1999年3月 その日、傘がなかった。
3月だというのにやたら寒い、雨の降る日曜日だった。
「そこ」に、たどり着く前に、すでに伝説はスタートしていた。
「試写会が中止」「前夜祭、及び監督挨拶取りやめ」
異様な事態は新聞でも報道された。
チケット屋で新宿松竹の株主優待券を買って、劇場版ウルトラマンガイアを見た帰りだった。
小中監督の小品ながらも出来の良い仕事を見て、気分も良かった。
そこでついふと「ガンドレス」の名前を思いだし東映劇場へと足を運んだ。
映画を見ようという訳ではなく、ただ噂されているお詫び看板が本当にあるかどうか
確かめに行くだけだったのだ。
看板は、本当にあった。反対側の道路からも分かる大きさだった。
ガンドレスをご覧になる方へ
[お詫びとお断り]
本日はご来場ありがとうございます。
今回上映いたします映画「ガンドレス」は、鋭意製作を進めてまいりましたが、
誠に残念ながら不完全な形で公開せざるを得なくなりました。深くお詫び申し上げます。
ご覧頂く方は複数箇所に不完全な部分があることをご納得の上、ご入場下さい。
(ご入場いただいてからの料金の返却はいたしかねます)
本日ご覧頂いた方には、後日完全版ビデオを送らせていただくことで、お詫びと代えさせていただきます。
(以下略)
深く深く心をえぐる悲痛な叫びだ。
この一枚の看板の影で何があったのか想像するだに、それは恐怖となり戦慄を呼ぶ。
時計は七時十数分、最終回上映は始まっていた。
だが、気になって窓口に聞いてみた。
「本編まだ間に合いますか?」
何のことはない、予告編上映があるため上映時間より多少遅れることは普通なのだ。
まだ間に合う。すかさずチケットを購入、売店の係は不完全であることを説明する。
実は劇場版映画というのは初日に間に合わないことが間々ある。
エヴァンゲリオン劇場版シト新生を紐解くでもなく、古くは宇宙戦艦ヤマト完結編から始まり、
ガンダムF91では戦闘シーンが丸々とカットされ、高畑勲監督の火垂るの墓ですら、色がついていないシーンがあった。
しかし、少なくとも不完全を強調することはなかった。
細かいシーンをあげつらうのはマニアぐらいで、映画の出来として、問題なければよかったのだ。
だというのに、後日ビデオ送付というリスクをしてまで償わなければならない事とは一体何なんだろう。
入り口係にチケットをわたすと一枚の紙を渡される。
コピー紙に判を押しただけの粗末なモノ。
ただしこの判は責任者が押した重大なモノだ。
そこに住所等を書き込めば、後日ビデオが送られてくるらしい。
先を急ぎ劇場に入る。場内には最終回にもかかわらず、数十名の観客がいた。
予告編が終わり本編が始まる。
内容はメカ付きのセーラームーン、というかサクラ大戦のパチモノと考えた方が早い
(企画的にはこちらの方が早かったのかも知れないが)。ランドメイト(ちなみに士郎正宗原作ではない)
と呼称するパワースレイブに美少女(謎)が乗り込みSWAT風活躍をするという10年は
ずれていると思われる内容で普段なら「まず絶対に見ないであろう事が予想される」映画だ。
しかし、本編構造の欠点すら、じきに霧散する。
最初は色パカが起こる。 まあ、おとなしい程度だ。
そして、次には動画の中抜きが起こる。
もはや、この段階で商品として機能していない。
格闘シーンが描かれていなく、何が起こっているのかも分からないまま
物語上敵の親玉が制圧されてメインタイトルが入る。
タイトルはまともだ。監督の名前が映る。
撮影ミスでキャラクターが不自然なけいれんを始める。多分同じ動作を繰り返す仕草なのだろうが、
動画が無いために、二つの絵を繰り返す不気味な絵となっている。
少なくともプロなら絶対にやらない事である。この段階で撮影には呆れていたがその後ゴミが映るのは当然のことで
「指紋がついたり」
「セルの端が見えたりする」
ところを見ると素人が撮影したモノだと予測される。
あくまで想像だが撮影監督が、あまりの納品状態に撮影拒否したために関係者が
仕方なく撮ったモノではないのだろうか?
ともかく一般的な最低基準さえクリアされていない。
そして登場人物から色が消える。色パカドコロの話では無い。
輪郭に合わせて(ハミ出しているが)背景が見えないように、ベタっと塗られているだけだ。
恐ろしいことにこの一色べた塗りは全体の3割は存在する。
怪しい線画が動く不思議なフィルムだ。
さらに原画すらも存在していないだろう自然物のエフェクトシーンが登場する。
作画も、もはや落書きとしか呼称のしようのないモノまで混じっている上に
横向きの口パクセルのない顎無しキャラクターまで現れる。
そしてセルすらもない動画撮影も入る。
もはや、まともなのは音声(台詞)と背景だけで、SEは入っていないシーンがある
(きっとメカの無音システム効果のつもりなのだろう)
必ず台詞と絵がずれているなど信じられないレベルのものが上映される。
もはやアニメーターの悪夢である。しかも夢じゃない現実だ。
席の後ろで引きつり笑いしている人間達がいる。
たぶん噂を聞きつけ、物見遊山にきたアニメ関係者であろう。
だが、指さして笑えるようなモノではない、明日は我が身だ。
物語は終始ガチャボコのまま終わる。散々絵が荒れているクセにねーちゃんの裸のシーンは影まで入っている。
本編が終わりエンドクレジットが流れるが所々黒みがある。
たぶんクレジット拒否した一団であろう。その気持ちもよく分かる。
もはや劇場映画とは呼べないモノに名前を出したくはない。
なんてこった。
ああ、これはきっと0号なのだ 今自分は試写室にいるに違いない。
すくなくとも金を取って見せてはいけないものである。
たぶん責任問題の追求で、劇場来場者には完全版ビデオを配布するという約束を
してしまったのだろう。むべなるかな。
何故こんなことになってしまったのだろうか?
製作能力のないところに任せたこともあるが、管理や、広告、マーチャンダイズ、
連動企画等、最大の汚点となった事は十分に予想される。
制作が間に合わなくて数パーセント落としたどころではない、初日に半分も完成していなかったのだ。
劇場のフィルムは早急に差し替えられているだろうからこの「幻のガンドレス」を見た人間は全国でも数千人程度だろう。
だが、これは本当にあった映画なのである。
劇場から出ても雨は止んでいなかった。
そしてえらく寒い。
人間の想像力は無限かも知れないが、人間の技術力は有限なのだ。
業界人にとっては悪夢、そして一般のオタクにとっては爆笑フィルム。
「幻の初日公開版ガンドレス」は永遠に伝説となるだろう。 |