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論・談

やめよう僧侶の喫煙

平成22年(2010年)9月2日掲載

曹洞宗高岩寺住職・医師      来馬   明規

私は寺院に生まれた人間だが医大に進学し、総合内科・循環器科・禁煙指導専門医として長年医療の現場に立ってきた。平成十七年に東京・巣鴨の「とげぬき地蔵尊」こと高岩寺の住職に就任した時、医師としての知識と経験を、僧侶としてどう生かしていくべきかいろいろ考えた。その結果として浮かんだのが、寺院から禁煙のメッセージを発信していこうということだった。
医学と仏教は、「生命を大切にする」という共通の目標を持つ。そしてたばこは年間六百万もの人々の命を奪っている、許し難い生命の敵だ。他人の吸うたばこの煙を吸わされる「受動喫煙」の害も、年間二十万もの人を殺している。
またアフリカや中央アジアのタバコ農園では、幼い少年少女が搾取的な労働に従事させられている。充分な装備もなく働かされる彼らの皮膚には有毒なニコチンが染み込み、急性中毒による多数の死者が出ている。農園を拡大させるための森林伐採も問題化している。たばこを吸うということは、こうした殺人・搾取・環境破壊に加担するということなのだ。
このような危険な害悪であるたばこを、僧侶として放っておくことができるだろうか。禁煙問題は住職になる前から取り組んできたことだったが、寺院という場を土台に、さらに世間へ禁煙のメッセージを発信していこうと決意したのだ。
住職に就任した直後から、高岩寺の建物内禁煙、役僧・職員の禁煙、敷地内禁煙と、段階的に禁煙の輪を広げていった。今では高岩寺に出入りする露天商や門前の商店街にも禁煙の輪が広がっている。夏の盆踊り大会など、境内を使って行なわれる地域のイベントにも完全禁煙をお願いした。
しかし仏教界全体を見渡すと、禁煙の意識はまだまだ低い。宗門の会合などでモウモウとたばこをふかす僧侶の姿は非常に多く、完全禁煙の寺院も少ない。そうした僧侶の姿が世間から多くのひんしゅくを買っていることは、曹洞宗総合研究センターが平成二十年に刊行した論文集『僧侶   その役割と課題』でも取り上げられている。同年四月に行なわれた曹洞宗大本山永平寺での宮崎奕保前貫首の本葬中、着襪搭袈裟(ちゃくべつたっけさ=曹洞宗僧侶の最高の正装)で喫煙する僧侶の姿を見た時は、さすがに怒りが収まらなかった(永平寺は現在では禁煙となっている)。
仏教界全体に喫煙の害を効果的に説くにはどうすればいいのか。その答えの糸口を与えてくれたのが、前述の論文集『僧侶   その役割と課題』だった。
その中で駒沢大学の椎名宏雄名誉教授が、喫煙する僧侶の多さを嘆くとともに、「曹洞宗中興の祖」とされる江戸時代の禅僧、卍山道白和尚(一六三五〜一七一五)と面山瑞方和尚(一六八三〜一七六九)の語録を紹介。両和尚は僧侶の喫煙を厳しくとがめていたと語っておられたのだ。
私は早速その両和尚の語録、『鷹峰卍山和尚廣録』と『永vハ山瑞方和尚廣録』を調べた。一読して驚いた。両和尚は非常に厳しい口調で「喫煙する者は僧侶ではなく、喫煙できる場所は寺院ではない」とまで語っていたのだ。
両和尚の主張は極めて明快簡潔なものだ。まずたばこの臭気は仏教が禁じる「五辛」(ニンニク・ラッキョウ・ネギ・ヒル・ニラ)に通ずるのでいけないとしている。またニコチン依存から来る中毒性が、むさぼりの心を生むので禁じるべきだとしている。誠に仏教の教えにかなった意見と言うべきだろう。
さらに両和尚は、たばこの煙は周囲の人をも不快にし、寺院の環境を害するとも言っている。江戸時代にすでに受動喫煙の害を指摘しているのだ。一般に受動喫煙の害を最初に語った歴史人物は、ドイツの文豪・ゲーテだと言われてきた。しかし卍山・面山両和尚は、ゲーテより古い時代の人物である。この発見には日本禁煙学会の作田学理事長も驚いておられた。
ところで仏教界には、たばこは酒と違い、戒律で禁じられていないとする意見がある。両和尚はこれにも明確な反論を寄せる。仏教には随方●尼・息世譏嫌戒(菩薩譏嫌戒)というものがあり、仏がまだ禁止していないこと、許していないことなどは、時代や地域によって適切に戒律を改廃せよとしているのだ。これにのっとれば、現代の僧侶は禁煙するのが当然だと私も信じる。
卍山和尚は喫煙する僧侶を「仏祖の怨敵」と痛罵し、面山和尚は「キセルを糞の山にぶち込め」とまで言っている。こうした言葉に、現代の喫煙する僧侶はどう答えるのか。
このほど、この卍山・面山両和尚の語録解説を中心に喫煙の害について説いた書籍『祖師に学ぶ禁煙の教え   卍山道白・面山瑞方語録より』(仏教タイムス社刊)を、駒沢女子大学の千葉公慈准教授との共著で出版した。お手に取っていただけることがあれば幸いである。
●=田の右に比

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このページの最終更新日 2010年09月02日