【パリ宮川裕章、エルサレム花岡洋二】フランスで法律の違憲審査をする憲法会議は28日、オスマン・トルコ帝国による20世紀初頭のアルメニア人虐殺を否定することを犯罪として罰則を科す法律を、表現の自由などに抵触するとして「違憲」と判断した。処罰法を巡り悪化した仏・トルコ両国関係は一定程度、改善に向かいそうだ。一方、法律を支持していたサルコジ大統領は、政府に同趣旨の別法案を作成するよう指示し、混乱の火だねは残った。
憲法会議は処罰法について「立法者(国会)が認定した事実について、立法者が異論を唱える者を罰する法律を制定することは、表現の自由を侵害し違憲」と結論付けた。
処罰法案はサルコジ大統領の与党・国民運動連合の議員を中心に作成。上下院を通過し、1月に成立した。だが、表現の自由との兼ね合いなどから国会議員間で異論が続出し、憲法会議への審査請求に必要な60人を大幅に超える上院議員77人、下院議員65人の署名を集めた。仏では既に第二次大戦中のナチス・ドイツによるユダヤ人虐殺の否定を犯罪とする法律があり、同様の法律は2例目だった。
トルコ政府は昨年12月の仏国民議会(下院)での法案可決を受け、政府間の経済・軍事・政治的な協議を打ち切るなど両国間の関係が悪化していた。
憲法会議の判断を受けトルコのアルンチ副首相は「この判断で両国間の危機的状況は回避された」と歓迎した。
【パリ宮川裕章、エルサレム花岡洋二】アルメニア人虐殺否定を犯罪とする仏処罰法を巡っては、仏・トルコ間で両国関係悪化を懸念する声があったほか、仏与党内でも法律を巡り意見が分かれた経緯があり、サルコジ大統領の「アルメニア票目当ての選挙対策」との批判が出ている。
両国では、シリア情勢への対応などで協力関係が重要となっており、仏側ではジュペ外相が処罰法の議論を「時期が悪い」と語るなど、仏外交全体への悪影響を懸念する声も出ていた。
だがサルコジ氏は4月の大統領選に向け最大野党・社会党のオランド氏に支持率でリードを許すなど苦戦しており、与党内には、処罰法を約60万人とされるアルメニア系仏人からの得票に結びつけたい思惑も根強い。サルコジ氏は既に憲法との整合性を修正した代替処罰法案の準備を政府に指示している。
処罰法に反対してきた上院中道連合のグレ議員は毎日新聞の取材に「憲法会議の判断は妥当。歴史の評価は歴史家の評価にゆだねるべきで、国が認めた以外の意見を罰する法律が表現の自由に反するのは自明。明らかに選挙目当ての法律だった」と語った。
一方、トルコのダウトオール外相は仏憲法会議の判断を受け「政治を歴史に優先しようとする人たちは、これを教訓としてほしい。評価できる判断であり、感謝する」とコメントした。
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■ことば
1915~17年にトルコ東部でアルメニア人が大量殺害された事件があり、アルメニア側はオスマン・トルコ軍による虐殺行為で、約150万人が死亡したと主張した。トルコ側は死亡者数は50万人で、第一次大戦でトルコの敵国ロシアと組んだアルメニア人が戦闘や飢餓などで死亡したと主張している。仏処罰法は虐殺を否定し、過小評価した市民に対し、1年の禁錮刑と4万5000ユーロ(約490万円)の罰金を科す内容。
毎日新聞 2012年2月29日 東京夕刊
岩手県・宮城県に残る災害廃棄物の現状とそこで暮らす人々のいまを伝える写真展を開催中。