JBCを巡る死闘から見えてきたモノとは
- 2011/06/02(木) 17:43:22
いうまでもない話だが、ボクシングはスポーツだ。
ただ、その競技の内容が過酷なゆえ、時にリング上で倒れ、そのまま帰らぬ人さえいる。
文字通り命をかけた戦いに、ファンは人間の可能性や輝きを見て感動するのではないか。
そして今、それは“本筋”とは違う場外乱闘にみえるのかもしれないが、ある意味、ボクシング界の中央に位置する日本ボクシングコミッション(JBC)を巡って、反安河内派と安河内擁護派が、文字通り互いの人生やプライドをかけた“死闘”を繰り広げている。
日本ボクシングコミッション(JBC)の職員らが31日、安河内剛事務局長らの背任行為を公益通報という形で告発した。それを受け、JBCの東京試合役員会も、告発した職員の主張や行動を全面的に支持する意向を表明した。
一方、今回の騒動の渦中で、JBCの斎藤慎一専務理事が、安河内事務局長が復職した場合、情報をメディア等に「通報した職員は解雇もありうる」と発言したという。
JBCの職員は、JBCからの給与で生計を立てており、今回の告発は、すなわち自らの生活をかけた戦いになっている。
また、役員会のメンバーらも、たとえばレフェリーでいえば、それだけで生計を立てているものはおらず、たとえレフェリーとして大きな試合を裁いても、その報酬はごくわずかだ。
ところが、そのことを逆に見れば、彼らはボクシングに対する思いを最大の基盤として、金ではなく、その情熱やプライドを原点として、半ボランティア的にボクシングの底辺を支えてきた人々だとみることもできる。
今回、筆者の耳には、もしも安河内事務局長の処分が中途半端な形で終わった場合、ボクシング興業への協力をボイコットするだけなく、自らJBCに認定された各種のライセンスを放棄し、ボクシングから離れる覚悟を固めている人間もいるとの話が届いている。
つまり、彼らを動かしている最大の要素は、ボクシングに対する情熱であり、別の言葉で彼らの立場を表現するならば、それは最も意欲的で行動力のあるボクシングファンの代表だと位置づけることもできるのではないだろうか。
それゆえ今、ボクシング界に突きつけられている最大の問題について、こうした解釈や分析もできるだろう。
ボクシングにまつわる仕事だけで生計を立てている人間や、当事者を除いて、日本でボクシングにもっとも力を注いできた人までが、今後の成り行きによっては、ボクシング界に愛想を尽かし、離れる覚悟までしているのだ。
そして、選手やジムの関係者を除いて、ボクシングと最も縁の深い人々が、ボクシングとの縁を切る事態となってしまったとき、普通のボクシングファンは、それをどう見るのだろうか。
ボクシングにプライドを持ち、最もエネルギーを注いでいた集団が、ボクシングを見放す状況で、普通のボクシングファンが、今後ともボクシングに熱い視線を注ぎ続ける状況など、どうして生まれるのだろうか。
実は、今回の騒動は、単にJBCという小さな器のなかの諍いではなく、その対応によっては、今でさえ低迷しているボクシング界を、さらに衰退させる事態を招く話なのだ。
ここ数年のボクシング界は、事の良し悪しに対する判断を放棄して、とにかく話題になれば、それでいいという勢力が全体の流れを牛耳っていたようにみえる。
ボクシング界には、そうした勢力や、そうした方向性を、結果的にサポートしていたのが、安河内事務局長や東日本ボクシング協会の一部の幹部だったという見方もある。
あるジムの関係者は、かねてから「こんなこと続けていると、ボクシングへの信頼そのものがなくなって大きなマイナスになる」と話し続けていた。
今回の騒動は、たまたま安河内事務局長のスキャンダル噴出という形で火を噴いたが、ここまでの激しい爆発となったのは、このところの業界全体の動きに対して、ボクシング関係者やファンの間に様々な不満が蓄積していたからでもあるのだ。
突然、下世話な話で申し訳ないが、安河内事務局長が事務局長になった後、平成19年に都内に購入した自宅には、数千万円の抵当権がついている。
当時の安河内氏は、46、7歳で、どうした形で多額な借金をしたのかは不明だが、いずれにせよ20年、30年という長期に渡って、かなりの額の返済を続けなければならないのだろう。
今の安河内事務局長が、JBC“など”から、どれだけの報酬を受け取っているのかは知らない。だが、ある程度の高給が続くと考えなければ、多額な借財はできない。もし今回、失職することにでもなれば、ローンの支払いはもちろん、妻と子供を含めた生活の基盤を失うことになる可能性が高い。
それゆえ、一連托生の運命にあるとみられる斎藤専務理事とともに、なんとか生き残りを図るべく、様々な動きを続けており、そう簡単に白旗も揚げられないのだろう。
彼らもまた、すべてをかけた戦いになっている。だから安河内事務局長は、なりふり構わず、騒動の詳細を一部のメディアに流した犯人捜しに必死になっており、それがまた報じられたりもしているのだ。
やはり、今回の反安河内派と安河内擁護派の戦いは、双方とも、お互いの人生やプライドのすべてをかけた死闘となっているのだ。
そうしたなかで、斉藤慎一専務理事は、5月20日付で、東日本ボクシング協会の大橋秀行会長宛てに不可思議な書類を送っている。
そこには安河内事務局長の休職で、自分がその代行を勤めるなか、「JBC業務の担当窓口を以下のとおりとさせていただきます」と書かれ、JBCが行っている様々な業務に関して、JBCの各職員が、どんな作業に配置されているのか個別に列記されていた。
斎藤専務理事が、16日付で協会に送った”釈明”文(前回のブログを参照)と合わせると、どうやら安河内事務局長がいなくても、JBCの運営には支障がないと訴えるための資料として送られたものなのだ。
ところが今回、安河内事務局長を告発した4人の職員の名前も、その配置表に記載されている。
斎藤専務理事や安河内事務局長は、自分たちに明確に反旗を翻している職員らに、自分たちが指示するまま業務をさせるから大丈夫だと協会に訴えていたのだが、もはや、そんなことは不可能な状況となっているのだ。
ましてや今回、安河内事務局長の解任を求めている関係者は、もしも安河内事務局長が復職でもした場合には、すべての業務をボイコットする覚悟まで決めている。
ある中堅ジムの会長は、今の業界の状況について「安河内氏は死に体ですよね」とみており、別の老舗ジムの会長は、「もう安河内さんが復職する流れはないというのが大方の見方です」と話している。
筆者の耳には、業界では近々、東日本ボクシング協会か、もしくは日本プロボクシング協会の緊急理事会が開かれ、この問題について話し合うという流れがあり、そこでは状況の分析や確認もするが、すでに安河内氏の退任後、業界がどうすべきなのかということが、「重要な話題になるのではないか」という話も伝わっている。
一方、この騒動は“怪文章”がばら撒かれたことで顕在化した。
当初、ほとんどのメディアが取り上げなかったが、最近、反安河内派や安河内擁護派が、それぞれ公式にメディアに、その見解などを発表したことで、ようやく一般紙やスポーツ紙などで、その一端だけは報じられるようになった。
だが、そうしたなかでも、某スポーツ紙のボクシング担当記者が、ある業界関係者に、こう尋ねたという。
「今回の騒ぎは、いったいどういうことなのか、正直、さっぱり分からないんですよ」
その記者の取材力の問題は別として、この発言の意味は、まだ、今回の争いが業界の命運を左右する問題とは認識できていないということではないのか。
ではなぜ、この記者が、そうした認識を持っていないのか。その理由は、記者個人の問題ではない部分も大きいと思う。
たとえば、もし今、日本相撲協会の事務方の幹部が、自分の愛人を協会で雇用しているという問題が発覚したら、いったい、どんな騒ぎになるのか考えて欲しい。
反対にいえば、今のボクシング界には、世間の耳目を集める存在感やパワーすらなく、その担当記者でさえも、深い興味を持つモチベーションが生じないからこそ、正確な認識を持てないのでなないのだろうか。
これまでのブログで、筆者は、ある業界幹部が、今のボクシング界には、自らを自浄する能力や改革するパワーさえないのではないかと懸念していたことを書いた。
そして、もし、この問題がうやむやに処理されてしまえば、なおさらに業界の衰退に繋がるだろうとも指摘してきた。
ただ、なぜ筆者が、そうした話を一般的な雑誌で書かないのかといえば、それは書かないのではなく、書きたくても掲載をしてくれるメディアがないことが大きい。
筆者が、ある雑誌の編集者に、今回の話を持ち込んだ際、その編集者は、こう話した。
「いや、それがJBCの安河内事務局長のクビが飛ぶ話だとしても、今はまだ、そんなこと、うちの読者の誰も興味がないと思いますよ。JBCって何? 安河内って誰?って人が普通ですよね。まぁ、もっと騒ぎが大きくならないと、うちが記事を掲載するメリットはないですね」
今のボクシング界に対する世間の認識など、所詮そんなものなのだ。
それでも今、筆者が注目すべきだと考えるのは、ここまでパワーを失った業界内にも、今の状況を改善しようと考える勢力が残っていて、今、まさに、その自浄能力を発揮しようとしているということなのではないのか、ということだ。
そして、彼らの決死の努力によって、少しずつ世間の注目度も高まる気配もある。
確かに、今のところ報道されている内容だけをみた場合、それが小さなコップの中の内紛であったり、無名の権力者に対する無名の反乱者によるクーデターに見えるところもあるだろう。
また、今はまだ、そうした報道が続くことが、業界にとってプラスでなく、「マイナスだ」と考える人がいても不思議ではない。
けれども、今後の展開によっては、それがボクシング界全体の命運をかけた戦いであることを、広く認識してもらえるようになる可能性もあるではないだろうか。
筆者は、今のボクシング界は、今後の存亡を決める崖っぷちにあるのではないかと思っている。
そして、せっかく表面化した自浄能力を生かし、今後の展望を開くためには、まずは業界全体で、この戦いの意味と業界のおかれた厳しい現状を理解したうえで、残された力を一つにまとめ、それを打開する道を探るしかないのではないだろうか。
ちなみに、現在、JBC内に設置された調査委員会の調査結果次第で、この問題は、さらに二転三転する可能性があるだろう。
筆者の立場でいえば、まったくお金にならない話題を追いかけるのは、正直、面倒だと思う部分もある。
それでもなぜ、追いかけ続けているのか。
それは本当のボクシングが、選手の命の輝きでファンを魅了するのと同じく、この戦いには、自らの“命”をかけて戦う人々がいるから。その姿を、できる範囲で、正しく世間に伝えることも、筆者の仕事ではないかと考えるからだ。
まぁ、ちょっとカッコつけ過ぎかもしれないけれども。(笑)
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