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発信箱:日本人論って?=小松浩

 東日本大震災のあと、多くの日本人論を耳にした。無常観、自然との共存、地域の絆、利他の心。被災者の振るまいが称賛され、日本人自身も日本人の良さを再発見したような気分になった。

 あれから1年近くがたち、今度は日本人の別な顔が気になる。がれきを受け入れる自治体がなかなか出てこない現実に、つい「あの時の日本人はいったいどこへ行ったのか」と思ったりもする。

 被災した日本人について、吉村昭の「関東大震災」は、横浜で大地震にあった脚本家スキータレツのこんな印象記を紹介している。「日本人の群衆は、驚くべき沈着さをもっていた」「だれ一人騒ぐ者もなく、高い声さえあげず涙も流さず、ヒステリーの発作も起さなかった」

 一方、吉村の本には「盗みがしきりにおこなわれ、また混乱した機会を巧みに利用して私利を得る目的で、大規模な略奪もおこなわれた」ともある。東日本大震災直後も、現地の知人から強盗や住居侵入があって怖いという話を聞いた。

 混乱時には立派な振るまいもあれば、そうでないのもある。どちらも人間の持っている一面にすぎない。そもそもが日本人論などというものも、渦中にいる人たちを外野席が勝手に論評している趣がある。当事者にしてみれば、どうでもいいレッテル貼りなのではないか。

 東北の高校生たちが先日、野田佳彦首相に面会した時だ。岩手の女生徒が「日ごろから国のために働いている政治家の皆さんに本当に感謝しています。ありがとうございました」と切り出した。

 復興の遅れに不満もあろうに、彼女は感謝の言葉から始めたのだ。観念的な日本人論より、あなた自身はどう振るまっているか。そう問われた気がした。(論説室)

毎日新聞 2012年2月24日 2時32分

 

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