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電力会社・崩れる牙城:東電、やまぬ人材流出(その2止) 夢持てぬ「賠償会社」

 <1面からつづく>

 人材流出が続く東京電力。政府は3月に策定する総合特別事業計画で今後10年の経営ビジョンを示すが、「新生東電」の青写真が明確にならなければ退職者はさらに増えるおそれもある。

 「『企業は人なり』です。ぜひ、社員のモチベーション(やる気)が維持される道筋を描いてほしい」

 昨年9月、東電のリストラ策を検討する第三者機関、経営・財務調査委員会。西沢俊夫社長は「経営の神様」とうたわれた松下電器(現パナソニック)創業者の松下幸之助氏の言葉を引用しながら訴えた。勝俣恒久会長も接触を続ける政府高官に「何としても夢と希望が持てる会社に戻したい」と再生への決意を伝えている。

 しかし、東電の前途に待ち受けているのは福島第1原発事故の被災者への賠償だ。賠償総額は同委員会の試算によると4兆5000億円。これに除染や廃炉などの費用を加えると「10兆円を超える」との見方もある。

 経済産業省幹部は「東電は今後20年は賠償会社になる」と言う。昨秋、退職届を受け取った東電幹部は「『夢が持てないので辞める』と言われた。会社の将来を語れない私に引き留めることはできなかった」と振り返る。

 ◇給料減、バッシングで見切り

 地味でも「高給」「安定」などのイメージを持たれていた東電社員を取り巻く環境は事故で激変した。賃金(年収ベース)は一般職で20%減、管理職で25%減。企業年金も引き下げられる見通しだ。「オール電化」営業や海外事業などを廃止した一方、事故処理業務にあたる人員は現在の7600人から1万人まで増やす予定だ。

 人材流出が加速する背景には、過熱する「東電バッシング(たたき)」もあるようだ。「東電社員は皆殺し」「家族を誘拐して福島に捨てる」。東京都内の社員寮に住む30代の社員は昨秋、こんな投書を受け取った。別の幹部社員は家族がいじめに遭ったと打ち明ける。姓名の変更や離婚を検討する社員もいるという。

 40代の社員は「会社に残って福島のために一生をささげようという気持ちと、家族を守るには退職するしかないという気持ちが交錯している」と胸中を明かす。東電は福島県内の全避難所に4~5人を派遣していた。担当者は「東電の社員だと知れたら『袋だたき』に遭うので身分を隠して避難者の世話をしていた」と語る。

 多くの原発被災者は、今も厳しい避難生活が続く。国民の非難を浴び東電の優良企業のイメージは崩れた。一方、電力の安定供給という責任は果たし続けなければならない。

 「3月10日(原発事故前)の東電に戻ることはありえない」。昨年12月、枝野幸男経産相は記者会見で「東電解体」に意欲をみせた。民主党政権は、地域独占に守られた「ぬるま湯体質」の中、安定した収益を得てきたのが実態だと切り捨て、電力完全自由化を促す抜本改革に切り込む構えだ。

 3月の総合特別事業計画には政府による「実質国有化」方針が盛り込まれる見通しだが、東電内には「国有化されれば、企業の成長に必要なアイデアが生まれにくくなる」と懸念する声もある。

 一方、政府内には人材流出を深刻に受け止めながらも「今、東電を去る人は、昔の東電に戻りたいが、それができずに見切りをつけただけ。『新生東電』にそんな人は必要ない」(経産省幹部)と冷ややかな声もある。

 ◇新経営陣の人選急ぐ 政府、再建へカリスマ分析

 「再生時における主力人材のつなぎ止め施策例」--。

 政府が東電を再生するにあたって作成した内部資料には、経営危機に陥っていた日産自動車を立て直したカルロス・ゴーン氏と、巨額の不良債権処理で経営に行き詰まり、実質国有化されたりそなホールディングスを再建した細谷英二会長の取り組みが詳細に列挙されている。

 毎日新聞が入手したこの資料によると、具体例として「30~40代による『クロスファンクショナルチーム』で部門横断的な活動を展開」(日産)、「不良債権処理を専門チームに担当させ、若手を後ろ向きの仕事から解放」(りそな)などを挙げ、先例にとらわれない「若手の積極登用と人事改革」の必要性を強調している。

 日産再生前に仏自動車大手ルノーを復活させたゴーン氏は手法から「コストカッター(経費を徹底して削減する人)」と呼ばれた。国鉄改革派でJR東日本副社長から転身した細谷氏は異業種の銀行再建を果たした。

 「破壊と創造」をスローガンに社内改革に取り組んだパナソニックの中村邦夫氏についても分析。「トップ自らが厳しいメッセージを発信し社員の間に強い危機感を醸成した」「メッセージ性の強い言葉を発信することで社内コミュニケーションを実施した」とし、危機感の共有や目標の明確化が必要だと指摘している。

 東電再生のカギを握るのは、政府による資本注入後の新経営陣の陣容だ。政府関係者は「破壊力に加え、創造力も必要」として社外からの人選作業を急いでいる。15日に辞任の意向を示した勝俣会長に代わる新会長が陣頭指揮を執ることになるが、「民間企業でありたい」(西沢社長)と主張する東電側の反発は強い。

 古い体質の残る東電をどこまで変えられるかが焦点で、新トップに強力な権限を与えられるかが命運を分けそうだ。【三沢耕平】

毎日新聞 2012年2月16日 東京朝刊

 

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