上杉隆「原子力国家・日本」
『 消された内部告発者たち「原子力国家」日本(4) 』
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いまから半年前の5月、ドイツ「シュピーゲル」誌は、秀逸な記事「原子力国
家」を掲載した。
コルドゥラ・マイヤー記者の執筆によるそれは、事故から9ヶ月が経とうとす
る現在でもなお、完璧に通用する取材力に富む見事な記事である。
本メルマガでは9月に3回にわかって当記事を紹介してきた。今回はその4回
目となるが、前回から少し時間も空いたということで、一部を重複し、解説を
続けようと思う。
まずは当該記事を、本メルマガで初めて紹介した際の私の感想を再掲しよう。
〈実は、記事の書かれたのは5月、私が最初に彼女の取材を受けたのは3月の
ことだった。
東京電力近くの新橋第一ホテルのラウンジで、長時間にわたる取材を受けた私
は、会見の始まるたびに話を中断し、東京電力に戻った。
夜が更けた後は、営業を再開したものの電気を消して、客のあまりいないホテ
ルのバーに場所を移し、日本で起きている信じがたい悲劇を説明し続けた。
それは、すでに半年以上も前のことだった。現在の日本の記者クラブメディア
が束になってかかっても叶わない記事を、何千キロも離れたドイツからやって
きた若い女性記者が、たったひとりで世に出していたのだ。
今回、マイヤー記者と、ドイツ在住の梶川ゆう氏の許諾の元、当メルマガでそ
の記事を紹介し、一部を検証していようと思う〉
あれから10ヶ月──。日本社会の原子力依存体制が根本から変わる気配はない。
ひどい原発事故が起きた今でも、巧妙な洗脳によって、多くの国民は真実を知
らされないでいるのだ。
そうした原子力利権の構造上の問題点を叫んできたのは衆議院議員の河野太郎
氏だ。河野氏は自民党内でほとんどただひとり、原発の危険性に警鐘を鳴らし
続けてきた国会議員である。
今、政府は国会内に原発事故調査委員会を立ち上げようとしている。メンバー
については、黒川清委員長が内定しているものの、それ以外は河野氏の不安が
的中しそうな気配である。委員会に民間人を参加させるという憲政至上初の試
みであるが、選考の過程で漏れてきた情報によれば、委員会の設置そのものが
来年(2012年)に延びるだけではなく、メンバーも原発事故についてほとんど
何も知らない人々が選ばれそうだ、ということである。
そして、実際それはそうなった。社会学者やノーベル化学賞受賞者が話題作り
のためにメンバー入りしたようだ。
〈「原発批判者は絶対に出世できません、教授になることもできないし、重要
な委員会のメンバーに選ばれることも決してないのです」と河野氏は語る。
それでも、時としてこれらの馴れ合い委員会のシステムに一瞬疑問が生じるこ
ともある。例えば、5年前に地震学者の石橋克彦氏が日本の原発の安全規制を
見直す役目を負っていた委員会から辞任した時がそうである。
19人いた委員会のメンバーの内、11人が電力会社が設けている委員会のメン
バーでもあった。委員会の結論の出し方はどれも「非科学的」だと、石橋氏は
嘆いた。「原発に対する技術標準を基本的に改善しない限り、日本は地震に襲
われた時原発事故に遭う可能性がある」と彼はその時にすでに警告していたの
である〉
河野氏や石橋氏の原子力に関する警告は、なぜ日本社会に広がらないのだろう
か。本メルマガの読者ならば、すぐにその理由に気づくことだろう。
そう、記者クラブ、あの忌まわしい大手メディアの自主規制による横並び報道、
官僚的無謬主義、さらには独善的な排他主義などによって、彼ら自身が異論を
排除しつつ、自らの利権確保に躍起になってきたからにほかならない。
そうして広められた息詰まる日本社会の空気が、事故を起こしてもなお、東京
電力からは誰ひとり逮捕されず、誰ひとり責任を取らないという信じがたい状
況を作り出しているのだ。
これこそ、「日本型人災」の最たるものであろう。マイヤー記者はこの点を衝
き、さらに記者クラブメディアの構造自体にもメスを入れていく。
〈しかし、日本のマスコミではこのような警告はなかなか表に出てこない。東
電は原発によって潤った金をマスメディアにも大量につぎ込んでいるからであ
る。年間何百、何千億ユーロもの金額を東電はイメージ作りに費やしている。
例えば東京の放送局TBSの「News 23」、フジテレビの「めざましテレビ」、テレビ
朝日の「報道ステーション」などのニュース番組のスポンサーをしているのだ。
これらのメディアは原子力産業の大きな分け前にあっているわけだ。
東電はまた、ジャーナリストたちを豪華な旅行に招待してご機嫌取りもしてい
る。津波が福島第一の原発を襲った日には、東電会長は日本を留守にしていた。
彼は、中国の豪華ホテルでマスコミ関係者を「視察旅行」に招待していたのだ。
「日本は、誰もが原発を支持するのがいい、と思うような構造を作り上げてき
たのです」と河野氏は語る。厳格な検査官、批判的なジャーナリスト、反抗的
な市民は、そこでは邪魔になるだけだ〉
勝俣会長の震災当日の接待旅行については、東電会見で田中龍作記者が繰り返
し、勝俣会長本人に訊ねている。
仮に、これがその接待旅行が事実だとしたら、東電への厳しい質問も、批判的
な記事も世に出ないはずである。だが、残念ながらこれは紛れもない事実であ
る。しかも、繰り返し行われている恒例行事のひとつである。
そう、日本の大手メディアは長い間、広告費という「賄賂」と視察旅行という
「接待」漬けにされてきたのだ。
だからだろう、東電会見で、田中氏とフリーランスの記者たちがその欺瞞を突
いた瞬間、「そんなことどうでもいいだろう」「もういいよ、その質問は!」
という荒げた声が既存メディアの記者たちから挙がったのである。
いったいここはどこの国の出来事か? 日本はいつからこんな言論の自由の許
されない国に戻ってしまったのか。だが、極めて残念ながら、これは私たちの
国・日本で起きている本当の出来事なのだ。
〈警鐘はそれでも鳴らされなかったわけではない。ただ、その警告に基づく結
論がとられることがなかったのである。最大のスキャンダルは失望した社員の
告発により明るみに出た。1989年に日系アメリカ人のスガオカ・ケイ氏は今事
故を起こしている福島第一の一号炉の点検検査を行った。彼はこの原発を製作
したジェネラル・エレクトリック社(GE)の社員だったのである。
スガオカ氏は、蒸気乾燥機に「かなりの大きな」亀裂を発見して、驚いた。そ
の後、この装置が180度ねじって取り付けられていたことすら、明らかになっ
た。彼はそれを上司に報告した。そして、彼の視察団は数日間、その後の指示
を待った - フルに報酬された状態で、である。
そして視察団が原発にやっと呼ばれて戻ってみると、上司たちはどう処理する
かについて意見をまとめていたことがわかった。ジェネラル・エレクトリック
社のスガオカ氏の上司は、亀裂が見える箇所を検査ビデオから消去するよう、
命じたのである。「そして私のチームが実行しました」とスガオカ氏は語る。
「そして東電の社員二人が、その作業を見ていました」
このことにすっきりしなかったスガオカ氏は、家に帰ってからそのことを書き
留め、その文書を保管しておいた。1998年にGEに解雇されたスガオカ氏は、報
復を思い立った。2000年6月28日に彼は、日本の原発監督官庁に手紙を書き送
った。そこで彼は、自分が見たことを報告したのである。ほかにも同じような
手紙を何通か、書いた。
スガオカ氏の告発は日本を震撼させた。まもなく、東電が安全点検報告をシス
テマチックに改竄してきたことが明らかになった。東電社長と幹部4人が辞任
に追い込まれ、政府は17基の原発を一時的に停止させた。
東電の社員が何人も、安全性に関する疑問から監査官庁に報告していたことも、
当時明らかになった。そしてこの監査官庁が行ったのは、これら「密告者」の名
を東電にすぐに明かすことだった。このことは、原子力安全保安院のスポーク
スマンが確認した〉
内部告発は潰される。その上でデマ扱いされる。つまり、正義は負けるのだ。
これが現在の日本の現実だ。
だが、スガオカ氏はまだ幸せだったかもしれない。日系米国人という立場のた
め、日本社会の陰湿なイジメに直接遭遇することを避けられたからだ。
しかし、不幸なことに事実を追及してしまったがために、日本社会から抹殺さ
れてしまった人物もいるのだ。
スガオカ氏よりもずっと力強かった現職の福島県知事、佐藤栄佐久氏である。
きのう(11月30日)、その佐藤氏は自由報道協会で記者会見を開いた。
「『原子力帝国』となった日本は、三流国から五流国に転落しようとしてい
る」
前の福島県知事で、それ以前は自民党国会議員を17年、その前は日本青年会議
所のトップまで務めた人物に、こうまで言わしめるのはなにか。
それこそ、佐藤氏を「冤罪」で逮捕した上に、いまなお社会的に抹殺して続け
ている最大の理由でなのである。
(つづく)
上杉隆の東京脱力メールマガジン
『 情報隠蔽の罠「原子力国家」日本(5) 』
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「原子力ムラ」の犠牲者に関して、大手メディアが報じることはない。たとえ
それが国会議員や知事だとしても例外はない。それほどまでに日本のこのムラ
の掟は厳しいのだ。
〈日本ではスキャンダルが長く尾を引くことはほとんどない。しかし、福島の
現場にはここで、福島県前知事の佐藤栄佐久氏が登場する。彼は紺色の背広に
ポケットチーフを指し、銀髪がウェーブした上品な年配の紳士だ。骨董とゴル
フが好きな彼は、反原発論者である。
保安院が原子力村の内部からの告発をしっかり取り上げなかったことを知り、
佐藤氏は自らこの事態を表ざたにすることにした。2002年から2006年の間に、
内部の人間21名が佐藤氏に助言を求めてきた。彼の部下が情報提供者と会って
話を聞き、苦情を聴取し、記録した。そしてそれから、その記録をまとめて保
安院に渡したのである。
それでも長い間なにも起きなかったので、問い合わせもした。「でも誰も東電
を検査しなかったのです」と佐藤氏は語る。
「保安院が本来ならやるべきはずであったことを、福島県が行ったわけです。
ですから悪の根源は東電ではなく、保安院にある。彼らが告発を取り上げなか
ったのです」。
省庁、監査官庁、そして電気会社はこれだけ癒着しており、利害の対立は始め
から必至であったといってよい。影響力の強い経産省は原子力産業を推す立場
にある。日本製の原子力技術を中進国に売りつけたいという目的が常にあった。
監査官庁である保安院はこの原子力産業を監査する任務があるのに、この原子
力推進派の経産省の管轄下にある〉
こうした解り易すぎるぐらいの「お手盛り」は、こと原子力問題になると事例
に事欠かない。そこにあるのは隠蔽だ。責任逃れの行く末のうんざりするよう
な隠蔽の数々。官民一体となった隠蔽の山はもはや隠しようもないはずなのに、
日本ではそれが知られていないだけだったのだ。
原子力政策において、隠蔽は、特別な意味を持つものではない。ほとんど日常
的に繰り返されている、当然の光景なのである。
〈監査もそれにしたがっていい加減だった、と報告するのは原子力技術エンジ
ニアの飯田哲也氏である。かつて日本の核廃棄物用のキャニスターを製造した
ことのある飯田氏だが、彼がまだ駆け出しだった頃、大変ショックだった思い
出を語ってくれた。「僕はまだ20台始めの若造だったのですが、僕がしたこと
はどれも、なんの検査もせずによし、とパスになったのです」。
検査官が近づくと原発作業員が合図を送るのを、もう20年も前に、飯田氏は見
ている。すると作業員の一人がひびから漏れが出ている熱交換器をきれいに拭
き取って、姿を消す。検査官はそれをすべて見ていながら、見なかったふりを
するのだ。「ここの検査など、単なる芝居に過ぎません」と飯田氏は語る。
産業と官庁の癒着はあまりに伝説的で、独自の名前が付いている。「天下り」と
言うものだ。「天から下る」というこの表現は、官僚がこれまでの省庁でのキャ
リアを終えてから、電力会社の高給取りの地位に就く慣習を指している。
例を挙げると、東電の副社長の座は、もう何十年もの間、天下り官僚の指定席
と決まっている。石原武夫という名の男性は通産省事務次官だったが、「原子
力政策のコーディネーター」として知られている。彼は1962年に東電に移り、
取締役となってから副社長になった。
1980年には資源エネルギー庁長官増田実が東電に移り、同じコースをたどった。
1990年と1999年にはまた別の官僚が続いている。日本共産党の議員が4月に政
府に対し「これは指定席なのか」どうか問いただしたところ、スポークスマン
は「そう言い換えてかまわないでしょう」と答えた〉
では、果たして現場はどうか。東京電力福島第一原発の吉田@@所長は、きの
う病気のために辞表を提出した。原発事故発生以降、現場(福島)と東京(政
府・東電)の危機感の温度差について、公然と批判してきた現場トップの辞任
は、原発事故の収束に向けて、マイナスにはなれど、なにひとつプラスにはな
らないだろう。
〈しかし原発の現場ではそんなことはどんな意味も持たない。現場で働く労働
者のほとんどは下請け会社や下請けのさらにまた下請け会社の日雇い労働者や
出向社員である。しかし、特殊技術者も東電から来るのではなく、日立や東芝、
あるいは直接アメリカのジェネラル・エレクトリック社といった製造会社から
派遣されてくるのである。
そしてこうしたエキスパートたちは、東電の幹部たちが原子炉のことをほとん
ど理解していないことを知っている。福島の下請け会社として何年も働いてい
た佐藤つねやす氏はこう語る。「東電の社員はたまに命令を下しに顔を出す役
人と同じです」。
東電では無能さと傲慢さが同居しているのだ。スガオカ氏が隠蔽を公に告発し
た時、東電は社内の独自分析を行い、かなり欠陥があることを自ら認めている。
東電の技術者たちは「自分たちの原子力知識を過信していた」というのだ。だ
から政府にも、安全は確保されていると信じている限り、この問題に関して報
告しなかったというのだ。
それでも、東電も保安院も、これらの見解から何がしの結論を引き出すことは
なかった。福島第一の老朽化した原子炉の稼動期間を更に10年延長する許可を
得たときにも、このスキャンダルも、なにも変えることはなかった。それだけ
ではない。原子力発電の定期検査の間隔がなんと13ヶ月から16ヶ月に延長され
たのである〉
万事がこうである。所詮、東京電力も、政府も、経産省も、マスコミも、自己
の利益に汲々とし、日本人や日本という国家のことなど二の次なのである。
そして、自分たちと違う意見、つまり異論に対しては、次のような態度を示
すしかできないのである。
〈「これが、スキャンダルを通して東電が取った結論なのです」と皮肉るのは
グリーン・アクションの反原発運動家アイリーン・美緒子・スミス氏だ。「基
準を新しく設置し、最終的には検査を間引きすること」。
東電のスポークスマンに、これまで反原発運動家の提案を受け入れたことはあ
るかどうか聞いてみると、「質問の意味がわかりません」という答えが返ってき
た」〉
さらに日本には、記者クラブ制度という特殊な「壁」が存在する。その驚きの
システムは海外に例がないため、日本以外ではほとんど理解されない。だが、
そのメディアシステムこそ「原子力帝国」日本において、結果として、きわめ
て重要な情報隠蔽の役割を担うことになってしまっているのだ。もちろん、そ
れはマイナスの意味でだが……。
(つづく)
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