大先輩の岩見隆夫さん(本紙客員編集委員)が「『徴兵制』を俎上(そじょう)に載せてみよう」と「サンデー毎日」(2月26日号)誌上で提案している。なるほどと思って読んだが、刺激的なテーマに反発する人も多かろうと考えた。すると、「拘束衣社会」という5文字が記憶の底から浮かび上がってきた。
イスラエル・ヘブライ大の研究所にいた時、ツビ・ベルブロウスキーという高名な教授から教わった言葉だ。日本は規制や監視が厳しく、なにかと不自由で息苦しいといった意味だが、もちろん悪意はない。この大先生、大変な親日家で「照道」という僧号を持ち、お経も読む。自宅にお邪魔した時は着物にはかま姿で迎えてくださった。
拘束衣を着たことはないが、言わんとすることは分かる。お天気お姉さんの異性関係を暴いたり、閣僚らの片言隻句を追及して辞任に追い込んだりするのも、この小さな国の酸素を薄くしていないか。「お前が言うな」というお叱りは覚悟の上だが、夏目漱石が「草枕」に書いたように「人のひる屁(へ)の勘定をして、それが人世だと思ってる」せせこましさがありはしないか。
戦後67年、日本をアスリートに例えれば、筋肉がガチガチに固まった部分もあろう。特に安全保障の分野では「精神的な柔軟体操」、つまりシミュレーションや試論が不可欠だ。「真の平和」を考える「導入部」として、岩見さんは徴兵制に言及しておられる。未来を見渡せば、実は刺激的でも不穏でもない問題提起だと私は思う。
外国では「日本核武装」をテーマとしたシンポジウムも見聞きするが、日本ではこの種の議論は珍しい。「軍国主義の足音が聞こえる」などと言う人が必ずいるからだろう。だが、論議を封じてはいけない。一番恐ろしいのは、ゆえなきタブーが自由な精神を拘束することである。(論説室)
毎日新聞 2012年3月1日 東京朝刊
3月1日 | 肉食女子のひな人形=榊原雅晴 |
徴兵制と拘束衣社会=布施広 | |
2月29日 | 創刊140年余聞=伊藤智永 |
2月28日 | 終わらない「戦後」=大治朋子 |
2月24日 | 日本人論って?=小松浩 |
2月23日 | 27人のいとこ=藤田悟 |
東京オリンピック=落合博 | |
2月22日 | 食べない理由=滝野隆浩 |
2月21日 | 老いの伴走者=永山悦子 |
2月17日 | モンティの証明=福本容子 |
2月16日 | エリートはつらい=榊原雅晴 |
雪の上越と楓石先生=布施広 | |
2月15日 | ネット革命の正体=伊藤智永 |
2月14日 | 「二重外交」のわけ=大治朋子 |
2月10日 | 権利とは何だろう=小松浩 |
2月9日 | 100年後の再挑戦=藤田悟 |
ローザンヌの栄冠=落合博 | |
2月8日 | ああ昭和ライダー=滝野隆浩 |
2月7日 | がれきの中の宝=永山悦子 |
2月3日 | アメリカン・モデル=福本容子 |
2月2日 | 凡人閑居して=榊原雅晴 |
御用学者はいらない=布施広 |
岩手県・宮城県に残る災害廃棄物の現状とそこで暮らす人々のいまを伝える写真展を開催中。