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山田洋次監督からのメッセージ
2012年02月
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  第44回 世の中でいちばん美しいもの

寅「川が流れております。岸辺の草花を洗いながら、たゆまず流れ続ける川を眺めますと、何やら私の心まで洗い流されるような気がしてまいります。そうしていつしか思い起こされるのが、私のガキの頃のことでこざいます。私は川のほとりで生まれ、川で遊び、川を眺めながら育ったのでございます。祭りから祭りへの、しがない旅の道すがら、綺麗な川の流れに出会いますと、ふと足を止め、柄にもなく物悲しい気分になって川を眺めてしまうのは、そのせいかもしれません。今頃、故郷に残した私の肉親たち、たった一人の妹さくら、その夫の博、息子の満男、おいちゃん、おばちゃんたちはどうしているのでございましょうか・・・そうです。私の故郷と申しますのは、東京は葛飾柴又、江戸川のほとりでございます」

第44作『男はつらいよ 寅次郎の告白』(1991年12月21日公開)より

 「満男シリーズ」ともいうべき新展開の三作目となる、第44作『男はつらいよ 寅次郎の告白』が公開されたのは、平成3(1991)年の年末でした。この年の1月1日には、東京23区の電話番号が10桁になり、ビジネスマンだけでなく、若者たちがポケットベルや携帯電話を持つようになって、コミュニケーションのスタイルが大きく変わってきました。若者たちの恋愛も、それこそ第1作の博やさくらたちの頃と様変わりしていました。

 ちなみにこの年の映画興行では、1位『ターミネーター2』、2位『ホーム・アローン』、3位『プリティ・ウーマン』といったハリウッド映画が上位を占めていますが、第8位には前作『男はつらいよ 寅次郎の休日』と『釣りバカ日誌3』の二本立てがランクインしています。つまり、バブル経済がはじけて、若者文化が大きく転換しても、オールドスタイルを固持し続けている、われらが「寅さん」が、アーノルド・シュワルツェネッガーや、マコーレ・カルキン、ジュリア・ロバーツと並んで、あらゆる世代の映画ファンを魅了していたことになります。

 この頃の「男はつらいよ」の封切(もうロードショーと言ってましたが)初日には、有楽町の丸の内ピカデリーに、沢山のファンが駆けつけ、渥美清さんはじめ、キャストの舞台挨拶は、大変な盛況でした。ワイドショーでも「寅さんの初日」が大々的に放映されており、平成に入っての「満男シリーズ」は、若い観客層を巻き込んで、常に「旬の映画」であり続けていました。

 さて、第44作『寅次郎の告白』は、及川泉(後藤久美子)が、高校の先生の紹介で銀座の楽器店に就職活動をするために上京してくるところから物語がはじまります。朝の諏訪家の描写、泉ちゃんが来るのでウキウキして愛想の良い満男。いつもは口喧嘩がたえない母と息子も、父・博も嬉しそうにしています。前作で柴又は泉にとって第二の故郷になったと書きましたが、さくらや博にとっても泉は、息子のガールフレンドというだけでなく、娘のような存在になっていることがわかります。ああ、泉ちゃんの居場所はここにあるんだな、ということが観客にも伝わり、微笑ましい場面となっています。

 ならば、広い座敷で、みんなと食事をする方がいいだろうと、さくらの配慮で、くるまやで泉を歓待することになります。そこへ寅さんが帰ってくるのですが、そこまでのタコ社長やおいちゃん、おばちゃんの会話のテーマが「人手不足」。タコ社長は頼みの職人が辞めてしまって、ならばと三平ちゃん(北山雅康)を引き抜こうとして、おいちゃんに叱られます。ならば「寅ちゃんを雇って欲しい」とおばちゃんが提案。そこへ寅さんが帰ってきて、テキ屋も人材不足ということで、一日だけ「サクラ」になって欲しいと、三平ちゃんに白羽の矢を向けるのですが・・・

 この冒頭のくるまやのシーンが、実に丁寧で、泉を囲んむ夕餉のひとときの「寅さんのアリア」から、タコ社長と寅さんの大喧嘩まで、ぼくらは「寅さんを観ている」という当たり前のことを実感できるのです。もちろんシリーズが始まって二十年以上も経ていますが、往時のような派手な動きはないにせよ、山田洋次監督の演出は、実にうまく、肝心のケンカは映さずに、声だけで、派手な印象を与えてくれるのです。みんなが元気でイキイキしている、そういう印象が、この冒頭の茶の間のシークエンスにあります。

 寅さんも、くるま一家も、諏訪家も、みんなが暖かく泉を受け入れ、楽しいひとときが展開されます。別れ際、泉が寅さんに「今度はいつ会えるのかな」と聞くと、寅さんは「泉ちゃんがな、俺に会いてえなぁ、と思った時だよ」と優しく答えます。そうです。ぼくらも「寅さんに会いたいなぁ」と思った時に「男はつらいよ」を観ることで、心の屈託が晴れるような、悩みが解消されるような気分になるのです。こういうセリフを聞くと、車寅次郎というキャラクターが、時を重ね、作品を重ねてきて、まるで、守護天使のような存在になっているような気がします。

 高校を三度も変わって、母親が水商売をしている泉にとって、高卒での就職は、なかなか厳しく、楽器店に同行した満男は、またもや、どうすることもできない自分の非力さを感じます。そして、名古屋へ戻った泉の「寂しさ」が具体的に描かれていきます。母・礼子(夏木マリ)を恋人(津嘉山正種)が送ってきて、そのことを受け入れがたい泉と一悶着。孤独を抱えた泉は、家出をしてしまいます。泉から満男に届いた一枚の絵はがきは鳥取からのもので、そこには「日本海が見たくて、鳥取に来ました。寂しい海が、私の寂しさを吸い取ってくれるようです。」とだけ書かれていました。これを読んだ満男は、矢も盾もたまらずに、泉を探しに、鳥取へと向かいます。

 またしても「青春よ」です。思い立ったら即行動です。映画はここから動きだし、孤独な一人旅を続ける泉を主軸に展開していきます。鳥取県の倉吉市の白壁土蔵群を歩く泉。後藤久美子さんの美しさが際立つショットが続きます。泉が駄菓子屋でアンパンを食べていると、店のおばあちゃん(杉山とく子)がお茶を入れてくれ、「おばちゃん一人暮らしだから、遠慮はいらない」と晩ご飯を作ってくれることになります。

 ここでおばあちゃんを演じているのが、テレビ版「男はつらいよ」でおばちゃんを演じ、第5作『望郷篇』の"三七十屋豆腐店"のおかみさんや、第35作『寅次郎恋愛塾』のアパートの管理人など、シリーズにしばしば出演してきた、杉山とく子さんというのがイイです。駄菓子屋の前には川が流れていて、子供たちが遊んでいます。時折、駄菓子屋にも子供がやってきて、彼らの"居場所"がここにあることが伝わってきます。ここが居場所を見失っている泉にとっての"癒しの場所"となっていくわけですが、さらに寅さんが、偶然通りかかって、泉と感動の再会となります。

 その夜、泉が寅さんに、自分の心の屈託を打ち明けます。
泉「良かったら、ママが再婚すればいいの。それがママの幸せなら、私は祝福しなきゃいけないって。頭では思うんだけどね。心はそうじゃないの。嫌なの、不潔なの、汚らしいの、ママを見ていると」
寅「少しも悪くねえじゃねえか。泉ちゃんがおふくろさんのことそう思うのは、当たり前なんじゃないか」
泉「ううん、そうじゃない、絶対違う、ママを一人の女性として見ることが出来ないのは、あたしの心に何か嫌な汚いものがあるからなのよ。だから、あたし間違っているの」

 泉は自分の気持ちをこう伝えます。「頭で判っているけど、心はそうじゃない」。これは寅さんがしばしば恋愛について、さくらに嗜められた時に、言った言葉です。山田洋次監督作「けっこう毛だらけ」でも、寅さんは初恋の頃からそうだったと告白しています。泉の正直な告白を受け、寅さんは「泉ちゃんは偉いなぁ」と、自分の出生の秘密、母親・お菊についての話を始めます。私生児だったこと、産みぱなしで母親が逃げてしまったこと、一生恨んでやろうと思ったこと・・・ でも泉の話を聞いて「あんなババアでも、一人の人間として見てやらなきゃいけねえんだって」と反省の弁を述べます。

 こうして泉の心は癒されていきます。頼もしい"おじちゃま"とのひとときで、泉は笑顔を取り戻します。寅さんの"幸福力"です。そして満男との再会。楽しい三人の旅は、思わぬ展開となっていきます。

 今回、満男と泉のテーマとして劇中に流れる徳永英明さんの曲は「どうしょうもないくらい」です。寅さんと別れ、二人で汽車に乗り、大阪へ向かう列車のシーンです。美しい日本海の風景、満男はそっと泉の手に、自分の手をのせ、泉はそっともう一方の手を満男にのせる。寄り添う二人の心と、徳永さんの歌声が見事にリンクして感動的なショットが続きます。寅さんなら、これも「青春よ」と言うに違いありません。

満男「おじさん、世の中でいちばん美しいものは恋なのに、どうして恋をする人間は、こんなに無様なんだろう。今度の旅でぼくがわかったことは、ぼくにはもうおじさんのみっともない恋愛を、笑う資格なんかない、ということなんだ。いや、それどころか、今のぼくには、恋するおじさんの無様な姿が、まるで自分のことのように悲しく思えてならないんだ。だから、ぼくはもう、これからおじさんを笑わないことに決めた。だって、おじさんを笑うことは、ぼく自身を笑うことなんだからな」

 最後に流れる満男のモノローグです。「満男シリーズ」の素晴らしさは、やはり、青年の成長を描きながら、ぼくらが愛してやまない、車寅次郎という人物をこういう言葉で、きちんと表現して、改めて「寅さん」という人間について、気づかせてくれることです。

佐藤利明(構成作家/娯楽映画研究家)

2月27日(月)から3月2日(金)にかけての「みんなの寅さん」では、吉田照美さんと佐藤利明さんの「寅さん四方山話 三崎千恵子さん追悼・おばちゃん特集」、「寅さんご意見箱」、山田洋次監督作、倍賞千恵子さん朗読「けっこう毛だらけ」第28話「復讐Ⅰ」前篇と、盛りだくさんの内容でお送りします。お楽しみに!


2012.02.25
  「みんなの寅さん」2012年2月20日〜2月24日 放送分 番組内容

2012年2月20日〜2月24日 放送分 番組内容

2月20日(月)
【岡本茉利さんインタビュー 第7回】
第18作「寅次郎純情詩集」で5年ぶりの大空小百合さんと寅さんの再会場面を聴きながら、当時の想い出話。

2月21日(火)
【岡本茉利さんインタビュー 第8回】
旅一座の花形・大空小百合を演じた、岡本茉利さんインタビュー第8回。旅公演を続けている岡本さんが、朝日新聞の小泉記者から電話を頂いたときに居たのが、渥美清さん所縁の場所でした・・・

2月22日(水)
【岡本茉利さんインタビュー 第9回】
渥美清さんが浅草公会堂の岡本さんの公演に来てくれたときに、かけてくれた言葉。大空小百合を演じ、今は旅公演の芝居を続けている岡本さんの想い・・・。

2月23日(木)
【寅さんご意見箱】
第39作「寅次郎物語」で寅さんが言った「何遍か」について。第6作、第25作のマドンナのセリフも交えてご紹介。

2月24日(金)
【朗読劇「小説・寅さんの少年時代 けっこう毛だらけ」第28話「復讐Ⅰ」前篇】
寅さんの初恋の相手のサトコには好きな男がいました。「あんな美人におれが惚れたって無駄だ、振られるにきまってる」と、頭では判っていても、気持ちの方が言う事を聞いてくれないという、寅さんの恋愛遍歴はこの頃から始まっていたのです。それからのサトコのことを寅さんが回想します。

2月27日(月)から3月2日(金)にかけての「みんなの寅さん」では、吉田照美さんと佐藤利明さんの「寅さん四方山話 三崎千恵子さん追悼・おばちゃん特集」、「寅さんご意見箱」、山田洋次監督作、倍賞千恵子さん朗読「けっこう毛だらけ」第28話「復讐Ⅰ」前篇と、盛りだくさんの内容でお送りします。お楽しみに!



2012.02.25
  第43回 幸せのかたち

泉「おじちゃま!」
寅「何だ、来てたのか」
泉「覚えてる、私のこと?」
寅「覚えているよ、泉ちゃんだろ、しばらく見ないうちに、なんかきれいになっちゃたじゃないか。ところで何だ、修学旅行で来たのか、遊びで?」
泉「そうじゃないの、いろいろな事があってね。最初から話すと長いんだけど」
寅「いいよ、いいよ。長いの好き。おじちゃま暇だから、今」

第43作『男はつらいよ 寅次郎の休日』(1990年12月22日公開)より

 『男はつらいよ』を通して観ていくと、そのテーマは「幸せ」であることに気づかされます。寅さんは出会った人の「幸福」のために、欲も得もなく、行動をします。寅さんの恋愛は、悩みを抱えたマドンナの「幸せ」を考えることであり、彼女が「幸福」になるためなら、それが失恋という結果に終わっても・・・という人です。寅さんの「愛」は、自分のためでなく、常に人のために注がれています。そんな寅さんの心根に触れることが、『男はつらいよ』シリーズの大きな魅力だと思います。

 さて、吉岡秀隆さんの満男と、後藤久美子さんの泉の恋を主軸にすえた「満男シリーズ」第二弾ともいうべき、第43作『男はつらいよ 寅次郎の休日』は、この「幸せ」が大きなテーマです。前作『ぼくの伯父さん』では、満男の葛飾高校の後輩・及川泉の抱えている家庭的な悩み、厳しい現実に、彼女に恋する満男が「自分には何が出来るだろうか」と行動を起こします。それはバイクで彼女に会いに行くという直裁的なことでしたが、それを「青春よ」と応援してくれる寅さんが、二人を協力にサポートしてくれます。

 『寅次郎の休日』では、泉が、佐賀の叔母の嫁ぎ先から、水商売をしている母・及川礼子(夏木マリ)と名古屋で二人暮らしをしています。父・一男(寺尾聡)とはまだ正式に離婚が成立しておらず、泉は父に、母との復縁を頼みに、上京してきます。高校生の泉にとっての「幸せ」は、母と父が元の鞘に収まること。その想いを聞いたさくらも、泉のアクションに賛同します。

 突然、泉が柴又を訪ねてきても、さくらたちは彼女を快く迎え入れ、諏訪家では楽しい夕餉のひとときとなります。何かと息子を気づかい、いささか過保護気味のさくらに反発して、大学の側にアパートを借りて一人暮らしをしようとしている満男、それに反対する博とさくら。冒頭で、諏訪家の親子喧嘩が描かれている後だけに、泉を囲む食事のシーンは、微笑ましく、家族の「幸福」を実感させてくれます。

 その翌日、満男は大学を休んで、泉とともに、泉の父・一男を訪ねて、勤務先の秋葉原の電気店に向かいますが、一男は8月に店を辞めて、恋人の実家である大分県日田市へ引っ越したことが明らかになります。泉の決意は「空振り」となり、満男にもどうすることもできません。

 そんな時、久しぶりに寅さんが柴又に帰ってきて、泉を囲む夕餉はくるまやの茶の間で、おいちゃん、おばちゃん、タコ社長も加わり、より楽しいものとなります。前作の泉は、佐賀の伯母さんの家で、気詰まりな暮らしをしていて、その後名古屋に戻っても水商売の母とはすれ違いの日々でした。この第43作からは、泉にとっても、柴又のくるまや、諏訪家は、もう一つの「懐かしいふるさと」のような存在となっていきます。

  おばちゃんは、泉に「寂しいだろうけど、お母さんと一緒に頑張るんだよ」、タコ社長だって「お父さんのことなんか忘れた方がいいよ」と、それぞれの間尺で、泉にエールを送ります。そして別れ際、寅さんがこう言います。

寅「辛いことがあったら、いつでもまた柴又においで。この家でもいいし、さくらの家でもいいし、みんな泉ちゃんが幸せになればいいなと思っているんだから」

 寅さんが泉にかけるこの言葉。「故郷」をテーマにした第6作『純情篇』の最後、柴又駅でのさくらと寅さんの別れの名シーンで、さくらが「辛いことがあったら、いつでも帰っておいでね」とかけた言葉でもあります。寅さんはきっと、このさくらの言葉があるから、旅の暮らしを続けてこれたに違いありません。「帰れる場所」があり、「思う相手」いることで、寅さんは旅の暮らしを続けて来たのだと思います。そしてこのシーン、この台詞で、家庭的には決して「幸せ」とはいえない泉にとっての、第二の「ふるさと」が誕生したのだと、ぼくは思います。さらに、寅さんは泉に「またどっかで会おうな」「頑張れよ!」と声をかけるのです。そうした声援は、心細い気持ちで上京してきた泉にとって、何よりの励みになったはずです。

 翌日、二人はディズニーランドを望む、葛西臨海公園で、言葉少なに時間を過ごします。ここに流れる、山本直純さんの「青春のテーマ」のメロディは実に素晴らしいです。若い二人に去来するさまざまな想い、それが音楽に昇華されているのです。ディズニーランドのある千葉県浦安は、第5作『望郷篇』で、寅さんが豆腐店"三七十(みなと)屋"の一人娘・節子(長山藍子)に恋をした想い出の場所でもあります。ファンはそんなことにも想いを馳せてしまうのです。

 やがて別れの時。東京駅の新幹線ホーム。名古屋へ帰る泉を見送る満男に、泉は博多行きの切符を見せて「やっぱりお父さんに会いたいの。帰ってきてって、無駄でもいいから頼みたいの」と告白します。意外な泉のアクションに、狼狽した満男は「お金あるの?」と財布からアルバイトのお金を出して、泉に渡します。さくらが寅さんにするように。やっぱりさくらの息子です。そして寅さんの甥です。そして発車のベルが鳴ります。ドアが閉まろうとした瞬間、満男は思わず新幹線に乗り込みます。驚く泉は、あっけにとられています。少し微笑む満男。そしてゆっくりと流れ出すのが、徳永英明さんの「JUSTICE」です。このシーン、おそらく『男はつらいよ』のなかで、最もエモーショナルで感動的な名場面の一つです。

 泉の心細さ、それがわかるけど、どうしていいかわからない満男。寅さんのように明快な言葉も持ち合わせない満男が、とっさにとった行動。それが、この時の泉にとって、どんなに頼もしく、どんなに嬉しかったか。ぼくらは新幹線のデッキで、微笑み合う二人の姿に、徳永英明さんの歌声に、さまざまな想いを重ねて、心が動く、すなわち「感動」するのです。

 やがて九州に着いた泉は、父・一男と、その恋人・幸枝(宮崎美子)の幸福そうな姿をみて、父に「帰ってきて」とは言えなくなります。父にとって、幸枝にとっての「幸福」が、この日田でのささやかな暮らしであることに気づかされたからです。

一男「泉、お前、パパに話があったんじゃないのか」
泉「あったけど、もういいの。おばさん」
幸枝「はい」
泉「パパをよろしくお願いします。さようなら」

パパとママがもう一度よりを戻すことが「幸せ」と思っていた泉が、パパと幸枝の「幸せ」を目の当たりにして、「パパをよろしくお願いします」と頭を下げる。それ以上は何も言えない泉。満男も黙っているしかない。若い二人は精一杯頑張ったのです。こんな時に寅さんがいたらと、満男ならずとも思います。満男が、歯を食いしばって涙をこらえている泉に「泣くなよ、泣いちゃダメだよ」と声をかけた直後、目線の先にはなんと、二人を追いかけてきた寅さんと泉の母・礼子が! 悲劇から一転、喜劇へとなる、この悲喜こもごもこそが『男はつらいよ』なのです。

そして、いろいろあって、ラスト、満男のモノローグが流れます。

満男「おじさん、人間は誰でも幸せになりたいと、そう思っている。僕だって幸せになることについて、もっと貪欲になりたいと考えている。でも、それじゃ幸せって何なんだろう。泉ちゃんは、お父さんは幸せそうに暮らしていると言ったけど、あのお父さんは本当に幸せなんだろうか。おじさんの事について言えば、タコ社長は、寅さんが一番幸せだよとよく言うけど、おじさんは本当に幸せなんだろうか。仮におじさん自身は幸せだと思っていたとしても、お母さんの目から見て不幸せだとすれば、一体どっちが正しいのだろうか。人間は本当にわかりにくい生き物なんだなぁと、近頃、しみじみ僕は思うんだ・・・」

  この満男の言葉に、寅さんはなんて答えるのでしょうか? 「天に軌道のあるごとく、人それぞれに生まれ持ったる運命があります」とは、タンカ売の口上ですが「幸せ」とは事ほど左様に、人それぞれなのです。その答えは、おそらく『男はつらいよ』シリーズ全48作のなかに、そしてこのシリーズを観ているぼくらの人生のなかにあるのかも知れません。

佐藤利明(構成作家/娯楽映画研究家)

2月20日(月)から2月24日(金)にかけての「みんなの寅さん」では、岡本茉利さんインタビュー、「寅さんご意見箱」、山田洋次監督作、倍賞千恵子さん朗読「けっこう毛だらけ」第28話「復讐Ⅰ」前篇と、盛りだくさんの内容でお送りします。お楽しみに!

2012.02.18
  「みんなの寅さん」2012年2月13日〜2月17日 放送分 番組内容

2012年2月13日〜2月17日 放送分 番組内容

2月13日(月)
【岡本茉利さんインタビュー 第4回】
第8作「寅次郎恋歌」のラスト、日本晴れの甲斐路での旅役者一座と寅さんの再会シーンをご紹介。

2月14日(火)
【岡本茉利さんインタビュー 第5回】
山田洋次監督が、岩手の八幡平の麓、旧松尾村を舞台に、青年団の若者たちを描いた「同胞(はらから)」に出演した時のエピソード。

2月15日(水)
【岡本茉利さんインタビュー 第6回】
本日は三崎千恵子さんの追悼で番組を始めさせて頂きました。岡本茉利さんインタビューは「同胞」のその後、寅さん映画スタッフになった話を伺いました。

2月16日(木)
【寅さんご意見箱】
今日は公式ブログで取り上げられた第40作「寅次郎サラダ記念日」についての話題。

2月17日(金)
【朗読劇「小説・寅さんの少年時代 けっこう毛だらけ」第27話「恋心」
後篇】初恋に破れた寅さん、人を恋する気持ちは、少年時代から変わらないと...切ない恋の物語。

2月20日(月)から2月24日(金)にかけての「みんなの寅さん」では、岡本茉利さんインタビュー、「寅さんご意見箱」、山田洋次監督作、倍賞千恵子さん朗読「けっこう毛だらけ」第28話「復讐Ⅰ」前篇と、盛りだくさんの内容でお送りします。お楽しみに!



2012.02.18
  三崎千恵子さんのこと

 『男はつらいよ』第1作から最終第48作まで、寅さんのおばちゃん、車つねを演じてこられた三崎千恵子さんが、2月13日、90歳で亡くなられました。三崎さんは、大正9(1920)年、東京は西巣鴨のお生まれで、東洋高校女学校卒業後に、就職されたのが、日本橋の白木屋百貨店でした。寅さんのタンカ売で「角は一流デパートの赤木屋、白木屋、黒木屋さんで紅白粉つけたお姉ちゃんから・・・」とありますが、その"白木屋"さんです。

 白木屋ではコーラス部に所属したこともあって、そのまま松竹演芸部に入り、芸能界への道へと進みます。その後、19才で新宿のムーランルージュに入団し、夫となる座長・宮坂将嘉と二人三脚で、劇団を支える女将さんぶりを発揮。座員に給料が支払えないときは、着物を質に入れたり、自らデパートの着物ショーに出演するなどして、若き日の森繁久彌さんや由利徹さんを支えたというエピソードに、おばちゃんのイメージが重なります。

 その後、劇団民藝に所属し、新藤兼人監督の『どぶ』(1954年)を皮切りに映画でも活躍。民藝の宇野重吉さん、三代目おいちゃんを演じた下条正巳さんらとともに、日活の石原裕次郎さんの映画などに出演。山田洋次監督とは、倍賞千恵子さん主演の『霧の旗』(65年)で出会い、昭和44(1969)年の第1作『男はつらいよ』では、テレビ版でおばちゃんを演じていた杉山とく子さんに変わって、映画のおばちゃんとして車つねにキャスティングされました。

 おばちゃんは、いつも寅さんやさくらさんの事を、我が子のように想っています。夫・竜造さんに嫁いでからずっと、おそらくは柴又を出たことがないおばちゃんですが、情にあつく、涙もろい、いつも人の心配ばかりしています。その心根の優しさ、持ち前の明るさ、面倒見の良さが、寅さん一家の茶の間に明るい笑いをもたらしてくれました。

 個人的な話で恐縮ですが、シリーズ後半の撮影現場に取材でお邪魔したときも、三崎さんは「お仕事、ご苦労さま」と優しく声をかけてくださいました。部外者であるぼくにも、気づかいをしてくださる"気ばたらき"の人でした。その人柄が垣間見えるエピソードはたくさんあります。このコラムでも折に触れて、ご紹介させて頂ければと思っています。

 山田洋次監督が「寅さんファミリーの大黒柱ともいうべきおばちゃんを失って寂しい限りです。どうかファンの皆さんは、スクリーンの上でおばちゃんは永遠に生き続けていると信じてください」とコメントを寄せておられるように、ぼくらはいつも、いつでも『男はつらいよ』を観ることで、おばちゃんの生き生きとした姿、寅さんへの優しい気持ちに触れることが出来るのです。

おばちゃん、本当にありがとうございます。そしてこれからも『男はつらいよ』シリーズのなかで、タップリと楽しませていただきます。

三崎千恵子さんのご冥福を心よりお祈り申し上げます。

佐藤利明(構成作家/娯楽映画研究家)

番組では2月27日(月)から29日(水)の三日間、吉田照美さんと佐藤利明さんの「寅さん四方山話」で、三崎千恵子さんを偲んで「おばちゃん特集」を放送します。おばちゃんにまつわるエピソードとともに、寅さんやおいちゃんとの名場面をご紹介します。


2012.02.17