あれから1年、事態は思わぬ方向に急展開している。尖閣諸島沖で中国漁船と海上保安庁巡視船が衝突したのが昨2010年9月7日。その後、漁船船長の釈放(のちに起訴猶予)、衆参両院での限定公開を経て、11月4日に「sengoku38」名の事故動画44分がユーチューブに投稿され、出頭した海上保安官は書類送検され(のちに起訴猶予)、停職処分となった(同日、退職)。これを受け、同時期に社会問題となった警視庁国際テロ捜査情報流出事件や米国外交公電のウィキリークス流出事件とあわせ問題視した政府は、当時の仙谷官房長官を長とする「政府における情報保全に関する検討委員会」を12月7日に設置する。同委は、内閣危機管理監や内閣情報官のほか、外務省、防衛省、警察庁、公安調査庁、海上保安庁の局長級をメンバーとして、「政府における情報保全に関し、秘密保全に関する法制の在り方及び特に機密性の高い情報を取り扱う政府機関の情報保全システムにおいて必要と考えられる措置について検討する」としている。
その前者の結論が、8月8日に発表された報告書「秘密保全のための法制の在り方について」で、1月以降6回の会合を経てまとめられた。会の構成は、座長の縣(あがた)公一郎(こういちろう)・早大ほか、櫻井敬子・学習院大、長谷部恭男・東大、藤原静雄・中大、安富潔・慶大の5人で、行政法、憲法、刑事訴訟法などのスペシャリストだ。
添付された事務局資料には、前述の事件のほか、イージスシステム関連データ漏洩事件(MDA秘密保護法違反で海上自衛隊員が懲戒免職)、ロシア大使館への情報提供事件(国家公務員法違反で内閣情報室職員が懲戒免職)、中国潜水艦情報漏洩事件(自衛隊法違反で情報本部自衛官が懲戒免職)といった07~08年発生の事例とともに10年前の事件にまで遡(さかのぼ)り、海外法制(米・英・独・仏)と比べ秘密保護法制が甘いことを示唆する内容となっている。
報告書本文は7章構成で、「秘密保全法制の必要性・目的」で、「我が国の利益を守り、国民の安全を確保するためには、政府が保有する重要な情報の漏えいを防止する法制を整備する必要」があるが、現行法令は防衛秘密分野には保護制度があるものの「必ずしも包括的なものでない上、防衛以外の分野ではそのような法律上の制度がない」とし、「秘密の範囲」を「国の安全、外交、公共の安全及び秩序の維持」の3分野にしている。さらに「秘密の漏えいを防止するための管理に関する規定がない上、守秘義務規定に係る罰則の懲役刑が1年以下とされており、その抑止力も十分とはいえない」と述べる。
要するに、現状は法律が緩いがために政府情報がダダ漏れで、行政運営に支障をきたしている。そこで、国益にかかわる政府情報に対し包括的に保秘の網をかけ、罰則を強化することによる威嚇力で漏洩を防ごうということである。
果たしてこの現状認識と発想は正しいのか。しかも、報告書でも要件の絞り込みや知る権利への配慮の必要性を指摘しているが、この制度がそれだけ憲法上の権利に抵触する可能性が高いことの裏返しでもある。しかしそのための対策としては、自衛隊法並みに絞り込みをすることや、公務員に対する取材の自由は最高裁判決で保障されているといった、「現状」を確認しているにすぎず、新法に関しては何も言っていないに等しい。
現行の保護体制は、米軍秘密と防衛秘密を守る法律がそれぞれ存在し、それ以外は各種公務員法の守秘義務によって対処している。なぜそれに上乗せして包括的な秘密保護法を作る必要があるのかはみえない。むしろ資料で、海外のスパイ罪の刑罰と日本の現行法を比較するなど、80年代の国家秘密法(スパイ防止法)を彷彿(ほうふつ)とさせる議論が突然、姿を変えてよみがえったことに驚きを禁じえない。改めて立法事実(どうしても新制度を作らなければ取り締まれないだけの状況)があるのかとともに、なぜ表現の自由を手厚く保障し、「軍事」を中核とする秘密探知罪を設けてこなかったのかという憲法の原点を、改めて確認する必要がある。
さらにいえば、現在の政府は原発事故やその根底にある原子力行政の進め方で、情報隠し・情報操作の重大な問題を抱えている。事故情報を意図的に隠蔽(いんぺい)あるいは遅延させることで、住民に多大な放射能被害を与え、さらに発表情報の決定的な不足によって精神的不安定や風評被害を引き起こしている現実を直視すべきである。にもかかわらず政府は、インターネット・プロバイダー事業者や放送局を役所に呼びつけて、デマ情報や不安に陥るような情報発信・提供をしないよう要請するとともに、原発関連情報に関しては大手広告会社と協力して、情報監視や世論操作をしているのが実態だ。今回の保護法制作りは、こうした情報遮断をさらに進め、情報流通の管理をさらに固めることで、「臭いものに蓋(ふた)」をしようとしているとしか見えない。
順番としてはまず、エネルギー庁の情報監視や省庁から各電力会社あてのやらせメール指示といった情報操作が問題であることを認め、それらを根絶するシステムを作る方が先であろう。それなしに、現行法では政府の秘密が守れず〈国益〉に反するといわれても、〈国民の利益〉に反する行為をしているのは政府自身であるといわざるを得まい。こうした国家と情報の関係は、残念ながら民主党の馬脚をあらわすものである。表向きは情報公開を推進しているように見せつつ、憲法の基本理念よりも日米地位協定や各種密約を優先する状況にさらに拍車をかけ、知る権利の例外事項を拡大しようとしているからである。
新たな野田政権に期待するのは、真に透明性のある政府の実現であって、都合の悪いことを隠すのは「もうやめにしましょう」といってほしい。そのためには報道機関自身も、福島(原発)と普天間(安保)といった「二つのF」に代表される、政府と一体化した国益報道と決別しなければならないことは当然である。(山田健太、専修大学准教授・言論法)
2011年9月10日