風知草

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風知草:果断さについて=山田孝男

 以前より報道媒体が増え、以前より鮮明な映像が撮れ、以前より長々と手の込んだ解説がなされているにもかかわらず、物ごとの本質や背景が以前より見えにくくなった。

 橋下徹大阪市長(42)をめぐる報道がそうだ。テレビはケンカ上手の風雲児を挑発し、ファイトを映し出すことには熱心だが、背景説明や是非、善悪の判定は中途半端に終わる。

 怪物市長が政界再編なり国家改造なりでどういう役割を担うかということが、津々浦々、興味本位に論じられ、主な問題は住民自治に属するという基本が見失われていく。

 橋下は先月、市の全職員を対象に労働組合と政治活動に関するアンケートを実施した。「特定の政治家を応援する活動に参加しましたか」など22問。業務命令につき、記名して回答せよと高飛車に出た。

 当然、批判が噴き出した。憲法19条(思想・良心の自由)および28条(勤労者の団結権)に違反、労働組合法7条3(労組に対する支配・介入の禁止)に違反していると。大阪府労働委員会(労使紛争の調停機関)が調査の中断を勧告、既に職員が記入・提出した回答の開封・集計は凍結された。

 かくして全国レベルでは、橋下は危険人物かどうかというせんさくが続いているが、アンケート騒動のさなかに実施された大阪府民世論調査(朝日新聞・朝日放送)によれば、橋下の支持率は70%(大阪市民に限れば71%)に達した。

 橋下が職員組合と対決するのは「従業員(組合)が社長(市長)の人事を握っていては行革などできない」(1月6日の記者団とのやりとりなど)からである。昨年11月、橋下は職員組合が支援した現職市長を選挙で破って当選した。

 労働者は雇い主の不当な圧迫から守られて当然だ。あえて言えば、私は、果断と無礼が結びついた橋下の特質に違和感を覚える。草木もなびく各界の橋下詣でにイヤな感じをぬぐえずにいる一人である。

 だが、だからこそ、市長の評価は地域の住民が決めるという原則を確認したい。選んだ責任は住民が負うという原理を大事にしたい。橋下の一挙手一投足を全国民が見つめ、毎回大騒ぎする必要はない。

 鮮明な映像が示され、批判が集中したにもかかわらず、いつの間にか本質が見失われた例をもう一つ挙げる。田中直紀防衛相の進退である。

 田中は1月の就任以来、自衛隊の憲法理論、国連平和維持活動(PKO)の現状など基本的知識の欠如を露呈。揚げ句、参院予算委を勝手に中座してコーヒーを飲みに行き、「コーヒーは飲まない決意」を答弁して議員も世間も仰天した。

 北朝鮮の核攻撃の脅威増大と中国軍拡の折、田中防衛相が適任か、答えは明らかだが、進退は不問のままだ。

 大平内閣の80年2月、衆院予算委で「重要な問題なので局長(役人)から答弁させます」と口を滑らせ辞任した防衛庁長官(現防衛相)がいた。

 辞任の表向きの理由は、以前からくすぶっていた役人不祥事の引責。当時の新聞にズッコケ答弁を正面から批判した記事は見えない。ましてテレビが失言映像を垂れ流し、コケにして競う時代ではなかったが、首相はけじめをつけた。

 「橋下現象」は、果断さのカケラもない現在の中央政界、とりわけ民主、自民両党の停滞から生まれた皮肉だ。(敬称略)(毎週月曜日掲載)

毎日新聞 2012年3月5日 東京朝刊

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