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LAS小説短編 カイロウドウケツ ~閉じた世界~
偕老同穴(かいろうどうけつ)とは同名の海綿動物の特徴を元に作られた造語である。
カイロウドウケツと言う海綿動物は中が空洞になっていて、ドウケツエビと呼ばれる雄と雌のカップルのエビが住みついて居る。
このエビの夫婦は幼少の頃に海綿の網目からカイロウドウケツの中に入り込み、仲むつまじく一生死ぬまで寄り添うのだと言う。
今、シンジとアスカは似たような状況に置かれていた。
辺り一面に広がる、紅い空、紅い海だけの世界。
プラグスーツ姿のシンジとアスカは波打ち際の白い砂浜の上に倒れていた。
先に意識を取り戻したのはシンジの方だった。
シンジは近くに倒れているアスカに気が付くと、興奮して大きな声で呼び掛ける。

「アスカ、アスカ!」
「何よ、うるさいわね」
「ご、ごめん……」

アスカは髪に付いてしまった砂を振り払って起き上がった。
そしてアスカは辺りを見回すと、慌てた様子で叫ぶ。

「ちょっと、どうなってるのよ!?」
「分からない、目が覚めたらこんな所に倒れていたんだけど」
「全く、役に立たないわね」
「無理言うなよ、僕だってさっき目を覚ましたんだから」

アスカに言われて、シンジは困った顔で言い返した。
見渡す限り水平線で、何も無い世界。
今までの常識ではありえない所だった。

「アタシ達、エヴァに乗っていたはずなのに……どうなっちゃってるのよ……」

アスカは頭を抱えて、うなだれて座り込んでしまった。
シンジはそんなアスカの肩に手を掛けて、励まそうとする。

「気を落とさないでよ、きっとここで待っていれば助けが来るから」

するとアスカは怒りの表情になって、シンジにかみついた。

「こんな周りに何も無い所に取り残されて、誰が見つけてくれるって言うのよ!」
「で、でもきっとネルフが捜索隊を出してくれるんじゃないかな」
「はあ!? 通信機も無いような状況で何を言ってるのよ!」

だんだんとアスカの苛立ちもエスカレートして来た様で、アスカはシンジの首を思い切り締め上げた。

「く、苦しいよアスカ!」
「無責任な事言って、アンタもこのままで良いと思っているの!?」
「だ……けど、仕方……無い……じゃないか……」
「フンっ!」

アスカはシンジの顔を思いっきり地面の砂浜へと叩きつけた。
砂を飲み込んでしまったシンジは思いっきりせき込む。

「アスカ、何をするんだよ!」

するとシンジに背を向けたアスカは、大声を上げて泣き始めた。
もう何も掛けるべき言葉を思い付かなかったシンジは、アスカから少し離れた場所に座り込んだ。
誰かに助けを求める悲痛なアスカの泣き声は、聞いているシンジの胸まで締め付けられるようだった。
だけど何も力になる事が出来ない自分の無力さに、シンジは悔しさを感じていた。
アスカが泣き始めてどのくらいの時間が経っただろうか。
耳を塞いで耐えていたシンジは、いつの間にかアスカの泣き声が止んでいる事に気が付いた。
アスカの様子を確かめようと立ち上がりかけたシンジの背中に、何かが寄りかかって来た。
首筋をくすぐるような髪の感触で、シンジは振り返らずとも理解した。
アスカの背中が自分の背中に当たっているのだ。

「疲れちゃったから、アンタの背中で休ませてもらうわよ」
「……うん」

背中越しにアスカに聞かれ、シンジはそう答えて座り直した。
お互いの呼吸が聞こえるのではないかと錯覚するほどの静けさ。
耳を澄ますと、浜辺に打ち寄せるさざ波の音がわずかに勝っていた。

「アタシ達、ずっとこのままかしら」
「そうかもね」
「こともあろうにシンジと一緒だなんてね」

アスカはそう言うと、大きなため息をついた。

「僕と居るのが嫌なら、離れてても構わないけど」
「ううん、アンタみたいのでも、居ないよりはマシだから……側に居てよ……」

シンジが腰を浮かせようとすると、アスカはあわててそう言った。
アスカの懇願する様な口調で、シンジはアスカも自分と同じく寂しくてたまらないのだと思った。
シンジはそんなアスカを愛おしく思い、優しく声を掛ける。

「アスカ、疲れたなら少し眠ると良いよ」
「うん、そうする……」

本当にアスカは疲れていたのか、シンジの背中に体を預けて来た。
横になって寝ようとしても下は砂だらけ、あまり寝心地は良くなさそうだ。
シンジはアスカが起きるまで体を支えてあげようと決意した。

「でも、どうしてこんな世界に来てしまったんだろう」
「……それは、碇君が望んだから」
「綾波?」

水平線の彼方から、水面を歩いてシンジ達の砂浜へやって来たのは、プラグスーツ姿の綾波レイだった。

「碇君は、自分の弱い心を守るために、この世界を作り上げたのよ」
「僕がこんな、何も無い世界を?」
「誰かに傷つけられるのが怖いから、誰かに否定されるのが嫌だから、そうでしょう?」

レイに尋ねられたシンジは、肯定するように下を向く。

「だって父さんも、カヲル君も、ミサトさんも、僕の気持ちを裏切ったんだ……」
「それは今、碇君に寄りかかって眠っている彼女も同じじゃないかしら?」
「そうだ、僕は孤独な世界を望んだはずなのに、どうしてアスカはこの世界に居るの?」
「多分、彼女はエヴァのエントリープラグの中に居たからサードインパクトの衝撃から守られたのかもしれない、だけど、他にも理由があるわ」

シンジはゴクリと唾を飲みこんでレイの言葉の続きを待った。

「それは、碇君がまた彼女と会いたいと心の底で願っていたから」

レイの指摘に、シンジは否定せずに沈黙で答えた。

「碇君に、誰かに会いたい気持ちが残っていたから、私もこの世界に干渉する事が出来たの」
「それなら、綾波はこの世界から出る方法も知っている?」
「ええ、碇君がこの世界から出たいと思えば、この世界は形を失って消滅するわ。だけど、現実の世界に戻れば、碇君はまた誰かに傷つけられたり、裏切られたりする事になる」
「うん、それでも良いんだ。この閉じた世界で小さな安らぎを得るより、僕は現実の世界で色々な人とぶつかって成長して来た自分やアスカが好きだって事に気が付いたんだ」

レイに向かってシンジは強い口調でそう言い放った。
すると、世界が音と立てて崩れて行く。
背中で眠っていたアスカが驚いて目を覚ます。

「どうしたのよ、この大きな揺れは?」
「アスカ、僕達は元の世界に戻れるんだよ!」

アスカが尋ねると、シンジは振り返って笑顔で答えた。
そしてお礼を言おうと、再びレイの方を振り返ると、レイの姿は崩れかけている世界と同じように、希薄に感じられた。

「何よアレ、ファーストの幽霊?」
「私はそちらの世界に行く事は出来ないの」
「そんな!」
「……だから、私の事を忘れないで、それだけで十分だから」

そう言うと、レイはシンジに笑顔を向けた。

「ありがとう綾波、さよなら」

白い光に包まれて薄れて行く意識の中、シンジはレイに向かって力一杯手を振った。



そして再び意識を取り戻したシンジとアスカは、自分達が葛城家のリビングに倒れている事に気が付いた。
まるで長い夢でも見ていたかのようだったが、プラグスーツを着ているので、あの世界は確かに存在していたのだと分かった。
こうして自分達は無事に戻って来れたが、ネルフはどんな状況なのか。
アスカにもあの世界で何が起こったのか説明しなければならない。
やらなければならない事がたくさんあった。

「あーあ、お腹空いちゃったわ、何か作ってよ」

しかしアスカはいつもの口調で、シンジにそう話し掛けた。

「うん」

シンジは笑顔でアスカに答えて、冷蔵庫から食材を取り出し、プラグスーツ姿のまま料理を始めるのだった。



後にシンジとアスカはこの時の事を偕老同穴の様だったと振り返る。

「あのまま紅い世界にずっと居れば、アタシ達はドウケツエビみたいにずっと仲良くなれたかしら?」
「でも、たまにはケンカとかするんじゃないのかな、エビの気持ちなんて僕達には解らないし」
「それもそうね」

シンジとアスカは顔を見合わせて笑った。

「それに、僕達を閉じ込める殻なんて必要ないよ」
「その通りよ」

アスカはシンジの言葉にうなずいて、人前に関わらずシンジに抱きついてキスをした。
どうやら当の本人達は、自分達が外敵を寄せ付けない見えない殻に覆われている事には気が付いていないようである。
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