政府は23日、環太平洋パートナーシップ協定(TPP)の交渉参加に向け、ニュージーランドとの事前協議を行い、TPPの拡大交渉参加9カ国との協議が一巡した。農業輸出国のオーストラリア、ニュージーランドと米国の3カ国は、農産品などの関税撤廃を強く求め、日本の交渉参加について判断を留保した。政府は3カ国との協議を継続するが、農産品などで高いレベルの市場開放に踏み切る覚悟を問われそうだ。【野原大輔、和田憲二、ワシントン平地修】
「高い水準の協定を目指しているということだった。乳製品などを話し合う」。山口壮副外相は23日の記者会見で、ニュージーランドとの事前協議の結果を説明した。3カ国は、日本が農産品の市場開放にどこまで取り組むか、慎重に見極める方針だ。
ニュージーランドは酪農製品や牛肉が輸出の3割超を占めるほか、オーストラリアも小麦が主要産品。米国は日本の牛肉輸入規制の緩和を求めており、本交渉でも最大の焦点となる。
日本は、コメなど一部の農産品を関税撤廃の例外にしたいところだが、ハードルは高い。23日の民主党経済連携プロジェクトチームの会合では、米国から7日の事前協議で「全品目を(交渉の)テーブルに乗せる用意がないと、参加させない」とクギを刺されたことが明らかになった。政府は「全品目を自由化交渉の対象にする」と応じたが、米国が納得したかは不明だ。
一方、米国は「既に2国間で自由貿易協定(FTA)を結んでいる場合は、TPPにもその内容を反映させるべきだ」と主張し、過去のFTAで関税撤廃の例外扱いとした品目に配慮する姿勢を示している。例えば米国はオーストラリアと結んだFTAで、砂糖などの関税を維持しており、TPPでも例外扱いを求める構えだ。
政府は、米国の姿勢も材料に妥協を引き出す方針だが、日本の農業は米国に比べ、関税の撤廃が遅れている。政府は、TPP拡大交渉への日本の参加を容認した、マレーシアなど6カ国とは、FTAの一種の経済連携協定(EPA)を締結済みだが、全品目の1割近い約850の農産品で関税を維持してきた。米国は近年のFTAで全品目の98~99%を関税撤廃の対象としている。米国にならえば日本は100品目程度しか関税を残せない。例えば、コメと乳製品、小麦だけで84品目に上り、「多くの農産品で譲歩をせざるを得ず」(経産省幹部)、個別品目を巡る国内調整は難航必至だ。
政府は、オーストラリアとのEPA交渉も並行して進めている。関税撤廃の例外品目を獲得し、TPP交渉につなげたい考えだが、オーストラリアは小麦や牛肉、砂糖の関税撤廃を求め、日本との溝は深い。個別の品目を詰めると、農業団体の反発が一気に強まりかねず、当面は交渉の基本方針を巡る腹の探り合いが続きそうだ。
事前協議を前に、農業以外でも「国民皆保険の廃止につながる」「単純労働者の受け入れが増え、国内の雇用が失われる」といった懸念が強まっていた。米国は事前協議で、こうした指摘を否定したものの、具体的な要望事項も明らかにしておらず、TPPの具体像が鮮明になるのはまだ先になりそうだ。
政府によると、米国は7日の事前協議で「公的医療保険制度を廃止して私的な医療保険に移行するとか、単純労働者受け入れを求めるとの情報が流れているが、米国が要求したことはない」と説明。「TPP参加で、患者が治療費を全額払う保険外診療と保険診療を併用する『混合診療』の全面解禁を迫られ、保険適用外の治療や投薬が増え、国民皆保険が実質的に崩壊する」といった懸念を否定した。
米国は農業や自動車、保険の自由化を主張する見通しだが、事前協議では、政府としての要望事項は「意見集約に時間がかかる」と明らかにしていない。日本側が提出した懸念事項の質問リストに関しては「回答があったものもあれば、なかったものもある」(片上慶一・外務省経済外交担当大使)といい、食品安全基準の緩和や、海外企業の政府調達への参入拡大など、国内のTPP反対派が警戒する課題は残されたままだ。
米政府は、安易に日本の交渉入りを認めれば、業界を代表する米議員らの強い反発にさらされる。ただ、TPPの存在感を高める日本の参加は基本的に歓迎しており、当面は国内世論を慎重に見極めながら協議を進めると見られる。
毎日新聞 2012年2月24日 東京朝刊