機動六課主任医務官、湖の騎士シャマル。
前所属は特別補佐官及び本局医療局。
医務官資格を保有し、治療・救護を中心として、高いバックス能力を誇る六課が誇る守りの要の一人であり、なのは・そしてユーノの主治医でもある。
と、表向きではこのように表記するのだが、時々彼女はその過保護な一面から反感を買うこともある。
それは、同じ医者でありながら死神代行と言う存在であるユーノの師・黒崎一護である。
二人は同種の職業上、人を直すという理念と志は同じだが、根本的に性格が正反対な上、医者としての振る舞いも真逆。
その為、しばしばユーノの事で二人は衝突をすることがあり、互いに罵り合いシャマルは一護を「いい加減な医者」と、一護はシャマルを「過保護な医者」と呼んでいる。
もっと言うならば、戦う医者と守る医者・・・対極を為す二人。
今回はそんな二人の医者としての一面をクローズアップしたお話である。
〈六課Side〉
機動六課ロングアーチ。
時計が既に正午を迎えた事を指し示すことを確認した、医務室で仕事をしていたシャマルは昼食をとりに席を外す。
廊下を歩きながら肩を回し、昼のメニューを考える。
「あ~お腹空いた~もうお昼ね。さて、今日は何食べようかしら・・・・・・」
と、その時彼女は周囲から漂ってくる香ばしい臭いに足を止め、思わず匂いをかぎながら歩き出す。
「あら?何かしら・・・・・・いい匂い♪」
シャマルはかぐわしい臭いに釣られて歩き続け、気が付けばいつも立ち寄っている司令室の前を通りかかり、案の定その中から匂いがしてきたのでドアを開けると、開けた瞬間彼女の目に飛び込んできたのは、真剣な表情で中華鍋を操る料理をしていたユーノだった。
ユーノが料理をする傍ら、彼の作る料理を心待ちにしているなのは達と一緒に、その手伝いをしていた者が一人。
木曜日は午後から休診となっていたユーノの師、一護であった。
シャマルが唖然とした表情で調理中のユーノを見つめていると、ユーノは一護から渡された油・エビを入れてると、更に強いアルコールを豪快に鍋の中に入れてフランベを起こす。
ちなみにフランベとは、アルコール度の高い酒を入れることによって食材に香りなどを付ける手法の一つで、レストランでも肉を焼くときなどに用いられる。
勢いよく炎が鍋から立ち上ると、シャマルは一瞬後ずさる。
「うわ!」
と、その時一同がシャマルの存在に気付く。
「あ・シャマル先生。ぐっとタイミングですよ」
「グッドタイミング?て言うかユーノ君、何してるの?」
「見ての通り、料理だよ」
一護がそう言った後で、シャマル自身も彼がここにいることに気付く。
「一護さん!何時からいたんですか!?」
「つい2・30分前からですよ。あ、序に言うと今日は一護さん一人だけですから♪」
ユーノはそう言って調理を進めていくが、シャマル自身はユーノばかりに気をとられていたために彼が声を発するまで一護の存在に気付いていなかったようだ。
「そう・・・」
シャマルがヴィータやはやての方に歩み寄っていくと、ヴィータやなのはは前に一度だけ食べたユーノの料理の味を思い出しながら言ってくる。
「いや~私もびっくりなんだけどよ、ユーノって料理もギガうまなんだ」
「うんうん♪そうなんだよね~♪あの蕩けるような味がなんとも~♪」
「趣味の幅が広いからなこいつは」
と、恋次が言った後で鬼太郎はシャマルを一瞥しつつ、料理と言うものに鼻で笑いながら関して言ってくる。
「ああ、料理と言えば・・・シャマルは相変わらず下手くそだよな!」
「あああ!!!またシャマル先生が気にしてることを///」
シャマルが鬼太郎の発言に思わず顔を赤く染めると、それを聞いた一護は真顔で口を挟む。
「おいおいやめてくれよ、調理中にそんな食欲が失せるような話しするのは」
「食欲がなくなるって何ですか!シャマル先生、そんなに料理下手じゃないもん!」
すると、それを聞いた一同が顔を青ざめた後、恋次がすかさず口にする。
「嘘つけ!俺一度おめぇの作ったもの喰ったけど、あれで胃の中洗浄する羽目になったんぞ!」
「恋次殿でも食べられないとなると、余程酷い味だったのだろうな」
「ああ。あれは最早質量兵器並みのおそろしさだ」
白鳥の言葉にザフィーラが引きつった顔でそう言うと、シャマルの機嫌はますます悪くなる。
「ざ、ザフィーラ!そんなちょっと引いた顔で何言ってるのよ!!もう~~~みんなして人の事馬鹿にして~~~!そんなに言うなら今後怪我とかしても治療してあげないんだから///」
「いやそれは流石に困りますよ!」
「落ち着いてくださいって!」
フォワード陣が危機感を覚えてそっぽを向くシャマルを宥めようとすると、ここでシャマルを擁護してきたのは主であるはやてだ。
「みんなもあかんよ。あんましウチのシャマル罵倒するようなこと言っちゃ」
「ほうら!はやてちゃんだってそう言ってるでしょ!」
「しかし主はやて。かと言ってシャマルの料理が美味いとは言い切れません」
「うん。それは私も同感や」
シグナムの問いに対してきっぱりとはやてがそう言うと、シャマルは裏切られた衝撃と悲しみのあまり涙があふれる。
「あああ!!!はやてちゃんまで酷いーーー///」
嘆き悲しむシャマルを余所に、調理中のユーノは味見をする。
「うん♪いい感じ」
シャマルはこのユーノの態度や周りの様子に苛立ちを感じると、不機嫌そうな眼つきでユーノとそれを手伝う一護に言ってくる。
「ふ~~~ん・・・一護さんと言いユーノ君と言い、随分暇そうなのね」
「あ?何だと・・・」
「暇そうに見えますか?」
「だって、これって研究でもなんでもないでしょ?」
と、この発言を聞くと恋人であるなのはや親友であるフェイトはユーノを庇おうと反論する。
「ああ!シャマル先生その言い方はちょっとないんじゃんですか?」
「シャマル。それはいくら何でもユーノに失礼だと思うよ」
「なのは、フェイト。いいって別に僕は。気にしてないから」
ユーノはそう言って軽く受け流すも、一護は先ほどの発言が気に入らなかったのか不機嫌そうに皺を寄せながらシャマルを指さす。
「けど、言われたまんまじゃお前も虫が好かないだろ?」
「大丈夫ですよ、一護さん。こう言う口喧嘩は僕、結構得意ですから♪」
「あら。だったらどう言い返すつもりなのかしら?今のシャマル先生、あちこちから罵られてすっごく機嫌が悪いことに加えて、頭がバカに冴えているのよ。どうやって説き伏せるというのかしらね?」
今のシャマルは怒りのバロメーターが頂点に達しており、完全にキャラ崩壊が進み黒いオーラを発している。
キャロやエリオはこんなシャマルを見て、身震いを覚える。
「シャマル先生、キャラ変わり過ぎじゃ・・・」
「落ち着いてくださいよ」
すると、喧嘩を売られたユーノは鍋を操作する傍ら次のように言葉を連ねる。
「ふふ。そもそも研究室で研究をしてなければ暇だって言うこと自体が物神崇拝に捕われたモノの視方ですよ。」
「ぶ、物神・・・何?」
「他にも仕事をしていなければ暇?実に短絡的です。シャマルさんは暇だからコーヒーを飲むんですか?暇だから風呂に入り暇だから眠るんですか?僕はこの限られた貴重な時間を真剣に趣味に費やしています」
「・・・ふ~ん・・・」
「同時に、摂食行動と言う生きるために必要な行為でもあります。つまり!大変忙しいんですはい♪わかりましたか?」
某ドラマの堅物変人科学者のような物言いで理論的に彼女の言い分を説き伏せることに成功したユーノは何事もなかった様に調理を続け、見事なまでに説き伏せられたシャマルは不機嫌そうに血管を浮かび上がらせ、心底悔しがった様子で素直に返事を返すほかなかった。
「・・・ええ・・・そのようね!」
「お・口喧嘩では流石のシャマルもユーノにはお手上げのようだな」
「ユーノ殿の口八丁ぶりは感服いたすな」
今にして思えば、ユーノと口喧嘩をして真面な理屈を並べて勝てたものはそう多くない。
と言うか、誰一人見た覚えがないのも事実である。
それだけ彼の論理的な言葉の展開にほころびが無いことを意味し、同時にユーノが如何に優秀な人間であるかを証明するものでもあった。
そんなやり取りをしている間、金太郎は人数分の皿を用意する。
「店長、お皿はココにいる全員分でよろしいでしょうか?」
「ああ。」
一護は一通りの手伝いが終わると、シャマルの肩に手を当て耳元で言う。
「ほら、おめぇも食うだろ?とっと皿運ぶの手伝え」
シャマルは皿を取りに自分から離れる一護と、自分が料理べたな事を公然と主張するメンバー全員に怒りを覚えながら拳を握りしめる。
「く~~~(全く・・・・・・みんなにしてなんなのよ!人の事さんざん馬鹿にして~~~!私だってね、毎日ちょっとずつだけどお料理の本とか読んで勉強してるんだから!)」
そう思ってると、皿を並べていた一護が鼻で笑いながらシャマルに言う。
「ふん。ユーノの料理喰ってショック受けてもへこむなよ、へぼ医者」
「へ、へぼ医者って!!!いい加減な医者の一護さんには言われたくありませんよ///」
「ああ!誰がいい加減な医者だってコノヤロウ!!!」
「何度でも言いますよ!ヤクザみたいな髪したいい加減なお医者さん!」
「髪と医者は関係ねーだろうが!!」
二人は顔を近づけ合い、尋常ではない剣幕を浮かべながら一歩も譲らない様子で口論を始めると、火花を散らしあう。
この二人の殺気を孕んだ口論を目の当たりにしていたスバルとティアナは思わずつぶやく。
「あはは・・・本当に仲悪いよね、あの二人って・・・」
「何と言うか、不思議よね」
と、二人の喧嘩を見つめているとシャマルは今日に限って一人で六課を訪れている一護に次のように言ってくる。
「大体今日に限って何であなた一人なんですか!織姫さんとあのライオンのぬいぐるみはどうしたんですか!欠けてるじゃないですか!」
「あ・一枚欠けてるよ」
浦太郎が欠けている皿を手に取り横でそう口にする。
「ふん!織姫は今日はたつきと前々から約束があったからいねぇんだよ!コンもコンでふらっと出かけたっきり何処にいるかわかんねぇし!」
「ああ最悪!」
またしても浦太郎が欠けた皿を見ながらそう言うと、怒りのあまりいつもの温和な雰囲気が全く漂っていないシャマルが声を荒げる。
「最悪なのはわかってるわよ!」
「何に便乗しているんですか、あなたは・・・」
思わず呆れながら吉良がツッコミを入れる。
と、ここでユーノが鍋の中の料理を皿に盛り付け作業を終了させ、完成を宣言する。
「よし、出来た」
全員は完成した料理を凝視し、思わず歓喜の声を上げる。
「うわ~~~美味しそうだ♪」
今回ユーノが作った料理は野菜と魚介類をぜいたくに使った中華風の料理で、その香しい匂いと美しい見た目が何とも食欲をそそる。
ちなみに言うが、これは『美味しんぼ』でも『味いちもんめ』などでもない。
順当に全員分の更に盛り付けをした後、ユーノはエプロンを外して席に着く。
「さ・食事にしようか」
「は~い」
全員は自分の席に座って掌を合わせる。
「ほんなら、いただきま~す!」
「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「いただきま~す!」」」」」」」」」」」」」」」」」」」
「「いただきます」」
「・・・いただきます・・・!」
一人だけ不機嫌そうにそう口にするのはシャマルだった。
全員は早速ユーノが作った料理に舌鼓。
なのはは自分をも凌駕するユーノの料理の出来栄えに天にも昇りそうな心地となる。
「う~ん~~~舌が蕩ける~~~♪」
「悔しいが、ほんま美味しいよ~~~///」
「はは。涙が出るモノかな?」
料理が趣味のはやてでさえ、涙を浮かべ素直に評価するほどのユーノの料理の出来栄え。
他の者も箸が一向に止まらず、口に入れるたびに新鮮な触感や味を堪能する。
が、その一方でシャマルはあまりに自分のそれと比較すると、出来過ぎている目の前の料理の味に心底悔しがりながら、不機嫌そうに口にする。
「ほんと・・・美味しいわねこれ・・・!!」
「何だよ。そんな顔して褒めても全然店長に対してありがたみが感じられねェな」
「自分が料理下手くそなのをひがんで、毒なんか入れるんじぇねぇぞ」
隣に座っていた一護がそんな事を言って来ると、シャマルは思わず立ち上がって怒りを露わにする。
「誰がそんなことするもんですか!さっきから何なんですかあなたは!人の事へぼ医者だの、料理が下手だの根も葉もないことばかり並べて!」
「料理が下手なのは公認の事実だろ」
真正面に座っていたシグナムが真顔でそう言うと、全員は例外なく首肯する。
と、それを聞いた後でシャマルの怒りのボルテージは限界を突破し、その怒りを今目の前に座っている一護にぶつける。
「そもそも私前々から気になってたんですけど!一護さんって医者って言う割に全然そんな風には見えないんですけど!本当に医者としての仕事してるのかしら?」
「当たり前だっ!こう見えても開業医って言うのも忙しいんだよ!学会だって毎回サボらず出席してんだよ!」
「ふん!何処までが本当かどうかわかったものじゃありませんね。どうせ医師免許だって、裏取引とかでとったまがい物なんじゃないですか?」
「てめぇ!!そっちこそ何根も葉もないこと言ってんだよ!ちゃんと大学でインターンを受けた後に試験受けて取得したんだよ!ほら見ろ!」
一護はそう言って、日本の法律・医師法第9〜16条に定められている医師国家試験を合格した者に送られる正式な医師免許を取出しシャマルに見せつける。
一同もシャマル程か、あるいはそれ以上に一護が医者であるかどうかを疑っていたため、れっきとした医師免許を見せて来た時には思わずそれに注目する。
ルキアは医師免許を覗き込むと、一護を小馬鹿にしたような表情を浮かべる。
「おお・・・それが医師免許と言う奴か。しかしなんだこの仏頂面な顔写真は?好感が持てないな」
「うっせーな!」
すると、その後でシャマルは同じく小馬鹿にしたような顔で更に言ってくる。
「その割にはさっきも言いましたけど、随分とお暇なようにも見えますけど・・・」
「今日は午後から休診だから来てんだよ!愛弟子の様子見に来て悪いか!?」
「別に・・・そこまでは言ってませんけど、何ていうか開業医って言っても経営は芳しくないようにも思えますね。あ~あ、織姫さんがかわいそう~」
「織姫がんなこと思ってる風に考えてんのかてめぇは!言っとくがな、開業医の年収舐めんなよ!ちゃんと食ってけるだけは稼いでるつもりだ!」
ムキになったように一護がそう言うと、ユーノはコップの水を飲みながら尋ねる。
「ちなみに聞きますが、年収はどれぐらいで?」
「石田の病院で働く医者の2.5倍ってとこだ」
「えっと・・・大体石田さんのところの病院で一か月当たりの収入がこれぐらいだから、概算すると・・・・・・うわ!2500万超えてるじゃないですか!!」
「うそー!!」
全員はユーノが口にした年収を聞くなり、驚愕の表情を浮かべる。
「一護!貴様そんなに稼いでいたのか!」
「オレンジ頭、そんなにあるなら俺にちょっと貸せ!」
「貸さねぇよ!」
ちなみに、2011年11月2日の産経新聞によれば、厚生労働省は2日、医療機関の経営状況などを調べた「医療経済実態調査」の結果によると、開業医が多い診療所(医療法人経営)の院長の平成22年度の平均年収は2755万円と前年度より0・5%増え、医師の年収は民間病院を除くと増加しており、おおむね待遇が改善していることが示された。経営状況もほとんどの医療機関で改善したと明記されていた。
と、ここでまたしてもシャマルがイジワルっぽくこんな風に言ってくる。
「それって、どうせ悪徳医療で荒稼ぎしたお金じゃないですか♪」
「俺がそんなことしてたまるかよ!!悪徳医療って言うなら、てめぇらの魔法による治療も俺から言わせれば十分悪徳医療だっつーの!」
「まぁあ!魔法による医療技術は常に進歩してるんですよ!私達は日々それを使いこなしているんです!一護さんみたいないい加減な医者が悪徳医療を続けることがユーノ君や他の患者さんの為になるとは到底思えませんけど・・・♪」
「科学や魔法がどう進歩しようがそれは構わねェさ。だがな、病はそれを超えて人間に襲い掛かってくんだよ!結局のところ、最後の最後で頼れるのは人間自身じゃねェンですかね?」
「お生憎様ですが、私人間じゃありません・・・こう見えても守護騎士プログラムなもので♪」
「ほほ~ん・・・人間じゃねェってことは、じゃあ斬月で斬り刻んでも再生できるって事でいいんだよな・・・斬っちゃっていいんだよな・・・!」
「斬れるモノなら斬ってみてくださいな・・・あなたには斬れませんわ。医者としてのあなたならこの湖の騎士シャマル先生を斬る事なんて・・・!」
二人は互に慇懃無礼な態度で罵り合いを続け、血管が切れそうな状況を醸し出す中、これを見ていたユーノ達は呆然と二人の喧嘩を見つめていた。
「はぁ~~~見ていて実に嘆かわしいなこれ・・・」
「ユーノ君、止めなくていいの?」
「あの二人は最初から水と油だよ。放っておくしかないね」
「やれやれ。シャマルも一護さんも困ったものや」
◇
〈一護Side〉
口喧嘩の堪えない水と油な関係の二人の医者、一護とシャマル。
一護は本日一人でミッドチルダを訪れているため、織姫にお土産を買って行こうと考え、ユーノから金を受け取り市内へと足を運んでいたが、その足取りは重かった。
そして何より、彼の表情もいつも以上に険しかった。
その理由は実に単純なものだった。
「で・・・なんでこうなった?」
「そんなの・・・私が聞きたいですよ・・・」
不機嫌そうに歩く一護の隣には、先ほどまで喧嘩をしていたシャマルが一緒に歩いており、シャマル自身も不機嫌そうな表情を浮かべて歩いていたが、ついに我慢の限界を迎えて二人は甲高い声を上げる。
「「何で俺(私)がシャマル(一護さん)と一緒に出掛けないとならないんだよ(ですか)!?」」
二人が甲高い声を上げると、市内を歩いていた一般人が思わず二人に注目し、二人は公然であるにもかかわらず喧嘩を始めた。
「なんでおめぇと一緒なんだよ!」
「それはこっちの台詞ですよ!私も外に用事があったから来てるんです!なのに何で一護さんまで来るんですか?」
「俺だって街に用があったんだよ!織姫にクッキーでも買おうと思って・・・そしたらてめぇが一緒について来て!」
「着いて来ませんよ!誰があなたみたいな人なんかと・・・」
「俺みたいな人って何だよ!イチイチ癇に障るな!」
「もう、兎に角半径三キロ圏内には近づかないで下さい!一緒にいるだけで虫唾が走るんで!」
「おお上等だ!こっちだって俺から30メートル以内は近づくんじゃねェぞ!」
二人は完全に拒絶しあい、異様なまでの隔たりを作って双方に歩きはじめる。
この二人の様子を密かにスパイカメラで隠し撮りをしていたのは、ユーノだった。
ユーノはアドバイザー室のモニターでなのは達一緒に二人の様子を窺っていた。
苦笑するユーノと、子どもの様に張り合う二人に呆然とする一同。
「何やってるんだろうね・・・あの二人・・・」
「あはは・・・なんか心配になって来たね」
先が思いやられる二人の様子を見ながら、自分たちの仕事を進める六課メンバー。
で、肝心の二人の方はどうしているのかと言えば、理由は定かではないが行くとこ行くとこで二人は顔を見合わせ、その都度喧嘩をしては離れるも、結局は行きつく先は同じであるために非常に罰の悪い雰囲気を醸し出す。
そして、二人は同じカフェテラスでコーヒーを飲みながら距離を意識して心の中で呟いた。
「(くそ・・・何で今日に限ってこいつと行くとかが被るんだ・・・)」
「(なんで今日に限ってこんなにイライラするのかしら・・・)」
異様な殺気を醸し出す二人に、周りの者は冷や汗をかく。
「ママ、あれ何?」
「見ちゃダメです!」
子どもが無邪気な態度で二人を指さすと、母親は子供を叱りつける。
そんな中、シャマルと一護はこんな事を考えていた。
「(う~~~悔しい~~~なんとかあの派手な髪を黒に染めて生意気な鼻を曲げることはできないものかしら~~~!!)」
「(どうすりゃあのへぼ医者の生口をへし折れるんだ~~~!!何かないか・・・何か!)」
考えていることが子供染み過ぎてため息がつきたくなる心境だが、そんな折、二人の耳もとで不意に咽返る子供の声が聞こえてきた。
「う!げっほげっほ!!」
「アキホ!」
「「?」」
二人が振り返ると、目の前に飛び込んできたのは呼吸困難に陥り、立つ事はおろかその場から動けなくなってしまうほどに苦しむ喘息を患った女の子の姿だった。
一緒にいた母親や周りの者は呼吸困難で苦しむその少女を心配して近づいてくる。
「どうした?」
「げっほげっほ!!げっほ!!」
「吸入器・・・早く!」
母親の言葉を聞いてかばんを漁る少女。
取り出した携帯用の吸入器の薬を吸おうとするも、運が悪かったのか中身が既に空っぽであったのだ。
「!」
「薬が無いの!」
補足しておくと、気管支喘息を患うものが携帯用吸入器を使用する場合、器具によっては吸入器を使った感覚が乏しいものもあり、稀に空になった製品を気づかずに使用し続けてしまう患者がいる。
今回はまさにそのケースであった。
「げっほ!!げっ!がっは!!」
「大変!」
シャマルは更に咽返り動くこともままならず咳をし続けるその少女の元に近づき対応を考える。
「大丈夫?しっかり!えっと・・取り敢えず救急車を!」
と、そんなシャマルに同じく医者の一護が口を挟む。
「お前も医者なら自分で何とかしろ!」
「だけど、薬が無いんじゃどうすることも!」
焦燥に満ち溢れるシャマルがそう言うと、一護は徐に少女の体を起こし、冷静な態度で応急処置に臨む。
「落ち着くんだ。ゆっくり息を吸って。シャマル、俺のコーヒーを持ってきてくれ」
「え、何に使うんですか?」
「げっほげっほ!!」
喘息が更に激しさを増す中、一護は冷静な物言いで説明。
「カフェインが気管支を拡張する効果があるんだ、早く!」
「あ、わかりました!」
「げっほげっほがっは!!」
「ゆっくり。落ち着いて」
冷静な対応で医者としての振る舞いをする死神代行の一護。
シャマルは急いで一護の席から飲みかけのコーヒーを持ってくる。
「一護さん、コーヒー!」
一護はそれを受け取ると、少女の口元に持ってくる。
「飲むんだ」
少女は無我夢中で死にたくないという一心からコーヒーを啜り出す。
気管支拡張薬として、一般的にはキサンチン誘導体ものを用いる。
これは、カフェインの親戚みたいなものなので、コーヒーには豊富なカフェイン、緑茶、紅茶にはカフェイン、テオフィリン、ココアには、カフェイン、テオブロミンが入っている。
気管支拡張作用は、テオフィリンの方が強いが、医薬品としては、カフェインとテオフィリンが使用されている。
一護はこのことを知って、咄嗟にコーヒーを治療薬として代行した。
シャマルはこの度の一護の対応に驚きながら、コーヒーを飲んだことで先ほどまで苦しそうにしていた少女が落ち着きを取り戻していく光景に目を見張る。
「は、は、は、は、は、は」
一護の冷静な対応で命拾いをした少女は大事をとって救急車で運ばれていくことになった。
少女の母親は一護に深々と頭を下げてお礼を言う。
「本当に、ありがとうございます!この度の事、何とお礼を言ったらよいか」
「いえ。医者として当然のことをしたまでです。俺はこれで」
一護はそう言って軽く会釈し、その場から立ち去って行く。
「本当に、ありがとうございます!」
母親が涙ぐんでもう一度感謝の意を表すると、一護は振り返り柔かい笑みを浮かべる。
「娘さん、ゆっくり休ませてくださいね」
一護はそう言って、その場を後にすると、彼の後姿を見ていたシャマルは呆然と立ちつくす。
「・・・・・・」
そして、彼女はこの時死神代行以外での医者としての側面を見せた一護を見直しつつ、焦りのあまり冷静な対応が出来なかった自分に羞恥心を覚え、彼に近寄って行き声をかける。
「あの・・・」
「ん?」
「凄いですね・・・あんな冷静に対応するなんて・・・私ったらほんと恥ずかしい・・・」
「そうだな。医者としては、あの対応はあんまり褒められたものじゃねェな」
「しかし咄嗟にコーヒーのカフェインで喘息を和らげるなんて、よく思いつきましたね」
「人はいつ何が起こるか分かったもんじゃねぇしな。それこそ、唐突な死の可能性も十分に考えられる。その為の知識の備えはあるに越したことはねェ。つっても、こいつは石田から教えてもらった受け寄りだがな。ははは」
一護は笑ってそう言うが、当のシャマルは今までの一護の認識を改め始める。
「(一護さんは・・・本当にいい加減な医者なのかしら・・・さっきの事を考えると、とてもそうは見えないわね)」
そう思いながら市内を歩いていると、またしても唐突に二人の目の前で事故が起こった。
「「うわああああ!!」」
悲鳴が聞こえ、一護とシャマルが足を止める。
「なんなの?」
「事故らしいな」
彼等の目に飛び込んできたのは、打ち壊すつもりで作業をしていた作業員が、誤って機械の操作を誤り建物の倒壊を引き起こし、そのまま瓦礫の下にいた別の作業員が挟まれてしまったというものだった。
「あ!誰か挟まれてるぞ!」
「出られないんだわ!」
事後が起こると、野次馬が集まって辺りは騒然となる。
一護とシャマルも急いで現場へと駆け寄っていくと、瓦礫の下には体を挟まれもがき苦しむ作業員の男が目に映って来る。
「あ!大変!」
「ち」
「一護さん!」
一護は上着を放り投げ、直ぐに作業員の元に駆け寄り、シャマルもそれを追って患者の元へと近づいた。
「うおおおお・・・!いたあああ!」
「大丈夫だ。俺は医者だ」
苦しむ患者にそう声をかけた後で、一護は真剣な表情で診断を始め、不安げな様子でシャマルが声をかける。
「あの、一護さん」
「うん。意識ははっきりしてるな。ほら、ぼさっとしてねぇでおめぇも手伝え。おめぇだって医者だろうが」
「あ、はい・・・!」
一護に諭され、シャマルは隣の方で瓦礫に挟まれ動けないでいる患者の容体を確認。
「足が・・・!!」
それを見て、思わずつぶやく。
「これは酷いわ・・・」
「見た感じ、右脛骨の骨折だけとは思うが・・・どうなんだ?」
「はい。その通りです」
「聞くが、魔法ってのは何でもかんでも直せるものなのか?」
「いえ。魔法と言うのは飽く迄も細胞の活性を高めたりして、治癒能力を上げるモノが根本ですから、流石にこれだけの怪我となると簡単には」
「つうことは、普通の人間のそれと同じって事か。」
一護はそう言ってこの場で出来る限りの治療を始め、シャマルも苦しむ様子の患者に声を掛けながら作業を進める。
「大丈夫よ。直ぐに治療してあげるわ。一護さん、そちらはどうなんです?」
「右腕が完全にやられちまってる。なんにせよ、クレーン車でも来なければ動かせねぇ」
すると、その場に居合わせた野次馬が要請した救急車が到着し、担架を押しながら救護班が近寄ってくる。
「大丈夫ですか?!」
シャマルは直ぐに素性を説明する。
「あ・大丈夫です。私達は同じ医者ですから」
「いてええ・・・!」
「こっちの方の痛みが激しいらしい。和らげてやらねぇとショックの危険がある。」
「すいません。レスキュー隊の到着にはまだかかります」
「じゃあキシロカインはあるか?」
「それでしたらすぐに!」
救護班の一人は直ぐに救急車へと戻り、積まれているキシロカインを取りに行く。
キシロカインとは、リドカインとも言い、世界で最も広く使用される局所麻酔剤であり、抗不整脈剤でもある。
また、神経痛や手足のしびれの症状の一部にも有効であり、広く魔法世界であるミッドチルダでも使われているらしい。
シャマルは自分の患者の治療の傍ら、医者として振る舞う一護に目を奪われる。
「(普段は普段で大雑把な感じがするけど・・・確かにユーノ君の言ってた通り、一護さんはれっきとした医者なのね・・・)」
「うおおおお・・・痛い!」
「大丈夫。もう少しの辛抱よ」
シャマルが自分の患者の治癒に当たっていると、隣の一護が声をかける。
「手伝おうか?」
「御冗談を。あなたは自分の患者に集中してください」
「ふん」
鼻で一護が笑うと、先ほどの救護班がキシロカインを持って戻ってくる。
「キシロカインになります」
「ああ。サンキュー」
一護はキシロカインを注射器に注入し、目の前の患者に声をかける。
「首を左に曲げて」
「う・・・」
「直ぐに楽にしてやる」
患者の服を破り、辛そうにする患者の上腕神経層を狙って麻酔注射を始める。
「大丈夫、大丈夫!これで少なくとも痛みは消えるよ」
「・・・・・・」
その様子をシャマルはじっと真剣な眼差しで窺っていた。
そして、注射が無事に済み患者の表情が和らいでくると、一護も一安心したのか溜息をつき、上着をとって口にする。
「よし。後はレスキュー待ちだ。」
一護は居合わせた救護班にこう言った。
「先ず輸血を。腕は上膊から切断しなきゃならねぇな。」
「はぁ・・・」
一護の見た目から医者だと判断すべきかどうかを迷っていた救護班がそう呟いた後で、一護は上着を羽織り応急処置を終えたシャマルに言う。
「何ぼさっとしてんだよ。行くぞ」
「あ、はい」
すると、救護班の一人が一護に声をかける。
「先生!もう少し立ち会っていただけませんか?」
「いや。あとはこっちの病院に任せた方がいいだろう。俺達はほんの行きずりだしな」
「では、これで!」
シャマルは頭を下げて一護と共にその場を後にすると、この様子をスパイカメラで見ていた六課のユーノ達はシャマル以上に呆然とし、特に驚いていたのは長年一護と繋がりのあるルキアや恋次だった。
「ほほ~~~ん。これはまた随分と興味深い光景だ」
「知らなかった・・・あいつってあんなに医者だったのか?」
「普段が普段だけに、このギャップは凄まじいな」
感心する様子のユーノの横で恋次とルキアがそう言うと、フォワードメンバーも各々このように呟く。
「本当に医者なんですね・・・一護さん」
「シャマル先生が“守る医者”って言うなら、一護さんの場合は“戦う医者”ってところね」
「へへ。さて、この後どうなるのかな」
ユーノは二人の様子をモニターで窺いながら、対極を為す二人が今後どのような行動をとるのかを窺うことにした。
さて、戦う医者と守る医者と言われる一護とシャマルはと言うと、一護は早いペースで川辺を歩いており、その後を追ってシャマルが走ってくる。
「一護さん!」
「?」
シャマルは一護に追いつくと、日頃の運動不足からか息を上げながら思わず言う。
「歩くペース早いですよ」
「そうか。お前が遅いだけじぇねぇか?」
「もう・・・また意地悪いって!それって私がグズでのろまってことですか?」
「別にそこまで言ってネェだろうが・・・」
先ほどまで喧嘩をしていたこの二人だが、先の二つの事故に遭遇したことでそんな事も忘却し、こうして何事もなかったかのように二人揃って道を歩いていると、不意にシャマルがこう尋ねた。
「それにしても一護さん。一護さんは地球の何処の医大を出て?」
「別に。地元の医大だが・・・急になんだよ?」
「いえ・・・ちょっと気になる節があったものですから」
「気になる節?」
「先ほどの一護さんのコーヒーの対応と言い、注射の件といい――――――」
シャマルはそう言いながら麻酔注射をした際の一護の対応を思い返す。
『首を左に曲げて。直ぐに楽にしてやる』
「たった3秒で上腕神経層に麻酔注射をなさいました。」
「だからなんだよ?」
「一般的な事を言わせてもらいますと、並みの熟練でもああもスピーディーにはやれるものではありませんよ。私ももう~びっくりしました」
「そりゃあ、どうも。ま・うちは親父も医者やってたし、石田ともよく医療支援とかで海外に出張ってたことも多いしな。自然とそう言う下積みが出来てたんじゃねぇの?」
「そうですか。」
そう言って再び一護が歩き出そうとすると、シャマルは意を決して一護に頭を下げて頭って来た。
「あの・・・ごめんなさい!」
一護は突然謝って来たシャマルに違和感を覚え、顔を引きつる。
「何いきなりに謝ってんだよ?気持ち悪いな」
「私、散々一護さんの事馬鹿にした発言をしてしまって・・・!本当は凄腕の医者だったなんて知りませんでした!魔法も何も使わない、普通の医療技術だけであれだけのことが出来るなんて・・・尊敬ものですよ!」
その言葉に、一護は意外そうな顔を浮かべるが、直ぐに鼻で笑いこう返す。
「・・・―――ふん。そうかよ。お前がそんな言葉掛けるとは思いもよらなかったよ」
一護はシャマルに不敵な笑みを浮かべた後、何事もなかったように歩き出す。
「あ、一護さん!待ってくださいよ。」
すると、不意に一護が隣を歩くシャマルに言って来た。
「おめぇこそ、ちゃんと医者としての自覚は持ってて良かったよ」
「え」
「お前、ただの料理が下手くそな過保護な女じゃなかったんだな!」
「な///」
「ふん」
シャマルは思わず一護の言葉に顔を赤くし、一護はそのままその場を立ち去って行くと、悔しそうにシャマルは一護の後を追いかける。
「もう一護さん!さっきの言葉撤回しますよ!!」
「ははは。悔しかったら料理ぐらい出来るようになれ!」
二人はそりが合わないなりに、案外楽しくやっていたりするのであった。
◇
〈織姫Side〉
午後5時 地球:空座町
一護がミッドチルダを訪れている間、その妻の織姫は学生時代からの親友である有沢たつきと食事をし家を留守にしており、居候である改造魂魄こと、コンもふらっと外に出ていたが、その二人が同じ時間帯で帰路につき始めた。
「いや~~~すっかり長話になっちゃったな。早く帰って夕飯の支度しなくちゃ」
「ふう~~~一護がいないと気が楽でいいぜ。お蔭で久々のウハウハのアウトドアライフを堪能できたし~~~♪」
そんな独り言をつぶやきながら、二人は自宅の前で互に顔を合わせる。
「あれ、コン君?」
「織姫さん。今帰りで?」
「そうだよ。コン君もこんな時間まで出かけてたの?駄目だよあんまり遠くに行ったら。変な人に目付けられるから」
「へへ。すいやせん♪」
照れ隠しをしながら織姫にそう言った後、コンは彼女の肩に乗り、織姫は両手に抱えたスーパーの袋の中から家の鍵を取出し、ドアを開ける。
「たっだいまー!あなた♪」
「おう、今帰ったぞ!」
二人が家の中に入って一護に声をかけるが、一護はまだ帰宅しておらず、家の中は電気も付けられずに静まり返っていた。
「あれ?誰もいない」
「なんだよあいつも出かけちまってるのかよ」
織姫は机に買い物袋を置いた後、電気をつけ一護が残した書置きを発見する。
「ユーノさんのとこ行ったのかな。それにしてもちょっと遅い気もするけど」
「何かあったんすかね?」
「う~~~ん・・・ユーノさんに聞いてみようかな」
織姫はそう言いながら、夫の愛弟子のユーノに連絡を取ることにした。
◇
〈一護Side〉
で、織姫がユーノに連絡を取ってから一時間後。
午後6時を回ったにもかかわらず市内で買い物をしていた一護。
普段の彼なら買い物ぐらいすぐに片付けそうにも思えるが、今日は偶々シャマルが一緒であったために、思った以上に時間が買ってしまい両手には抱えられないだけの荷物で溢れかえっていた。
「たく。すっかり遅くなっちまったぜ。おまけに何でお前まで買い物付き合ってんだ?」
「織姫さんのプレゼントなら、私がアドバイスをしないとですよ♪」
「だったら、この荷物の量はなんだよ?こんなにいらねぇだろう」
「それはほら♪旦那さんとしての評価を上げる為ですよ♪」
「お前な・・・・・・そう言うのがお節介だって言うんだ」
一護がため息をつきながら、シャマルと共に六課への道を歩いて行くが、そんな時シャマルの元にはやてからの通信が入る。
「?あら。はやてちゃんから」
シャマルが通信画面を開くと、血相を変えた様子のはやてが言って来た。
『シャマル!直ぐに戻ってきてな!』
「どうなさったんですか?」
「もしかして、事件か!?」
『それが、ミウラが!!』
シャマルははやてからある衝撃的な事実を訊かされると、思わず愕然とした表情を浮かべる。
「えっ!ミウラちゃんが、重傷!?」
それは、八神家が経営する道場のホープであるミウラ・リナルディが事故に巻き込まれ、重傷を負ってしまったという報せだった。
『道場から帰る途中、工事現場でクレーンに挟まれたようなんや!!シャマル、急いで戻ってきてな///』
「と、兎に角過ぎ行きますので!」
通信を切り終えた後、一護は真剣な眼差しで彼女に促す。
「行くぞ」
「はい!」
二人ははやて達が集まる聖王教会付属の病因へと足を運ぶ。
二人が病院に到着すると、事故に遭い重傷を負った中等部一年で、ヴィヴィオの先輩でもあるミウラ・リナルディが険しい表情を浮かべて担架に乗せられ運ばれていた。
重症のミウラを運びながらヴィータや師範のザフィーラが声をかけ、自分の子ども同然に接するはやてやシャマルは涙を浮かべる。
「ミウラ!おい、ミウラ!」
「しっかりしろ!ミウラ!」
「ミウラ///」
「急いで!この患者は私が!」
シャマルが手術室に運ぶと、外で待機していたユーノ達は不安げな表情を浮かべ、一護も一護で腕組みをしながら壁に寄しかかる。
手術室に入った後、シャマルはレントゲンで撮影したミウラの患部を見てショックを受ける。
「骨が砕けている上に、神経も血管もメチャクチャ・・・その上空気塞栓の恐れも・・・」
「あああ///神様///」
嘆き悲しむシャマルと、そんなシャマルに指示を促すスタッフ。
「整復出来ませんよ、これじゃ。切断するほかないですね」
「(切断!そんな・・・!)」
ミウラの将来を期待していたシャマルにとって、その言葉はあまりに残酷なものであった。
「先生。一刻も早く処置しないと危険ですよ!」
「ダメよ・・・」
「え」
「ダメよ!そんな事ダメ!切るのは駄目よ!!」
シャマルは涙を浮かべて断固切断には拒否の姿勢を見せる。
「先生!患者の命に関わりますよ!?」
「ああああああ///」
シャマルの嘆き悲しむ声が外へと聞こえてくると、なのは達は思わず深刻な表情を浮かべる。
「シャマル先生・・・」
そして、一旦手術室から出てきたシャマルはソファーの上でミウラの命に関わることとはいえ、優柔不断に切断を躊躇う自分に憤りを感じる。
「切れない///私には切断できないわ・・・どうしたらいいの///」
一同はこんなにも追い詰められるシャマルを見たことが無く、どう言葉をかけていいのかわからないでいるが、一刻を争う事態にはやては涙ぐんで言う。
「シャマル、早よ決断せなあかん!ミウラが死んでしもう///」
「待ってください///お願い・・・少し、時間を下さい」
「しかし」
「分かってます!時間が無いのは・・・少しだけ、一人にして!」
そう訴えかけると、ユーノ達は顔を見合わせ彼女を一人にすることにした。
「ふう。分かりました。行こう、みんな」
「うん」
一同はその場から足し去り、彼女が望んだとおりに一人にすると、シャマルはソファーの上で頭を抱え、この八方ふさがりな状況で途方に暮れる。
「・・・・・・どうすれば・・・」
大いに頭を悩ませるシャマル。
と、そんな時一人の足音が聞こえて来、徐に声をかけて来た。
「何を躊躇してんだよ」
「!」
シャマルが聞き覚えのある声に反応し顔を上げると、声をかけて来たのは一護だった。
「道場の有望株だか知らないが、大事な教え子なんだろう。」
「一護さん・・・」
「ここでじっとしてれば、確実にあのミウラって子の命のカウントダウンが縮まる・・・そんなこと分りきってるだろうが」
「・・・・・・」
「何か言えよ。昼間の元気は何処にいったんだ?」
すると、シャマルは一護を一瞥すると、重い表情を浮かべてこんな事を尋ねてきた。
「・・・・・・一護さん。教えてくれませんか」
「?」
「失礼ですけど、あなたにとって最愛の妻である織姫さんが、命に関わるとき・・・あなたは遠慮なく、手でも足でもお切りになりますか?」
「切るな。」
「ご自分の命よりも大事な、愛妻の身体でも?」
「俺は医者だぜ。医者の診断に、妻だろうがイカの頭もないさ」
冷徹にそのように断言する一護の言葉を聞き、シャマルは愕然としながらもまるで嘲笑うように呟いた。
「そうね・・・///やっぱり、死神代行って通り本当は冷酷な方なのね///ううう・・・ああああああ//////」
シャマル顔を両手で隠し、涙を流し続け、そんな彼女を一護が眉間にしわを寄せながら見つめる。
「・・・シャマル」
「ううううあああああ///」
「――――――」
「うううううううう//////」
何時までも泣き続けるシャマル。
すると、一護は躊躇う彼女に発破を掛けようと徐に言ってくる。
「だから言ってるだろう。それならさっさとオペをやればいい。どんどん切っちまえよ。遠慮はいらねェ」
「ううううううう///」
「どうやら今日の俺はとことん面倒な一日を味わうことになっちまったな」
「う・・・///」
一護は手の甲に涙を流す彼女を見ながら、机の上に乗っていたミウラの患部のレントゲン写真を一瞥し、沈黙を保つ。
戦う医者と守る医者・・・死神代行と癒しの騎士・・・真逆なこの二人がそんな会話をしていると、時間が差し迫ったことを伝えにメンバーが声をかけて来た。
「シャマル先生!」
「おいシャマル、そろそろ!」
「分かってるわ!一刻を争うの・・・でも///」
と、躊躇するシャマルに遂に業を煮やした一護が声を張り上げた。
「お前!このままここでぐずぐずしているうちに、大事な生徒が死んでもいいのか!」
「いえ!いえ///そんなこと・・・///」
「兎に角オペの準備だ!」
「え!」
「「何!?」」」
シャマルや恋次達が一護の言葉に耳を疑う中、一護は迷っているシャマルの手を掴み、このように言ってくる。
「俺が手伝ってやる!だからやるんだ!」
「え・・・ええ・・・?!」
唖然とするシャマルと、そんな彼女を真摯に見つめる一護。
そして、一護の言葉を聞いてシャマルは覚悟を決め、彼と共に手術衣に着替えると、全身麻酔が完了したミウラへと向かい合う。
「術式・・・開始します。大腿骨下部・・・切断します。メス」
シャマルはそう言って、メスを握りしめミウラの大腿骨下部へと近づけようとするも、その瞬間に体が硬直し指を動かすことも出来なくなる。
「う・・・・・・・く」
「どした?」
助手の一護が声をかけると、シャマルはメスを床に捨て、頭を抱えてその場に力なく沈む。
「う///やっぱり出来ない・・・///私には無理よ!!」
そんな彼女を見ながら、一護はミウラの方に顔を向け徐に口にする。
「・・・仕方ない」
「!」
「代わって俺が手術する。」
そして、驚き返るシャマルを余所に一護は次のように言って来た。
「患部を切開。砕けた骨を整復したのち、切れた神経を繋ぎ、切れた腱・筋肉を縫合して繋ぐ」
「え・・・切断・・・しないんですか?」
普通の医者の判断からは明らかに逸脱した一護の言葉に目を見開くシャマル。
一護は彼女に顔を合わせると、こう返した。
「通常ならば切断する判断が正しい。普通の医者ならオペ中に空気塞栓を起こすからな」
「!!」
一護は驚愕の表情でいっぱいのシャマルを助手として、自分がメスを握り手術を始める。
一護は最も厄介な空気塞栓を起こさぬよう、細心の注意を払いながらメスを振るって行き、これまでの自分のスキルを全力投球して治療に当たっていく。
シャマルはそんな一護のオペを食い入るように見つめ、ユーノ達も二人を信じて手術室の前で術式が無事に終わることを祈った。
そして、2時間後。
無事に手術を終えたミウラは、足を切断することなく担架に乗せられ手術室から出て来、それをはやて達は涙目を浮かべた。
「切らずに残されたんですか!」
「信じられません!」
「奇跡です!」
全員がシャマルに向かってそう言うと、シャマルは笑顔を浮かべて一護の方へと振り返る。
「私じゃないの。先生が」
それを聞くと、マスクと帽子をとった一護が言ってくる。
「お前がやったんだろ?俺は手伝っただけだ」
と、ここでスバルが寝ているミウラを見ながらあることを思い出し言って来た。
「今日はミウラちゃんの誕生日なんですよね。」
「素晴らしい贈り物になりましたね」
すると、その時手術を無事に終えたばかりのミウラがゆっくりと目を覚ます。
「う・・・」
「ミウラちゃん///」
「「「ミウラ!」」」
「シャマルさん。はやてさんに師匠も」
「ミウラちゃん・・・本当に良かったわ///」
「ほんま!ほんま良かったで///」
シャマルやはやては気恥ずかしそうにするミウラの顔と自分の顔を擦りつけながら嬉しさを滲み出し、それを見たユーノ達は微笑ましく見つめる。
そして、今回最も活躍した男・・・戦う医者の黒崎一護は肩を回しながら疲れ切った様子であくびをかく。
「ふぁ~~~さて、帰るとするか」
一護が廊下を歩き出すと、ルキアと恋次はほくそ笑みながらこう言った。
「どうやら貴様は、死神として戦う以外に医者としても戦っていたようだな」
「ああ。まさかこんな奇跡まで起こしちまうとは、思ってもいなかったぜ」
「それって俺の腕を信用してなかったって口かよ?」
「そんな風には言ってませんよ♪今も昔も、一護さんはずっと立派な医者ですよ」
「そうね・・・///この度は本当に・・・ありがとうございました!」
ユーノの言葉を聞き、シャマルが深々と頭を下げると、一護は笑みを浮かべる。
「・・・そうか。」
そして、再び歩き出した一護は背中越しにユーノに言ってくる。
「ユーノ。今度の日曜、一緒に飲みに行こうや」
「はい♪よろこんで」
黒崎一護にとって、今日のこの日はまた何時にもまして医者としての一面を垣間見せた特別な日となったであろう。
◇
〈ユーノSide〉
後日。
地球の行きつけの居酒屋に足を運んだ一護とユーノは約束通り、二人で酒を飲み交わしていた。
ユーノはカウンターに座ると、隣の一護のコップにビールを注ぎ込みながらあの時の奇跡のオペの事を思い出す。
「いや~~~あの時は本当にすごかったですね~~~まぁ僕は最初から信じていましたけど」
「はは。素直にそう言ってもらえるのはお前ぐらいだぜ。あの後、ミウラって子の調子は?」
「経過は順調ですよ。今は次の大会に出られるよう、ザフィーラさん達に付き添われて一生懸命リハビリ中です」
「そうか」
ユーノからの報告を聞き、一護は安堵のため息をついてからビールを口に運ぶ。
そして、その後でふとこんな事を呟いた。
「しかしなユーノ。医者の俺がこんなこと言うとちとばかし変に聞こえるかもしれねぇけど」
「?」
「医者って言うのは、確かに人を治すことが使命なのかもしれねぇ。けど、その所為で人口が爆発的に増えちまって、食糧危機が起きて、多くの人間が死んでいる――――――これって結構な皮肉じゃねぇか」
「・・・・・・」
「だけど、それでも俺達医者って言うのは人を治すんだ。医者である限りそれは絶対に曲げられねェ。医者が人を治すのを止めたら、俺達って一体なんなんだろうな?」
「・・・そうですね」
ユーノはほくそ笑みながら相槌を打ち、自分もまたビールを口に注ぎ込む。
そして、一護がその横でこんな言葉を残した。
「まぁでも、虚妄って言われるかもしれねぇが一度見てみたいな――――――“医者の要らない世界”って奴を」
「もしそんな世界があれば、人間はどう生きるんでしょうね♪」
「さぁな。」
二人は互いに笑みを浮かべながらコップを前に持って来、一日の疲れを労うように杯を交わした。
「「今日も一日お疲れさん!」」