プールの中に水はあるのか。ないのか。それが大きな問題だった。
福島第1原発の事故直後、日本の政府が出した避難勧告は、原発から半径20キロ圏内(屋内退避が20~30キロ)。アメリカ政府の独自勧告はずっと大きく「80キロ」だった。
1年して事情がだいぶ、わかってきた。アメリカの原子力規制委員会(NRC)が報道機関の求めに応じ、内部記録を公開したのだ。3月11日から10日分で3208ページ。東京と結んだ電話会議の議事録から、アメリカもかなり混乱していたのが伝わる。
プールの水はその焦点の一つ。NRCの幹部たちは、4号機内の核燃料をためたプールの水がなくなっていると思った。建物は爆発で壊れている。燃料が水に覆われていないと、放射能がどんどん外に漏れる。
「80キロ避難勧告」の3月16日、NRCのヤツコ委員長は議会で「プールの水は空っぽ」と証言していた。ところが同じ日、「水はあるかも」との新情報が入ってくる。
「私は空っぽだと公言してしまった。不正確だったということか?」(委員長)
「恐らく不正確だったと言えるのでは」(言葉を選びながら答える東京の部下)
「私の信用問題になる」(委員長)
「でも『空』と言ってきたのは東電です」「東電と日本政府が今になって説明を変え始めたのです」(NRC副局長)
再び「水なし」が報告され、委員長は発言を修正しなかったけれど、その後の東電調査で「燃料はずっと水の中」となった。アメリカは判断を間違ったかもしれない。
でもそれより大事なのは、判断の過程を後で検証できる記録があること。そして黒塗り付きだけど、私たちが読めること。
外野だから記録の余裕もあった? だけど立場が逆だったら、同じような議事録を今、読んでるだろうか。
毎日新聞 2012年3月2日 0時16分
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2月17日 | モンティの証明=福本容子 |
2月16日 | エリートはつらい=榊原雅晴 |
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2月15日 | ネット革命の正体=伊藤智永 |
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