やっちまった感がありますが後悔はしません。
あと、少し遅れてすいませんでした。
第四十一話・二十年ぶりの帰還
「あれ? 木乃香、今日どこかいくの?」
麻帆良学園、早朝。
その女子寮の一室で、神楽坂明日菜は自分の親友の見慣れない姿に困惑していた。
近衛木乃香は毎朝早くから新聞配達にいく自分のために朝食を作ってくれているのだが、いつもは朝早いということもあってパジャマのまま、作り終わった後は再びベッドに戻っている。
だがその木乃香が、今日はいつものようなパジャマではなく少しおしゃれなよそ行きを着ている。
それに今日は休みである土曜日、どこか機嫌が良いようにも見えるし、外出する用事でもあるのだろうか?
「んー? えっとなー、今日は知り合いのおじさんが来るからお出迎えにいくんよ」
「だからそんなにオシャレしてるの?」
「うん。お父様の知り合いで、家の偉い人らしいからきちんとした格好しときたいんよ。それに、小さい頃はよーお菓子とかもろて可愛がってもろたんやけど、会うんは久しぶりやからちょっと気合い入ってしもて」
「ふーん……いつ来るの?」
「午前中には来るみたい」
「じゃあさ、私も行ってみていいかな? そのおじさんがどんなのか気になるし」
もちろん、気になるというのは好奇心だけでなく、高畑先生のような渋いおじさんを想像しての事である。
「ええよー。先に駅前で待ってるえー」
「うん。それじゃ私は新聞配達行ってくるねー」
「がんばってなー」
まだ朝の寒い、一月のある日の会話である。
――――
「やっと、つきましたか」
麻帆良。
思えばここに帰ってくるまで、随分と長い時間がかかったものです。
あれから、二十年以上たちますからね。
目が覚めて、変わり果てた麻帆良を見てショックを受けたのを今でも覚えています。
西洋のような街並みに、夜にもかかわらず光り輝く派手なパレード。
そして、さよさんとの出会いと、そこからの逃避行。
良くも悪くも印象深いことが多かったですね、今思えば。
でも今、日に照らされた麻帆良を見て、やはり変わってしまったのだと実感します。
二十年前以上に発展した町には、私がかつて、百二十年前に過ごした日々を思い出させてくれるものが何一つ無いのです。
ただ一つ、彼女が眠る世界樹を残して。
「セイさん……どうかしましたか?」
「ん、いえ」
少し、顔に出ていたかもしれません。いけませんね、この麻帆良はさよさんにしても長い時間をたった一人で過ごした場所でもあります。私が感傷に浸っているわけにもいきませんよね。
「少し、昔を思い出していただけです。あの時は困りましたよ、何せ、いきなり泣き出すんですから」
「え、ちょっ、セイさん!!」
さよさんがにわかに顔を赤くします。
懐かしいですね。幽霊の少女を見かけて気になって、声をかけたらボロボロ涙を流して泣き出したんですから。
あの時はとても困りましたが、今思えばいい思い出です。
「ふふ、あの頃のさよさんは可愛かったですね。もちろん今も」
「……!! ……怒れないじゃないですか」
む! さよさんが少し拗ねてしまいました!!
照れているのも可愛いのですが、これはご機嫌をとらないといけないかもしれません。
麻帆良でも餡蜜の美味しいお店とか探しに二人で歩いてみましょうか? そういえば最近二人っきりでのんびりと町を歩いたりとかしていませんし。
「主……もう少し人目を気にしていただきたい……」
ん、何でしょう? 志津真が何か言ってきました。人目? 別にこれくらいなら気にするほどでもないでしょう。往来で魔法を使っているわけでもないし。
「というか志津真、あなただって人のことは言えないでしょう」
「いや、これは……」
目の前でしっかりとしっかりと沙都子ちゃんと腕を組んでいるくせに何を言うんですかね、まったく。
……ああ、そう言えば言っていませんでしたね。
実は志津真にも戸籍が必要だと言うことで作りました。
姓名、黒兎志津真。
配偶者、黒兎沙都子。
…………ええ、そうです。沙都子ちゃんはやりました。押して押して押し切りました。
志津真も種族の違いを盾に結構頑張ってましたが、押し切られましたね。
志津真は最後まで抵抗しましたが、最後は協会の女性幹部たちによる複合多重結界で弱体化したところを落とされたようです。
次の日の沙都子ちゃんの肌ツヤッツヤしてましたよ。
志津真は少し疲れてましたが……
結婚式も楽しかったですねえ。沙都子ちゃんの昔の友達も皆来ていましたよ。たしか部活メンバーとか言いましたか。
その中でも、沙都子ちゃんと特に仲の良かった……古手梨花ちゃんでしたか?
なぜか久しぶりにあった沙都子ちゃんの胸をあり得ない物を見るかのように凝視していたんですが……どうしたんでしょうね?
他にも沙都子ちゃんの兄夫婦などは特に驚いていました。
何年か合わないうちに随分と変わったものだと。
……実は、この言葉を聞いてヒヤっとしました。
沙都子ちゃん、少しずつ人間じゃなくなってきてるというか……ようは志津真と……朱と交わったら赤くなったというか……とにかく人じゃなくなってきてます。
本人たちが気にしてないので良いですけど。
「マスター」
おっと、随分と思考の海に沈んでしまっていたようです。
「マスター、迎えってあれかな?」
時雨が指した方向には、木乃芽さんによく似た少女が立っていました。
間違いなく木乃香ちゃんでしょう。
……大きくなった物です。
「流石時雨。しかしなぜわかったんです?」
「んー、なんとなく木乃芽と魔力の感じが似てたよ」
……そんなもんですか。
ま、気にしてもしょうがないですか。
おっと、向こうも気づいたようですね。こちらに向かって少女が二人走ってきます。
ツインテールの娘は木乃香ちゃんの友達でしょうか? 仲良きことはいいことです。
「セイおじさんやー!」
「久しぶりですね、木乃香ちゃん。元気にしていましたか?」
「うん、元気やったよ。お父様はどうやった?」
「はて、最後に見たときは元気そうでしたが……」
「そっか……」
笑顔が少し曇ってしまいました。やはり寂しいのでしょうか?
「それより木乃香ちゃん、近衛右門になにかされていませんか? 何かあったらいつでも気にせず電話するんですよ?」
「わかっとるえー」
「ん、よろしい。……それで、そちらは木乃香ちゃんのお友達でいいのかな?」
「あ、はい! 神楽坂明日菜です」
「木乃香ちゃんとこれからも仲良くしてあげてくださいね?」
「……ハイ」
……ん? どうしたんでしょう、神楽坂明日菜と名乗った少女が木乃香ちゃんの耳元で何か囁いています。いや私には聞こえてるんですけど……
(ちょっと木乃香、小さい頃からお世話になってるおじさんじゃなかったの!?)
(そやよ? なんで?)
(なんでって……おじさんって年じゃ無いじゃない! 幾つなのよあの人!?)
(んー? そういや幾つやろか。昔から変わらへんけど、結構いってるんちゃうかな。こーくんがウチらと同い年やから)
(同い年って……十四の子どもいるの!? 若すぎない!?)
あー……確かに子供が行る年には見えないかもしれません。
煌とさよさんだとさよさんの方が幼く見えますし、私とさよさんは不老ですから、さよさんの見た目は中学生当時のままですからね。
―――!
「明日菜ちゃん!」
突然、場違いな殺気と明日菜ちゃんを呼ぶ声が。
声のした方を見れば、遠くの方からこちらに走りよってくる男性が一人。
直接会ったことはありません。しかし顔は知っています。なにせ裏では有名な人物ですから。
悠久の風所属、元紅き翼のタカミチ・T・高畑。
「おや、誰かと思えば高畑さんではないですか。ご高名はかねがね伺っていますよ」
「世辞は結構です。……明日菜ちゃん、悪いけど帰ってくれるかい? 学園長にこの人を呼んでくるように頼まれたんだ」
「へ? ……はっ! は、はははい!」
「高畑先生、うちはー?」
「木乃香君もすまないけど……」
木乃香ちゃんがどうしたものかとこちらを見ていますが、ここは素直にいきましょうか。
「すいませんね、木乃香ちゃん。用が済んだらまた連絡します。いつになるかわかりませんが……すいません」
「別にええよー。ほなまたね」
それからしばらくは木乃香ちゃん達が見えなくなるまで二人の姿を見送っていました。
「……どういうつもりです」
「それはこちらのセリフですよ。なぜあなたがここにいる。関東呪術協会長、暗辺セイ!」
おや、怖いですね。まぁいきなり敵対組織の代表が自陣の懐に現れればそうなりますか。
「そうですね……ま、ちゃんとした理由があってここにいる、と言っておきましょう」
「……まあいいでしょう。とにかく、学園長の所まで来てもらいますよ」
「嫌です」
「……それはこちらの指示に従わないとうけとっても?」
高畑氏から強い殺気が漏れます。さっき木乃香ちゃん達に見せていた人の良い態度は欠片も残っていません。
いつのまにか周囲から人もいなくなってますし……返答いかんによっては殺る気ですね。
「そうではありません。いえ、そうともとれますが……どうせ聞かれるのはなぜここにいるかでしょう? 二度三度話すのも面倒ですし、今晩にでも関係者を集めてもらってまとめて話しておきたいんですよ。ホテルのチェックインも済ましておきたいですしね」
これには実は思惑があります。単にぬらりひょんと顔をあわせるのが面倒というのもありますが……それだけではないのです。
「……少し待ってください」
携帯電話を取り出してどこかと連絡を取る高畑氏。相手はぬらりひょんでしょうね、十中八九。
しばらくして――
「今夜十二時に、世界樹前の広場に来てください。それと、それまで監視をつけさせてもらいます」
監視、ですか。それくらいは当然でしょうね。私はしばらく何も起こす気はないので痛くも痒くもありませんが……それにしても監視ですか。
「それは、あちらの少女のことですか?」
高畑氏がそちらを見れば、神鳴流に縁のある者には馴染み深い野太刀を持った少女がこちらの様子をうかがっている。
詠春から事前にもらった資料によれば、名は桜咲刹那。烏族とのハーフだとか。
「ちがいます。監視の人員が来るまで、ここにいてもらいますが……」
「かまいませんよ。急いでいるわけではないですから」
さて、どんな人が監視にきますかね? 刀子ちゃんは流石にこないでしょうが、それなりに腕のたつ者が複数で来るでしょう。それだけでも麻帆良の戦力調査に繋がりますから、少し楽しみです。
AAAのタカミチを前にして、不敵に笑うセイだった。
+注意+
・特に記載なき場合、掲載されている小説はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
・特に記載なき場合、掲載されている小説の著作権は作者にあります(一部作品除く)
・作者以外の方による小説の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。
この小説はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この小説はケータイ対応です。ケータイかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。
小説の読了時間は毎分500文字を読むと想定した場合の時間です。目安にして下さい。