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『』内の言葉は主に中国語です。
62.怒るのやめてみました
 香子は朝からとても疲れていた。
 あれから青龍のお言葉に甘えて二度寝をしてしまい、起きた時には何故か夜着がはだけられていて、ほとんど裸の状態で青龍に抱き込まれていたのだ。
「なっ、なっ、なっ……」
 油断をしていた自分が悪いということは重々承知しているが、青龍の爽やかな表もいけないと思う。
『昨夜はあのまま寝てしまったが、裸で寝た方が健康にいいそうだぞ』
(どっから得たんだその知識。ノーパン健康法とか嫌だ!)
 心の中でツッコミを入れつつ、
『寒いです』
 といえば布団をかけてくれる。そういうことじゃなくて夜着を元に戻してほしかった。
 だから寝室の向こうから朝食の準備はどうするのかと青藍の声がしてきた時、正直香子はほっとした。
『もちろん食べます!』
 すかさず答えて青龍に体を起こしてもらった。急いで夜着の前をかき合せる。なんだか青龍は残念そうな顔をした。
(この間からなんか調子狂うなぁ……)
 青龍は己の格好を直し、香子にガウンを着せかけると『食堂に行っている』とだけ言って寝室を出ていった。
 入れ違いに侍女たちがお湯を入れた洗面器その他もろもろを持って入ってきた。
『あの……バッグ直してくれてありがとうございました』
 侍女たちの顔を見て思い出し礼を言うと、彼女たちは驚いたように目を見開いた。
『いえ、私共の仕事でございますから……』
 そう言って微笑み、香子の世話をする。顔を洗い、着物を着替え髪を整えられる。
 なんとも鮮やかな赤い髪だが、頭頂部が黒くなってきているのが侍女たちとしてはもったいないと思った。
『失礼ですが、花嫁様は今後御髪の色をどうされるおつもりでしょうか?』
 そう聞かれて香子はあっと気づく。
 日が経てば髪が伸び、元の色に戻っていってしまう。香子は帰国したらもう少し落ち着いた色に染め替える予定だったので、最後に髪を染めたのは半月以上も前だった。
(さすがにそろそろまずいかな……)
『四神と相談してみます』
 そう答えて食堂へ向かう。侍女に先導されて食堂に着くと、今朝も四神と眷族が揃っていた。
『おはようございます』
 挨拶をして、今朝は朱雀と玄武の間に置かれた席に腰かけた。
 どうやらここが定位置になるらしい。
『昨夜はよく眠れたか?』
 朱雀に聞かれて、
『ええ、ぐっすり』
 とそっけなく答える。いくら冗談にしても昨日の話は到底許せるものではない。
 朱雀は苦笑した。
『……香子、我らは皆そなたのことを愛しく思うておる。そなたの望まぬことは決してせぬゆえ、どうか機嫌を直してはくれまいか』
 反対側から手を取られ、甘いバリトンが香子の耳をくすぐった。
(ずるい……)
 そう言われたらまるで香子が悪いようではないか。ちろりと玄武を見やると、穏やかな笑みを浮かべた美丈夫が香子を愛しくてならないというように見つめていた。
『……全員とか……無理ですからね……』
 低い声で告げると、
『もちろんだ』
 と返される。
『……それならいいです』
 どうせいつまでも怒ってはいられないのだ。とりあえず腹が減っては戦はできぬと背後を窺うと、今朝は麺のようなものまで用意されていた。
 白い麺とスープ、それに付け合わせるであろうさまざまな材料が運ばれてくる。
 香子は好奇心に逆らえず運んできた侍女に聞いた。
『これって、入れる順番とかあるんですか?』
『はい、先に肉類を入れていただき、それから野菜、米麺(ビーフンとは違う米を原料とした麺。見た目はうどんのようだが米の白さがある)を入れ、最後に醤油とラー油を入れてください』
(うわー、これって雲南省の米麺だ!)
 かつて香子は雲南省にあるシーサンパンナに行ったことがある。そこでほぼ毎朝この米麺を食べていた。
 スープは独特で、油がかなりの量入っている為熱が逃げない。そこに食べやすい大きさに切った肉や魚を入れ、箸で撹拌して火が通るようにする。その後野菜、米麺、醤油とラー油を入れてまた混ぜ合せる。
 まさか北京で食べられるとは思ってもみなくて香子は満面の笑みを浮かべた。
(宮廷万歳!)
 食は全ての基本である。
ちょっと豆知識:

雲南省 中国西南部に位置する省。南部でベトナム、ラオスと国境を接し、南部から西部にかけてミャンマーと接しています。

シーサンパンナ 雲南省内のタイ族自治州。景観が東南アジアっぽいです。行くにはたいへんだけど観光にはオススメ。
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