東京電力福島第1原発事故によって、下水汚泥や焼却灰、稲わらなど、事故前には全く想定されていなかった「放射性廃棄物」が大量に発生した。処分場どころか、一時保管場所すら見つからないケースも多く、汚染廃棄物を抱える自治体や農家などからは悲鳴が上がる。国は対策を進めるが、解決のめどは全く立っていない。
2月中旬、地元ブランド「いわて南牛」の産地である岩手県一関市花泉町の肥育農家、佐々木順一さん(61)は、原発事故で放射性物質に汚染された稲わらを一時保管場所のパイプハウスに移す作業に追われた。「やっと一つ前に進んだが、まだ入り口に過ぎない」。佐々木さんの表情は晴れない。
佐々木さんが保有する汚染稲わらは約7トンに上る。人家から離れた畜舎付近に耐雪型パイプハウスを建設し、近隣の農家と共同で保管することにした。ハウスは3カ月ごとに県や市が点検し、定期的に線量を測定する。
佐々木さん宅では、汚染稲わらを食べた牛が排せつした汚染堆肥(たいひ)も約140トンあるが、国の方針が明確にならず、処分できない。佐々木さんは「このままでは若い後継者の意欲がそがれ、産地がつぶれてしまう」と危機感を示す。
岩手県内の汚染稲わら約600トンのうち約400トンは一関市にある。市は、山あいの市有地に一時保管施設を建設しようとしたが、周辺住民が「100%安全と言えるのか」と反発。市内4カ所に分散保管する方法にも理解は得られず、各農家の個別保管となった。
勝部修市長は「国は福島県には(汚染廃棄物の)中間貯蔵施設建設の方針を示したが、周辺自治体には何もない。放射能汚染に県境はない」と国への不満を漏らす。
宮城県も同様に苦しんでいる。
1月31日夜、栗原市築館で開かれた汚染稲わら保管に関する県と市の住民説明会。「賛成ではないが、仕方がない」。出席した住民代表ら約70人は、一時保管を容認する姿勢を示した。地区内に保管用パイプハウスを建設し、3月から稲わらを搬入する予定だ。ただ市内で容認姿勢は築館地区だけ。他の3地区は反対意見が強く、県と市は3月中旬以後、改めて説明会を開く。
宮城県畜産課によると、県内の汚染稲わら約4800トンのうち、一時保管のめどがついたのは約2880トン。保管場所に持ち込めない農家からは「春からの耕作に影響する」と悲鳴が上がる。
村井嘉浩知事は1月の記者会見で「汚染稲わらの一時保管場所の確保や処理、健康被害の基準は国が責任を持ち、県民の前に自ら出て説明すべきだ」と主張。あくまで国の方針決定後に対応に乗り出す考えを貫いている。【湯浅聖一、宇多川はるか、小原博人】
首都圏でも深刻な事態に陥っている。周辺より放射線量が比較的高くなり「ホットスポット」と呼ばれる千葉県北西部。放射性セシウムが付着した落ち葉などを燃やしたため、柏市の清掃工場の焼却灰のセシウム濃度が1キロ当たり7万ベクレルを超えるなど、国の埋め立て基準(同8000ベクレル)をオーバーする焼却灰が大量に発生した。
昨年9月には高濃度汚染焼却灰が全県で900トンを超え、県は同10月、柏、流山、松戸市などの焼却灰を、東隣の我孫子、印西市にまたがる県手賀沼終末処理場で一時保管する計画を立てた。同処理場には既に、埋め立て基準を超える下水汚泥の焼却灰が400トン近く保管されているという事情もあった。
しかし、「なぜよその町の灰まで」などと2市側が反発。今年2月、副知事が住民側への説明会を開く方針を示したが、今も日程さえ決まらない。高濃度汚染焼却灰は現在、1000トンを超えた。
一方、同終末処理場は昨年9月から、埋め立て基準を超える焼却灰の増加を防ぐため、一部の脱水汚泥(同200ベクレル前後)を焼却処理せずに外部に搬出している。だが、今年1月、主な受け入れ先の一つの君津市の管理型最終処分場で、水質検査用の井戸から高濃度の塩化物イオンが検出され、地下水に汚染物が漏れている恐れが浮上。県が搬入停止と原因調査を勧告し、搬入は中断したままだ。
この最終処分場周辺では「環境破壊につながる」などと搬入中止を求める住民運動も起きている。県の担当者は「埋め立て先や一時保管先を、住民の理解を得つつ、地道に確保し続けるしかない」と話す。【早川健人、斎藤有香】
汚染物の行き場がない状況について、環境省は「自治体側の、放射性物質に対する住民感情への配慮と理解不足が背景にある。解決への秘策はない」(幹部)と頭を抱える。
環境省は1月20日、8000ベクレル以下の廃棄物について「受け入れや取り扱いを拒否することは科学的・法的根拠に基づかず不適切」との通知を都道府県・政令市に出した。通知は「最終処分先が確保できない焼却灰や汚泥などがたまると、生活や産業活動に影響が生じる可能性がある」とも指摘し、影響の甚大さを強調する異例の内容だった。
通知の根拠について環境省は「8000ベクレル以下ならば、埋め立ての従事者でも、一般人の年間の許容被ばく量(年1ミリシーベルト)を超えない」と説明する。周囲への影響も原子力安全委員会が「無視できる数値」としている年0.01ミリシーベルト以下という。
だが、状況は改善せず、担当者は「理解してもらうよう丁寧に説明していくのみ」と漏らす。【藤野基文】
毎日新聞 2012年3月2日 23時13分(最終更新 3月3日 1時31分)
岩手県・宮城県に残る災害廃棄物の現状とそこで暮らす人々のいまを伝える写真展を開催中。