5.王都に着きました
翌朝早くに一行は宿を出発した。予定では夕方になる前に王城に着くらしい。
『お疲れのところたいへん恐縮ですが、これからの予定をお伝えしておきます』
そう前置きして趙は淡々とスケジュールを語った。
昼食は王都の飯館で取り、その後召喚された時と同じ服を身に着ける。
王城に着いたらまず皇帝に目通りする。いくつか質問されることがあるかもしれないが答えられる範囲で答えればいい。部屋に案内され着替えた後、晩餐会に出席する。
聞いているだけで香子は頭が痛くなった。
(長い一日になりそう……)
『晩餐会にはこの国の守護四神がいらっしゃいます。白香様とお言葉を交わされることとなるでしょう。とても美しい方々ですができるだけ心安らかにお過ごしくださいますよう』
(四神?)
聞き慣れない単語に香子は首を傾げた。
『四神ってなんですか?』
自分に全く関わらないものならいいが話をすると言われている。知らないままでいていいはずはないだろう。
『四神はこの国の守護をされている神様です。東を青龍様、南を朱雀様、西を白虎様、北を玄武様が治めていらっしゃいます』
(……は……?)
香子の頭の中で龍と赤い鳥、白い虎、亀が廻った。
(なんで神様と会話なんか……)
とても嫌な予感に脂汗が背中を流れた。
『あのぅ……神様と言葉を交わすなんてそんな恐れおおいことを私がしてどうするんですか……?』
正確には自分がどうなるのかすごく聞きたい。趙はにっこりした。
『それはお会いすればおのずとわかることでございます。詳細は私にもわかりかねます』
(嘘だーーーーーーー!! 絶対この人私がどうなるか知ってるーーーーー!!)
香子は叫びたかった。
今すぐこの馬車から下りて逃げ出したい。けれど自分の荷物は手元になく、香子にできるのは会話ぐらいのもの。そしてこの赤く長い髪は目立つ。
(やっぱり帰る前に黒に染め替えるんだったーーーー!)
せっかくの赤い髪、せめてぎりぎりまで付き合っていたいと思ったのは間違いだったのか。
香子は暗澹たる気持ちになった。
もちろん逃げるなんてことができるはずもない。何事かで少し停車した後再び走り出した馬車は、いきなり揺れが少なくなった。
「?」
疑問が顔に出ていたのか趙が説明してくれた。
『王都に入りました。王都は石畳ですから揺れは少ないですね』
とうとう王都である北京に着いたらしい。
(こういうのとんぼ返りっていうのかしら)
『表を見ても?』
『どうぞ』
香子は趙の言葉に甘えて馬車の窓にかかる布を払った。馬車のそばには護衛と思しき人たちが馬に乗ってついている。
下を見るとなるほど白っぽい石畳だった。そのまま視線を空に向ける。
(あー、きれいだなー……)
香子がいた北京の空は白っぽかった。発展途上国という名にふさわしく、ちょうど経済成長期で中国中が大気を汚染する物質を撒き散らしていた。
けれどこの国にはそういう有害なものはないらしい。ところどころ雲が浮かんでいる空はどこまでも青く澄んでいた。
自分の故郷である東京もここまできれいな空はしていない。
(ああ本当に……)
香子はやっと実感する。
(ここは私の知っている場所ではないんだ……)
一度旅行に行った内モンゴルの空もきれいだった。日本だって北海道とかそういうところへ行けばきれいなのだろう。
いつまでも上を見上げている香子を不審に思ったのか護衛の一人が声をかけてきた。
『なにか気になることでも?』
『いいえ、何も……』
香子は布を戻し馬車の中に頭を引っ込めた。
『何か面白いものは見れましたか?』
趙の優しい声音がつらい。香子は泣きそうになるのをどうにかこらえた。
『空が……とてもきれいだったんです……』
ただ、それだけ。
そう、ただそれだけのこと。
『そうですか』
けれど趙は何も聞かないでくれた。
しばらく香子はそのままぼうっとしていた。
やがて昼食を摂る予定の飯館に着いたらしい。
『お食事は召し上がられますか?』
趙の優しい声に香子は素直に頷いた。
沈んでいても何をしていても腹が減っては戦はできぬ。そうでなくてもこれからがたいへんなのだから食べられる時に食べなくては。
香子は趙に促されるままに飯館に入っていった。

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