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偶然の十字路
作者:岸本 政臣
何でもない事だった…
僕は、いつも通り学校へ向かい、いつもと同じ道を通っただけなんだ。

でも、その、いつもと同じ道で、いつもとは違う気持ちになった。
そこは、いつも通る、周りには何もない十字路だ…

それは、偶然にすぎない出来事だと、僕は思っていた…


野球部である菊池佑介は、朝早くに練習の為に学校に向かっていた。
佑介の通る通学路は、自宅近辺である住宅街を通り抜けると、辺りに建物は何も無く、一面が野原で囲まれている。

佑介も、この春から高校二年生になり、その通学路は、この季節、一面がタンポポ畑になっていた。

そんな通学路を、他の生徒が通るには少し早い時間に佑介は自転車のペダルをこいでいた。

「ヤバイ!急がないと、朝練に遅刻する!」

野球部の早朝練習は、朝早く、一年生の時から、毎日の事であるが、未だに佑介は早起きに慣れない。
早い時間は、人も車も通らないこの道を、佑介は独占するように、急いで自転車のペダルをこいでいた。

「毎朝六時半に集合なんて、早すぎるんだよ」
自転車を走らせながら、佑介はひとり言を呟く。

自転車は十字路にさしかかるが、佑介は周りを気にせずに、止めることなくペダルをこぎ続ける。
十字路を通り過ぎようとすると、佑介の左横から、大きな犬を連れた、少女の姿が見えた。

「危ない!」
犬にぶつかりそうになった佑介は、慌ててブレーキをかけるが、それでは間に合わないと思い、咄嗟にハンドルを左に切る。
すると、佑介の自転車は、犬とはぶつからずに済んだものの、十字路の真ん中で転がるように転倒した。

「イテテテテ…」
自転車から転げ落ちた佑介が、足や腰を押さえながら立ち上がる。

「大丈夫ですか?」
犬を連れた少女が、心配そうに佑介に話しかける。

「いやぁ、急に大きな犬が出てきたから、驚いちゃって…大丈夫、悪いのは俺だから」

「でも…手から血が出てますよ」
少女は、ポケットからハンカチを取り出すと、佑介の手にできた傷跡にあてた。

「これ、使って下さい。驚かしちゃって、すいませんでした」

少女は佑介に頭を下げると、まるで犬に引っ張られるように、その場を後にした。

「可愛い子だなぁ…あ、イテテテテ」

まるで、犬に散歩されているように歩く少女の姿を、佑介はジーッと眺めている。

「まずい!遅刻、遅刻!」
佑介は、体の痛みをこらえながら、再び自転車のペダルをこぎ始めた。


学校に着くと、すでに練習が始まっていた。

「菊池!遅刻だぞ!新入部員も入って、おまえが遅刻していたら、示しがつかないだろ!」
三年生で、野球部にキャプテンである村井が、佑介の頭をコツンと叩く。

「すいません…」
自分が悪いくせに、佑介は、ふてくされたように頭を下げる。

「ん?おまえ、右手の怪我どうした?」

「いゃぁ、急いでたら、途中で転んじゃって…」

村井が右手をつかむと、佑介は「イテテテテ!」と大声を上げた。

「まったく…もう、朝練は出なくていいから、保健室に行ってこい。お~い指原、こいつ保健室につれて行ってやれ」

村井に呼ばれてきたのは、野球部のマネージャーで、佑介と同じクラスの指原莉乃だ。
佑介は指原につれられて、保健室に向かう。

「運動部員なのに、自転車で転ぶなんて…ホントどんくさいよね…そんな事だと、一年生にレギュラー取られちゃうよ」
指原が、佑介をからかう。佑介と指原は、小学校からの幼なじみでもあり、家も近所である二人は、まるで身内のような関係であった。

「うるせぇ、ブスマネージャー!おまえだって、皆、おまえに洗濯頼まないで、新しい子に頼むじゃねえか!」

「もう!勝手に、一人で保健室行け!」
指原は、怒って佑介の尻を蹴ると、ふてくされるように廊下を戻って行く。

「イッテぇな!怪我人だぞ!おまえ、マネージャーだろ!」

指原は立ち止まり、振り返ると、佑介に向かって『ベーェ』と舌を出して、また戻って行った。


保健室で手当てをすると、佑介は教室へ向かった。
教室には、もう他の生徒も登校している。

朝練を終えた指原も、教室に入ってきた。

「どう?バカにつける薬、ぬってもらった?」
「うるせぇ!」
叩こうとして立ち上がる佑介から、指原は笑いながら逃げる。
追いかける佑介から、指原は、空いている席の周りをグルグルと逃げ回った。

疲れた佑介は、息を切らしながら立ち止まり、追いかけるのをあきらめる。
佑介は、ふと、空いている席に目がついて話し出す。

「そういえば、ここの席の奴、二年になってから、一回も来てないな?」

「あぁ…『まゆゆ』ね、渡辺麻友って子なんだけど、一年の時に、私と同じクラスで、三学期の途中から、一回も来てないの。なんとか進級はできたけど、このままだと次はあぶないかもね…」

いじめなどが目立ってあるような学校ではなかった為、きっと、すごく性格が暗くて、皆とも馴染めないような子なんだろうと、佑介は勝手に想像していた。


そんな話をしていると、教室に、担任の高橋が入ってきた。

「えーと、来週から始まる進路相談の為のプリントを今から配るから、明後日までに記入して提出するように」

高橋が、前列の生徒に配布すると、プリントは後ろに回されて行く。

佑介が後ろを見もせずにプリントを回すと、「ちょっと、ちゃんと回してよ!」と指原の声がした。
何も考えずに回したが、佑介の後ろが渡辺麻友の席である。

指原は怒った表情で、空いている渡辺の席に手を伸ばす。

「あ、ちょうどいいや。菊池、渡辺の家は十字路を右に曲がった所だから、帰りに届けてやってくれ」
高橋は、プリントを、もう一枚、佑介に手渡す。

「えっ?俺、放課後、部活あるんですけど?」

「先生、今日、野球部は練習ありません。だから佑介が届けに行きます」
指原の言葉を聞いた佑介が、後ろを向いてにらみ付ける。

「それじゃぁ、菊池お願いするな」
高橋は、用件を一方的に押し付けて、次の話を始めた。



放課後、佑介が自転車置から自転車を出して帰ろうとすると、後ろの荷台に指原が乗ってきた。

「なんだよ!どけよ!」

「へへ…昨日、自転車パンクしちゃってさ。ねぇ、私も、まゆゆの家ついて行ってあげるから、送ってよ」

たしかに、一度も会った事のない人間の家に行くのは不安を感じた佑介は、しかたなく指原を後ろに乗せて自転車をこぎ始めた。


朝、転んだ時の痛みが残っている佑介は、しんどそうな顔をして、二人乗りの自転車を運転する。

「野球部のくせに体力ないなぁ…もっと、しっかりこいでよ」

「重いんだよ…」
「重い?ちょっと!失礼じゃない!」
よろめきながら運転する佑介の背中を、後ろからバンバンと叩く。

「ちげぇよ!朝、転んだのが、まだ痛くて、足に力が入らないんだよ」

朝、転んだ、そんな十字路を曲がり、しばらく走ると、ポツンと一軒の家が見えてきた。

「あれ?こんな所にも家があったんだ」
「あれが、まゆゆの家だよ!」

家にたどり着き、自転車を止めると、指原はインターホンを押した。

「いないのかな?」指原が再度、インターホンを押す。
「迷惑だから、何回も押すなよ…」

庭の方からは、『ワン!ワン!』と犬の泣き声が聞こえる。
すると『ガチャッ』と音をたてて、ドアが静かに開いた。

「やっ!まゆゆ!久しぶり!」
指原が陽気な声で話しかける。

「あっ!」佑介は、思わず驚いたように声を出した。
出てきたのは、今朝、十字路であった少女だ。

「あっ…今朝の…」まゆゆも驚いた顔をしている。

「同じ学校だったんだね。ハンカチ借りてたから、どうやって返そうか、困ってたんだ」

暗い雰囲気の女の子を想像していた佑介は、可愛らしい、まゆゆの姿が、想像とのギャップに戸惑う。

「なに、何?二人、知り合いだったの?」

「今朝、家のタロとぶつかりそうになって、彼に怪我させちゃったんだけど…あ、ハンカチなら返さなくていいですよ」

佑介は、まゆゆが話しかけても、ただ、ジーッとまゆゆを見つめている。

「佑介、ホラ、あれ、早く出して」
指原が手を差し出す。

「あっ、ああ…」
差し出された手に、佑介はハンカチを渡す。

「何、コレ?違うわよ!プリント!それ渡しに来たんでしょ!」

「あっ、ああ…そうか」

佑介は、鞄の中をゴソゴソとあさり、進路希望のプリントを取り出すと、まゆゆに受け渡した。

「明後日までだって。クラスも変わったし、学校にも来てみれば?」
指原がまゆゆに話す。

「うん…でも、まだ、行く気分にならないんだ…」

「そっか…私、また同じクラスだからさ!学校に来るの待ってるからね」
指原は、陽気な話し方で、まゆゆに訴えかけた。


まゆゆが家の中に戻ると、佑介は再び、指原を後ろに乗せて、自転車をこぎ出す。

「あの子、何で学校に来なくなったんだ?」
佑介が尋ねる。

「う~ん、元々おとなしい子ではあったけど、学校に来ても、一人でマンガとか読んでるだけだったから、来るのがつまらなくなったんじゃない?」

「可愛い子なんだけどなぁ…」

「ちょっと、あんたがまゆゆを好きになったって、性格も真逆だし、顔だって釣り合わないんだから、好きになるだけムダだからね」

指原の言葉に、佑介は何も言い返さずに、ただ、ふてくされた顔で自転車をこぎ続ける。

別に好きとか、そういう気持ちではないが、指原に言われると、佑介も意識してしまう。

「ちょっと、フラフラしてないで、ちゃんとこいでよ」

「うるせぇな!文句あるなら、歩いて帰れ!」

すると、佑介はムキになって自転車のペダルを、強く踏み出した。



翌日、早起きの苦手な佑介が、いつもより早い時間に家を出る。

いつも通りの通学路を通り、十字路が見えると、そこから少し離れた所で自転車を止めた。

音楽を聞きながら、そこに、じっと止まっている。

十字路の左側から、昨日と同じように、犬の散歩をする、まゆゆの姿が見えると、佑介は慌ててペダルを踏み出した。

まるで、偶然出会ったかのように装って、十字路で、まゆゆと出会う。

「おはよう、今日も散歩してるんだね」
軽く手を挙げて、挨拶をする佑介。

「おはようございます。早いんですね、朝練ですか?」
まゆゆは、どちらかと言えば、びっくりしたような表情をしている。

「ちょっと、同い年なんだから、そんなに、かしこまらないでよ。そう、野球部だから、毎朝早いんだ」

佑介は、頭をポリポリとかきながら話しをする。
そして、ポケットから、昨日借りたハンカチを取り出した。

「これ、洗ったから、返すね」

「あぁ、別に、返さなくてよかったのに…」

「あと、進路相談のプリント、明日までだから…そうだ!明日も、ここ通るから、学校に来るのが嫌なら、プリントを持って散歩しててよ!」

佑介は、まゆゆに、その事を告げると、再び自転車をこいで学校へ向かった。

いつもより早く学校に着いた佑介は、一年生より早くグラウンドに出て、朝練の準備をしている。

しばらくすると、指原や村井もグラウンドに出てきた。

「佑介、どうしたの?こんなに早く来ちゃって」

「菊池!やっとやる気になったか!そうか、そうか!」

ただ、まゆゆに会う為に早く家を出た佑介だが、都合よく村井にほめられて、ヘラヘラと笑っている。

「気持ち悪い…練習試合も近いんだから、変わった事して、雨なんか降らせないでよ」

朝から、まゆゆと会った事で上機嫌だった佑介は、指原に皮肉を言われても、ヘラヘラと笑っていた。


朝練が終わり、早起きどころか、起きる事を意識しすぎて、昨日の晩から眠れなかった佑介は、ずっと教室で寝ている。

「おい、バカ!朝練早く来ても、授業中ずっと寝てたら、意味ないでしょ!」

指原が、寝ている佑介の頭を教科書で叩く。

「んあ?何だよ…高橋先生、まだ来てねぇじゃん…」

「あんた、本当にバカ?とっくに一時間目が終わったわよ」

叩かれた頭を、痛そうに押さえる佑介。

「さっしーも大変たね、幼なじみだからって、こんなバカの面倒見てて」
クラスメイトの仲川が、指原に呟く。

「ちょっと…あんたがバカだと、何だか、私まで馬鹿にされてるみたいじゃない…ちょっとしっかりしてよ…」

指原が小声で呟く。

「おまえが、いちいちお節介だからだろ?別に、頼んでないんだから、ほおっておけよ…」

「バカ!もう、本当にしらないからね!」

指原は、もう一発、佑介の頭を教科書で叩いた。

「いってぇな!この、ブス!」

指原は、その大声を無視して、その場を後にした。
その後も、佑介は、授業中も構わずに、ひたすら眠り続けた…


「佑介…佑介!おい!起きろ!」

体を揺すぶられ、佑介が目を覚ます。横を見ると、同じ野球部の高山誠ニがいた。

「おい、もう部活の時間だぞ、いつまで寝てるんだよ」

その言葉を聞いて、佑介が慌てて立ち上がる。

「え!俺、さっき学校来たばっかりなのに!」

「何をいってるんだよ…一日中、寝ていたじゃないか…」

佑介は無造作に、頭をボリボリとかく。

「なんだよ…指原の奴、起こしてくれてもいいのに…」

「起こしてたよ。だけど、おまえが酷い事を言ったから…さっしーだって、おまえの彼女でも、親でもないんだぞ!幼なじみだからって、甘えすぎだろ」
誠ニは叱るように、佑介に話す。

佑介は鞄を肩に掛けると、誠ニと二人で部室に向かった。


部活動では、佑介と誠ニ意外は、練習着に着替えて、校庭に集まっている。

「ヤバい!佑介のせいだ!俺達も早く行かないと」

誠ニと佑介が、慌てて練習着に着替えているど、二人が来るのを待っていたかのように、指原が入ってきた。

「指原!気が付いてたなら、起こせよ!」

「ごめんね!ブスマネージャーに起こしてもらうより、まゆゆみたいな子に、起こしてもらうの待っている方が、いいのかと思って!」

「嫌味な奴だなぁ…」

佑介と誠ニは、着替え終わると、飛び出すように、部室を出ていく。

その姿を見た指原は、『クスッ』と笑った。

遅刻した二人は、練習前のミーティングに集まる集団に混ざろうと、コソコソしながら校庭を歩く。

「おい!菊池!高山!コソコソしても、バレてるぞ!」

高山の大声に、二人は『ドキッ』とした。

「折角、春の大会の前にある練習試合は、二年生を中心でレギュラーを組もうかと思っていたが、二人は補欠だな」

「いやいや!キャプテン!今日も、悪いのは佑介で、僕は関係ないですから」
慌てて、言い訳をする高山。

「おまえ達二人は、再来週にある練習試合には、レギュラーとしてでてもらうから、そのつもりで練習するように」

「レギュラー!やった!」

誠ニが大声を出して、はしゃぎ出すと、佑介もつられて喜んだ。

レギュラーが決まったら二人は、熱心になって、その日の練習に打ち込んだ。



練習が終わると、帰宅しようと自転車に乗る、佑介の後ろに、指原が乗ってきた。

「なんだよ…まだ自転車直らないのか…」

「そう!だから乗せて行って」

佑介は、ため息をつくとペダルをこぎだす。

自転車に乗りながら、二人は無言なままの時間が続いた。

十字路を差し掛かった所で、指原が話し出す。

「何で今日は、あんなに朝早かったの?いつもなら、絶対に起きれないでしょ?」

「別に…」
佑介は指原の質問に、あいまいな答えを返す。

「まゆゆに会おうとしたでしょ?いっつも、朝、犬の散歩してるもんね」

「違うよ…昨日、テレビ見てて寝れなかったから、たまには早く行っただけだよ」

「ふうん…」

その後も、二人は無言のままで、佑介は自転車を走らせていた。



翌朝、佑介は昨日と同じ時間に家を出た。

今度は、寝不足にもならないように、家中にある目覚まし時計や、携帯電話のアラームなどを使い、早起きを試みていた。

いつものように、音楽を聞きながら自転車を走らせると、昨日と同じ、十字路の手前で自転車を止める。

しばらくすると、昨日と同じ道から、まゆゆと犬の姿が見えた。


佑介はまた、偶然を装うように、ペダルを踏み出す。

「おはよう!いゃあ、本当に、たまたま通ると、会うもんだね」

「ホント…最近、よく会うね…」

佑介の、わざとらしい演技を、まゆゆは、しかめっ面で見ている。

「そうそう、プリント持ってきた?俺が先生に渡しておくからさ」
佑介が手を差し出す。

「あぁ…いいよ…私、学校も行ってないのに、進路って言われても、分からないもん」

まゆゆの言葉を聞いて、いつもの癖のように、佑介は頭をかきだす。

「じゃあ、俺も一緒に行くから、散歩が終わったら、一緒に学校に行こう!よし!そうしよう!」

佑介は、まゆゆの手から、犬の散歩綱を取ると、自分の自転車を、まゆゆに預けた。

「ちょっと!」
突然の佑介の対応に、まゆゆが驚く。

「しっかし、でっかい犬だなぁ…ポチって言ったっけ?」

「タロだけど…」

佑介の話しに、まゆゆも少し、笑顔になった。


散歩を終えて、佑介は、まゆゆと共に学校へ来ると、二人で教室へ向かった。

「みんな!おはよう!」
陽気に教室に入る佑介。

「ちょっと!今日は朝練サボり!何考えて…あっ…まゆゆ…」

立ち上がる指原は、まゆゆの姿を見て驚く。

「サボりじゃねぇよ!ただ、起きられなかったんだよ」

すると、佑介は、まゆゆを席まで案内した。

「キャプテン怒ってたからね…知らないよ…」

指原が、佑介の耳元で、小声で話す。

「分かってるって!部活の時に謝るよ」

朝練に来なかった理由を、だいたい察した指原は、黙って自分の席に戻った。
久々に学校に来た、まゆゆは、少し、挙動不審である。

「よかった…学校来たんだね」
話しかける指原。

「うん…佑介君が、あんまり強引だから…」

まゆゆを挟んで、佑介と目が合う指原は、佑介を睨み付ける。

まゆゆは、学校に来なかった理由も、特に嫌われていたとか、いじめにあっていたとかではなかった。

小さい頃から、大人しかったまゆゆは、昔から、友達と遊んだり、外で活発に動いたりするタイプではなかった。

アニメ等が大好きで、小学校の頃にも、いわゆる『引きこもり』になった事もあり、インターネットなどでアニメを見ていて、部屋から出てこなかった事もある。

中学の頃から、アニメに対する思いは、趣味から『夢』に変わり、漫画家になりたいと思う気持ちが強くなっていた。

しかし、高校にはどうしても通わせたいと思う両親の気持ちから、進学することを決めたが、高校に入り指原と出会い、まゆゆとは正反対の性格の指原であったが、互いにアニメ好きという趣味から、まゆゆとしては珍しく、指原を友人として受け入れていた。

そんな指原が一年生の時に、まゆゆに言った言葉が、今回、まゆゆが学校に来なくなった原因でもあった。

『やっぱり、まゆゆは、漫画家を目指した方がいいよ』

自分の書いた漫画を、指原に見せた時に、この言葉を言われたまゆゆは、生まれて初めて自分を評価された事に喜び、漫画家になりたいと思う気持ちが、さらに強くなった。

そんな時に、まゆゆは、毎月購入している月間漫画雑誌の、あるページに目が付いた。

『第48回 集芸社 漫画新人賞』

まゆゆは、この見出しを見て、自分の漫画を評価されたい、そして、指原にも、自分が評価された漫画も見てもらいたい、と思った。

「締め切りは、2011年四月中旬…どうしよう…今から毎日書き続けないと間に合わない…」

自分の考えや、悩み等を、人に相談などしたことがなかったまゆゆは、その事を指原にも伝えることなく、二月頃から部屋にこもり、ひたすら作品を書き続けていた。

いよいよ、今月は新人賞の締め切り月であるが、予定のペースより早く作品を書き上がりそうである、まゆゆにとって、佑介が取った行動は、学校に来る、良いきっかけでもあった。

一時間目が終わり、休み時間になると、佑介はまゆゆに話しかける。

「困っていることがあったら、何でも言ってね、協力するから」

佑介の言葉に、まゆゆは返事をすることなく、漫画雑誌を読んでいる。

「そうだ!野球とか興味ある?俺、再来週にある練習試合なんだけど、スタメンで出るからさ、応援に来てよ」

しつこく話しかける佑介の姿を見た指原は、彼の襟首を掴むと、廊下へ連れ出した。

「イテテテテ!何だよ!苦しいだろ!」

「あのさ!まゆゆ、折角学校に来るようになったんだからさ、少し、そっとしておいてあげてよ!彼女は、あんたみたいなガサツなタイプが、一番苦手なの!」

指原は、剣幕になって怒り出す。

「何だよ!だからって、一人にして、ほったらかしておくのかよ…おまえ友達だろ!」

「誰が、ほったらかすって言った!そっとしておいてって言ってるの!」

指原が大声を上げると、廊下にいた生徒達の視線が、二人に向けられた。

佑介は、指原の言葉を無視して、席に戻ると、再び、まゆゆに話しかけた。

「何のマンガ読んでるの?なんか、それ、面白そうだね」

佑介がは話すと、まゆゆは、読みかけの本を閉じて、彼に差し出す。

「えっ…貸してくれるの?」

「私、五回も読んだから」

「そうなんだ、ありがとう」

佑介は、嬉しそうに受け取ると、その雑誌を鞄にしまった。


放課後、部活動の時間になると、朝練をサボった罰として、佑介は校庭をランニングさせられていた。

走っていると、校舎から、帰宅しようとする、まゆゆの姿が見えた。

「お~い、まゆゆ!」
大声を上げると、まゆゆが振り向く。

まゆゆだけでなく、帰宅中の生徒達が一斉に振り向く中で、佑介は手をふりながら駆け寄っていった。

「今日借りたマンガ、昼休みにほとんど読んじゃったよ!面白いな!他にも何か貸してよ」

話しかける佑介に対して、まゆゆは恥ずかしそうに、下をうつむく。

「あの二人って付き合ってるの?」

「まさか!菊池が一方的にでしょ?」

「でも、朝も一緒に来たしね…」

周りの生徒達のヒソヒソ話しが、まゆゆには聞こえる。

「あの…学校の中で、大声で名前を呼ばれたりするのはちょっと…」

まゆゆが小声で訴えかける。

「え?あぁ、そうか…ゴメン。そりゃぁ、恥ずかしいよな」

「恥ずかしいだけじゃなくて、佑介君の為にも…」

すると、一部始終を見ていた指原が、また、佑介の襟首を掴み、引っ張った。

「苦しい!苦しいって!」

「この!バカ!まゆゆ、ごめんね、このバカは気にしないで。また、明日ね!」

佑介は、指原に連れられて校庭に戻った。

「何回言ったら分かるの!あんた!また、まゆゆを学校に来れなくする気!」

「なんでそうなるんだよ!俺はただ…」

「ただじゃない!大体、今、罰として走ってるんでしょ!何サボってるのよ!」

すると、佑介は、ふてくされたように、再び校庭を走り始めた…



翌朝、佑介は日課になっているように、十字路の手前でまゆゆを待つ。

いつも通りに、まゆゆは、タロの散歩をしながら通りかかる。

「おはよう!まゆゆ!」
まゆゆの前に、飛び出すように出てくる佑介。

「本当に…最近、よく会うね…」
不思議そうに、佑介を見るまゆゆ。

「これ、昨日借りたマンガ、すっげー面白かったよ!学校で返すとさ…指原が、またゴチャゴチャとうるさいから…」

その言葉を聞いて、まゆゆが『クスッ』と笑った。

「他にもさ、面白いマンガあったら貸してよ。そうだ!帰る時にさ、俺の自転車のカゴに入れておいてよ。そうしたら、部活の前に取りに行くから!」

「わかった、じゃあ、すごく面白いの貸してあげる」

まゆゆの微笑んだ顔を見ると、佑介は、なんだかそれだけで嬉しい気分になれた。


帰りに漫画を借りると、佑介は一晩で読み上げ、また、次の朝、十字路の所で返す…

そんな二人のやりとりがしばらく続いた…



ある日の放課後、部活動がなかった佑介は、自転車置き場で、漫画を借りる為に、まゆゆを待つ。

しばらく待ち、まゆゆが来ると、彼女は慌てるように自転車に乗った。

「まゆゆ!俺、今日練習ないから、今、マンガ貸してよ」

「ゴメン!今、急いでるの!」

慌てて自転車をこぎだすまゆゆを見て、彼女には珍しい行動から、少し心配にもなり、佑介は、まゆゆを追いかける。

「ちょっと!どうしたんだよ!」

佑介も急いでペダルをこぐが、まゆゆには、なかなか追い付けない。

十字路に差し掛かると、まゆゆは、飛び出してきた猫に驚いて、慌ててブレーキをかけるが、そのまま転んでしまった。

「まゆゆ!大丈夫か!」

佑介は慌てて駆け寄る。

まゆゆは足を痛そうに引きずりながら、自転車を起こすと、再びサドルに股がる。

「おい、何をそんなに慌ててるんだよ」
佑介が尋ねる。

「新人賞の作品、今日が締め切りなの…ギリギリまで書き直してたから、今日の消印で郵便局へ持って行かないと、折角書いたのに無効になっちゃう…」

時計を見ると、夕方の四時四十分を指している。

佑介は、自分の自転車を十字路の門に止めると、まゆゆの自転車のハンドルを握った。

「足、怪我してるでしょ…郵便局まで、俺が連れて行くから、後ろに乗って」

「でも…」

「大丈夫だって!指原で慣れてるから」

まゆゆを後ろに乗せて、自転車に股がると、佑介はペダルを強く踏み込んだ。

「まゆゆ、スピード出すから、しっかり掴まってろよ」

いつもはおちゃらけている佑介の姿も、この時ばかりは、まゆゆの目に男らしく映っていた。

十字路から二キロほどの場所であるが、佑介は、全力でペダルを踏み込んだ。

無我夢中で走る佑介の気持ちは、ただ、『まゆゆの力になりたい』その気持ちだけだった。


郵便局にはギリギリで間に合い、まゆゆも、新人賞の作品を応募することができた。

帰り道、佑介は、まゆゆを乗せて、今度は、ゆっくりとペダルをこいでいる。

「佑介君、本当にありがとう」

「へへ…お礼を言われるなんて久しぶりだから、何だか照れ臭いな…」

まゆゆの言葉に、佑介はごまかすように、片手で頭をかきだす。

十字路に着くと、佑介は、まゆゆの自転車から降りて、自分の自転車に乗り換えた。

「まゆゆも頑張ってるから、今度は俺が、頑張る番だな」

佑介は意味ありげに話しをする。

「今度の練習試合、もし、ホームランが打てたら、まゆゆに話したい事があるんだ」

「何?」

「それはその時、それが今の俺の目標だから」

そう佑介は話すと、自転車をこいで去って行った。



それから、佑介の練習試合が次の日となった、週末の土曜日の事、まゆゆは、いつも通り、タロを連れて散歩をしていた。

十字路を通り過ぎるが、今日は佑介に出会わない。

『明日、練習試合だから、張り切って、早く練習行ったのかな…』

そう思いながら、まゆゆは散歩を続けた。


朝、まゆゆが学校に着くと、席には、一冊の本が置いてあった。

昨日、佑介に貸した漫画雑誌だ。

まゆゆが、その雑誌を不思議そうに手に取ると、教室の扉が勢いよく開く音がした…

入ってきたのは指原だ…

「さっしー…どうしたの?」

「まゆゆ…朝、あのバカ…佑介にあった?」

指原は血相を変えて、まゆゆに尋ねる。

「ううん…今日は会わなかったけど…どうしたの?」

「あのバカ!実は、お父さんの仕事の都合で、急に引っ越す事が決まっていたのに、キャプテンとかにも、誰にも言わないでいて、今日、引っ越すらしいのよ!」

その言葉を聞いたまゆゆは、持っていた本を床に落として、一瞬、時間が止まった。

「今、佑介のお母さんが、退学の手続きにきているんだけど…あいつは、もう一人で駅に向かっちゃったらしいの!」

その言葉を聞いたまゆゆは、教室を飛び出した。


まゆゆは自転車に乗ると、駅へ向かい、急いでペダルをこぐ。

駅までは、学校の近くであるが、まゆゆが着いた時には、ちょうど電車が発車しようとしてる。

「あぁ~あのバカ!間に合わなかった!」

後ろからは、気が付かなかったが、指原もついてきていた。


すると、まゆゆは、走り出す電車の後を追って、ペダルをこぎだす。

「ちょっと!まゆゆ!」

指原の声も聞こえずに、まゆゆは電車を追いかけた。

「佑介君!佑介君!」

まゆゆは、走る電車を追いかけながら、大声で佑介の名前を呼ぶ。

すると、三両しかない電車の窓の一つが開いき、そこからは佑介の姿が見えた。

「佑介君!」

「まゆゆ!」

まゆゆは必死で、電車を追いかける。

「佑介君!ホームラン打ったら、言いたい事があるって言ってたでしょ!言わないで、いなくなっちゃうの卑怯だよ!」

今までに出した事がないような、まゆゆの大声が、佑介に届く。


「俺、         !…」


佑介の言葉は、風と電車の音に書き消され、まゆゆには届かなかった。

そして、佑介を乗せた電車は、そのまま走り過ぎていった…

まゆゆが追いかけた、その道の後ろには、佑介といつも出会っていた十字路が見えていた…




そして、佑介が引っ越してから三ヶ月が経ち、季節は夏へと変わり、あの十字路も、タンポポではなく、すっかり緑でしげっていた。

まゆゆが出した、新人賞の結果も発表され、新人賞は取れなかったが、佳作を受賞することができた。

「まゆゆ!佳作でも凄いよ!やっぱり将来は漫画家だね!」

指原が、まるで自分の事のように喜んでいる。

「佑介が転校した、東京の学校も、今年は甲子園、狙えるらしいよ。まぁ、あいつは補欠らしいけどね…」

「そうなんだ…」

指原の言葉を聞いて、まゆゆは微笑んだ。


学校の帰り道に、あの十字路を通ると、まゆゆはいつも、思い出す。

あの十字路で、毎日、佑介と出会っていた事は、決して偶然ではない事を、まゆゆも分かっていた。

だけど、佑介と出会ったきっかけは、きっと、大切な偶然なんだろう…


「佑介君、偶然出会ってくれて、ありがとう…」

十字路の前で自転車を止めると、まゆゆは一人、呟いた…




『偶然の十字路』 終
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