「首都移転問題とは?」
首都移転問題とは、国会、最高裁判所、中央省庁の中枢(皇居は含まない)を、東京から首都圏以外の地域に移転するというものである。移転先候補地として、北東、東海、三重・畿央の3地域があげられている。
この問題は、バブル最盛期の1990年(平成2年)に衆・参両議院で採択された「国会等の移転に関する決議」に端を発する。当初は東京一極集中による人口の過密、地価急騰などの解決策として浮上した。
しかしこの首都移転問題は、新首都と皇居の関係が不明瞭であることを始め、国家として肝心なことが何も議論されていないまま今日に至っているのだ。
「国家として肝心なことが何も議論されていない」

1999年10月4日
首都移転に断固反対する会
画像提供:東京都 |
天皇陛下の国事行為は、年間延べ数百回にも及び、その内容は、国会の召集、 内閣の認証、大使の信任状の認証、閣議決定の書類への署名(年間1100件・平成12年)、園遊会の主催など多岐に渡り、国家の運営と切り離せないものである。
首都移転の対象には皇居が含まれていないが、仮に新首都に移転した場合、陛下の国事行為は皇居のある東京で行うのか、それともその度に新首都まで陛下にお出まし願うのかということすらも議論されておらず、新首都と皇居の関係はいまだに不明瞭なままなのだ。どちらにしても移転した場合は、新首都と皇居に物理的な距離が生じ、陛下の国事行為に多大な支障が生じる。
そもそも首都とはその国の象徴である。東京は江戸開府以来400年の社会資本及び文化的蓄積が首都たる風格を与えているのであって、国際社会が日本国の元首と認めている天皇陛下がいない人工都市を作り、「今日からここが日本の首都です」と宣言したところで誰が納得するのだろうか。
更に世界が時間的・空間的に狭小になっている現在、一国の首都に国際空港は不可欠であるにもかかわらず、首都移転の議論の中には新首都における空港問題が全く取り入れられていない。東京には羽田空港があり、日本のほとんどの地域から1時間ないし2時間で移動が可能となっている。
しかし仮に北東地域に首都移転したことを考えると、四国・九州などから新首都を訪れるには、空港がないため、一旦羽田空港で降り、モノレール等を経由し、東京駅まで行き、更に新幹線などで新首都に移動する必要が生じ、非常に効率が悪くなる。首都移転問題は、このような根本的な問題すら何も議論されていないのである。
「集中・集積は歴史の必然」
石原は現代文明を「コンピューターエイジ」だと捉えている。コンピューターはネットワークにより、機械は分散するが、肝心の中身である情報は集中・集積によって成り立っているものだ。
日本は明治維新以来、中央集権国家として発展してきた。遡れば江戸時代の幕藩体制による全国支配も中央集権的な支配によるものだった。つまり日本は江戸開府以来400年に渡り、東京に全ての権力を集中させることによって、発展してきたのだ。
結果、現在、東京には、政治・経済の中枢が、霞ヶ関・丸の内・大手町という半径1.5Km以内に範囲に機能的に配置され、効率的な運営がなされている。それだけでなく400年の歴史により、社会資本を始め、あらゆる機能が集中・集積し、制度的、構造的、そして精神的にも首都としての枠組みが既に出来上がってしまっているのだ。
コンピューターエイジである現代文明において、集中・集積は歴史的、文明的に必然であり、そのメリットを最大限活用すべきだと石原は捉えているのである。
「国は真の地方分権を進めるべき」
ただ中央集権体制という政治形態は地方の自立を阻害し、社会全体のダイナミズムを奪うものである。石原の「東京から国を変える」というスローガンの根本を成すものは、明治維新以来、敗戦によっても変わることのなかった中央集権と官僚支配の統治システムを破壊し、真の地方自治を創造することにある。
移転推進派はその意義として、バブル崩壊以後は、移転により行政組織の効率化や地方分権が進み、国政全般の改革に繋がることに力点を置いているが、これは荷物を減らすには引越しをすべきだという論理と同じであり、本末転倒な話である。
首都移転が、真の意味での地方分権ならば良いが、集中・集積のメリットを無視し、ただ首都を移転し、人工的な都市を作ることにより、日本の構造が変わるなど何の根拠もない話である。
国は首都移転ではなく、地方への税源移譲を認め、廃藩置県以降、ほとんど変わっていない現在の都道府県制度を道州制に改めるなど、本当の意味での小さな政府・真の地方自治を進めるべきなのである。
「首都移転ではなく道路整備を始めとする都市再生を」

都のパンフレットより作成 |
そもそも仮に新首都に移転したとしても、その規模は56万人とされており、首都圏の1.7%の人口に過ぎず、一極集中の弊害は解消されない。問題は過密によって経済的な損失や環境問題など様々な不都合が生じていることであり、それをどう解決するかということである。
たとえば東京一極集中の弊害の第一に交通渋滞があげられるが、その最大の原因は、都心に流入する車を迂回させるための環状道路網が未だに整備されていないことである。そのため区内を走行する車の平均時速は18キロという体たらくに陥っている。
しかし国が首都移転に必要としている費用の一部を投資し、首都圏中央連絡道路、東京外郭環状道路、首都高速中央環状線の3環状道路を完成させると、約600の渋滞箇所が概ね解消し、約80兆円もの経済効果を生み出すとともに、交通がスムーズになることから環境改善や災害対策にも繋がる。
昨今道路建設についての議論がかまびすしいが、大都市における道路と地方の道路の意味合いは大きく異なる。地方の場合には、地方を活性化するための有力な手立てとしての意味合いが強いが、東京などの大都心においては、たとえば環状八号線環の四面道に井荻トンネルをあけたことで渋滞が解消され、交通量は増えたにもかかわらず、逆に環境汚染が軽減されるといった大都市ならではの効果がある。
このように石原は首都移転などという時代錯誤な議論にエネルギーを使うよりも、道路整備や湾岸地域の一体的開発、羽田空港の再拡張など、首都圏の遅れている社会資本整備に国をあげて力を注ぎ、集中・集積のメリットをフルに活用すべきだと考えているのだ。
「国が都の建言により都市再生本部を設置」
そのために石原は国に都市再生を国家戦略に組み込むように訴え続けていた。道路整備などの大規模なプロジェクトは、膨大な資金が必要とされ、国庫補助がなければ実現出来ない故のことである。小泉政権発足後は石原の建言を受け、国は最重要施策として都市再生を組み込み、内閣に「都市再生本部」を設置。現在、都市再生プロジェクトを推進している。これも東京から国を変えるための仕組みづくりである。
「国の矛盾した取り組み」

「首都移転に反対」のポスター |
国は現在、首都移転とは相反して、首相官邸や中央合同庁舎の建て替えを着々と進めている。新しい首相官邸は2002年(平成14年)の4月に完成したが、その費用の総額は約650億円にものぼる。 他にも合同庁舎の改築、外務省の庁舎の全面改修などが、大々的に進められている。
これではまるで引越しをし、新しく家を建てる予定でいるにも関わらず、今の家の改築を進めているようなものだ。この支離滅裂な矛盾した取り組みは、国も本音ではもはや首都の移転などできるわけがないと認めている何よりの証拠ではないだろうか。
にも関わらず、首都移転が白紙化されないのは、候補地の出身議員が、委員会活動を記録に残すためといった選挙対策でしかない。
国は2002年(平成14年)の5月までに候補地を1カ所に絞込み、東京都との比較を行うという決議を採択していた。しかし結局、絞込みは行えず、翌年の通常国会で移転の可否を決議することとなった。国は自らが決めた期限を守れなかったわけだが、その背景には3候補地の関係議員による厳しい地域間の対立があったのである。
今後も石原は首都移転の白紙撤回を求めつつ、世界最大のメガロポリスである東京圏の潜在力を掘り起こし、日本の再生を手がけていく。
最新情報および詳細はこちらから
「首都移転にNO!」ホームページ
http://www.chijihonbu.metro.tokyo.jp/chosa/syuto/


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