えー、今でこそ“タイ”という国にハマりまくってるボクだけど、風俗デビューの地は意外にも“韓国”。
時は1990年の12月。
当時、新入社員だったボクは先輩のお客さん(某企業)約300人を連れて、随行員の1人としてソウルに行ったのだった。
あ、その話を書き進める前に一言。
今の風潮から考えると、明らかに社会倫理に反してしまうような経験が含まれますが、まぁ時効ということでご容赦くださいませ。
お客さん300人に対し、随行員は全部で6名。
事前にホテルの部屋割りをするんだけど、お客さんの部屋は課長さん以上の約60名が全てツイン(またはダブル)のシングルユース。
そして随行員6名も何故かシングルっていう、今ではありえないくらいバブリーなツアーだった。
ソウルは金浦空港に到着後、景福宮や徳寿宮などの観光を経て、インターコンチネンタルホテルにチェックイン。その後は自由行動という行程。
自由行動とはいえ、団員の中には海外に慣れていない方もいる。
そこでボクら随行員が同行しての夕食会を設定したのだった。
「お客さんの自主参加」って名目で。←このへんに当時の諸事情が隠れてる。後述しますが。
ボクを除く5名の随行員は男性陣を引き連れて某所へ。
ボクは女性陣を引き連れて、美味いと評判の焼肉屋へ。
『なんでボク1人だけ女性陣のケアなのかな~~』って疑問を抱きつつも、ま、新入社員だし、一番下っ端だからしょーがないか・・・っと思いながら女性陣と一緒に焼肉をつついていた。
夕食会はつつがなく終了し、部屋で寛ぐボク。
すると、先輩随行員から電話がかかってくる。
「あ、Kか?**さん(随行員のチーフ)の部屋で反省会をやることになったんだ。30分後に集合な。」
さて、30分後。
**さんの部屋に行くと先輩随行員が5人と、同じ数だけの女性が集まっている。
『えーっと・・・これはいったい・・・・・・』
比較的年の近い先輩随行員に尋ねると、「あぁ、お前には言ってなかったけど、俺たちはお客さんとキーセンパーティに行ってたんだよ。」とのこと。
『なんですか?そのなんとかパーティって・・・』
当時のボクは風俗系の遊びが大キライで、海外はおろか日本の風俗も未経験。
キーセンパーティがどんなモノなのか、全く知らなかった。
「いいか、、キーセンってーのはな・・・」
注;キーセンパーティ
当時、韓国で代表的だった宴会式の風俗。
オトコ1人につきチマチョゴリを来た女性が一人がついてくれて宴会を楽しむというモノで、バンコクのノーハンドレストランに近い。
自分の左隣(だったと思う)に付いてくれたヒトが自分の相手で、チップのみ払えばチェンジも可能。
気に入った場合はホテルの部屋番号を伝えておくことにより、あとでホテルに来てくれ、夜伽の相手をも務めてくれる。(夜伽代は結構高く、朝までで5~6万円)
現在は摘発により壊滅状態。この時、ボクらが利用したキーセンハウスも既に存在しない。
そう、お客さんと一緒にキーセンを楽しんだ諸先輩方は、自らも女性をチョイスし、お相手さんが部屋に来たタイミングでチーフ随行員の部屋に集合をかけたのだった。
とまどいを隠せないボク。
いちゃいちゃする先輩方に目のやり場に困っていると、「K、心配するな。お前の相手もホテルに寄越すよう頼んどいたから。」っと先輩。
前述のとおり、当時のボクは風俗系の遊びが大キライ。
それなりにモテてたこともあり、カネ払ってSE●のみを目的として遊ぶなんて考えられない。
それでも、先輩方のお相手を観ると、そこはやはり美人揃いの韓国アガシ。
風俗系の遊びはキライでも、キレイなモノを観るのは大好きなボク。
いつしか、ボクの頭の中では期待と不安、倫理・道徳観との葛藤が繰り広げられていた。
ぴんぽ~~ん!
部屋のベルがなる。
「お!Kの相手が到着したか!」っと先輩。
ビミョーなドキドキ感に包まれながら入り口に目をやると、そこには明らかに諸先輩方のお相手とはレベルの下がるお姉さん・・・・・
期待ハズレな上に、もともとボクはこの手の遊びが大キライ。
正直、『なんでボクがこんな仕打ちを・・・』っと思ったけど、先輩たちからしてみれば、焼肉屋で接待していたボクの為に精一杯の気を使った結果だったハズ。
一番下っ端のボクとしては落胆の色を見せるワケにはいかない。
『ボクにまでお相手を用意してくれて、ありがとうございます!』っと、元気に答えるしか道はない。
コ1時間ほど、その部屋でゲーム等に興じながら酒盛り。
そして、それぞれが自分のお相手を連れて自分の部屋に引き上げていったのだった。
ボクは部屋に着くなり、お相手の方に話し掛ける。
『あ、まず謝っておきますね。申し訳ないけど、先輩たちに合わせただけなんで、あなたとスるつもりはないです。もちろん、1晩のおカネは払いますのでテキトーに寛いでいてください。』
「そーなんだ・・・うん、わかりました。」
彼女は怒ることもなく、ただ落ち着いて部屋で寛ぐのだった。
良かった・・・理解してくれて・・・・・・
数分後、ボクがシャワーを浴びていると、電話の呼び出し音が聞こえてくる。
「お?Kか?今何してる!?」
『シャワー浴びてます。』
「なに!2人でか?」
『1人でですよ。』
「おいおい、そーいう時は一緒に浴びるんだよ・・・・・・」
いい気なモンだ。先輩はボクが喜んでいるものと信じて疑っていない。
もっとも、そー見えるように振舞ってはいたんだけど。。
そして翌朝、約束の2万円を渡し、彼女にはお帰りいただく。
注)お客さんの夜伽代は6万円。内訳は、サービス代4万円+チップ2万円。
ボクら随行員は、チップのみの2万円でOKってーのが暗黙の了解だった。
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このへんが今の社会倫理に反してますね。名目はお客さんの自主参加とはいえ、随行員がしっかり同行しちゃってるし、随行員自身も楽しんじゃってるんだから「買春斡旋」と言われても反論できませんよ。
朝食ビュッフェ会場に行くと、先輩方は既に全員集合。
「お!K、一番遅いとは、さては朝から頑張ってたな!!」
『いやぁ、申し訳ありません。』
テキトーに話をあわせつつ、その日の行程プランの確認&打ち合わせ。
その後、お客様とミートして夜テキトーな時間までお仕事。
20:00頃、チーフ随行員から集合がかかる。
「よし、ここまで来たらもぅ仕事は終わったようなモノだ。みんなでカラオケでも行くか!」
カラオケ屋さんに行くと、前日のキーセンハウスのママさんとチーママさんが控えている。
ひとしきり騒ぎまくり、22:00になろうかと言うところでママさんが一言。
「今日もよろしければ準備をしていますが、遊ばれますか?」
チーフ随行員がみんなに打診する。
「みんな、まだ大丈夫だろ?昨日と同じ条件で遊ぼうや。ただ、今日はちょっと趣向を変える。隣室に人数分のアガシが控えてるから、若いモンから順番に選べ。」
いつの間にかボクの横に来ていたママさんがボクに耳打ちする。
「今日はちゃんとシなきゃダメよ!」
どうやら前日、ボクが手も触れなかった事はちゃんと報告が行ってたらしい。
ってコトは、その前のチーフ添乗員の発言も、一番若いモン=ボクから選ばせるための布石だったのだろう。
あちゃぁ・・・かえって気を使わせてしまったかな。
先輩たちの温かい厚意に、じゃぁ・・・ってコトで、集まった6人中で最もクオリティの高いアガシをチョイス。
(ここで遠慮などしようものなら、更に気を使わせてしまいかねないからね。)
ってコトで、この日はしっかりボン。
日本・海外含め、初めての風俗体験となりました。
(ちなみにナマ。当時は今隆盛を誇るビョーキも騒がれてなく、ナマがアタリマエだった。)
おしまい。
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【追記】
それでも、初日のダメージが強かったせいか、風俗系のアソビは好きにならず、何の抵抗も無く遊べるようになるにはあと5年の歳月を必要とした。今では考えられないな~~(笑)
【追記2】
その後の社会情勢の変化に合わせ、この手の斡旋と疑われかねない行為は全てNGになった。
ボク自身、これ以降この手の行為に関わった事はありません。
(厳密にはこの時もボクは焼肉屋さん班だから関わってないけど。)