DICについて(血液疾患アップデート)

トップへ
戻る


文献一覧表
血液疾患の治療 Up to Date
−DIC−
東京大学大学院農学生命科学研究科
        辻本 元
はじめに
DIC(disseminated intravascular coagulalion,播種性血管内凝固)の本態は、さまざま
な原因によって全身の主として細小血管内に汎発性にフィプリンの形成を生ずることである。
また、血小板・凝固因子の消費、およびフィブリン溶解機序(線溶機序)の活性化に伴い、軽度
 重度の出血傾向が認められる。さらに、細小血管内の血栓形成による臓器症状がみられる
ことも多い。
 小動物臨床において、さまざまな疾患、とくに重症例の診療をする際、それまでに行っていた
治療をしていても、状態のコントロールができなくなったり、急に状態が悪化したり、出血症状
が認められるようになったり、臓器不全が認められたりすることがあるが、これらの場合、基礎
疾患に伴ってDICが発生していることが多い。私達は、日常の診療において凝血学的検査を
必要に応じて行った結果、さまざまな疾患において、高頻度にDICやPre−DIC(またはDIC準
備状態、代償性DICとも言う)が発生していることを経験している。DICを発生した場合、その
予後は著しく悪化するため、DICの発生を早期に明らかにすることは臨床上きわめて重
要と考えられる。DICに対する治療としては、基礎疾患の治療が最も重要であるが、それに加
えて早期からのDICに対する治療が必要とされる。したがって、ここでは、臨床的立場から日常
の診療におけるDICに対する治療の考え方について概説したい。

原因の除去:
 DICは症候群であって、常にその原因疾患が存在する以上、DICの原因除去がDICの治療
上最も重要である。犬の子宮蓄膿症では、卵巣子宮摘出を行うことができた場合、DICは速や
かに消失する。また、内科叙域において常にDICの発生を念頭に置くべき内科疾患の例とし
て、急性の免疫介在性溶血性貧血、急性白血病、リンパ腫、敗血症、急性膵炎などがあり、こ
れらの疾患においては基礎疾患に対する有効な治療が可能である。したがって、基礎疾患に
対する治療が第一であるが、その際にDICに対する治療を併せて行うことによって、それら症
例を救命できる可能性が高くなる。我々は、このようなDICを発生しやすい疾患においては、検
査結果が出そろう前からDICに対する治療(おもに抗血栓療法)を開始するようにしている。
 しかし、DICの発生が最も多い悪性腫瘍では、DICの原因を除去することが不可能な場合も
多い。こういった場合、DICにより、出血やさまざまな臓器症状を呈したり、悪循環的なDICの増
悪を生じたりすることがあり、DICそのものの進行を食い止めるための治療が必要となる。外
科的摘出手術が適応となる悪性腫瘍の場合、術前にDICの発生について評価を行い、DICに
対する治療を行いながら、できるだけ早期に手術を行うようにすることが重要である。また、そ
のことによって、予後の判断が正確になるとともに、術中の輸血の必要性についても考慮する
ことができる。しかし、DICの原因を除けない場合、抗血栓療法も結局は対症療法の域にとど
まらざるを得ない。

血栓形成に対する治療:
 ヘパリンはATVと複合体を形成することにより、トロンビン、第]a因子、第TXa因子に対し
て阻止作用を示す。DICにおける凝固克進を防ぐために用いられる薬剤としては、まず第一に
ヘパリンがあげられる。ヘパリンを過剰投与すると出血がみられることは有名であるが、大き
な外傷、腸管の壊死、頭蓋内出血等が存在しない限り、DICに対する少量のヘパリン投与
により、消費牲凝固障害の改善がみられることが広く知られるようになった。したがって、
DICの原因を早急に除去できない症例に対しては、できるだけ早期にヘパリンの投与を行うこ
とがすすめれる。
 ヘパリンの投与量については、ヒトのDICにおいても、動物のDICにおいても、依然として議論
されている。犬のDICにおいては、最低用量(5〜10IU/kg,SC,TID)、低用量(100〜200IV/
kg,SC,TID)、中用量(300〜500IU/kg,SCまたはTX,TID)、高用量(750〜1000IU/kg,
SCまたはIV,TID)といった用量が示されている。私達は、通常、DICの発現があると考えられた
ら、早期から200〜300IU/kg,SC,TIDの治療を行うようにしている。

ヘパリン投与用量(犬)
  • 最低用量(5〜10IU/kg,SC,TID)
  • 低用量(100〜200IV/kg,SC,TID)
  • 中用量(300〜500IU/kg,SCまたはTX,TID)
  • 高用量(750〜1000IU/kg,SCまたはIV,TID)
  通常、DICの発現があると考えられたら、早期から200〜300IU/kg,SC,TIDの治療を行う

低分子ヘパリン(フラグミン)投与量
  • 75U/kg/24hr CRP
 血栓による臓器症状のみられる場合は、用量を上げることがすすめられる。ヒトにおいて
は、その用量については報告者によって異なっているが、松田らは、通常5,000〜10,000
単位/日で点滴静注し、TATが低下しないときには増量するといった用量を示している。
 ヘパリンはさまざまな分子量をもつ酸性多糖類の総称であるが、最近、分子量約5,000の
低分子量ヘパリンが市販された(フラグミン)臨床的には従来の未分画ヘパリンに比べ
出血事故が少なく、その理由として低分子量ヘパリンが未分画ヘパリンに比べ抗トロンビン
作用が弱く、逆に抗第Xa因子作用が強いと言われている。また、血中には低分子量ヘパリ
ンを阻止する作用をもつ物質の種類が少なく、このことが低分子量ヘパリンの効果の個体差
を少なくして、薬剤がある特定な例に対して効き過ぎるために出血を生ずることを防いでいる
可能性も指摘されている。また、低分子量ヘパリンは未分画ヘパリンの副作用である血小板
減少症の発現頻度を低下させる点でも優れていることが示されている。ヒトにおいては、
分子量ヘパリンの用量は75-120単位/kg/日、点滴静注とされている。我々は、動物に
おける低分子量ヘパリンの臨床的有用性を検討するため、まず組織因子(tissue factor,TF)
によって誘発した犬の実験的DICにおいて低分子量ヘパリンの効果を検討した。75U/kg/
24hrに相当する低分子量ヘパリンを持続点滴することによって、FDPの上昇、PTおよびAPTT
の延長、フィブリノゲン量の減少が有意に抑制され、低分子量ヘパリンの犬の実験的DICにお
ける有効性が示された。現在、我々の病院では、DICおよびPre−DICを有する症例ばかりで
はなく、DICの発生が予測される症例においても、低分子量ヘパリンを早期から投与するよう
にしている。

補充療法:
 DICによって欠乏する凝固因子および血小板を補充することは意味あることと考えられる。た
だし、DICに対してヘパリンを使用することなく、全血や血漿を輸注して出血症状を改善さ
せようとする試みは否定される傾向にあった。しかし、肝不全によって凝固国子や凝固阻止
因子の産生が低下しているDICにおいては、これらの因子を含む新鮮血染を投与すべきであ
る。また、急性白血病等、血小板産生に問題があるDICにおいては、血小板を輸注をすべきで
ある。ヘパリンを投与する際、ATVを補充する意味で血漿や全血を輸注することもよくすすめ
られるが、ヘパリンがはたらかなくなるほどATV値が低下する症例はそれほどなく、ATVを補
充するという意味では必ずしも補充療法が必要とは考えられない。

蛋白分解酵素阻害剤の使用:
 DIC において使用する薬剤としてはヘパリンが第一選択であるが、出血やATVの低下時
(肝不全、感染症など)など、ヘパリンの使用が困難あるいは効果が不十分な場合は、
蛋白分解酵素阻害剤の適応が考えられる。現在、おもにヒトのDICに用いられている蛋白分解
酵素阻害剤の代表的なものとして、メシル酸ガベキサート(FOY)およびメシル酸ナファモスタッ
ト(フサン)がある。ヒトにおいて、メシル酸ガベキサートは1〜2mg/kg/hr持続点滴、メシル酸
ナファモスタットは0.1-0.2 mg/kg/hr持続点滴の用量が示されている。これら蛋白分解酵素
阻害剤は、カリクレイン、トリプシン、プラスミン、トロンビンなどを阻害する。また、メシル酸ガ
ベキサートは、白血球の凝集、活性酸素の放出、および好中球エラスターゼの放出を抑制す
ることが報告され、また両剤とも血小板凝集を抑制する作用も併せ持つ。したがって、一般的
にこれら蛋白分解酵素阻害剤の使用は線溶優位のDICに適している。小動物臨床において
は、悪性腫瘍、炎症、感染、溶血、組織障害などがDICの基礎疾患となっており、これらのは
ほとんどは凝固優位のDICと考えられ、ヒトにおける急性前骨髄球性白血病(acute 
promyelocytic leukemia,APL)のような典型的な線溶優位のDICはほとんど認められない。し
たがって、蛋白分解酵素阻害剤はDICに対する治療の中心とはならないが、抗血栓療法、補
充療法に加えて蛋白分解酵素阻害剤の使用を検討していくことは価値あるものと考えられる。
 
蛋白分解酵素阻害剤の投与量
(ヒト)
  • メシル酸ガベキサート(FOY):1〜2mg/kg/hr持続点滴
  • メシル酸ナファモスタット(フサン):は0.1-0.2 mg/kg/hr持続点滴

まとめ
 DICはさまざまな疾患において発生し、従来の診断指針によって診断されるような進行した
DICが発症した場合、その予後はきわめて不良である。したがって、DICは各種疾患の最終段
階において死の引き金となる病態として理解される。現在のところ、DICの診断のための凝固
線溶系検査は、臨床獣医学額域では、一般的にはまだ特殊検査としてとらえられている。現
在、これら検査をベッドサイドでできるような試みがなされており、簡便な測定機器や測定キッ
トが開発されつつある。今後、どのような疾患においても、重症例について診療を進めていく際
には、DICのことを常に念頭に置いて検査および治療を進めていくことが望まれる。