ニュースを見ればすでに一部では過去に「第二のマドフ」とささやかれていたらしいのです(http://jp.wsj.com/Japan/node_398677)がそれでも評価が高かったという声があったようですし、そういうところに対してもほとんど監督が働いていなかったという点を考えると、暗澹たる気持ちになります。日本でも悪意を持ってだまそうとしたら、これほどまで簡単に引っかかってしまうということで、もうこれは監督の限界を感じざるを得ないのではないかと思います。 運用の失敗なのかもしれませんが、途中からは詐欺に転じていることは疑いないと思われます。手口も伝え聞くところではオプションの売りと現物のロングを噛ませたいわゆるカバードコール戦略だったといわれますが、この戦略だと下落局面ではやはり損が出るわけで、お客さんにその収益の源泉をどうやって説明していたのか、そしてお客さんがどういうふうに納得して投資していたのか非常に興味深いところです。マドフ事件のほうはまだ主役が金融業界の大立者だったという点でむしろだまされやすかったということがいえると思いますが、今回の投資顧問会社の関係者にそういう人々の影がうかがえない(これから出てくるかもしれませんが)以上、申し訳ないですがだまされたほうも相当悪いと思います。少なくとも人のお金を預かっているのだから相当な注意を払うべきことは法的にも当然で、そもそもこの相場の中で儲かり続けているファンドがあるとしたらその収益の源泉について自分が納得できなければ投資するのは大変危険だと思います。しかもマドフの例があるのだから、それなりの疑いの目で見る必要があったわけで、残念ながらそれでお金を飛ばした基金の責任者の責任は重いと言わざるを得ないですね。 というのは、きちんとデューデリをすればそれなりのぼろはいくらでも発見できるわけです。ずっと前に「マードフ事件の暗闇」というエントリーで次のように書きました。 実は米国に住んでいたとき、ある人に頼まれてこのマードフの運用スキームを販売するファンドオブファンズのセールスの人の話を聞いたことがある。基本的な運用の仕組みは極めてシンプルである。SP100指数に属するベータ値の高い個別銘柄を何銘柄か買い持ちにする。そして片方でSP100指数のオプション取引、具体的にはカバードコール(保有している銘柄についてスポット価格より上の行使価格のコールの売り)を行う。これだけでは、市場が上昇を続けてしまうと、コールオプションが行使されそこで売らされてしまうため、それ以上の現物の値上がり益を取れないためアンダーパフォームしてしまうものの、少なくともプラスは確保できる。問題は市場が下落するときであるが、彼らの言によれば「状況に応じて」プットオプションを買うのだそうだ。それではどういうときにプットを買うという判断になるのか、と聞くと、マーケット状況の総合的判断だという。 本当はもっと複雑な説明もあったのだけれど、極めて単純化して言えば、彼らの言っていることは「マードフ氏は天才であり、相場の動きを極めて正確に読み切ることができる」ということだ。つまり、このパフォーマンスはマードフ氏の属人的能力に100%依存しているということになる。これぐらいは誰でもわかるだろう。そして天才相場師という人がいま絶滅したこともみんな知っているはずだ。 ヘッジファンド一般に確かにブラックボックス部分が多いのはわかるけれど、ここまではっきり「個人の勘」を全面に出した投資手法に巨額の金を突っ込んでしまうというのはワタクシとしてもかなり疑問を感じざるを得ない。損益曲線を描いてもらえば簡単にわかるが、この戦略は市場が上がり続ければプットを買いすぎない限り基本的にはマイナスになることはない。ところが下げ相場が続くと、逆に確実にマイナスになる。にもかかわらず過去20年ぐらいの間にわずか数ヶ月だけしかドローダウン(リターンがマイナスになること)がなかったこと自体、普通は疑わなければならない。実はこの投資手法に関してワタクシはいくつか質問をしたのだが、結局わかったことは「この数字が本当ならマードフ氏は神様に違いない」ということだけだった。 しかもワタクシに説明してくれた人は、投資されたお金がマードフ氏に預けられることははっきりと説明していない。その人の説明ではマードフ氏の勧める戦略に従って売買を執行する、ということなので、その説明に従えばお金そのものは手元にあるはずだが、実際はお金ごとマードフ氏に預けられしかも外部信託ではなくマードフ証券のカストディに入っていたから、まあ持ち逃げされることになったようだ。ここはまさに今回のフィーダーファンド経由の投資において大いに問題になるところで、SECの調査でもフィーダーファンドがきちんと説明していなかったとして問題になりそうなところである。 多くの場合、投資家のほうでもともとヘッジファンドなんてブラックボックスだから、という「判断停止」があるように思える。詳しく調べたって最後は企業秘密とやらで詰められないなら(本当はそんなこともないと思うけれど)「人」で判断しましょう、という行動様式が一部に見られる。光背効果(ハーロー効果)といわれるやつだ。ワタクシも人を見て判断することに異論はないけれど、ここまで説明が疑わしい場合は、いくら元ナスダックの会長でも疑ってかかるべきなのである。大体において詐欺事件で共通しているのは「信頼に足る(と勝手に思う)」著名人が使われることを忘れてはならない。 それと、当時は書きませんでしたが、実はそのフィーダーファンドのオフィスにうかがったこともあり、その時あまりにもセキュリティーが緩くシステム的にも洗練されたものが一つもないことに気付きました。それはワタクシがマドフが天才か神様でない限りこのパフォーマンスを上げ続けることは不可能である(当時はまさか詐欺とまでは思わなかったので「まぐれ」だと思っていたのですが)と断定した一つの理由です。つまり彼らの仕組みには何ら特別に秘密にするようなシステムもスキルもないということです。そういうことぐらいまでは実際に訪問しきちんと質問したり調べれば多少の「におい」が感じられるものなのだと思います。 それにしても、年金のお金を悪意を持って溶かしてしまったとしたらこの投資顧問の責任者は決して許されるものではないでしょう。たまたまちょっと前にアガサ・クリスティの「オリエント急行殺人事件」を見ていまして、ネタばれ覚悟で言えばまあ今回の被害者も同様にこの投資顧問の責任者をいすに縛り付けて(まあさすがにナイフで刺すわけにはいかないでしょうが)髪の毛を一本ずつ抜かせるとかそういうことぐらいやらせてあげるべきなんじゃないでしょうか。 まあ冗談はさておき、やはり気になるのは規制当局との関係です。今回はまた慌てて投資顧問に一斉に調査が入っているみたいですが、所詮当局がどんなに頑張っても普通の世界で詐欺犯を完全に排除するのは無理だと思います。むしろ、こういう事件をきっかけに妙な規制ばかり増えてくるのが怖いのですね。もうリスク管理の世界では実際に起こっている話ではありますが。 (追伸)それにしても、下記記事タイトルはちょっとミスリードかなと思います。同時にそれだけのリスクを負ったデリバティブのポジションを負っていたのではなく、オプションの売りとかスワップとかの想定元本の累積ではないかと思いますが、どうでしょうか? 年金消失のAIJが57兆円のデリバティブ取引 http://www.tv-asahi.co.jp/ann/news/web/html/220225013.html |
<< 前記事(2012/02/03) | ブログのトップへ |
タイトル (本文) | ブログ名/日時 |
---|
内 容 | ニックネーム/日時 |
---|---|
しかし、他人のせいにしても金は帰ってきません。 |
にのみや 2012/02/25 18:28 |
ご無沙汰しております。 |
a-kun 2012/02/25 18:41 |
他ブログで基金の担当者にAIJからありえないレベルの接待が行われていたという噂を聞いたことがある。というエントリを見ました。これが本当であれば基金サイドにも訴追の可能性がありますね。デューデリジェンスとかいう以前の問題。。 |
nobinobi99 2012/02/25 19:41 |
ご無沙汰しております。 |
欧州駐在@私も勧誘を受けました 2012/02/25 23:06 |
いつも勉強させていただいてます。 |
zoomchaka 2012/02/26 00:24 |
メーカーや建設の言い方は悪いのですが役員に到達せず上がりポストが年金の理事であったりするわけで金融リテラシーはアグラ牧場に投資する個人レベルだと思います。 |
mucchosan 2012/02/26 01:03 |
何年も欧州におりすべて推測ですが。 |
欧州駐在@私も勧誘を受けました 2012/02/26 05:12 |
規制でがんじがらめの銀行や生保と違って、投資顧問の投資制約はかなり緩いですからね。小規模基金の運用責任者が母体企業出身で投資に詳しくなかったりすると、こういう事故も生じます。 |
とある投資家 2012/02/26 13:12 |
にのみやさんコメントありがとうございます。全くおっしゃる通りかと。ただ、今回被害にあったのが中小企業が多いので、最終受益者の立場では本当にお気の毒です。 |
厭債害債 2012/02/26 15:41 |
mucchosanさん、コメントありがとうございます。そういう立場の人々には確かにハードルの高いことでしょうが、法的には全館注意義務があると考えられ、無責任な投資に対しては責任が発生すると思います。あと、一定規模の基金は役所や銀行からの天下りも多いと聞きます。それほど甘い仕事ではないと認識してもらう必要があります。 |
厭債害債 2012/02/26 15:44 |
<< 前記事(2012/02/03) | ブログのトップへ |