薬物が肝障害を引き起こす機序は多様かつ複雑であり,しばしば解明されていない。ある種の薬物は直接的に毒性を生じる:この場合,一般に損傷は薬物に特異的で,暴露から数時間以内に始まり,用量依存性である。その他の薬剤は,極めてまれに,および感受性のある人のみに傷害を引き起こす;損傷は一般に初めの数週以内に生じるが,ときに暴露から数カ月後に遅れて認められることもある。この損傷は用量依存性ではない。これらの反応がアレルギー性であることはまれで;むしろ特異体質として表すのが適切である。直接毒性と特異体質は常に明確に区別できるわけではない;例,ある薬剤では,その損傷が特異体質に見えても,おそらく毒性のある中間代謝産物が直接的に細胞膜を傷害している。
薬物による肝障害の完璧な分類法はないが,急性反応(肝細胞壊死など),胆汁うっ滞性(炎症を伴うまたは伴わない),その他の反応に分けることができる(薬物と肝臓: 一般的な肝毒性薬物反応表 1: 参照)。ある種の薬物は慢性障害を引き起こし,まれに腫瘍の成長を促すこともある。
表 1
|
 |  |  |
一般的な肝毒性薬物反応
|
薬物
|
反応
|
アセトアミノフェン
|
急性,直接肝細胞毒性;慢性毒性
|
アロプリノール
|
その他の急性反応
|
テングダケ属のキノコ
|
急性,直接肝細胞毒性
|
アミノサリチル酸
|
その他の急性反応
|
アミオダロン
|
慢性毒性
|
抗生物質,各種
|
その他の急性反応
|
抗腫瘍薬,各種
|
その他の急性反応
|
ヒ素化合物
|
慢性毒性
|
アスピリン
|
その他の急性反応
|
C-17アルキル化ステロイド
|
急性胆汁うっ滞,ステロイド型
|
クロルプロパミド
|
急性胆汁うっ滞,フェノチアジン型
|
ジクロフェナク
|
急性,特異体質性の肝細胞毒性
|
エリスロマイシンエストレート
|
急性胆汁うっ滞,フェノチアジン型
|
ハロタン関連性麻酔薬
|
急性,特異体質性の肝細胞毒性
|
肝動脈内抗腫瘍薬
|
慢性毒性
|
HMG-CoA還元酵素阻害薬(スタチン)
|
その他の急性反応
|
炭化水素
|
急性,直接肝細胞毒性
|
インドメタシン
|
急性,特異体質性の肝細胞毒性
|
鉄
|
急性,直接肝細胞毒性
|
イソニアジド
|
急性,特異体質性の肝細胞毒性;慢性毒性
|
メトトレキサート
|
慢性毒性
|
メチルドパ
|
急性,特異体質性の肝細胞毒性;慢性毒性
|
メチルテストステロン
|
急性胆汁うっ滞,ステロイド型
|
モノアミン酸化酵素阻害薬
|
急性,特異体質性の肝細胞毒性
|
ナイアシン
|
慢性毒性
|
ニトロフラントイン
|
慢性毒性
|
経口避妊薬
|
急性胆汁うっ滞,ステロイド型
|
フェノチアジン(例,クロルプロマジン)
|
急性胆汁うっ滞,フェノチアジン型;慢性毒性
|
フェニルブタゾン
|
急性胆汁うっ滞,フェノチアジン型
|
フェニトイン
|
急性,特異体質性の肝細胞毒性
|
リン
|
急性,直接肝細胞毒性
|
プロピルチオウラシル
|
急性,特異体質性の肝細胞毒性
|
キニジン
|
その他の急性反応
|
スルホンアミド系
|
その他の急性反応
|
テトラサイクリン,高用量静脈投与
|
急性,直接肝細胞毒性
|
三環系抗うつ薬
|
急性胆汁うっ滞,フェノチアジン型
|
バルプロ酸塩
|
その他の急性反応
|
ビタミンA
|
慢性毒性
|
|
診断と治療
薬物誘発性の肝毒性は患者に肝疾患の異常パターンがある場合に疑う(例,胆汁うっ滞と肝炎の混合または非定型パターン);肝炎または胆汁うっ滞で通常みられる原因が除外された場合;徴候や症状が認められなくても,肝毒性が知られている薬剤の投与期間中である場合(薬物と肝臓: 一般的な肝毒性薬物反応表 1: 参照);または肝生検により薬剤が原因として示唆されるような組織学的所見が認められた場合がある。薬物誘発性溶血による黄疸がみられる場合,まず肝毒性が示唆されるが,このような症例ではビリルビンが抱合されておらず,他の肝機能検査所見は正常である。
肝毒性の原因が薬物であることを確定するための診断検査はない。診断では,可能性のある他の原因(例,胆汁うっ滞がある場合には閉塞を除外するために画像診断を行う;肝炎がある場合はウイルス血清学的検査を行う)や,薬物と肝毒性の時間的な関連性を除外する必要がある。反復投与後の,反復性で可逆的な肝毒性パターンは最も決定的な証拠であるが,重篤な肝障害の危険性があるため,肝毒性薬剤が疑われる患者への再投与は一般的に行われない。一般に他の治療可能な症状を除外するために,ときに生検が必要となる。検査後においてもまだ診断が明らかでない場合,治療に加えて,診断のための試験的な投薬中止が適応となる。
直接肝毒性を生じるいくつかの薬剤(例,アセトアミノフェン)では,血中濃度を調べることで肝損傷の確率を評価できる。しかしながら,検査が遅れれば薬物濃度は低下する。多くの非処方箋薬のハーブ製品は肝毒性を生じる;原因不明の肝損傷を伴う患者にはこのような製品を摂取していないか確認するべきである。
薬物誘発性の肝毒性に対する治療は,一般的に薬物を中止し支持療法を行う。
肝細胞壊死
理論上,肝細胞壊死は直接毒性と特異体質性に分けられるが,この区別方法は便宜的である。特徴はアミノトランスフェラーゼ濃度の上昇で,しばしば著しい。軽度または中等度の肝細胞壊死を伴う患者では肝炎症状がみられることがある(例,黄疸,倦怠)。重度の壊死を伴う患者は劇症肝炎の症状を生じることがある(例,肝不全,門脈-体循環性脳症)。
直接毒性:
ほとんどの直接肝毒性物質は用量依存性の肝壊死を生じ,しばしば他の臓器に影響を及ぼす(例,腎臓)。
処方薬による直接肝毒性障害は,最高用量投与に関する推奨事項を守り,患者のモニタリングを行うことで,未然防止または最小限に抑えることが可能となる。直接肝毒性物質(例,アセトアミノフェン,鉄,テングダケ属のキノコ)による中毒は,しばしば数時間以内に胃腸炎を引き起こす。しかしながら,肝障害の症状は1〜4日後にのみ現れることがある。コカインの摂取はときとして,おそらく肝細胞虚血が生じるため,急性肝細胞壊死を引き起こす。
特異体質:
薬物は,ウイルス性肝炎と組織学的にも鑑別できないような急性肝細胞壊死を引き起こす。機序は不明であり,おそらくそれぞれの薬物によって異なる。イソニアジドとハロタンについては最も徹底的に研究されてきた。
まれなハロタン関連性肝炎の機序は不明であるが,反応性の中間物質の生成,細胞の低酸素症,脂質の過酸化,自己免疫性障害などが含まれると思われる。危険因子として肥満(おそらくハロタン代謝産物が脂肪組織に貯蔵されるため)および比較的短期間で麻酔薬に繰り返し暴露した場合などがある。肝炎は,典型的には暴露後数日から2週間以内で生じ,まず発熱がみられ,しばしば重症となる。ときに,好酸球増加または発疹が生じる。重度の黄疸がみられる場合,死亡率は20〜40%であるが,生存者は通常完治する。メトキシフルランおよびエンフルランは類似した麻酔薬であるが,同様の症候群を引き起こすことがある。
胆汁うっ滞
多くの薬剤は主に胆汁うっ滞反応を引き起こす。通常病因はよく分かっていないが,胆汁うっ滞性障害において少なくとも2つの型(フェノチアジン型およびステロイド型)が臨床的および組織学的に区別できる。診断検査としては,しばしば非侵襲性の画像診断が行われ,これにより胆管閉塞を除外する。投薬中止後も胆汁うっ滞が持続する場合にのみ,さらなる検査(例,磁気共鳴胆管膵管造影,ERCP,肝生検)が必要となる。
フェノチアジン型胆汁うっ滞
は門脈周囲の炎症性反応である。時々起こる好酸球増加やその他の過敏反応の徴候などの所見によって免疫学的な機序が示唆されるが,肝内細胆管への直接毒性も生じうる。このタイプの胆汁うっ滞は,クロルプロマジン服用患者の約1%にみられ,その他のフェノチアジン系薬物の服用患者ではさらに少ない。胆汁うっ滞はしばしば急性で発熱を伴い,アミノトランスフェラーゼおよびアルカリホスファターゼの高値を示す。肝外性の胆道閉塞との鑑別は,肝生検でさえも難しい。薬物投与を中止すれば完全に回復するのが典型的だが,まれに線維症を伴う慢性胆汁うっ滞へ進行することがある。三環系抗うつ薬,クロルプロパミド,フェニルブタゾン,エリスロマイシンエストレート,その他の多くの薬物による胆汁うっ滞は臨床的に類似している;しかしながら,これらの薬物による慢性肝障害への進行については十分に解明されていない。
ステロイド型胆汁うっ滞は,免疫学的過敏症または細胞膜への毒性よりもむしろ,胆汁生成に対する性ホルモンの生理学的な影響が増強されたものと思われる。細胆管の水分排出障害,マイクロフィラメントの機能障害,膜流動性の変化,遺伝因子などが関連していると思われる。肝細胞性の炎症はほとんど,あるいは全く認められない。発生率は世界的に差はあるものの,胆汁うっ滞は経口避妊薬を服用している女性の1〜2%に生じる。全身症状を伴わない胆汁うっ滞をゆっくりと発症するのが特徴である。アルカリホスファターゼは上昇するが,アミノトランスフェラーゼ値は通常それほど高くはなく,肝生検ではわずかに門脈の障害や肝細胞性障害を伴わない小葉中心性の胆汁うっ滞を呈するのみである。ほとんどの症例では薬物の服用中止後に完全に回復するが,時間がかかることもある。
妊娠時の胆汁うっ滞(妊娠中の合併症: 妊娠中の胆汁うっ滞(そう痒)を参照 )はステロイド関連性の胆汁うっ滞と密接に関連している。妊娠時に胆汁うっ滞を起こす妊婦は,経口避妊薬を服用した後に胆汁うっ滞を生じ,またその逆も起こりうる。
その他の急性反応
ある種の薬物は,肝機能障害,肉芽形成反応(例,キニジン,アロプリノール,スルホンアミド系),または分類困難な変異型肝損傷が混在した形態の原因となる。HMG-CoA還元酵素阻害剤(スタチン)は1〜2%の患者に無症候性のアミノトランスフェラーゼ上昇を来すが,臨床的に重要な肝損傷となることは少ない。多くの腫瘍薬も肝障害の原因となりうる;その機序は様々である。
慢性肝疾患
ある種の薬物は慢性肝疾患を起こすことがある。イソニアジド,メチルドパ,ニトロフラントインは慢性肝炎を引き起こす。線維症がみられなければ通常は回復する。疾患は急性または潜行性に始まる。肝硬変へ進展することもある。瘢痕化を伴う慢性肝炎様の組織学的所見が,アセトアミノフェン1日3gの低用量を長期服用した患者にまれに認められるが,通常はこれよりも高い用量を必要とする。アルコール依存者はより感受性があるとみられ,付随的にアミノトランスフェラーゼの異常な高値,特にAST(アルコール性肝炎単独で300IU以上の値を示すことはまれ)がアルコール依存者に認められた場合この疾患が疑われる。アミオダロンは,ときにマロリー小体を伴う慢性肝障害を引き起こし,そうでなければアルコール性肝疾患と類似した組織学的所見を呈する;細胞膜リン脂質症は病因の一つである。
硬化性胆管炎様症候群は,肝動脈内化学療法,特にフロクスウリジンを用いることよって起こることがある。メトトレキサートの長期投与を受けている患者(通常,乾癬またはRAのため)では,潜行性に進行する肝線維症が,特にアルコール依存性の症例または薬物を連日投与している場合に生じる;肝機能検査ではしばしば際立った所見が得られず,肝生検を要する。メトトレキサートによる線維化が臨床上問題となることはまれではあるが,ほとんどの専門家は薬物投与積算量が1.5〜2gまで到達したら肝生検を行い,その後も時々行うことを勧めている。非肝硬変性の肝線維症は,門脈圧亢進症を生じることがあり,ヒ素化合物やビタミンAの過剰摂取(例,1日15,000U以上を数カ月間)やナイアシンを服用することによって起こる(ビタミンの欠乏症,依存症,および中毒症: ナイアシン中毒性を参照 )。多くの熱帯あるいは亜熱帯諸国では,真菌が産生するアフラトキシンを含む食物を摂取することによって慢性肝疾患および肝細胞癌が起こると考えられている。
経口避妊薬は胆汁うっ滞を生じるほか,ときに良性肝細胞腺腫,また非常にまれに肝細胞癌を引き起こす。腺腫は通常無症状であるが,突然の腹腔内での破裂および出血を生じ,緊急開腹手術が必要となることもある。ほとんどの腺腫は無症状であるため,画像診断時に偶然にみつかる。一般的に,経口避妊薬は血液凝固を増強させるため,これらは肝静脈血栓症の危険性を高める(バッド-キアリ症候群)。さらに,これらの薬物は胆石形成性を高めるため,胆石の危険性が高まる。
最終改訂月 2005年11月
最終更新月 2005年11月
|