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先ずは、其の御名からして、宗教法人創価学会や公明党などを、世法の力を以って罰して
往かんとする方でありますか。もし、世法の力を以って邪法を退治せんとするならば、
先ずは街宣車に乗って朝夕の駅前で創価を批判し、自前のビラをばら撒いて、江戸の瓦版
よろしく、世法世間の心象を悪くせしめれば宜しいかと思います。勿論、小生からして、
其れらの行為は仏道でも何でもありません。日蓮大聖人の仏法は、その様な群集の反響を
得て正義を示すものでもなく、又、示されるものでもありません。
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大聖人は、如説修行抄においてこのように仰せです。
「仏法をあらあらまなぶと云えども、時刻相応の道理を知らず」
これは大聖人が末法の時代は折伏の時代であることを仰せなのでありますが、「街宣車に乗って朝夕の駅前で創価を批判し、自前のビラをばら撒いて・・・」ということにも当てはまると思いますね。
また立正安国論にはこのようにあります。
「 悦(よろこば)しきかな汝(なんじ)蘭室(らんしつ)の友に交(まじわ)りて麻畝( まほ)の性(しょう)と成る」
折伏というものは駅前でビラを配布し、拡声器を使用し街宣するような行為ではない。
じっくりと人の話を聞き、悩みを聞いてあげ、無知のものには正法の話を聞かせてあげる行為だと思います。
御書のどこにも、猊下のいかなる書にも、路上辻説法を信徒に勧めているような話はありません。
確かにかつて明治時代、あるいは昭和の初期には、「布教講演会」なるものを御僧侶がしていた時代がありました、しかし今は時代が違うのです。
一歩一歩、じっくりと折伏をしようではありませんか!
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