「そこまで撃つ必要はなかった」--。警察官2人の職務上の発砲行為が殺人罪などに問われている奈良地裁(橋本一裁判長)の裁判員裁判。8日目の3日、逃走車両を運転していた男性が、既に逃走をあきらめていたのに、発砲したのは不当と訴えた。一方で、事件の詳細について覚えておらず、事件後、記憶障害と診断されており、証言の信ぴょう性に疑問も残った。【岡奈津希】
男性は検察官役の指定弁護士と弁護側双方の証人として出廷。
亡くなった助手席の高壮日さん(当時28歳)は、同じ中学校の先輩。事件当日、高さんから誘いの電話があり、奈良県に遊びに行ったと説明した。弁護側に「なぜ逃げたのか」と聞かれ、「信号無視をして追いかけられていると思った。刑務所に行くのがいやだったので必死に逃げた」。
裁判員らに高さんへの思いも尋ねられ、「申し訳ないことをしたと思う。もっと早く止まっていればこんなことにならなかった」と小声で答えた。そして裁判官に「(発砲した)警官についてどう思うか」と問われ、「そこまで撃つ必要はなかった」と述べた。
両手を挙げた時の状況について、車の右前付近に拳銃を構える私服警官が立っていたと説明。橋本裁判長は男性が左頭部に被弾していることを指摘し、「弾は左上から飛んでおり、助手席側から撃たれたと思われる。体を傾けたりしたか」と尋問。男性は「弾から隠れようとしたかもしれない」と答えた。
男性に先立ち、現場で発砲を指示した当時の橿原署刑事1課巡査部長が出廷。高さんの遺族は、発砲した3人と共に付審判請求したが棄却された。
弁護側の尋問で、巡査部長は逃走車両の前方で停止を求めたが、前進してきたと説明。「拳銃使用しかないと思い、(部下に)『撃て』と叫んだ」と話した。逃走車両を止めようと必死だったと証言する場面では、思わず声を詰まらせ、その気持ちを「警官や市民が助かったという感無量の思いがこみ上げてきた」と話した。
事件から8年5カ月。男性は「忘れたい反面、忘れてはいけない」とも証言した。巡査部長の涙声も聞き、当事者にとって事件は終わっていないと感じた。
次回は7日。証人尋問が続く。
毎日新聞 2012年2月4日 地方版