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戦争が近づいている - 赤狩りとファシズムの台頭の裏
Twitterを使って「
南京事件
」の検索をかけると、私の2日前のツイートが上位に出てくる。「
南京大虐殺
」についても同じだ。この問題についてネットでどのような議論がされているか、それを確認しようとしてTwitterのキーワード検索を調べてみた。現在では、Blogや掲示板よりも、Twitterがネット言論の動向を探知する最も精度の高いアンテナと考えられる。橋下徹のアンケートやメールの思想調査の件についても、世間の反応はどうだろうと気になり、「
橋下徹
」で検索もかけてみたが、何やら似たような結果が出る。自慢を言いたいのではなく、次の二つのことを言いたいのだ。第一に、こうしたファシズムの論調に批判的な立場の者が少なく、逆に、橋下徹や河村たかしや石原慎太郎を支持し、南京事件などなかったと言い張っている者のツイートが圧倒的に多いことだ。第二に、数万人のフォロワーを抱える著名人たちが、こうしたファシズムの台頭に対して抵抗や警鐘の論陣を全く張っていない事実である。
江川紹子
とか、
湯浅誠
とか、
堤未果
とか、
鳥越俊太郎
とか、マスコミでも活躍して影響力のある者たちが、この異常な空気に対抗して割り込む行動をしていない。言論で収入を得ている者たちが、言葉を発せず黙って見ている。今の危機的状況に言葉を当て、市民に訴えている知識人の表現がない。憲法の破棄が宣告されているのに、危機感がなく、緊張感がない。
橋下徹や石原慎太郎や河村たかしに反論することは、そんなに難しいことだろうか。億劫なことだろうか。あるいは、それは二の次にしてよい些事だろうか。皮肉ではなく、彼らが知識人の使命に即応しないことが私にはよく分からない。ネットの中の右翼の狂気と喧噪は、年を追うごとに熱気と充満の度を増し、言論空間における多数派の地位を確かなものにしている。政治の議論に新規参入する若い者に、右翼の思想が正論で常識であることを数で教え、彼らを洗脳して自らの陣営に引き込んでいる。今、右翼を右翼という言語で客観的に捉え、正確な日本語で表現しているのは私くらいのもので、多くの者は内なる座標軸をずらし、右翼を右翼として対象化しない態度になっている。そのため、右翼は右翼という言葉を与えられず、自己をこの国の政治社会の中心で正統な立場だと主観的に位置づけ、その自己認識で堂々と開き直ることができるのだ。今さらながらだが、マスコミ空間よりネット空間の方の右翼化現象が甚だしい。何の現代史の知識もない者が、ネットの中で情報を拾い、ネットの議論を聞きながら状況認識を持つと、「門前の小僧習わぬ経を読む」ような学習結果となり、ネット右翼の繁殖がひたすら勢いづく事態となる。そして、それがこの国の政治社会の所与となり、現実政治を動かし、マスコミが言論基準を偏向させる担保となる。それが積み重なり、すでに、この国は理性ではなく狂気が支配している。
嘗て、丸山真男は、死ぬ間際だったが、「私たちの若い頃は、日本中がオウム真理教の状態だった」と語っていた。その言葉が今の私にはとても重く響く。当時は特に注意しなかったが。今、ネットのTwitterや掲示板を見ると、まさに
丸山真男
が言ったとおりの世界が現出している。狂気の掲示板は2ちゃんねるだけではない。YahooもLivedoorも同じで、この国のネット言論の場の全体で同じ状況である。「南京大虐殺は起きていない」、「中国の捏造だ」、「従軍慰安婦も存在しない」、「韓国の嘘だ」、「左翼と反日を殺せ」。こういう書き込みがそこら中に乱舞し、掲示板を覆い尽くしている。掲示板の常連たちが、ほとんど脊髄反射のように次々と書き込みの列に加わり、過激で粗暴なフレーズの連呼に血道を上げて神経を昂奮させ、ヒステリックな喚きを拡散し増幅させている。掲示板に書き、読み、発狂を深めながら、同時に自身のTwitterに同じ妄言を喚き散らしている。この異常な光景は、上九一色村のサティアンの中で起きていたことと同じだ。右翼は、確かに日本の言論空間では支配者なのだが、一歩外へ出れば、それが常軌を逸した妄想であり、カルトの信仰であることを知らない。アジアや国連の外交の場では通用しない有害で偏狂的な教条であることを、若い新参のネット右翼は理解していない。あのとき、サティアンの中で、「毒ガス攻撃を受けた」だのと信者たちは騒ぎ、閉ざされた小宇宙の中で幻想を信じ込み、自分たちを絶対的な正義者だと妄信していた。
ネットの中が右翼のプロパガンダで埋められ、教祖である橋下徹と石原慎太郎による扇動がマスコミから速射砲のように放たれ、まるで麻原彰晃の教説がサティアンの中に轟くように、ネットの中で木霊となって鳴り響き、共鳴と反響の渦を高揚させ、群れる右翼たちの確信と帰依と陶酔を深めている。掲示板でTwitterで怒号と狂躁を繰り広げながら、右翼たちは眼を血走らせ、「左翼」と「反日」への敵意と憎悪を募らせ、排撃と迫害と殲滅の衝動を高めて行くのだ。平和憲法の改定・破棄という政治目標をあらためて見据え、その実現へ向けて行進する隊列に兵士として加わっている自分を確認するのだ。ネット右翼の獰猛な狂宴の風景は、オーウェルが『1984年』の中で描いた「
2分間憎悪
」の場面によく似ている。ゴールドスタインが「反日・左翼」、ビッグブラザーが橋下徹と石原慎太郎、ユーラシアが中国・韓国・北朝鮮の構図だ。現在の日本の政治環境は、オウム真理教のサティアン空間であり、オーウェルの『1988年』のオセアニア国と同じである。殺意が振りまかれている。われわれは、次第にこの環境に馴れ、正常な理性を失い、残酷で狂暴な人格に作り変えられている。「南京大虐殺はなかった」の意味は、同じ殺戮を再びやっても、それは罪科を問われることなく、責任を問われないという暗示であり、再び同じ惨事があっても、同じように歴史を否定して自己正当化するという意思だ。
先週末、2/24夜のNHKの報道では、7時のニュースで橋下徹が、9時のニュースで橋下徹と石原慎太郎が、そして8時45分の首都圏ニュースで
石原慎太郎
が登場した。3連発でファシズムのプロパガンダのシャワーを浴びる衝撃と苦痛を経験した。「思想信条の自由が欲しい者は公務員をやめればいい」、「今の憲法は即刻破棄すべきだ」、こうした言葉を放送でそのまま流し、まるで正論のように国民に聞かせている。公共放送であるNHKには憲法を守る義務はないのだろうか。10時からテレ朝の報ステでも橋下徹の問題が取り上げられたが、これまで橋下徹の応援団長で旗を振っていた古舘伊知郎も、さすがに最近の橋下徹の素行と言動には当惑を覚え始めたようで、職員に対する強制が過ぎると眉を顰める反応を示した。ところが、8時45分のNHK首都圏ニュースでは、石原慎太郎の「憲法破棄」の暴言報道の原稿を読み上げる久保田由佳が、ニコニコと嬉しそうな表情なのだ。戦慄する恐ろしいニュースなのに、歓迎する視線と声色で伝えているのである。寒気がしてテレビの前で固まった。久保田由佳は確かに知性に不安定さがあるアナだが、このニュースの意味を理解していないはずがない。このニュースに深刻さを感じず、それを聞かされる視聴者の動揺や懸念に気づかないのは、久保田由佳の無知というよりも、それ以上に、このニュースを自然に肯定的に受け止めている感性の前提があるからだろう。
若い久保田由佳にとって、都知事による憲法破棄の宣言も、南京事件についての不埒な強弁も、全く齟齬や逡巡を感じるところがないのだ。石原慎太郎の暴言以上に、久保田由佳の態度が異常で驚かされ、この国の重篤を思い知らされる。大阪都の構想がどうのとか、ベーシックインカムがどうのとか、一院制と首相公選制がどうのと言っていたのが、あっと言う間に憲法改定へフォーカスし、公務員の政治活動禁止に至り、諸悪の根源は憲法9条だとする政治ステージに突入した。渋谷の街宣右翼の車両スピーカーの騒音の中身と同じになった。次に何が起きるのか。中央で二大政党の政治が膠着し、腐蝕し、空疎に停滞したまま民心を失う中、都市の首長が政治をリードする局面になり、それをマスコミが担いで煽り、官僚も便乗し、政界再編で新しい政治状況を作り出そうとしている。読者は、戦争が近づいていることを感じているだろうか。戦争を始めることは、局面を打開する手段なのだ。9条を改訂して自衛隊を国軍にすること、赤狩りで左翼の政治勢力を窒息死させることは、右翼の長年の悲願でもある。しかし、現在の事態は単にイデオロギーの動機と目的で動いてはいない。例えば、社会保障の切り下げと増税がある。年金支給を減らし、医療負担を増やし、消費税を2倍に3倍に引き上げる。この政策は、平時での議論と選挙では合意は困難だが、有事になれば難なく可能だろう。電力料金の値上げも、汚染食品の流通も。
国民が受け入れられないものを受け入れさせる。国民の権利を制限する。国民に不利益を押しつけ、生活水準を低下させる。こうしたことが、戦時という環境を作れば、為政者は簡単に無造作にできるのだ。Twitterを見ていると、米国が日本の核武装を許さないだろうという論を吐いている者がいる。これは時代錯誤の見解というもので、90年代までの日米関係論である。国際情勢は変化している。米国が日本の核武装を危険視しているという認識や、いわゆる「ビンの蓋」論の概念は、もうすっかり過去の遺物となり、東アジアの現状を説明する説得力を失ってしまった。列島の駐留米軍は、日本が経費を拠出しているから存続させているのであり、米国が負担する立場になれば配備する必要や意味はないのだ。米国は東南アジアを21世紀の国益のドメインとして設定していて、吸い取る生き血の枯渇が見えた日本には魅力を感じなくなっている。日本や韓国の防衛からは手を引きたいのが本音であり、米軍は司令機能だけを担当し、実戦で血を流すのは自衛隊(日本軍)に任せたいのだ。基本戦略と位置づけが変わっている。ということは、いつまでも憲法9条を変えないのは不都合であり、早く国軍化させ、空母を持たせ、核武装させて中国と対峙させようという思惑で日米同盟の将来を設計している。特に集団的自衛権については、解釈改憲でも、明文改憲でも、何でもいいから早くしろという姿勢だろう。日本が戦争を始めるときというのは、決して偶然の衝突事故からは起きない。
それは、米国がプログラムを発動させるときだ。日本の政治を支配しているのは、官僚と米国の二つの力である。二つの意向が一致すれば、改憲と核武装のための、増税と負担増のための有事が現出するだろう。橋下徹と石原慎太郎のファシズムの台頭について、私はそのような視角と文脈で捉えている。
by
thessalonike5
|
2012-02-27 23:30
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芝ちゃん
at 2012-02-27 18:14
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ブログ主さまの、大きな危惧に、心から同感します。
戦争中、何度も米軍機(B29爆撃機)による大空襲を経験し、戦後の名古屋市民の一人として生きてきた私にとって、たび重なる河村市長の発言『30万人の南京大虐殺は無かった』との、開き直り記者会見に非常な怒りを覚えます。
本日、河村市長は『30万人』に力点をおいて、説明していますが、数が問題ではないのです。たとえ『5万人』だったとしても、虐殺事件があったことは間違いないのです。
本多勝一の朝日新聞記者時代、戦後、彼は自ら中国現地を歩いて取材し、そのレポートを『南京への道(1987年)』にまとめています。
そこには、中国杭州に上陸した日本軍が「南京に向かう日本軍」の犯した残虐行為が、一つ一つ、克明に描かれています。
この本は、『名古屋市立図書館』の蔵書目録にもあります。河村市長は直ちに取り寄せて、読んで欲しい。
名古屋市当局の発表によると、河村市長の発言に、電話で寄せられた数は『賛成900人、反対100人』とのことで、この倒錯した数字に唖然とします。恐ろしい世の中の到来を予感します。
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