酷い有様だった。控えめに言っても、酷い有様だったのよ。
誰があんな遊びを教えたのかしら?どこで覚えたのかしら?
受け売りでないとしたら恐ろしい。恐ろしいと思ったわ。
ああ、私がそうさせてしまっていたなんて少しも思わなかった。
あの子の為になると考えていたから。それを疑っていなかったから。
だからこそどうすればいいのか分からなくなってしまったのよ。
私だってこれ以上あの子に悲しい思いをさせたくはなかった。
どうか一緒に茶を楽しむ日が来る事を、祈っていたから。

最初は小さな事だったわ。
日光は苦手なはずなのに、外へ出たいと駄々をこねるの。二人きりで、遊びたいとね。
私は食事の時でもないとあの子とはあまり顔を合わせなくて、
そういったアプローチは中々無いから、たまには。と思った。
折角だから侍女に調べさせてそう遠くない場所の丘へ向かったわ。日傘を持って 。
とても美しい所だった。館の花壇とは違って整えられてはいないけれど、
見たことのない色彩の花々が日の光で顔を洗っていたの。
あのような真似、私達には出来ないことね。素敵だわ。
そう口にしたら、あの子もそれを眺めて微笑んでいたのよ。

数刻過ぎた後、私はいつの間にかのうたたねから醒めた。
近くにあの子の姿が見えないから、声を出して探したの。
やっと見つけたあの子の周りには、何も咲いて無かったわ。
少し歩いて、散らす。少し歩いて、また散らす。そうして嬉しそうに言うの。
ねぇ、綺麗でしょう?お姉さま、綺麗でしょう?
首を振って叱ったわ。そうじゃないわ。そうやって楽しんではいけないのよ。とね。
私は館に帰ってからも、何故草花を散らしてはいけないのか、
今まで無いくらい時間をかけてあの子に話したわ。
その時に、何故そんなことをしたのか、聞くべきだった。
考えてみれば、私が叱るまでもなく、分かるはずなのよ。あの子にだって。

次の週には、館の花壇に同じことをしていたわ。
最初は獣が荒らしたのかと思った。門番があの子を見つけるまではね。
愕然としたわ、あれほど注意したのに、分かってもらえたと思ったのに。
何がいけなかったのか、暫くそこで考えなさい。私はあの子を閉じ込めたわ。
何も無い部屋よ。鏡もベッドも絨毯も無い。ただの空き部屋。
半日は大人しくしていたようだけれど、今度は食事を届けに来た門番を殴ってしまった。
あの子は加減がわからない子でしょう?大怪我をさせてしてしまったのよ。
ちょっと治らないくらいの怪我よ。

私は怒鳴って叱ったわ。
でもあの子は反省をしなかった。不満そうな顔で床を叩いたの。
驚いて部屋に集まって来た使用人達を前に、暴れようとしたあの子を必死に止めたわ。
だから今度はもっと何も無い所に閉じ込めた。頭を冷やしなさい。それだけ言った。
館の地下にある穴。物置に使おうとして掘らせていたのよ。
あのメイドが来てからその必要は無くなったんだけれど。
そのメイドに簡単に抜け出せないように仕掛けをして貰って、お仕置き部屋にしたの。
井戸の底のようだわ。とにかく狭くて、闇だけが広がっている所。時間の感覚が分からなくなるのよ。
誰かが蓋を開けるまで、ひたすら何かを考えるしかないような所よ。

放り込んで何週間を経て、様子を見に行かせた者が帰って来なかったの。
嫌な予感がしたわ。そして想像以上の悲惨さだった。
あの子は使用人にとても酷いことをしてしまっていたわ。とても、とても酷いことよ。
それだけじゃない。あの子自身も酷かった。すぐにはあの子だって分からなかった。
壁にね、爪で掘ったんでしょうね。書いてあったのよ。
暗い中で掘ったものだからね、読み辛かったけど、それ以上にその内容が辛かった。
そこには、どうしてあの子がこんなことをしてきたか、その経緯があったわ。

簡単な事よね。
蝶を呼びたければ香ればいい。
鳥と話したければ歌えばいい。
あの子が私を求めて、私を呼び、私と話す方法。
それが私を困らせることだった。それしか知らなかったのよ。
寂しがりのあの子が、私の目を見て話す機会を得るたった一つの手段。
何かの命を奪えば、見てもらえる。声を聞かせてもらえる。
たとえその先に説教や体罰があったとしてもね。
叱られているその瞬間でさえ、あの子にとっては貴重な時間だったのよ。
だから私に何度も頬を差し出した。
嫌われるかもしれない。怖い目に合うかもしれない。
痛い目に合うかもしれない。誰かを傷つけてしまうかもしれない。
もう、二度と会ってくれなくなるかもしれない。
それが現実となっても、まだ、あの子は私を求めていたのよ。この穴の中で。
馬鹿だわ、本当に出来の悪い子だわ。
馬鹿で、言葉足らずで、未熟で、愚かで、
そして、そして、どうしようもなく、愛しい子だった。

あれから月日が経ち、
少しずつ、あの子は元気を取り戻している。
私とも使用人達とも会話ができるようになった。
癇癪を起こして暴れることはまだあるわ。
でも、悪いことをしてしまっても、反省できるようになった。
怪我をさせた二人にも、ちゃんと謝ることができたのよ。
妹様、大人になりましたね。と二人は言う。出来た僕ね。
その言葉を聴いて、あの子は門番の膝を抱いて泣きながら謝り続けたわ。
それでいい、それで充分なのよ。

ああ、随分と遠回りをしてしまった。
冬が明けたら、また二人であの丘へ行きましょう。
二人で、花の苗を植えましょう。
ドレスが汚れてもいいわ。あのメイドに叱られてやりましょう。
冬が明けたら、また二人で。



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