2011年3月に起きた福島原発事故は、政府や原子力関連業界そして科学界が直接に関連する重大な問題を我々に提起しています。
事故後の数か月の間、連日伝えられるニュースを通して、国民は暴走する原子炉を前に、確かな状況把握も出来ず確かな方策を打ち出せない「当局」や「専門家集団」に対する信頼感を喪失し、不安を募らせました。その中で「なぜ、制御できない技術を取り入れたまま進んできたのか」、「そもそもなぜ我々は何も知らされずに原子力は安全であると信じ込まされてきたのか」、「国民の安全を守るべき役割を付託されているはずの政府のチェック機能はどうして役割を果たせなかったのか」、「今後政府はその機能を果たせるようになるのか」といった一連の疑問を抱くようになりました。
その一方、科学者・技術者の多くは「科学者や技術者はなぜ国民の前に出てきて真実を語らないのか」とする国民やマスメディアからの不満に対し全く応えられない「もどかしさ」を実は感じていたのです。事故発生直後、大多数の科学者や技術者も「原子炉で今何が起きているのか」、「これから何が起ころうとしているのか」を判定できる十分な情報を入手できませんでした。また一部では「勝手な予測をして社会にパニックを起こしてはいけない」というアカデミアの自主規制の動きもありました。そのため、専門が原子力分野に近い科学者や技術者ほど、無力感や焦燥感に苛まれる日々を過ごしたことでしょう。
その後、原発の状況に関する情報が少しずつ伝わってくるにつれて「これまでの原子力の安全性に対する基本的な考え方は正しかったのか」、「原子力事業推進上の評価やチェックのプロセスは機能していたのか」、「国民の安全を保障するという本来の国家の義務は果たされていたのか」といった疑問点が浮かび上がってきました。すなわち、原子力分野に留まらず様々な分野の専門家から異なる視点で「原子力の安全を確保するはずの社会的システムそのもの」への疑問が呈されています。さらにこうした安全性への疑問に対して、それを考慮し担保すべき国の対応方法が適正に決められていなかったことも指摘されています。事故から数か月を経た今日においてさえ、「一部の国民が今後晒される危険性についても、国民には決定事項だけが説明不足のまま伝達されて、詳細な情報は行政組織の一部だけで止められているのではないか」とする不満が生じ、国民は疑心暗鬼の中に置かれたままであるように感じられます。
海外からも「日本は海外に対して十分な情報開示を行っていないだけでなく、日本国民に対しても的確な情報が伝えられていない」との批判がなされています。事故発生後「原子炉の現状解析」や「放射能汚染地域」などに関する情報が海外から逆輸入されるような状況も見られました。
このような経緯と現状に鑑みて、我々は日本国内のみならず国際社会に対しても、事故の記憶が薄れる前にその検証をきちんと行い、その結果をわかりやすい形で発表すべき義務があります。また検証作業は、政府や東電サイドからだけでなく、議会や民間の側からもそれぞれ独立に多面的になされることが必要不可欠です。政府による事故検証委員会は畑村洋一郎委員長の下に既に立ち上がっており、国会による検証委員会も設立準備が進行しています。
日本再建イニシアティブ財団・福島原発事故独立検証委員会(福島プロジェクト)は、民間出身で自由な立場にあり且つ原子力事業推進側に直接の利害を持たない構成員によって組織されています。そして、その独立性を活かし、日本政府や国会の事故検証委員会とは相補的に独自の調査を行うことを目指しています。
本委員会の目標として、できるだけ具体的な事象を対象としたケーススタディを通じて問題点を明らかにすることで事故の真相に迫り、背後の制度的な問題点を浮き彫りにすることといたします。未曾有の災害となった福島原発事故を風化させず、明確な教訓を導くことで日本の復活の出発点とするとともに、海外の有識者のコメントに基づいた調査・解析をも行い、日本からの報告書という形で国際社会に対する役割も果たしたいと考えるものです。
来春の検証成果発表に向けて、総力を挙げて本プロジェクトの活動に邁進して参りたいと存じます。どうぞ皆様のご理解とご協力をお願い申し上げます。
有識者委員会 委員長
北澤 宏一
前科学技術振興機構理事長