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12. 中川恵一氏の主張について(2012/3/4)

「低線量被曝のモラル」という本が出版されています。これは 東大で昨年7月に行われた東京大学緊急討論会「震災・原発そして倫理」 の内容に児玉氏の論文と児玉氏がはいった討論を付け加えたものです。

実際の討論の部分は251ページからの「討論1」の部分ですが、ここで 展開されている中川氏の主張はかなり奇妙なものにみえます。多数あるのです がいくつか例をあげます

    これが元データとして、この1年あたり100ミリシーベルトの被曝レベルを
    超えれば、グラフの線は右肩上がりに直線的に上がってく(p275上段)

    お酒を、毎日二合飲めば、年間1000ミリシーベルトの被曝線量、私のよう
    に毎日三合飲めば、これはもう年2000ミリシーベルトの被曝線量と同じリ
    スクになります(p275下段)

    ICRPのモデルで1年間あたり1ミリシーベルトの被曝線量で致死的ながんが
    発生する確率が 0.00005(p276上段)
つまり、中川氏の主張しているところでは、「ICRPのモデル」というのは 「1年間あたり1ミリシーベルトの被曝線量で致死的ながんが発生する確率が 0.00005」で、いわゆる閾値なし線形モデルですから、被曝量を1000倍すると ガン発生確率も1000倍になって

    1Sv/年の被曝でガンで死ぬ確率が5%増える
ということになります。これは生涯で30%だったのが35%になるという意味です。 このことは中川氏の発言でも以下のように明記されています。

    がんで死ぬ人が、全体の30パーセント、つまり確率 0.3 だったとして、こ
    の 0.3 と 0.30005 を統計的に有意な形で検定するためには、(p276上段)
しかし、いうまでもないことですが ICRP のモデルは「累積被曝量」が1Sv の 時に5%、というものであって「年間1Sv」の時に5% ではありません。ICRP Publication 103 には、100mSv以下の一回被曝と 100mSv/年以下の年間被曝に ついては統計的に有意なデータがあるわけではない、という記述はありますが、 100mSv/年の被曝を複数年にわたってうけた時の影響が100mSv以下の被曝を一度 に受けた時と同じであるというような示唆と見える記述はどこにもありません。

また、線形モデルである以上は累積被曝量が問題であり、がんリスクについて は1度に被曝しても数十年にわたっても合計が同じなら同じリスクであると いうことにしているわけで、「1年」という単位がはいってくる余地は どこにもありません。一方、Publication 103 のパラグラフ 268 には

    平均年間職業被曝線量である 5mSv に関係付けられる致死がんの確率に相
    当する年間 2x10^-4 という包括的なリスク拘束値
という記述があり、これは年間 1Sv は年間 4% のがん死相当ということです。 生涯で4%ではありません。

上に書いた中川氏の主張から見る限り、実際に

    1Sv/年の被曝でガンで死ぬ確率が生涯で5%増える、これは1Sv/年を何年続
    けても同じ
という計算をしているようにみえます。これは ICRP モデルでもなんでもない もので、リスクを数十分の一に過小評価する極めて深刻な誤りであるように思 われます。

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