東日本大震災の発生に伴って設けられた政府の10組織で議事録が作成されていなかった問題。福島、宮城、岩手の被災3県でも直後の議事録が作成されていないことが分かり、広がりを見せている。公文書管理法(11年4月施行)の不備も指摘されるが、政治の透明化を訴えてきた民主党の姿勢そのものも問われている。【吉永磨美、臺宏士、青島顕】
福島第1原発事故の対応に当たった政府の原子力災害対策本部や政府・東京電力統合対策室。この両機関を含む震災関連会議で議事録が作成されていなかったことは、先月24日開会した通常国会の冒頭から政治問題化した。だが、昨年11月7日の対策室の記者会見で園田康博・内閣府政務官が「全体会議の議事録は取っていない」と明言するなど、政府内では実は既に認識されていた。毎日新聞は同12月17日付「メディア面」で「原発対策関連の公文書散逸の恐れ」との記事を掲載してずさんな文書管理を指摘。他の報道機関も同様の報道をしてきた。
ところが、岡田克也副総理が先月末、「議事録が作成されていない疑いが濃厚」との見解を示し、2月までに作成・公表を指示。これを受けて、関係機関ではようやく関係公文書の収集に乗り出した。国会で野党が追及の姿勢を見せ、初めて動き出した形だ。両機関の事務局である経済産業省の原子力安全・保安院企画調整課によると、事務局による会議内容の録音や録画データはなく、出席していた他の省庁関係者らに照会しているという。
昨年12月に政府が出した福島第1原発の「冷温停止状態」宣言を受け、統合対策室は廃止された。ところが、園田政務官の言葉とは裏腹に、議事概要の一部が作成されていたことが判明した。保安院の議事録作成担当者は毎日新聞の取材に対して、「会議内容がわかる記録に相当するという、職員が業務で使っていたメモ形式の記録があることがわかった」とした。そのうえで、「職員間で組織的にこれまで共有されてきたので、行政文書にあたると思う。メモは『議事概要』になりうるものだ。ただ、個人情報を含んでいるため、そのまま概要として使えるかどうかはまだ分からない」と説明した。
一方、災害対策本部はいまなお存在しており、会議の開催の可能性もあるが、担当者は記録方法については「何らかの対応をしなければならないが、録音・録画も含めて具体的には何も決まっていない」と明かす。
なぜ、災害対策本部や統合対策室では、公文書管理法に沿った文書の取り扱いがされていなかったのか。関係省庁にまたがる複雑な組織であったことなどを指摘する識者は少なくない。災害対策本部は原子力災害対策特別措置法に基づいて設置されているが、統合対策室は首相指示によって設置。国家行政組織法など直接設置根拠のある行政機関ではない。また、両機関での公文書の取り扱いを巡っては、実質的な実務は保安院が担当していながら、情報公開窓口は内閣府の防災担当という複雑さが共通している。
議事録未作成問題について、岡田副総理は「事後に作成すれば(公文書管理)法違反ではない」との認識を示している。そもそもこれらの組織は、適用される対象なのか。同法を所管する内閣府の担当者は「災害対策本部、統合対策室とも事務局が保安院に置かれていることから、同法の適用対象となる行政機関であると認識している」とした。
さらに、違法な行為かどうかの論点は、議事録の作成の有無にとどまらない。公文書の作成から管理、廃棄までのプロセスを定めている同法やガイドラインは、担当閣僚など行政機関の長に対して、部局ごとの文書管理者の設置や、どのような文書を保有しているかを整理した「ファイル管理簿」の作成などを求めている。しかし、両機関とも未整備だ。
両機関は、形式的には内閣府にあるが、事務局は保安院。どちらが公文書管理法上の責任を負うのかあいまいな中で文書が取り扱われてきたのが実態だ。議事録未作成発覚後も是正されていない。
統合対策室が廃止されたことで、文書の散逸懸念は現実のものとなった。NPO法人・情報公開クリアリングハウスの三木由希子理事長は昨年12月22日、災害対策本部本部長の野田佳彦首相と細野豪志環境・原発事故担当相の2人に対して、関係した文書やデータ、職員の個人メモの保全を求める文書を提出した。その後の政府の対応はわからないという。三木さんは「役人に記録を残させるような法的仕組みが一応はありながら、このようなことになった。これではまた同じ事態が繰り返される恐れがある。公文書管理法には役人に都合良く解釈される、大きな落とし穴があることが明らかになったと思う。責任の所在があいまいな業務の進め方をまず抜本的に改めるべきだ」と指摘した。
野党時代の民主党は自公政権に情報公開を強く要求してきた。「透明性」は同党の旗印でもあった。だが、政権奪取後の変節ぶりが目立つ。
「情報公開が重視される中、戦前の遺物が残っている」。使い道を一切明らかにしないまま年間十数億円を支出してきた官房機密費。01年、党政調会長だった岡田克也副総理は改革を訴えた。民主党は同年、一定期間後に使途公表を義務付ける法案を提出した。さらに政権交代後の10年3月、鳩山由紀夫首相(当時)が「適当な年月を経た後、すべて公開するよう準備に取りかかっている」と踏み込んだが、その後、進展は見られない。
岡田副総理は1月31日の記者会見で、「官邸に入ったばかりで、口を出さない方がいいかなと思う。どういうふうに使用されているか分からない」として後退したような印象を与えた。
今回問題になっている公文書管理法の制定をめぐっても、民主党は政権交代直前の09年、年金記録改ざんや薬害肝炎患者リスト放置など政府のずさんな文書管理を厳しく追及してきた。
一方、政権を取った後、民主党政権は今国会に、秘密保全法案の提出を目指している。防衛、外交、公共の安全の3分野に「特別秘密」を設け、これを漏らした公務員と情報を取得した者に「懲役5年以下または10年以下」の厳しい刑罰を科す方向だとされている。秘密の範囲を決めるのは行政側といい、「知る権利を侵害しかねない」として、日本弁護士連合会や日本新聞協会などが懸念を表明している。
昨年11月の民主党内閣部門会議では「なぜ3分野に限定することが必要なのか」など、さらに範囲の拡大を求める意見も出た。同党インテリジェンス・NSCワーキングチーム座長の大野元裕参院議員は「党内にも賛否があるが、個人的には、今までなかったことがおかしいと思う」と話している。
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【公文書管理法第4条】
行政機関の職員は、意思決定に至る過程や事務及び実績を検証できるよう文書を作成しなければならない(要旨)
毎日新聞 2012年2月4日 東京朝刊