    【ソウル23日共同】 韓国政府筋は二十三日、日本の「女性のためのアジア平和国民基金」(原文兵衛理事長)が今年一月に韓国の元従軍慰安婦に一時金などを支給した際に協力した日本の女性市民運動家に対して、韓国政府が十四日付で入国禁止措置を取ったことを明らかにした。
    韓国政府が同基金に関連した活動で入国禁止措置まで取るのは異例のことで、今後、日本側の元従軍慰安婦への償い事業に影響を与えるとみられる。
    入国禁止措置の対象となったのは「日本の戦後責任をハッキリさせる会」の臼杵敬子代表(49)。臼杵代表は基金の一時金を受け取りたいという元慰安婦の要望を同基金に伝えるなどし、基金活動の懸け橋的な役割を果たしてきた。基金の一時金支給に反対している「韓国挺身隊問題対策協議会」(挺対協)などが四月、臼杵代表の韓国入国を認めないよう韓国法務省に要求、韓国政府がこれを受け入れる形となった。
     

    *この記事について「挺対協」は何の反応もしていない。日本での記者会見で報道は事実かと問われた際、尹貞玉、金允玉両共同代表は、「失礼な質問だ。人権の視点にたつという公的報道機関にあるものとして、記者魂はどうしたのか」とはぐらかして答えず、結局、事実を否定しなかった。
     
     







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