2008年07月17日

下から上を動かせ

傲慢な幹部には女性が鉄槌を下せ
下から上を動かせ, 幹部

 私は、牧口先生、戸田先生の言論、指導を、できる限り記し残してきた。

 尊き広布の同志が何が起ころうとも微動だにしない。その基盤を今、万代の未来のためにつくっておかねばならない。

 仏法は厳しい。ゆえに本当のことを言っておきたいのである。

 真実を語る空気がなければ、組織はダメになってしまう。

 リーダーには、「何でも言える雰囲気」「何でも語り合える環境」をつくる責任がある。

 戸田先生は語られた。

「時代遅れの幹部になるな。幹部自ら勉強し、成長し、『人間革命』していくことだ。そして同時に、新しい時代を創っていく、若い幹部を登用し、バトンタッチしていかねばならない」

 リーダーは、硬直した古い考えになってはダメだ。自分自身が変わり続けることだ。

 常に、新鮮味のある生命で、笑顔で、真心で、会員の皆さんに接していただきたい。

 また、先生は次のようにおっしゃっていた。

「ずる賢く、威張り散らすのは悪い幹部だ。人と接する誠心誠意の真心がわからない」

「幹部の地位を利用して、女性を叱るのは、野蛮人のすることである。野蛮人は人間ではない。そういう人間は、断じて学会の世界に入れてはならない」

「威張る幹部、礼儀を知らない幹部、誠意のわからない幹部、慈愛のない幹部、生意気な幹部、すぐに人を軽蔑し叱る幹部。

 そんな幹部には、女性が中心となり、厳重な措置を求めていただきたい」
【関西・九州・中国・四国合同研修会 2006-08-07 長野研修道場】


立場の弱い人間が、強くなることが革命に通ずる。上からのトップダウンで変わるのは改革であって、革命ではない。

革命には破壊が伴う。そのため歴史上の革命は、体制の転覆を図り、大勢の犠牲者を生んだ。目的を果たすためなら手段を選ばなかった。そして、暴力を容認した瞬間から、理想は現実の前に敗れたのだ。

革命を支えているのは“怒り”だ。それも、正義の焔(ほのお)が柱となって噴き上げるほどの怒りである。

 今日、愛については誰も語っている。誰が怒(いかり)について真剣に語ろうとするのであるか。怒の意味を忘れてただ愛についてのみ語るということは今日の人間が無性格であるということのしるしである。

 切に義人を思う。義人とは何か、──怒ることを知れるものである。
【『人生論ノート』三木清(新潮文庫)】

我々が目指す革命は無血革命である。体制の転覆でもなければ、制度や階級の破壊でもない。生命尊厳を説いた仏法は、暴力の立ち入る隙(すき)を許さない。人間革命とは、生命の悪業を破壊し、宿命の鉄鎖を断ち切る革命だ。エゴを叩き破り、ぬるま湯につかったような生活を打ち破る大闘争だ。

若い頃、よく先輩から叱咤された。「貴様、そんなところで負けていて、自分の宿命に勝てると思っているのか!」と。学会で受ける訓練は、一切が宿命転換に備えるものだった。それゆえ厳しかった。

本当のことを書いておこう。現場から私に寄せられる声、Webを通じて私のもとに寄せられるメールの殆どは、心の弱い学会員からのものである。革命はおろか、意見すら言えないような人々だ。時折、小賢しい内容のメールも来るが、訓練を受けているか受けてないかは、瞬時にわかる。どの程度の重さの荷物を抱えているかも、直ぐわかる。自分を誤魔化そうとする人ほど、言葉を飾るものだ。

学会員は甘い。一人じゃ何もできないのが多過ぎる。信弱き学会員の多くは、何だかんだと言いながらも、組織に依存しているのだ。心を文句で一杯にしながら、会合だけは皆勤賞という学会員の何と多いことか。傍(はた)から見ていると、「文句をいうために活動している」ようなものだ。これぞ、「法華文句」だよ(笑)。

意味のない活動はやめることだ。ストレスを感じているのであれば、少し休めばいい。“活動病”に冒されている人々は、「それじゃ功徳が出なくなる」と思うことだろう。だけど、いいんだよ。どうせ文句だらけの信心には、最初っから功徳などないんだから(笑)。

私の尊敬する同志の一人に沖浦克治さんがいる。沖浦さんは、新聞啓蒙もしなければ、公明党の支援活動も行っていない。財務は一口しかやらないと公言し、民音のチケットを購入したことは二度しかないそうだ。それでも、組織から不利益な扱いを受けたことはないと言っている。しかも、その中で次々と功徳の体験を積んでいるのだ。

でもまあ、この方の場合、自立の最右翼の一番右端にいるので(笑)、参考にならないかも知れない(笑)。

多くの同志が恐れているのは、「組織内での村八分」だろう。意見を言えば言うほど、周囲から疎(うと)んじられ、破和合僧のレッテルを貼られ、人事対象から外され、連絡も滞りがちになる。ま、よく見られる光景ですな。

だから、何なんだ? それが、どうした? そんなことを恐れて引っ込める程度の意見であれば、端(はな)っから言わなければいいのだ。所詮、自分の都合で不平不満を並べているから、臆病になるのだ。

その点、私は強い。私は、それなりに訓練を受けてきている。そして、私が発する意見は、会員の声を代弁するものだ。個人的な感情で、幹部を責めることは決してない。だから、相手が副会長であろうが、会長であろうが、負けることはないよ。そのためとあらば、多少、荒っぽいこともしてみせる。地区のオジサン、オバサンが信心しやすくなるためなら、何でもするよ。当たり前だ、そんなことは。

それが出来ない者は、文句を言わずに引っ込んでろ!

創価王道 http://d.hatena.ne.jp/sokaodo/ より

posted by ハジャケン at 02:31| 霧| 行動 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする