福島第1原発事故--あの日から約11カ月、「脱原発」の市民運動やデモも変わりつつある。訴えは「脱原発」の一点、組織動員もなく、イデオロギー色もない新しい若者のデモが出てきた一方で、運動の広がりの弱さを嘆く声も。市民の「脱原発」はどこへ行く?【根本太一】
北風が吹くJR渋谷駅前の繁華街を、長い集団が通りすぎていく。マーチングバンドが奏でるサンバに合わせたサクソフォン。しばらくすると竹製横笛のおはやし。一見、にぎやかなパレードだ。後続が歌うように声を張り上げる。「子どもを守れ! 大人が守れ! 原発いらない!」
1月29日、ツイッターでの呼びかけで行進したのはほとんどが20~30代の約1000人。ベビーカーを押す夫婦、原発がなかった時代を表して羽織はかまを着たカップル--。袋を持った数人が、最後尾でゴミ拾いを引き受ける。
「ツイッターデモ」などといわれる新メディア時代のデモ。当日は福岡市や浜松市でも同時開催された。渋谷デモの主催は「ツイット・ノー・ヌークス」という、震災後ツイッターで知り合った若者の集まりだ。昨年4月以来、ほぼ月1回デモを開いてきた。
代表の一人で、介護職員の平野太一さん(26)は「僕たちは原発にあまりに無関心だった。政党や組織に染まらない、個人の自由な意思で参加できるデモ、原発がなくてもええじゃないか的なデモをできないかと考えた。放射能汚染は怖いと思っていても、声に出さなければ現実は動かない。デモで可視化し、大きなうねりにしたいんです」。
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震災を機に見知らぬ人がネットなどで話し合い、デモを呼びかける例は他にもある。「アクト3・11ジャパン」も4月から月1回実施してきた。1月28日、東京・吉祥寺の繁華街で「あったかデモ」を実施した。原発がなくても「私たちはコレで暖かい」。工夫しだいで寒さを防げますとのアピールだ。
暖かさのアイデアを競うコンテストもあり、湯たんぽや鍋のコスプレの人も。参加賞品は約50本の大根。共催のグループ「野菜にも一言いわせて! さよなら原発デモ!!」(野菜デモ)の求めに応じ、埼玉県所沢市の建設会社員、早崎仁さん(35)が菜園で育てたものを背負ってきた。
野菜デモのメンバー、里知歌子さん(32)は看護師。「食の安全に気を使ってきたのに、放射能汚染で農家は出荷もできない。以前はデモなんて怖いし、人ごとだったけど……」。大根の早崎さんは「日本が好き、一般参賀で皇居へも行く。東京電力を憎いとも思わない。ただ原発を再稼働しないでほしい。子どもの未来が不安なんです」。
いったん制御不能に陥れば私たちの生存そのものを危うくする。そんな原発に頼った暮らしにノーと言おう--。皆に共通するのは、そんなシンプルな主張とともにデモは「初めて」という点だ。
「自分たちが原発問題の当事者だということを初めて突きつけられたのでは」と話すのは、作家の雨宮処凛さん(37)。「昭和世代の政治家や原子力ムラの人に将来を託してはいられない。無関心ではだめという自覚がツイッターやネットで彼らを結集させた」
ルポライターの鎌田慧さん(73)は「素地は08年の『年越し派遣村』にあった」とみる。「多くの人が個々に集まり、派遣労働や一時雇用に関する集会を開いていた。今回も、少子高齢化や年金問題も含めて不安を抱えた若い世代、子育て世代が自然発生的に街頭に出てきた。匿名の世界に埋もれていては何も変わらない、変えられない。そんな純粋な行動ですよ」
それにしても、と感心することがある。掲げたプラカードがしゃれている。「廃炉招福」「脱原発成就祈願」のお札だったり、野菜や生き物のイラストだったり。渋谷のツイートデモで先頭を行く横断幕「サヨナラ原発」の文字は人形を縫い合わせてかたどっている。遠巻きに見ていた女子高生たちが「カワイイ」と言って飛び入り参加する呼び水にもなっている。
横断幕を作ったのは「サヨナラ・アトム」というアーティスト集団。その一人、新庄哲平さん(28)は「デモという古い社会運動に抵抗なく入れるように考えた。脱原発をさりげなく訴えたい」と話す。
こうした表現法を「まずは人を引きつけ、親近感を抱いてもらう役割を果たす」と評価するのは、劇作家で「人は見た目が9割」の著者、竹内一郎さん(55)。「ゴシック文字の看板では攻撃性が強すぎる。人がこなければメッセージは伝わらず、結果は出ない。逆に、ゆるキャラ文字はフレンドリーで愛されます」
一方で、平野さんたちは、理詰めの解説のパンフレットも用意した。「ドイツにできた脱原発が、なぜ日本でできない?」「原発は今3基しか動いていない。でも、電力には困っていない」--。雨宮さんは「デモに参加するって、社会にもの言う立場になること。原発で便利な暮らしをしているじゃないかと罵倒される時もある。それに反論したり答えられないのは無責任と皆、必死で勉強している」。
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ただ主催者の悩みは運動の伸びが「いま一つ」という点だ。「迷惑」「ウザイ」「目立ちたい?」などとツイートされることもある。都内では参加者が少しずつ減っているデモもあるという。平野さんは「デモという行為にアレルギーがあるのかも。僕たちの親の世代はデモをしたこともないし。でも声を上げ続けることでしか原発再稼働を止められない」と話す。
脱原発を求めて鎌田さんや作家の大江健三郎さんら著名人が昨年9月から呼びかけている全国1000万人署名運動。「震災直後の熱気が徐々に落ちている」と鎌田さん。300万人分を集めた12月ごろからスローペースとなり現在約400万人。「3月までに500万人は突破したい。特にしらけ気味の中年男性に働きかけたい」という。
脱原発への共感は広がらないのか。評論家、佐高信さん(67)に聞くと「今回の動きを革新ムードが強かった日米安保闘争の時代と比較して広がり不足と見るのは間違い」との答えが返ってきた。「むしろ若い人が自ら動いて大勢を集めたことを成功と率直に拍手すべきです」。デモだけで政府や東電を追い詰めることはできない、としつつ「無関心な人々をそれでいいのかと刺激するのは事実」とも。
「アラブの春」とまではいかないが、若者が立ち上がったのは確か。どうせ無駄さと傍観する旧世代は大いに見習うべきものがあるはずだ。
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毎日新聞 2012年2月6日 東京夕刊
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