2012年2月29日10時39分
歯の抜けたところに人工の歯をつくる「インプラント」治療。自分の歯と同じような感覚でしっかりかめるという利点がある一方、トラブルも増えている。インプラントの長所と短所をよく理解し、十分に考えてから治療を受けることが肝心だ。
兵庫県尼崎市の主婦、安田裕美さんは約20年前、40代のころに奥歯など数本のインプラント治療を受けた。市内の歯科医院での手術だったが、それは1日で終わった。しかし、数年たつと人工の歯と歯茎の間に隙間ができてしまった。
別な治療で受診した最寄りの歯科医が「直せる」というので任せた。ところが、人工の歯を壊したあげくにさじを投げられた。「もう、入れ歯に戻すことしかできない」
安田さんは、評判を頼りに貴和会新大阪歯科診療所(大阪市淀川区)へ。現院長の佐々木猛医師の診察を受けた。人工の歯を作り直し、新たなインプラントも入れ、すっかり解決するまでには4年もかかった。
「前の医院は希望を言えない雰囲気。最初から遠くても信頼できる医師を選ぶべきでした。人前で口を開けて笑えるようになりました」と安田さんは喜ぶ。
インプラント治療は、金属のチタンで人工の歯根をつくり、あごの骨に埋め込む。チタンは体に入れてもなじむ性質があり、異物として拒絶されず、骨としっかり結合する。それを土台に、セラミックスなどでつくった人工の歯を付ける。
インプラントは入れ歯と違い、自分の歯のように自然にかむことができるし、ブリッジのように周りの歯を傷つけなくて済むなどの長所がある。
だが、「費用が高い」「手術が必要」「完了まで時間がかかる」「問題が起きた場合の悪影響が大きい」などの欠点もあり、トラブルが増えている。国民生活センターには「インプラント治療で被害を受けた」という相談が、2006年度から6年間で374件あったという。
佐々木院長は、安田さんを治療した際の状況を「歯の基本的な治療や人工の歯のつくり、かみ合わせも全然できていなくて、同業者として恥ずかしい状態だった」と語る。
■人口歯こそケア大切
では、インプラント治療を受ける際、医療機関を選ぶポイントは何か。
「しっかりと検査をしてほかの治療法も含めて丁寧に説明しているか、無理にインプラントを勧めないか、セカンドオピニオンを聞くことをいやがらないか、などです」と佐々木院長は指摘する。歯周病や虫歯の治療などで定評があるかどうかも大切だ。
歯周病や虫歯の治療はもちろん、埋め込む側のあごの骨が足りない場合は骨を再生し、歯茎が薄ければ移植する。歯磨きのしやすさを考えて埋め込む位置を決め、かみ合わせを調整するなど、インプラントはいろいろな歯科医の専門技術が求められる。いわば歯科技術の「総合芸術」だ。
「CT(コンピューター断層撮影)で検査して治療のシミュレーションをする際、コンピューター画像が正しいと思い込むのではなく、わずかなずれを補正する技を身につけるには訓練がいる」。大阪大の前田芳信教授(歯科補綴(ほてつ)学)はこう説明する。
ただ人工歯根を埋め込めればいいのではなく、さまざまな配慮が必要とされる。それだけに歯科医師の見極めが重要だ。
自分自身の歯なら歯周病菌などがついても体の免疫がある程度まで守ろうとする。しかし、インプラントは人工歯根。しょせん異物だ。菌に感染すると、体は人工歯根ごとその菌を放り出そうとする。自前の歯以上に急速に悪くなる。そのため、治療の後は人工の歯もいかにきれいに保てるかが重要だ。ただ、治療が正しくされていれば、ケアは普通の歯と変わらない。
一方、インプラントをやるべきでない人もいる。喫煙は歯周病の発病と深く関連があり、喫煙量の多い人は治療してもいい結果が期待できない。口の中をきれいに保てない人も同様だ。骨をある程度再生できるといっても、あごの骨が極端に少なすぎる人はうまくいかない。(鍛治信太郎)