此下益司さん:アジア・パートナーシップ・ファンド執行取締役会長兼最高経営責任者(CEO)1967年生まれ、大阪府豊中市出身。米国人の伯父に習った英語のほか、タイ語、ベンガル語も話す。テニスでは31歳まで全日本選手権に出場。現在もジムで1時間半、140キロのベンチプレスで体を鍛える。家族は日本に暮らす両親と弟。「仕事と結婚しちゃって」と苦笑い、独身生活が続いている。 日系初、証券会社を買収、「アジアに直接金融で貢献したい」2006/6/20 バンコクに本拠を置く日系投資会社のアジア・パートナーシップ・ファンド(APF)。アジアの不動産、株式、中小企業などに投資し、運用資産は約 700億円に上る。今年3月までに中堅証券会社ユナイテッド・セキュリティーズ(US)を約34億円で買収、日系企業がタイの証券会社を買収する初のケースとなった。 タイでは日本人高齢者向けにロングステイ事業なども展開し、グループ企業は10社に上る。そのトップに立ち、「アジアに資金が必要なところは多く、いい形で注入できれば国や地域が活性化する。直接金融で貢献したい」と情熱を燃やす。 大阪大法学部の学生時代、将来の希望は弁護士だった。テニス部の主将も務め、国体では5位に入った。大学院で公法学を専攻し、脳死臓器移植の法的問題を研究するため、米フロリダ州のタンパ大に留学。これが大きな転機となる。 ■留学先で債権交渉 時代はバブル経済が崩壊した1990年代前半。テニスの縁で知り合った投資家に頼まれ、米国で焦げ付いた債権の解決に奔走した。法律知識や英語力を生かし、米国の弁護士やファンドと交渉。その手腕を買われ、「自分で投資案件を手掛けてみては」と勧められる。 巨額の資金を動かす海外の実業家を目の当たりにし、「勝負したいと思った」。大学院卒業後95年、個人投資家の出資を得て、バハマのファンドを約40億円で買収、代表に就任する。99年にバンコクに法人登記し、不動産投資から事業を拡大してきた。 現在では企業年金や金融機関、個人など出資者は約350件に上り、15%の利回りを確保する。今後は買収したUSを生かし、タイ進出企業を支援する金融サービスや、日本人向けの株式取引サービス、株式投資信託などを導入する計画だ。 ■「いじけてない国」 タイとの出会いは、大学4年生だった89年。バックパッカーとしてインドやネパールを旅行し、バンコクでは街の活気に圧倒された。所持金が尽きかけ、ルンピニ公園で野宿すると、食べ物を分けてくれるタイ人の優しさに胸打たれた。 「普段は他人に構わないのに、困ったときにすごく親切。お金がなくても幸せな人がいっぱいいる。『いじけてない国』だと思う」 そんなタイを拠点に、ローリスクな中進国を投資対象としてきた。タイがアジアの要になると予想し、ベトナムやカンボジア、ミャンマーなどへの投資も狙う。「これからアジアで資金調達する必要性は高まる。タイの資本市場を結び付けたい」と鋭いまなざしで語る。 週1〜2 回は国際線の航空機に乗り、アジアを飛び回る生活。その6割を過ごすタイでは、毎朝6時に起床、ジム通いを欠かさない。「自分は根性で勝負するタイプ。勝っていくためには、自分の心、体を鍛え、勉強していかないといけない」ときっぱり。体育会系らしい厳しさをのぞかせる。(タイ編集部・井口達朗) >>この目次トップへ[P R] [P R] [P R] |