正信掲示板過去ログ31
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3001 ☆★☆ かしこい 勝ち組在宅ビジネスの
選び方 ☆★☆ 日本在宅ビジネス協会 2002/12/04
21:41
E-MAIL :
HomePage:http://homepage3.nifty.com/mzk621/
☆1Q 在宅ビジンネスって何? ちょっと不安!
★1A 大丈夫です、私も最初はそうでした。
あなたのパソコンからインターネットを開いて行う作業です。
☆2Q 作業って何をすればいいの?
★2A あなたのホームページを見てもらうため、
パソコンを使っての宣伝です。
週5〜15時間パソコンに向かうことができる方ならOKです。
☆3Q パソコンがありませんができますか?
★3A 残念ですが、パソコン・インターネットは必要です。
☆4Q 何か特別な技術は必要ですか?
★4A インターネットができれば大丈夫です。
あとはフォローします。
☆5Q 収入はどれくらいになるの?
★5A あなたの努力次第です。 パソコンに向かう時間にもよると思います。
☆6Q おおよそでいいから、教えてください。
★6A 月に3万円〜50万円の人が多いです。
あなたの目標額を決めて取り組んでください。
☆7Q やってみた感想は?
★7A 私は40歳になりますが、将来のためにこのビジネスを始めました。
今では夫婦で取り組んでいます。 始めて本当に良かったと思っています。
『自分が動かないと何も始まりません。』
☆8Q 参加するにはどうすればいいの?
★8A 下記URLから、ホームページに入って資料請求してください。
↓ ↓ ↓ ↓ ↓
http://homepage3.nifty.com/mzk621/
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3002 信頼できません。仏敵です。 鳴瀬剣山
2002/12/04 21:48
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HomePage:
>山崎氏や原島氏も懺悔されて帰山されています。
彼らは..信頼に値しません。
いわば..彼らは..ユダ..である。
論外である。
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3003 剣山の夢 鳴瀬剣山 2002/12/04 21:56
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HomePage:
はやく..あの連中が..道端の名もない草になるような時代にならなければ良き時代は来ないのです。
池田さんも、阿部さんも年金生活者として、彼らとお茶を飲む時代が来ればいいのです。山崎さんと池田さんがへぼ将棋をして、阿部さんと原島さんがうたた寝しながら見ているのです。
その横を、若い青年達が彼らの名も知らない世代が高々に日蓮正宗の凱歌歌い...行進するのです。
もう彼らは不要な時代が...正義の時代になるのです。
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3004 セントディーサイド様へ 鳴瀬剣山 2002/12/04
22:06
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御義口伝、百六箇抄、本因妙抄等を偽書とすると、日蓮聖人様、日興上人様以上に優れた御僧侶が存在したということですね。
無理です、日興門流には宗祖日蓮聖人様、日興上人様を大きく上回る人材は輩出いたしておりません。
よって...書写の御書といえど..偽書とはなりません。
御義口伝、百六箇抄、本因妙抄等を書ける後世の御僧侶がおられたら、少なくとも身延等々の日蓮宗は..大石寺に吸収されています。
すべて論破され続けるでしょう。
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3005 日蓮実宗の件 法華講員はじめ 2002/12/05
00:55
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鳴瀬様、私が蓮華寺を入れたいのは、nb様も触れられていますが、他でもなく正信会の方から次のような話を聞いたからです。「崎尾住職は遠くへ飛ばされる人事が決まっていた。だから蓮華寺信徒と共に寺をまもるために離脱せざるをえなかった。しかし、お山に正義が戻ったらすぐに帰山すると言われていた。宗門は都合が悪いことがあるので宗史からかつては三大寺院と言われた蓮華寺を抹殺している。しかし正信会では年表に詳しく記載しているのです」と。蓮華寺には戒壇の大御本尊の写しの御本尊様が安置されているそうです。三大寺院だったゆえの貴重な寺宝が保管されているそうです。鳴瀬様にお伺いしたいのですが、宗門は正信会寺院に対しては返還明け渡し訴訟をしていますが、何故蓮華寺にはしていないのでしょうか?日蓮正宗の末寺で財産であるのに、なぜ離脱を好き勝手自由にさせているのでしょうか?蓮華寺は大阪の繁華街にあってバブル期には相当な資産価値があったと思いますが・・・
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3006 鳴瀬剣山様へ セントディーサイド 2002/12/05
00:58
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ありがとうございます。鳴瀬様の日蓮大聖人の仏法への大確信のお言葉本当にありがたくいただきました。ところで私は学会員ですが、日興門流が一つになればと思います。ただ聖僧が現れる事を望みます。
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3007 大阪蓮華寺 よしりん 2002/12/05 19:16
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細井日達上人猊下の時代に入信し、日蓮正宗創価学会を自負?するよしりんにとっては
先師の時代に離脱したことだけが釈然としないが、
最近の学会の本尊観もしくは異常なまでの御本尊のバラマキの状態を見てくると
あながち大阪蓮華寺の過去の経緯も納得させられるようなところすら感じる。
関西文化からもさほど遠くないし、いまではウワサにもならんが、
古い人の中には「関西の総本山」とも言う者もいた。
戒壇大御本尊の御本尊だったからでしょうね。
知らない学会員がほとんどだけれど、一度は訪れてみたいところではある。
nbさま、よしりんは堺の広宣寺でご受戒を受け、その後宗創分裂まで岸和田市の平等寺の信徒でありました。
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3008 『一言』について 法晶 2002/12/05 22:01
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私のところの住職は、もし今の猊下が、「あの時の処分はやりすぎた、また宗門に戻って、共にやっていかないか。」と一言でもあれば、喜んで宗門に戻るだろうと言っておられます。
日興上人が日尊師に、「あの時梨の葉に気をとられたくらいで破門にしたことはやりすぎた、私の元に戻って共にやっていかないか。」と一言でもおっしゃったと思いますか?
ましてや師弟子の道を自らの我見で違えた者たちに、時の法主上人が妥協することなど絶対にあり得ないのです。
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3009 Re:『一言』について nb 2002/12/05 22:13
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法晶様お書き込み有り難うございます。
> 日興上人が日尊師に、「あの時梨の葉に気をとられたくらいで破門にしたことはやりすぎた、私の元に戻って共にやっていかないか。」と一言でもおっしゃったと思いますか?
> ましてや師弟子の道を自らの我見で違えた者たちに、時の法主上人が妥協することなど絶対にあり得ないのです。
そんな事もないですよ。
今の猊下のお父様も、仏滅度後二千二百二十余年と書写した問題の時でも、日開上人自身が誤りを認めておられますよ。
師弟子の関係は法晶様が考えておられるようなものとはずいぶん違いますよ。今の大石寺が、ずいぶんと行きすぎた考えをしてるのではないでしょうか。互為主伴という言葉があるのも僧ではないでしょうか。
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3010 すみません書きかけで。 nb 2002/12/05
23:52
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互為主伴という言葉があるように、大聖人の仏法は、弟子と師匠が互いに力を合わせて盛り立てていくのがこの信仰ではないでしょうか。
私が思うには、日達上人の偉いところと言うのは、ご自分が少し間違ったことを説法したときなどは、素直に機会を見つけて訂正されておりました。
私のところの御住職も、それを習って、ご自分が間違ったことをした場合は、素直に誤りを認めて私みたいなものでも、詫びてくると言うところがあります。
これは本当に素晴らしいことだと思います。
今の猊下も、登座当初はそんなところがあったみたいですがいつの間に故いうふうになったのでしょうか。
私のところの御住職は吊し上げの前の日に、平安寺に呼ばれてひどく、当時の阿部師になじられたそうですが、登座されてから、しばらくしてウチの御住職が猊下に呼ばれて、そのときにのことを阿部師はウチの御住職に素直に謝られたそうです。
あの時の状況認識が自分は甘かったというようなことを言われたそうです。これは登座して一ヶ月ほどあとの話しですが、それから急に変わられたみたいですね。
今では一介の在家のあなたみたいな人までが、猊下が誤ると言うことはないと書き込みするのですから相当なものなのでしょう。
日達上人が素直にご自分の誤りを認められていたというのは、昔の大日蓮など読んでいたらわかります。
いつの間にか宗門は相当雰囲気が変わってしまったみたいですね。
くれぐれも互為主伴という言葉の意味を考えてみてください。
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3011 Re:大阪蓮華寺 nb 2002/12/05 23:55
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>
> 細井日達上人猊下の時代に入信し、日蓮正宗創価学会を自負?するよしりんにとっては
> 先師の時代に離脱したことだけが釈然としないが、
> 最近の学会の本尊観もしくは異常なまでの御本尊のバラマキの状態を見てくると
> あながち大阪蓮華寺の過去の経緯も納得させられるようなところすら感じる。
>
> 関西文化からもさほど遠くないし、いまではウワサにもならんが、
> 古い人の中には「関西の総本山」とも言う者もいた。
> 戒壇大御本尊の御本尊だったからでしょうね。
>
> 知らない学会員がほとんどだけれど、一度は訪れてみたいところではある。
> nbさま、よしりんは堺の広宣寺でご受戒を受け、その後宗創分裂まで岸和田市の平等寺の信徒でありました。
そうですか、広宣寺で御授戒を受けられたのですか。まだよしりん様の御授戒願いが広宣寺にあるかもわかりませんね。
本来ならば、日蓮正宗の信者は、初めて縁をもった寺院で信仰していくのが普通なのですが、一度広宣寺を訪れてみても良いかもわかりませんね。
私の場合は幸宝珠寺の方で御授戒を受けてそれからずっとそのままですが、この先宝珠寺がおかしいことになっても、たまには訪れてみると言うことはしようと思います。
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3012 Re:日蓮実宗の件 法華講員はじめ 2002/12/06
00:07
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蓮華寺の件で、こういう推測も聞きました。「当時の創価学会は軍隊調で誰にも止められないぐらいの凄い勢いだったので、宗門は創価学会の会合を欠席して法事を優先した崎尾住職を処分せよとの学会側の要求を飲まざるをえなかった。既に崎尾住職は安易な御本尊下附を渋ったことや、学会員の本堂内での行為にも厳しく注意したこと、本堂の新築寄進の申し出も断ったこと等で、戸田会長を激怒させていたからである。しかし、一方で宗門とすれば崎尾住職の行動は本来の日蓮正宗僧侶の取るべき姿でもあったので、一方的に学会側の主張通りに処分することにためらいもあり、崎尾住職が生活に困らないように最大限配慮して蓮華寺の離脱を黙認し、明け渡しは要求しなかった。」という推測です。その後、学会も蓮華寺離脱問題には触れずに、近くに同じ名前の寺院を寄進したとのことです。
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3013 蓮華寺、、 よしりん 2002/12/06 09:14
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法華講員はじめさまの御意見、そのままだと思います。
はげしい早々の学会にあって、行き過ぎたヤリ方であったのでしょう。
同じ名前の寺院を建てたことからも多いに推測できます。
単立寺院だから宗門とは関係ない!と言ってしまえばそれまでですが、伝統の化儀を守っていたことは正しかったというほかありません。
宗創が今後も揉め続けるのであれば、いつか蓮華寺の話題もまた、出てくるでしょう。
今は関西の学会ではタブーとされているようです。
古老の大幹部はみんな、知っているでしょうにね。
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3014 国立戒壇論について 法華講員はじめ 2002/12/06
16:09
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ちょっと不思議に思ったのは、慧妙12月1日号に山崎正友氏がシリーズで書いている記事があるのですが、読み方によっては国立戒壇論が日蓮正宗本来の教義だったような書き方になっているのです。慧妙は妙観講が深く関わっていると言われておりますが、それだけに奇異な感じがしています。国立戒壇と言えば顕正会ですが、この記事をどう読んだでしょうか?
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3015 悪人 よしりん 2002/12/06 20:52
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まぁ日蓮正宗創価学会および正信会で
一番に悪銭を身につけた人間でしょうね、
山友
こんなやつが、のさばったこと自体、どこにもスキがあったんでしょうね。
このような世法の悪に粉動されている間は、他門他宗からバカにされるだけですよ。
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3016 けがらわしいが よしりん 2002/12/06 21:02
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極悪人、山友を知りたい方はどうぞ、、、
http://cocofree.com/yamatomo/main.html
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3017 테스트
naman말하겠냐
2002/12/06 22:43
E-MAIL :
HomePage:
이것은 테스트입니다.
試してみました。
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3018 Re:테스트
naman말하겠냐
2002/12/06 22:52
E-MAIL :
HomePage:
> 이것은
테스트입니다.
> 試してみました。
ハングル入力は可能なようです。
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3019 Re:테스트
naman말하겠냐
2002/12/06 22:53
E-MAIL :
HomePage:
> 이것은
테스트입니다.
> 試してみました。
↑↑한글入力は、大丈夫ですね。
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3020 Re:테스트
naman말하겠냐
2002/12/06 22:54
E-MAIL :
HomePage:
> > 이것은
테스트입니다.
> > 試してみました。
> ハングル入力は可能なようです。
↑↑では、返信はどのように表示?
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3021 Re:すみません書きかけで。 法晶 2002/12/07
07:33
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今では一介の在家のあなたみたいな人までが、猊下が誤ると言うことはないと書き込みするのですから相当なものなのでしょう。
> 日達上人が素直にご自分の誤りを認められていたというのは、昔の大日蓮など読んでいたらわかります。
>
> いつの間にか宗門は相当雰囲気が変わってしまったみたいですね。
>
> くれぐれも互為主伴という言葉の意味を考えてみてください。
あの〜、いつ私が『猊下が誤ると言うことがない』と書き込みしましたっけ?
日顕上人も御講義で間違った話をされると我々参詣信徒に即座に訂正され謝罪されますし、正本堂の意義についても教学部長時代の見解を御自ら誤りであったと訂正されました。また、御記憶違いの話をなされた時も、後に訂正謝罪される御姿を私もよくお見かけしております。
私が言っているのは、本宗の命脈たる唯授一人の血脈を否定した者たちに御法主上人が安易に妥協し、ましてや謝罪などすることは絶対にあり得ないということです。
くれぐれも、
「御戒壇様、大聖人様の人法一箇の御法体を血脈相承遊ばす御法主、代々の上人を悉く大聖人と拝し奉り、その御内証・御法体を御書写遊ばされる御本尊に南無し奉るのです。これに異をはさんで何で信徒と申せましょう。又、何で成仏がありましょう。師敵対大謗法の者でございます。」
との、尊い御指導の意味をよくよく考えてみてください。
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3022 セントディーサイド様へ 鳴瀬剣山 2002/12/07
12:40
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>ところで私は学会員ですが、日興門流が一つになればと思います。ただ聖僧が現れる事を望みます。
有難うございます。多くの創価学会員の存在が未だに、玉石の如く光輝いていることを知り、大変に有難いことです。
鳴瀬は宗門法華講にあっても、戒壇の大御本尊様第一の御信徒が数多くおられることを訴えます。
日興門流が一つになることは広宣流布を果たすための大きな条件とにります。必ずその時が来ると信じます。
日目上人様の御再来の聖僧様が顕れるまで、私達はいつでも受け入れられるよ、またいつでもはせ参じられるよう信心に励まなければならないと思います。
それまでは各法華講(創価学会を含めて)の組織にあって、日興門流の信心を研鑽したいと思います。
再び、戒壇の大御本尊様の元に信徒がまとまり、心を一つにして南無妙法蓮華経と唱題できるよう皆が力をあわせましょう。
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3023 ビンとはずれな例えですね。 鳴瀬剣山
2002/12/07 12:56
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>私のところの住職は、もし今の猊下が、「あの時の処分はやりすぎた、また宗門に戻って、共にやっていかないか。」と一言でもあれば、喜んで宗門に戻るだろうと言っておられます
>日興上人が日尊師に、「あの時梨の葉に気をとられたくらいで破門にしたことはやりすぎた、私の元に戻って共にやっていかないか。」と一言でもおっしゃったと思いますか
ビンとはずれな例えですね。
日顕上人様は本心はそのお気持ちであります。しかし宗門内部に正信会ま復帰に反対する勢力がいるのです。
正信会が復帰することで、既得権が損なわれるかのごとく危惧し、恐れるものがいます。
そのことは、鳴瀬の素人でも見えてきます。そして反対する勢力は"師弟子の道を自らの我見で違えた者"とか云々の理屈を述べて反対したします。
日興上人様は梨の葉が落ちるのを見ていた日尊師を破門いたしました。
当時の正信会は宗門に池田学会に擦り寄らず、日達上人様の御指南に従い、池田学会の破折を続けなければ成らないと主張し、宗門は創価学会は十分反省しているので、破折をすることはやめろと主張いたしました。そこで正信会は宗門の言うことを聞かず、創価学会の破折を続けたので、波紋処置になったのです。
梨の葉が落ちるのを見ていたのではない。創価学会という大きな大切な法華講組織があまりに巨大になったために、本来の法華講の組織から逸脱しょうとしたのでそれを止めるために正信会が梨の葉になり、舞い散ったのです。
そして池田さんと阿部さんはそれを見ていたのです。
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3024 つまらぬこだわりです。 鳴瀬剣山 2002/12/07
13:08
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>正信会が復帰することで、既得権が損なわれるかのごとく危惧し、恐れるものがいます
その理由は鳴瀬が思うに、宗門が創価学会を弁護するために、裁判で証言をいたしました。そのあたりを蒸し返させられたくないと思っているのでしょう。今の宗門の姿からして、完全に矛盾した..当時の行為です。
一言..そのあたりを正信会に突付かれたら、何も言えず..引責しなければならないと危惧しているのでしょう。
正信会は今や、そんなことなんでもないことと思っているでしょう。
はやく戒壇の題御本尊様にもとに復帰して、信徒の方々にお目どおりさせて上げたいと思われています。
つまらぬこだわりは..幾多の困難・苦渋の日々の労苦の中で洗い流されているでしょう。
無条件で復帰を許せば....目に涙して感激する多くの正信会の信徒がいるのです。彼らには、つまらぬこだわりはない...あるものはこないでしょう。ご心配は要らないでしょう。
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3025 訂正です。 鳴瀬剣山 2002/12/07 13:10
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はやく戒壇の題御本尊様にもとに復帰して
を
はやく戒壇の大御本尊様にもとに復帰して
と訂正です。
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3026 お金の話ですが。 鳴瀬剣山 2002/12/07
13:18
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宗教を考える場合..お金を遠ざけなければ成らない。
皆おかしくなるのは、お金の影響です。
戒壇の大御本尊様の御開扉もお金が要ります。それはやめなければ成らない。もしくはもっと安くしなければならない。
学会も広布基金をやめなければ成らない。税金みたいに取り立ててはいけないのです。
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3029 Re:ビンとはずれな例えですね。 法晶 2002/12/07
20:28
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日顕上人様は本心はそのお気持ちであります。しかし宗門内部に正信会ま復帰に反対する勢力がいるのです。
> 正信会が復帰することで、既得権が損なわれるかのごとく危惧し、恐れるものがいます。
>
> そのことは、鳴瀬の素人でも見えてきます。そして反対する勢力は"師弟子の道を自らの我見で違えた者"とか云々の理屈を述べて反対したします。
御法主上人の本心(?)がわかるなんて、鳴瀬サンってすごいんですねえ〜。(ホントにわかってんだか…)
>
> 梨の葉が落ちるのを見ていたのではない。創価学会という大きな大切な法華講組織があまりに巨大になったために、本来の法華講の組織から逸脱しょうとしたのでそれを止めるために正信会が梨の葉になり、舞い散ったのです。
鳴瀬サンも正信会のごとく梨の葉になり、舞い散ってはいかがですか?(だ〜れも見向きもしないと思いますが…)
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3030 Re:ビンとはずれな例えですね。 法華講員はじめ
2002/12/08 01:51
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「創価学会という大きな大切な法華講組織があまりに巨大になったために、本来の法華講の組織から逸脱しょうとしたのでそれを止めるために正信会が梨の葉になり、舞い散ったのです」
難しいですね、この論理でいくと宗門が破門した顕正会と正信会と創価学会の三団体の破門処分を取り消して同時に復帰させて皆で仲良くと言うことは完全に不可能だということになってしまいます。なぜならば「本来からの逸脱」ということは、ある基準が前提として存在するということです。ではその前提としての基準は誰が決まるのか?また、その基準から逸脱したか、していないのかは誰が判断するのか?とうことです。結局、誰かがトップの位置から全体を見て判断するしかないではありませんか?船頭が多くいると船は進みませんが、池田氏も浅井氏も、そして正信会の御僧侶の中にも船頭になりたい方が多すぎては収拾がつきません。結局、主導権を巡って内紛が発生して派閥ごとに正当性を競って再分裂するしかありません。鳴瀬様の発言も「船頭的」なことが多いですね。鳴瀬様の個人的主観による断定口調で言われるが、こういう言い方の人が多数存在して仲良くいっているケースを私は見たことがありません。鳴瀬様の主張は全面的に正信会主導の組織ならば良いということに聞こえますが如何ですか?それならば宗門法華講に所属するより正信会に所属して正信会で将来の宗門を乗っ取るぐらいの勢いで活動されては如何でしょうか?
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3031 読まれましたか? 法華講員はじめ 2002/12/08
01:59
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「正信会が梨の葉になった」ということですが、その正信会も非常に複雑ですよね。寺院ごとに大きな違いが生じていると聞きます。一体どこに基準を置いたら良いのか?正信会の御僧侶だった久保川御住職、関御住職、伊芸御住職、そして「危うし正信会」を書かれた猪俣御住職、山口御住職の書かれた本は読まれましたでしょうか?その上で上記の評価を正信会総体として下して良いものでしょうか?御意見をお聞かせ下さい。
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3032 唯一最低限度の基準で統合したならば・・
法華講員はじめ 2002/12/08 02:25
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こういう所まで各団体が妥協するしか再結集は無理なのでしょう。即ち、最低限度の基準教義は「戒壇の大御本尊を信じる」この一点だけ。あとは経本も勤行形式も観念文も家庭に御安置する御本尊も、そして活動も御書を含む出版物も各団体の自由とする。本山の運営は各団体から選出された運営委員が行う。本山の運営費用は各団体が規模に比例して必要最小限の分担金を拠出する。儀式は僧侶が行うが、各団体所属信徒の指導は各団体が行う。各団体の所有する会館などの施設の維持費用と管理は各団体が自主的に行う。
つまり日蓮宗はじめ法華系教団との違いは戒壇の大御本尊を信じるか否かです。しかし、この一点だけに絞ったとしても既に正信会や創価学会の中には「戒壇の大御本尊といっても、物体であり楠板であるから永遠には存在しない」という解釈があります。宗門と顕正会は戒壇の大御本尊を物体だとしても永遠であるというように解釈しており対立点となろう。また、上記の一点だけに絞れば各団体の和解・良好な関係が維持できるのみならず、多くの未入信の国民が入信するための敷居は格段に低くなるが、これが本来の日蓮正宗と言えるのか?こういう姿でよいのならば針金宗と言われるほど厳格さを守った700年間は何だったのか?信徒が多ければ日蓮大聖人の望んだものに合致するのか?という疑問が出てきますが・・・
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3033 意見です。 鳴瀬剣山 2002/12/08 08:58
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>その上で上記の評価を正信会総体として下して良いものでしょうか?御意見をお聞かせ下さい。
久保川さんらの主張は根に根ざして正信会の本音ではありません。
そういった主張等々をしない...多くの正信会の信徒はただ、黙々と信仰しております。
そうでしょう...わが宗門でも..うんたらこんたらいう威勢良く発破をかける連中は少数です、しかし彼らはそれが宗門の全体の主張と勘違いしております。程度の低い内容で満足しておるのです。はるかに一般信徒の方が信心の面では上だということが分からず迷っているのです。
そうでしょう...創価学会でも未だに日達上人様の御本尊様を御守している学会員が多いのです。私の地区の学会員も何度、本部から御本尊様を変えられてたら言ってきても、絶対変えては成らないと..奥さんに言い聞かせておられる方がいます。そのご主人は新聞社に勤められておられます。奥さんは板ばさみですが、ご主人の指示には従っておられます。よとりん様が言われましたように..7割程度は昔のままの御本尊様を私が住んでいる地区の学会の家庭にはあるましょう。
私が知っている幹部達は大半、日達上人様の御本尊様を大事にしております。新来の会員には仕方が無いのでコピー本尊です。
鳴瀬は..そうした大地の信徒の存在を確信しております。
統一が叶うなら、当然にして御本尊様は一つにならなければならない。それぞれの信徒の意思を大事にして、ゆっくりと日蓮正宗の本義の大事を分かってもらうしかないのです。
学会がコピー本尊を作成したのは..宗門にも責任があるからです。
罪に走らせたのは、宗門の白々しい無責任さが大いに負荷されます。池田学会だけが悪いのではなく、同時に無責任な宗門もその責任は負わなければならない。
御書を読んでいけば明白です。
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3034 条件ですね。 鳴瀬剣山 2002/12/08 09:08
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唯一最低限度の基準
は
戒壇の大御本尊様とそれぞれの家庭の御本尊様です。
日蓮正宗では在家が勝手に作成した御本尊様を本尊とすることは日蓮聖人、日興上人様の流れからは逸脱いたします。
第2番の条件としては法主に信伏する信心姿勢が必要です。
それは随身というのは..僧侶の世界であり、信徒は信伏である。
間違った法主には随身はしないということです。
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3035 下部を構成する私達の責任 法華講員はじめ
2002/12/08 10:42
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学会員の多くが今なお日達上人の御本尊を保持されているとのこと、非常に嬉しく思います。でも、それだけで良いのかという問題があります。私は以前に北朝鮮の場合でも悪いのは指導者でああって国民には罪はないという書き方で学会員や顕正会員も同じという意見を書きましたが少し訂正させて下さい。それは北朝鮮の場合は違う意見の者は抹殺されるし、長年の飢えで国民には反抗する気力すら残っていないのが現況のようです。しかし日本は自由です。意見も言えるし、邪宗でも堂々と存在できる社会です。それならば、上部が間違っていると知りながら、何も言わずにその組織に所属し続けることは、謗法与同ではないでしょうか?いくら日達上人の御本尊を隠し持って昔を懐かしがっていたとしても黙って学会に所属しているということは上部の行為を黙認していることでしょう。下部を構成する人達のこういう態度は上部の誤りを延命させるだけでしょう。日蓮大聖人の教義は面従腹背でいけというものでは無いはずです。
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3036 ただ今迷走中 よしりん 2002/12/08 11:25
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現実の学会は、あらゆる点で迷走しています。
まず古い幹部の中には日達上人猊下の常住御本尊(個人名入り)を持たれておりますが大事にされております。
日達上人猊下の特別お型木御本尊(本門戒壇正本堂建立)は宝物みたいなもの。
現在は日寛上人の古いほう(小さいが国宝みたいなもんですね)
そして日達上人猊下の御本尊三種。
現行の日寛上人のもの、三種。なぜ三種類あるのかわからんが
貧乏人用、金持ち用、そしてアクセサリーってとこですか。
学会葬
幹部や裕福な会員は僧侶を呼ぶ。僧侶不要は表向き。
寺院会館の設置、ますますわからん。
板本尊
東京はシランが、関西文化は日昇猊下の板曼荼羅が復活。本山に返したはずが戸田記念講堂においてあったというが、これはウソである。もう一回作っただけの話。
脱講運動
宗門法華講員をやめさせる運動らしいが、帰って来た人が「英雄」なんてウソである。はじめの会合だけで、いい気分に慣れるのは脱講させた人間である。その場限り。
あとは裏切り者の復活くらいで、ほとんどホローなし。
御本尊の下附停止などというバカげた行為を行ったバカ法主に、感情的に対抗している、これまたバカ行為である。
要は信心とは関係ないこと。
今では来年の統一選挙に向けて三分の二におよぶ、出て来ない会員の掘り起こしに必死の昨今である。
宗門の三十万登山じゃないが、数合わせの新年勤行会の結集に必死である。
まっ、新興宗教だから、仕方ない?
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3037 具体的実践課題は何か 法華講員はじめ
2002/12/08 18:42
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鳴瀬様やよしりん様のように、所属している団体の執行部に反対意見をお持ちの場合、今後、その組織内において、どうのような具体的実践をされていくのかお伺いしたいです。nb様も正信会員としてどう実践されるのか?所属の法華講内で宗門の批判と改革案をどのようにして広げていくのか?宗門に対して法華講連合会に対して意見書を提出するなどの具体的行動を取っていくのか?学会内、顕正会内で本部反対派を如何にして組織できるのか?確かに周囲の講員・会員一人一人は悪くないとは言っても、その人々を組織上部の指揮命令系統から解放するためにはどうしたらよいのか?組織内にあって自分が夢の現実化のためにしうることは何か?具体的に考えて行くと本当に困難なことです。「ただ御本尊様に祈るだけ」で逃げたい心境ですが・・・祈るだけで再統合が平和的に起これば言うこと無しです、そういう奇跡がおこると信じるのが信仰なのでしょうか?
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3038 Re:すみません書きかけで。 nb 2002/12/08
20:57
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法晶様書き込み有り難うございます。
>「御戒壇様、大聖人様の人法一箇の御法体を血脈相承遊ばす御法主、代々の上人を悉く大聖人と拝し奉り、その御内証・御法体を御書写遊ばされる御本尊に南無し奉るのです。これに異をはさんで何で信徒と申せましょう。又、何で成仏がありましょう。師敵対大謗法の者でございます。」
確かにこの言葉平時では、通用するかもしれませんが、本気でこういう事を信じている方は今どれくらいいるのでしょうかね。
結構宗門法華講の中でも少ないと思います。宗史を研究している方なら良くわかると思います。
正信会では、血脈相承があった無かったと言うよりも、やはり大聖人の教えに反した教えはどこまでも糾弾していくという姿勢です。
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3039 Re:具体的実践課題は何か nb 2002/12/08
21:10
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> 鳴瀬様やよしりん様のように、所属している団体の執行部に反対意見をお持ちの場合、今後、その組織内において、どうのような具体的実践をされていくのかお伺いしたいです。nb様も正信会員としてどう実践されるのか?所属の法華講内で宗門の批判と改革案をどのようにして広げていくのか?宗門に対して法華講連合会に対して意見書を提出するなどの具体的行動を取っていくのか?学会内、顕正会内で本部反対派を如何にして組織できるのか?確かに周囲の講員・会員一人一人は悪くないとは言っても、その人々を組織上部の指揮命令系統から解放するためにはどうしたらよいのか?組織内にあって自分が夢の現実化のためにしうることは何か?具体的に考えて行くと本当に困難なことです。
「ただ御本尊様に祈るだけ」で逃げたい心境ですが・・・祈るだけで再統合が平和的に起これば言うこと無しです、そういう奇跡がおこると信じるのが信仰なのでしょうか?
やはり何らかの働きをして行かねばならないでしょう。
ちょうど、正信覚醒運動が始まった時に、花野師もそういう論文を書いておりました。
主体的実践をせねば、いくら御本尊に御仏意を願っても何も変わらないという事を書いておられました。
それにしても、今の宗門では、改革案などを提案すれば、即座に何らかの処分を受けるようですね。
これは一介の在家にまで及ぶみたいですね。最近他のサイトで、信徒除名を受けたような人がいるみたいですが、こういう人は、御自身が急に、成仏できなくなったという気になるでしょうか。忠通告があっただけで自分自身の信仰は何にも変わらないと感じているでしょう。
正信会の僧侶も擯斥処分になったおりには、紙切れ一枚で、自分自身が地獄に堕ちるということはないと言っておられました。
そんなものでしょう。
私の地元でも、河野廷道師は、信者の要望をそのまま伝えただけで、住職罷免になり、大坊在勤になっているみたいです。
これは登山の回数が多すぎるといったみたいですが。大坊在勤で、ほとんどすることが無くなっているようですが。
こういう体質の中、いろいろな運動をするのは大変でしょう。しかしこういう風潮が宗門全体に、広がったときには宗門執行部も結構考えると思います。
正信会でもいろいろと、宗門の方へ行ってきましたが、今までは何も取り合ってくれませんでした。現在は様子を見ているという状態です。
そして、この宗門と創価学会が争っている間に充分、力を蓄えているという状態です。おそらく、宗門改革となったら体力を温存していた正信会僧俗が一番力が発揮できると思います。
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3040 Re:読まれましたか? nb 2002/12/08 21:15
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> 「正信会が梨の葉になった」ということですが、その正信会も非常に複雑ですよね。寺院ごとに大きな違いが生じていると聞きます。一体どこに基準を置いたら良いのか?正信会の御僧侶だった久保川御住職、関御住職、伊芸御住職、そして「危うし正信会」を書かれた猪俣御住職、山口御住職の書かれた本は読まれましたでしょうか?その上で上記の評価を正信会総体として下して良いものでしょうか?御意見をお聞かせ下さい。
正信会の基準というのは、日蓮日興の教えです。
大聖人日興上人が現在の姿を見たらどう思われるかというのをいつも考えております。宝珠寺の御住職は、正信覚醒運動が始まる前から、とにかく、大聖人が喜ばれることをしていこう、そうすれば、必ず猊下も喜ばれるから、と言っておりました。私もその考えで現在もやっております。そういう素朴な考え方でやっているのが正信会です。
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3041 Re:すみません書きかけで。 法晶 2002/12/08
23:05
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> 法晶様書き込み有り難うございます。
>
> >「御戒壇様、大聖人様の人法一箇の御法体を血脈相承遊ばす御法主、代々の上人を悉く大聖人と拝し奉り、その御内証・御法体を御書写遊ばされる御本尊に南無し奉るのです。これに異をはさんで何で信徒と申せましょう。又、何で成仏がありましょう。師敵対大謗法の者でございます。」
>
> 確かにこの言葉平時では、通用するかもしれませんが、本気でこういう事を信じている方は今どれくらいいるのでしょうかね。
果たしてこの言葉(指導)が平時に発せられた言葉がどうか?平時であればこのような当り前の事を声高々に訴える必要はなかったかと思いますが。
> 結構宗門法華講の中でも少ないと思います。宗史を研究している方なら良くわかると思います。
唯授一人の血脈相伝を無視あるいは軽視して宗史を研究してもただの頭デッカチになるだけと心得ます。また現在の法華講組織においても、上記の言葉を更に強く訴えていく『時』であると感じております。
> 正信会では、血脈相承があった無かったと言うよりも、やはり大聖人の教えに反した教えはどこまでも糾弾していくという姿勢です。
『大聖人の教え』に反する反しないの『基準』をどこで判断するのでしょうか?そのために宗祖は滅後の衆生が正邪を判断する
最もわかりやすい『基準』として、数多の弟子から日興上人ただお一人に唯授一人の血脈を相承あそばされたと拝します。この法体の上から仏の一切の教えを視るとき、はじめて仏の御正意を誤つことなく拝されるが故に、仏滅後の衆生は唯授一人の血脈相承を受け継がれた御方を正師と定めて修行するところに、宗祖の御教えを本当に正しく実践していけると確信します。
ところでついでに質問しますが、正信会で現在使用している 『勤行要典』は大石寺蔵版のものとは何やら違うようですが、いかがでしょうか?
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3042 Re:すみません書きかけで。 nb 2002/12/08
23:45
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> > 法晶様書き込み有り難うございます。
> >
> > >「御戒壇様、大聖人様の人法一箇の御法体を血脈相承遊ばす御法主、代々の上人を悉く大聖人と拝し奉り、その御内証・御法体を御書写遊ばされる御本尊に南無し奉るのです。これに異をはさんで何で信徒と申せましょう。又、何で成仏がありましょう。師敵対大謗法の者でございます。」
> >
> > 確かにこの言葉平時では、通用するかもしれませんが、本気でこういう事を信じている方は今どれくらいいるのでしょうかね。
>
>
> 果たしてこの言葉(指導)が平時に発せられた言葉がどうか?平時であればこのような当り前の事を声高々に訴える必要はなかったかと思いますが。
こういうのを強調するのは混乱したときですね。それによって宗内を治めていこうというようなときですね。日昌上人や、日精上人の時がそうだったみたいですね。
しかし、こういう言葉で治めるのはちょっと無理だったみたいですね。
>
> > 結構宗門法華講の中でも少ないと思います。宗史を研究している方なら良くわかると思います。
>
>
> 唯授一人の血脈相伝を無視あるいは軽視して宗史を研究してもただの頭デッカチになるだけと心得ます。また現在の法華講組織においても、上記の言葉を更に強く訴えていく『時』であると感じております。
>
そういわずちょっと勉強してみてください。
> > 正信会では、血脈相承があった無かったと言うよりも、やはり大聖人の教えに反した教えはどこまでも糾弾していくという姿勢です。
>
>
>『大聖人の教え』に反する反しないの『基準』をどこで判断するのでしょうか?そのために宗祖は滅後の衆生が正邪を判断する
> 最もわかりやすい『基準』として、数多の弟子から日興上人ただお一人に唯授一人の血脈を相承あそばされたと拝します。この法体の上から仏の一切の教えを視るとき、はじめて仏の御正意を誤つことなく拝されるが故に、仏滅後の衆生は唯授一人の血脈相承を受け継がれた御方を正師と定めて修行するところに、宗祖の御教えを本当に正しく実践していけると確信します。
判断できるのは御歴代上人の文書等でしょう。
現在の混乱はそれほど込み入ったところで、揉めているわけではございません。ちょっと御書を読めばわかるとこで揉めています。
> ところでついでに質問しますが、正信会で現在使用している 『勤行要典』は大石寺蔵版のものとは何やら違うようですが、いかがでしょうか?
大体大石寺板です。
一部正信会で作ったのもありますが、観念文などは一緒です。
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3043 どうすればいいのか? 鳴瀬剣山 2002/12/09
01:53
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>鳴瀬様やよしりん様のように、所属している団体の執行部に反対意見をお持ちの場合、今後、その組織内において、どうのような具体的実践をされていくのかお伺いしたいです
鳴瀬は今の宗門法華講には期待していません。
腐っても鯛では、お造りにはなりません。やるだけ無駄な時間を使うだけです。
それほど期待できない、まとまるものを壊したのは宗門です、それから今日の分裂が生じているのです。
そこでどうすれば良いのか?今も此れまでも考えています。
これではだめだという多くの信徒の方々が地湧の菩薩の如く顕れるのを待たなくてはならない。また御僧侶の声がなければならない。
やはり..時期としては阿部さんや池田さんが...でしゃばらない時がよろしいでしょう。宗門も学会もまた反作用で正信会等々の組織は彼らの影響下にあります、またまだ正本堂が建立した時、粉塵として顕れた魔の影響力に信徒は翻弄されまています。脱マインドコントロールには時間がかかります。
その間、心ある信徒は声を上げて..みんな信徒は同じなんだ..同じ戒壇の大御本尊様を信奉して同じ御書を読み、日蓮聖人、日興上人様のご指南に忠実に信心に励んでいくしかないでしょう。
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3044 補足説明 鳴瀬剣山 2002/12/09 01:57
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>鳴瀬は今の宗門法華講には期待していません。
もともと、鳴瀬が宗門法華講に入会する時、ある掲示板で言いました。
地獄にも仏がおられる...その確信で進むと!
だから、もともと期待はしていません。期待などすれば..またまた裏切られます。
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3045 ご無沙汰いたしました 沖浦克治 2002/12/09
07:05
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韓国から帰宅いたしました。
皆様方のエネルギーあふれる書き込みっを読ましていただき感激いたしております。
私どもは考えかたに相違はあれども、大聖人様の仏法の広宣流布推進に関しては同じ喪汽笛をもっております。
今日この掲示場板に多くの方々が多くの意見を述べられていることは、広宣流布が着実に前進している証拠であると言えましょう。
大御本尊様あっての信心です。
大聖人様がご本尊を顕さなければ、我々は誰も信心することは出来ませんでした。
本山がご本尊様を自らの保身の手段にしたことが、今回の分裂の原因のひとつでした。
もし宗門と学会が和睦をするならば宗門の民主化が絶対に必要です。
しかしながら、宗門という体質はもともと民主的に運営することは不可能なのではないでしょうか?
宗教とは本来そういうものだと思います。
創価学会にしても幹部を選挙で選ぶわけではありません。
現在の民主主義社会に対応する宗教団体は、幹部を会員の選挙で選出するところまで進歩せねばならないかも知れません。
創価学会にはその可能性がありますが、果たして宗門はどうでしょうか。
この投稿の常連様の中でも、生活より信心そのものが大事であるとの考えの方々にはこのような大胆な発送の転換は困難でしょう。
宗門はそのような人の集合体ですから、もっと困難なのではと思ってしまいます。
おそらく日興上人様が亡くなられたあとの日蓮系も現在と同じ状況で分裂したのでしょう。
700年経っても人間のやることは変わらないのですね。
今後はどの団体が正し大聖人様の仏法を社会に開いているかが勝負だと思います。
皆様方の賢明なるご判断を期待いたします。
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3046 いいんかな よしりん 2002/12/09 18:51
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>「ただ御本尊様に祈るだけ」で逃げたい心境ですが・・・祈るだけで再統合が平和的に起これば言うこと無しです、そういう奇跡がおこると信じるのが信仰なのでしょうか?
奇跡でも何でもありませんよ、
戒壇大御本尊に奇跡を祈る自体が「他力本願」です!
祈れば叶ってあたりまえです!因果の法、三世常恒、現当二世
再統合なんぞ平和に起こってあたりまえです。いずこの組織でも誰かがそれを邪魔しているだけでしょう?
自分の都合で。
だから、大聖人の信仰とは関係ない!と言っているのです。
ついでに一般の信徒(会員)も関係ございません。
お寺も檀家も一部の私利私欲の腐った人間に振り回されているだけですよ。
よしりんは教学その他を教えてもらった恩があるので、学会に後少しは奉仕しますが、年いって来世を祈念しようと思う頃には総本山に大御本尊にお目通りしようと思っております。
年いって、選挙活動はしんどい。
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3047 よしりん様..その時は声をかけてください。
鳴瀬剣山 2002/12/09 20:58
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>年いって来世を祈念しようと思う頃には総本山に大御本尊にお目通りしようと思っております。
よしりん様..大変に有難いお志であります。
しかし、現在は創価学会員の身分では登山にて大御本尊様の御開扉は閉ざされています。
もしも、よしりん様がその気になられるなら、鳴瀬に声をかけてください、案内いたします。
鳴瀬はその時、たまたま腹痛でとても御開扉は無理な状態に陥ります。
たまたま鳴瀬が持っている御開扉の参拝券は無駄になりますので、お連れであります..よしりん様にお渡しいたします。
よしりん様...創価学会員の身分は...貴方の寶です。大事になされてください。
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3048 訂正です。 鳴瀬剣山 2002/12/09 21:05
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参拝券ではなくて
内拝券というのでしたね....
訂正いたします。
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3049 訂正です。 鳴瀬剣山 2002/12/09 21:07
E-MAIL :
HomePage:
参拝券は...
ではなくて
内拝券でしたか
訂正いたします。
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3050 よしりん様へ 鳴瀬剣山 2002/12/09 21:20
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>よしりん様...創価学会員の身分は...貴方の寶です。大事になされてください。
念のために、池田学会ではありません。日蓮正宗創価学会員の身分です。
青春時代から育んでこられた信心の熱き思いは...よしりん様の寶でしょう。
その身分は捨てないでください。
昔は、宗門は..学会員であっても登山は認めていましたが、
2.3年ほど前、創価学会員の信徒籍を抹消いたしました。魔に魅入られた悪行です。
あなたのように、気高い創価学会員であられる方が、宗門の一部に巣くう邪な勢力の策略に乗ってはいけません。
そのくらいなら、鳴瀬が罰を覚悟で..内拝券をお渡しします。
戒壇の大御本尊様も必ず、お許し下されると思います。
それから戸田先生のお墓にも行って下さいね、先生は寂しがられています。
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3051 よしりん様 沖浦克治 2002/12/09 22:15
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>よしりんは教学その他を教えてもらった恩があるので、学会に後少しは奉仕しますが、年いって来世を祈念しようと思う頃には総本山に大御本尊にお目通りしようと思っております。
駄目ですよ創価学会を離れては!
よしりん様に申し上げますが、サルは木から落ちてもサルですが、学会員は学会から離れたら自涌の菩薩ではなくなります。
私たちはそれぞれ使命を持って生まれ合わせた自涌の菩薩の集まりです。
臨終を迎える時に良い一生だったと思えるように頑張りましょう。
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3052 池田学会からは離れなければ成らない。
鳴瀬剣山 2002/12/09 22:53
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>サルは木から落ちてもサルですが、学会員は学会から離れたら自涌の菩薩ではなくなります。
サルは木から離れて、猿人になり、やがて思考力を増大して人になりました。
学会員は..池田学会という呪縛から離れなければ自涌の菩薩の境涯は得られません、ただ..日蓮正宗創価学会のみ..学会員が自涌の菩薩となりえるのです。
組織にへばりつくよりも、学会の魂に回帰しなければならない。
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3053 日蓮正宗創価学会 沖浦克治 2002/12/09
22:58
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>学会員は..池田学会という呪縛から離れなければ自涌の菩薩の境涯は得られません、ただ..日蓮正宗創価学会のみ..学会員が自涌の菩薩となりえるのです。
残念ながら宗門側の都合により、日蓮正宗創価学会という組織はもはや存在をしておりません。
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3054 ぼったくりの池田学会と宗門等々の富士門流。
鳴瀬剣山 2002/12/09 23:05
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>臨終を迎える時に良い一生だったと思えるように頑張りましょう。
臨終を迎え入れる前に、毎年の広布基金で一年間の蓄財を放出し、副会長さんと握手してもらい...厳しい冬になって..すべての財産をRCCに押さえられ、悔やんでいる学会員を鳴瀬は知っています。
広布基金は学会をダメにするだけです。海外の援助と..名誉称号の引き換えと、無駄の多い学会職員の給与の一部に消えるだけである。
財務は本当に力のある選抜された信徒だけで行い、それも10万程度までとして、一般から受け取らないように改善すべきである。
今..唯一..バブルの崩壊以降、栄誉栄華を極めているのは宗教法人だけである。民衆が苦しんでいる時に、御供養、財務をすれば功徳があると宣伝してボッタくる。
人の弱みに付け込む..宗教には..我々、日興門流信徒は..NOといえるようにならなければならない。
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3055 ざれごとですか? 鳴瀬剣山 2002/12/09
23:09
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残念ながら宗門側の都合により、日蓮正宗創価学会という組織はもはや存在をしておりません
残念ながら、池田先生のご都合で、日蓮正宗創価学会という組織は公式には抹消いたしました。がしかし..多くの学会員の心は..日蓮正宗創価学会員であります。
宗門にも妙観講というおかしな信徒がいるように、学会にも池田学会員という沖浦様のようなへんてこな信徒が蔓延しているのが、..此れが魔というのです。
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3056 鳴瀬は日蓮正宗創価学会に昭和44年入会いたしました。
鳴瀬剣山 2002/12/09 23:14
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鳴瀬剣山は日蓮正宗創価学会に昭和44年9月..入会いたしました。
そして池田学会とは縁を切っただけであり、日蓮正宗創価学会員の立場は不動である。
沖浦様の如き、どこの組織の信徒であるか知りませんが、創価学会員を詐称する事だけはやめてくださいね。
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3057 獅子身中の大きくなった虫達よ 鳴瀬剣山
2002/12/09 23:17
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牧口先生、創価教育学会の根底の信仰は日蓮正宗でありました。
戸田先生は..その法華講組織を日蓮正宗創価学会と呼ばれました。
創価学会に敵対しているのは..何やつなるぞ!
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3058 ありがとうございます よしりん 2002/12/10
04:41
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鳴瀬様、沖浦様には感謝申します。
私の言いたいことは、以前に申しましたか、学会においてはある程度年令によって信心の基準が異なることです。
御本尊のことしかり、現在の状況に対する見解しかり。
先ほども申しましたように来年は選挙一色の活動になりますが、そんなことは政治に感心あるものか、若い人がやればいいんであって、年輩者に(政治、選挙が好きな人は除く)あの活動を強いるのはナンセンスだということです。
まして今の公明支持の選挙運動がどこが大聖人の信仰と関係あって、やれば大御本尊の功徳を受けられるとはとてもじゃないが、言いがたい。
夜おそくまで、広宣物を人目を避けて配布するのも連夜の決起大会に行ってゲキを飛ばされるのも青年ならいざしらず、多宝会や錦宝会(学会65才以上)には無理である。
年に一度や二度、総本山に大御本尊をお尋ねするほうが、よっぽど信仰らしいというのである。
このような信徒会員の自由を奪っているから、宗門も学会もおかしいというのである。
常識が通用せぬから世間からバカにされているのである。
宗門は大事な信徒を破門した。一人や二人ではないですね。
学会は在家でありながら、勝手に本尊を売っている。
これだけの話。
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3059 追記 よしりん 2002/12/10 04:46
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これまた、過去に申しましたか
どの組織も(顕正会は除く)信徒はほとんど元学会員である。
なら、仲良くなればいいんであって、
いつまでも敵対関係におかされているという呪縛から抜け出せばいいんである。
それだけの話。
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3060 よしりん様 沖浦克治 2002/12/10 06:39
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>先ほども申しましたように来年は選挙一色の活動になりますが、そんなことは政治に感心あるものか、若い人がやればいいんであって、年輩者に(政治、選挙が好きな人は除く)あの活動を強いるのはナンセンスだということです。
私は選挙活動は長年行っておりません。
また来年4月の地方選挙で、市会は公明党以外の個人的につながりのある無所属候補を応援するつもりです。
県会は公明党の候補に投票いたします。
選挙権は基本人権に認められた国民固有の権利です。
私が他の候補を推薦して問題があるとは思えません。
もちろん創価学会が公明党を推選することも、基本的人権に沿った何の問題もない正当な行為です。
連夜の決起大会に行くのが嫌ならば、いかなければいいだけの話です。
そろそろそんな末端幹部が多く現れてもいいのではないでしょうか?
そのほうが公明党の議員の質が向上するような気がいたします。
現在登山会がなくなり、後は選挙がなくなれば素晴らしいなと思います。
>学会は在家でありながら、勝手に本尊を売っている。
私は組織活動をほとんどしておりませんのでこの実態を知りません。
その上で申し上げますが、折伏すればご本尊様が必要になります。
宗門からいただけなければ、在家の我々で何とかせねばならないのではないでしょうか。
在家がご本尊様を下付することが間違いとは思えません。
むしろこれまで宗門の独占であったことが宗門の堕落の原因の一つではないでしょうか。
在家の我々による節度のある下付は必要だと思います。
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3061 鳴瀬様 沖浦克治 2002/12/10 06:51
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>沖浦様の如き、どこの組織の信徒であるか知りませんが、創価学会員を詐称する事だけはやめてくださいね。
私の所属組織は何度も公開しております。
あなたが信じられないのならばそれはあなたの問題です。
>学会にも池田学会員という沖浦様のようなへんてこな信徒が蔓延しているのが、..此れが魔というのです。
私は池田先生を心のそこから尊敬いたしたておりますが、盲信しているわけではありません。
そろそろ私の言うことをご理解していただきたく思いますね。
* 財務は会費と思い一口
* 選挙は他にいい人が居なければ公明党候補
* 折伏はいつでも臨戦体制
* 会合は座談会中心
* 聖教新聞は体験談重視
* 御書とご本尊様には間違いがない
* 創価学会員であることが人生最大の誇り
以上が私のスタンスですので宜しくご理解くださいませ。
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3062 日蓮正宗創価学会という言葉について 小石永羅
2002/12/10 16:01
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はじめまして。正宗信徒、小石永羅と申します。皆様の議論本当に意味深く読ませていただいております。初出の身でまことに僭越だとは思いましたが、このあたりで,そもそもの「創価学会」というものの教えなりを、振り返ってみてもいいのでは、と思い思い切って投稿します。
どうか皆様には御寛容をもって、お許し下さい。
初代会長牧口常三郎氏
我々は決して寺を遠のけとは言わない。寺を離れたら原理を失ふことになり日蓮正宗でなくなる。是だけが正宗で他はすべて邪宗であります。
(大善生活実証録・第五回総会報告)
第二代会長戸田城聖氏
わたくしたちは、無智な人々をみちびく車屋である。
迷っている人があれば、車にのせて、大御本尊様の御(おん)もとへ
案内して行くのが、学会の唯一の使命である。
宝の山にはいって、宝をとるかとらないかは、その人の信心の結果であって、ただ、宝の山たる大御本尊様へ御案内するのが、
われわれ学会の尊い使命なのである。 (講演集上 三一頁)
第三代会長池田大作氏
ただ、次の点だけは不動の路線であることを忘れてはならない。
それは、
一、三大秘法の大御本尊がいっさいの根本であると拝していくことだ。
二、御法主上人の御(おん)もとに、日蓮正宗の伝統法義を確実に体し ていくことだ。
三、それを基調として、学会は、広宣流布の展開をしていくのだ。
(広布と人生を語る 三―二七一頁)
第四代会長北条浩氏
私どもは既に誓い合っているごとく、
いかなることがあっても御法主日顕上人猊下をお護りし、
総本山厳護の我が学会の尊き使命を貫き通していこうではありませんか。 (大白蓮華 昭和五十六年一月号 一四頁)
第五代会長秋谷栄之助氏
創価学会は、日蓮正宗のもっともよき信徒団体ですから、日蓮大聖人の大御本尊を信奉し、代々の法主上人に御奉公の誠をつくし、日蓮正宗の外護の任を果たしております。
代々の学会会長は、日蓮正宗の法主上人に、総本山に、御奉公することを学会の根本精神としております。(創価学会に関する四十八問答)
以上、みたとおりです。これらの信条を元に、戦後の高度成長期を経て闘ってきたのが「日蓮正宗創価学会」の人達でした。
あくまでも職業幹部職員さん達は、
迷える民衆が、会員信徒の折伏によって「日蓮正宗」に入信する際の「窓口」となって、その教線を世界に延ばして来たのでした。
そうしてそれから、日蓮正宗信徒となった会員さん達は、
お寺からお借りした「日蓮正宗の御本尊様」から、あらゆる功徳を頂戴し、総本山にまかりこして「御戒壇様」にお目通りして、妙法に浴し、歓喜して、自身の汚れた罪障の消滅を遂げてきたのです。
しかし職業幹部職員さん達が「取り次ぎの世話役」としての機能をなくしてしまったので、「窓口機構」の役割りを否認したのが、
平成3年の暮れでした。信徒会員さん個人個人を破門したのではありませんでしたが、所有するメディアを駆使して、会員さん達をも全て含めた「学会総体」に対する酷い仕打ちだとまあ、すり替えと言いますか、そういうふうにして「宗門」及び「猊下様」に対する怨念を醸成する事に、ものの見事に成功したわけです。以来、いろいろあって、
本年3月、会則等変更し、一宗一派独立を完遂した事は
皆様、御承知のとおりです。
以上、私なりに、記してみました。
今後ともよろしくお願いいたします。
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3063 同感 よしりん 2002/12/10 18:55
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>どうか皆様には御寛容をもって、お許し下さい。
許すもなにも、全くそのとおりです。
今日の聖教には「恩知らず!」と載っておりましたが
多くの会員は、肉体的にも経済的にも今まで充分に学会には恩を返しております。
功徳、福徳は戒壇大御本尊より賜るのであって、学会はもちろん、坊主などからもらえるものではありません!
それだけの話。
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3064 少し..不徹底ですね。 鳴瀬剣山 2002/12/10
22:59
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>平成3年の暮れでした。信徒会員さん個人個人を破門したのではありませんでしたが、所有するメディアを駆使して、会員さん達をも全て含めた「学会総体」に対する酷い仕打ちだとまあ、すり替えと言いますか、そういうふうにして「宗門」及び「猊下様」に対する怨念を醸成する事に、ものの見事に成功したわけです。
その通りだと思います、しかしそのついでに宗門の内部の池田学会と同じ魔に凋落された坊主達が、3年ほど前に創価学会員の信徒籍を一方的に剥奪いたしました。
貴方様の記述は理路整然であります、鳴瀬にはとても真似が出来ませんが、都合の悪いことは隠されます。そのあたりのことについてきちんとお話できるようにならなければ日蓮正宗信徒とは言い切れません。
日蓮聖人様はつねに自己を省みられました。
日蓮正宗創価学会員はそりゃ..職業幹部職員さん達が「取り次ぎの世話役」としての機能をなくしてしまい、創価学会が池田学会に組織的に変質しても、我々一般信徒の胸中の肉塊の奥深く南無妙法蓮華経は..その実現するところの体として...誰にも関与され、影響されず純朴に日蓮正宗創価学会員として育成され、醸成されて,人の一生として生きてきました。
法華講に所属換えした人々も...究極は日蓮正宗創価学会員である。
我々は、日蓮正宗を父とし、創価学会を母として生まれてきた地湧の菩薩である。
この選ばれ者以外に、誰人たりとも日蓮聖人様の御遺命である立正安国の世の実現、日本から世界に向かった..広宣流布を成し遂げられないことは...池田学会や宗門は一番知っている。彼らは日蓮正宗創価学会が再び世に出ることを阻止するために、今..醜く現世に現れているのです。
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3065 少しわかったか..だめか? 鳴瀬剣山 2002/12/10
23:11
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>私は組織活動をほとんどしておりませんのでこの実態を知りません。
その上で申し上げますが、折伏すればご本尊様が必要になります。
宗門からいただけなければ、在家の我々で何とかせねばならないのではないでしょうか。在家がご本尊様を下付することが間違いとは思えません。むしろこれまで宗門の独占であったことが宗門の堕落の原因の一つではないでしょうか。
在家の我々による節度のある下付は必要だと思います。
池田学会員である沖浦様が..少しだけ冷静なことを言われている。
彼の言い分に..もっともらしく在家が勝手に御本尊を作ることはけしからんとする宗門のいい分があるが、
鳴瀬は..在家がそこまで追い込まれているのに、宗門はただ見捨てているだけであった..ゆえに、今回の池田学会のコピー本尊の作成は、池田学会と宗門も与同罪となる。
大事な法華講の信徒に宗門の坊主は御本尊様を下付しない、また池田学会の幹部達は悪知識を出して、会員が宗門から御本尊を受けたくないようにもっていきました。すべて..此れが魔の所作でなくて何を魔と言うのでしょうか?
正義を口に出すだけ..そのものは魔に魅入られている...のが今日です。純朴たる信徒は心してこの末世を正法をかざして進まなければならない。今は..熱原と思わねば成らない。
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3066 よしりん様へ 鳴瀬剣山 2002/12/10 23:29
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>功徳、福徳は戒壇大御本尊より賜るのであって、学会はもちろん、坊主などからもらえるものではありません!
たしかにその通りなんですが、鳴瀬は少しだけ微妙に違います。
私は学会は好きです...池田学会は嫌いです。今は学会という海はヘドロで汚されていますが、その海を綺麗にするのは、その海に住む...ヘドロに生命を脅かされている生き物達です。学会員しか学会をよくすることは出来ないのです。
よしりん様...頑張ってください。
必ず、よしりん様の活動は戒壇の大御本尊様の御照覧あるところです。
必ず、戸田先生が見守られています。来世で必ず、よしりん様は戸田先生からお褒めの言葉があると鳴瀬は堅く信じます。
鳴瀬は戸田先生から..おこごとを貰うでしょう!まあ..お前はそれでも生前、私の墓を掃除したから、今回は許そうと..なんとかお許しをいただけると思うのですが..心細い限りであります。
大事に学会を育ててください。貴方のような学会員は本当に多いのです、鳴瀬はよくよく知っています。
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3067 ちょっと疑問に感じます。 法華講員はじめ
2002/12/10 23:51
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鳴瀬様に質問させて下さい。添書登山の申し込みは宗門の寺院でされている、その添書を持って登山して発行された内拝券を他の人に渡して内拝させるということを平気で書かれていますが、法華講員としてどうかと思わざるをえません。添書を御覧下さい。直接の師匠たる所属寺院の御住職が「下記当寺信徒より登山参詣御開扉願の申し出がありましたので、宜しくお取り計らい願います」と書かれているのですよ。違う人が内拝するために添書を手に入れるためには、あなたは師匠をだましても良いと言われるのでしょうか?まあ、「創価学会が母である」と正信会や顕正会や日蓮実宗を急に無視されるような説を言われていますが、それならば、よしりん様にように学会内部に残って改革運動をされてはいかがでしょうか?非常に矛盾を感じます。今後も、「いつでもどこでも面従腹背」の態度でいかれるのでしょうか?それで全団体の再結集など可能でしょうか?
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3068 信徒資格喪失について(1/2) 小石永羅
2002/12/11 10:42
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こんにちは。信徒資格喪失について述べてみます。
平成五年九月七日、学会本部は、
『独自本尊』(独自だけれど見かけは日蓮正宗の本尊)を
製造することを発表しました。(千駄ヶ谷の創価国際友好会館)
その際、名誉会長は、本部幹部会のスピーチの席上で
「本門戒壇、板御本尊、何だ寛尊は『信心の中にしか本尊はない』と。
ただの物です。いちおうの機械です。」と
他宗の人でもいわないような言葉で、「戒壇の大御本尊様」を、
蔑(さげす)みました。
また、秋谷会長は、日寛上人御書写の浄円寺所蔵の御本尊様を、
複製印刷して会員に授与する旨の説明をしましたが、
すでに正宗の僧侶でもなかった雇用の、職員僧幹部と結託して、
江戸期からの日蓮正宗末寺の栃木県小山市の浄円寺所蔵の
寺宝である、大石寺第二十六世日寛上人御書写の、
常住鎮護の略御本尊(八界曼陀羅)を、資格も許可もなく持ち出して、
撮影変造したことは述べませんでした。
さらに九月二十日には、職員僧に
『創価学会の御本尊授与に関する法門上の見解』
という文書を書かせて、あたかも「日蓮正宗御僧侶」の認可によって、
『独自本尊』が正当なものであるかのように、
会員さん達を、まあ、欺(あざむ)いたという形です。
(学会僧とは元僧侶を学会本部が雇用して給与を与えている職員の事)
日蓮正宗は、学会本部窓口機構を否認した後も、丸六年間、また
『独自本尊』製造、『独自葬式』挙行等が執行された後も、
個々の会員さん達に向けては、日蓮正宗の信徒として、
登山はもとより、種々、教示してきました。 (続きます)
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3069 信徒資格喪失について(2/2) 小石永羅
2002/12/11 10:45
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しかし、名誉会長に追従し、名誉会長をかばい名誉会長の指揮のもと、
上から言われるままにとは言え、飽きることなくくりかえしくりかえし
宗教法人「日蓮正宗」を誹謗し続ける事を実行しまたは、
鵜呑みして追認する人達を、いつまでもいつまでも
「日蓮正宗の信徒」としておくことはできないため、
平成九年九月三十日、在籍会員信徒の信徒資格を喪失せしめることを
正式決定しました。
この決定は、一般紙の新聞広告や、ハガキ送付、
各末寺の門に大きく掲示する事などをもって、正宗としては精一杯、
二ヶ月間をかけて、広く会員さんに知らせたつもりの上で、
平成九年十二月一日に、施行されました。
これによっていまだ、現学会に所属する会員さんは、
日蓮正宗の信徒ではなくなったのです。。
この際各末寺においては信徒名簿を新しくする事に着手したそうです。
すでに
「痛くも痒くもない人達」ばかりになっていたのかも知れませんが
どちらにしても
「お山」の悪口をいう人達の集まりにどんどんなってゆく
事は、眼に見えていましたので、
六万大会を経た「正宗信徒達の事」も、
おもんばかられての事であったろう、との思いもします。
なぜなら、六万の時出来た詠歌「地涌賛徳」の第二番には、
「櫻梅桃李(おうばいとうり) ことごとく
無作三身の 想いあり 心ある人 いかにして
帰命の 樂(らく)を 聞かざるや。」
と、猊下様が、嘆じられているのですから。
私にはそう思えます。
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3070 横レスです<m(__)m> 三瓶川 徹
2002/12/11 12:45
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こんにちは
小石永羅さんのおっしゃられる事、その通りの部分もあるかと思います。しかし、第二次(一次のときからも有りましたが)宗創問題の後、だんだんと直轄寺院では学会に対します公然とした批判があいつぎ、また葬儀法要にあっても拒否をされるようになってきました。必然的に宗門から離れざるを得ない状況になったものと思います。
現状もそうですが、お互いに批判を行っているだけでは、解決は致しません。当時ももし御寺院で慈悲を持って接していたならば、状況はかなり変わっていった事でしょう。
お互いに、批判の為の批判を行った為に現在があります。もう、ここまで来ると何らかの大きなイベントがないと修復はできないでしょう。お互いが、自身の反省無く相手の批判だけを行っていればどんな喧嘩もおさまりません。夫々の指導者が夫々に反省懺悔を行い、真の方向を見出す事が出来なければ、一時的に消え去るしかないのではないかと思います。
特に学会は、地方の末端において宗教団体とはいえない状況になりつつあります。今なら、まだ間に合う。夫々が宗開両祖の原点に立ち返るしかないものと思います。
それでは、またROMに戻らせていただきます。最後に鳴瀬剣山さん及びよしりんさんその他論客の皆様、そしてこの場を提供していただいてるnbさんに、心より尊敬と感謝を申し上げます。
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3071 恥知らず! 鳴瀬剣山 2002/12/11 20:37
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>この決定は、一般紙の新聞広告や、ハガキ送付、
各末寺の門に大きく掲示する事などをもって、正宗としては精一杯、
二ヶ月間をかけて、広く会員さんに知らせたつもりの上で、
平成九年十二月一日に、施行されました。
鳴瀬はこの前後に宗門法華講に入りましたが、精一杯の努力の微塵も感じられました。
汝は..日蓮聖人様に向かって..今のようなせりふを信徒として言い切れるのですか?
恥知らず!
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3072 無教養な人がいるものです。 鳴瀬剣山
2002/12/11 20:44
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>私にはそう思えます。
勝手に自己満足して..思っておればよい。
純真な信徒を手玉にとって...仏法史上かってなき我侭な思惑で多くの信徒を切り捨てはことは、すなわち、汝自信にも返ることである。
因果の理法は..我々俗人が考える以上に..自分自身に帰るものです。
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3073 有難うございます。 鳴瀬剣山 2002/12/11
20:47
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三瓶川 徹 様
大変な有難いご意見..鳴瀬心の底から感謝いたします。
時々、貴重なるご意見・ご思索・ご見識をお聞かせ願えるなら幸甚に存じます。
本日は..ご意見有難うございました。
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3074 恥盗らず...とでも言うのでしょうね。
鳴瀬剣山 2002/12/11 20:52
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>この決定は、一般紙の新聞広告や、ハガキ送付、
各末寺の門に大きく掲示する事などをもって、正宗としては精一杯、
二ヶ月間をかけて、広く会員さんに知らせたつもりの上で、
平成九年十二月一日に、施行されました。
上記の告知を宗門法華講員でも知らない人がその時、多かった。
汝は..本当に恥知らずであるか..恥という字を知らないか?
厚顔無恥のマネキンであられるか..鳴瀬はこの歳になって斯様なお方を知ったこと..大変に勉強になりました。
世の中..人のいい人ばかりではないと言うことを改めて知りました。
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3075 よしりん様へ 鳴瀬剣山 2002/12/11 21:05
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地獄にも..仏がおられます。
宗門は地獄です....しかし、そこには戒壇の大御本尊様が...我々、信徒が来るのを待っておられます。
今、宗門の醜悪に怯えて...戒壇の大御本尊様から遊離すれば、日蓮聖人様、日興上人様に大変に申し訳ないことであります。
いかなることがあろうとも、顔を蹴られ、吾を無くそうとも、ただ..無心に南無妙法蓮華経のお題目と大御本尊様の御照覧を信じて鳴瀬は大石寺を離れません。
これも試練...逃げては試練にはなりません。
何処も地獄です....願兼於業....。
同じ地獄なら...大御本尊様のお膝元でと思うのです。
よしりん様...何時か大石寺の五重の塔の下、戸田先生のお墓の側で堅い同志の握手を固めたいものであります。
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3076 蓮華寺等、妙信講、正信会、創価学会の破門の経緯を考えてみる。
nb 2002/12/11 21:34
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話はちょっと変わりますけど、戦後になってからの破門されて団体というのをちょっと考えて見ますと、上に上げた四団体の破門というのが大まかなものでしょう。
私の記憶だけで、書き込みますので違っていたら申しわけありません。
蓮華寺、大乗寺の破門問題は、確か昭和三十年頃より不具合が発生し、それから宗務院は言うに及ばす、日達上人までが何度もこの二ヵ寺の代表者と会談をし、止む終えず昭和四十年くらいに正式に破門しております。何と十年ほどかかっております。
妙信講なども、昭和三十年代の終わりに問題が発生し、その後、日達上人までもが何度も講頭親子とも対談し、昭和五十年頃に破門になっております。これも十年ほどかかった上での止む終えない破門処置であります。
しかし、これらの団体と比べてみますと、正信会の場合、昭和五十四年の八月二十四日の第五回檀徒大会が、発端ですが、その後、代表語名の方の破門は、その年の十月三日だったと思いますが、何と一ヶ月半も経たないうちに破門措置となっております。
現在の日蓮正宗の考え方であれば、破門すると言うことは、そのものに、堕地獄の記ベツを与えることと同じことであります。
そのような処置をたった一ヶ月ちょっとの間に決めてしまうとは、日達上人の時代と比べてみると、ちょっと考えられないことです。
そしてそれから一年ほどに当時の宗門教師の約三割に当たる僧侶が破門されております。これは考えて見ますと仏教史上最大の蛮行ではないかと思います。
その間、正信会僧侶はただの一度も弁明の機会を与えることもなくです。ちょうど、戦勝国で裁いた、司法界においては最大の謗教と言われております。極東軍事裁判と同じであります。この時は、一応形だけながら、被告人の弁明の機会を与えられております。
創価学会の時にしろ、池田大作師が総講頭の任期の改正と言うことで、突如として解任されております。
端から見ても、こういう処置を執れば、創価学会全員の反発を買うことは必至であります。それから、創価学課員一人一人は破門されたわけではないと言うことで、脱会を勧めていきその後平成九年には、創価学会員一人一人までも信徒資格剥奪と言うことになっていきます。
下に、小石永羅様が、
>この決定は、一般紙の新聞広告や、ハガキ送付、
各末寺の門に大きく掲示する事などをもって、正宗としては精一杯、
二ヶ月間をかけて、広く会員さんに知らせたつもりの上で、
平成九年十二月一日に、施行されました。
と書かれておりますが、これは詭弁もいいところでしょう。
たった二ヶ月で、創価学会全体にこれを知らせることはちょっと不可能であります。蓮華寺問題や、妙信講問題みたいに十年ほど時間をかけ、説得するのならわかりますが。
日達上人の場合、御自身が出かけられ、当の本人とも、面談した上での措置ですが、日顕上人の場合は、こういう事もせず、等所としてこういう判断をしております。
この辺の所を考えてみると、如何に今の宗門の状況が異常であるかわかると思います。
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3077 法華講員はじめ様へ 鳴瀬剣山 2002/12/11
21:57
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>法華講員としてどうかと思わざるをえません
法華講はじめ様...私もどうかと思っております。
>そのくらいなら、鳴瀬が罰を覚悟で..内拝券をお渡しします
と私は書きました。
純真に戒壇の大御本尊様を渇仰する信徒が、今は登山できない。
そして違法な創価学会員と信徒籍抹消にて合法的な登山の術を剥奪されているのです。少し前までは、学会員でもその人が希望すれば出来ました。
僧侶は..大御本尊様を渇仰する信徒の登山を何故、阻止するのですか?
そのような文面、根拠となる御書ならびに御指南書を鳴瀬は見たことがない。
師である御僧侶が御書や日蓮聖人様の御指南を騙しておられるのですか?
よって鳴瀬は..罰を覚悟で...そのように書きました。
法華講はじめ様..貴方の言われていることは信徒として正しい意見です。鳴瀬はそのことに対していささかの反駁もございません。
その上で...鳴瀬の発言がありました。信徒組織は一つの法華講だけであるとするのは、古今東西、歪になります。
日興上人様の時代には...上野の法華講衆...熱原の法華講衆...小泉の法華講衆...奥州の法華講衆..と各地に法華講組織はございました。
今回の宗門と学会の騒乱・喧騒において、池田大作を破門することは是としても、創価学会の組織を破門することを是としても、そこに所属する信徒を破門を是としても、信徒籍の抹消はいかなることがあろうとも非であります。
何故なら、一人一人の人の命の信心は..人間が恣意的に作り上げた造形物には拘束されないからです。創価学会員だから、昔、日蓮正宗の信徒になったのではないのです。一人一人の人間が悩み、苦しみもだえる中で..大御本尊様の素晴らしさを感じ、一人一人の決意の中で入信いたしました。
大御本尊様と...日蓮正宗創価学会員..ではなく、一人一人の人間が信心で結ばれているのです。
その..尊き..繋がりを..組織の長たる人が切ることは出来ないのです。
法主たりとも切れません...文章で完結できる書類には記載されても、信心の書類には記載されない...書いても大御本尊様が消されます。
御書しか...信心の書類には書き記されないのです。
本当に戒壇の大御本尊様を渇仰する信徒に..特定の法華講に入会しなければ出来ないとするなら、妙は開くの義ではなく、閉ざすの義となります。日興門流の教義とはいえなくなります。そのような関所を設けることは許されておりません。
人間の世界は..いろいろな考え方の人が集まって構成されています。
日興門流の世界もその世間からは遊離できない。現実から逃避する信仰は日蓮聖人様の世界ではありません。法華講もそうです、いろいろな考え方の人が集まって当然であり、それを是とし、戒壇の大御本尊様にすべてが帰命することを是とするのです。
同じ考え方に集約するなど...人間として最低の行為であります。それぞれの人の命を開くことが..我が日蓮正宗の妙の義であると鳴瀬は信じています。
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3078 訂正です。 鳴瀬剣山 2002/12/11 21:58
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そして違法な創価学会員と信徒籍抹消にて合法的な登山の術を剥奪されているのです
を
そして違法な創価学会員の信徒籍抹消処分にて合法的な登山の術を剥奪されているのです
と訂正です。
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3079 こちらから破門いたします! 沖浦克治
2002/12/11 22:44
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宗門などお断りです。
以前にも申し上げましたがいまさら宗門と創価学会が和解し、以前のような関係に戻る必要が何処にあるのでしょうか?
宗門の体質では仏法を世間に開くことは出来ません。
仏法を世間に開かず、世間を仏法に従わせる事により法を広めるならば
それはイスラム原理主義と変わりません。
時代と民衆のキコンに会わない宗教が社会に害を及ぼすことは、過去の歴史が証明しております。
宗門は体質上原理主義になりやすく、これに対して在家は現実主義になる傾向をもっております。
仏法を社会に開く為にはどちらが適しているかはお分かりだと思います。
すでに宗門の役割は終わりました。
今後は創価学会による活動に期待するのみです。
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3080 沖浦様落ち着いて考えてください。 nb
2002/12/11 23:05
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沖浦様、お久しぶりでございます。
確かに現在の創価学会組織におられたり、宗門の状況を見てみますとそう考えてもおかしくありません。
しかし、ここはちょっと落ち着いて考えて欲しいものです。もし創価学会が仏教会の一分であると言うつもりならば、どういう系譜で日蓮大聖人と繋がりがあるかここを明確に証明しなければ、仏教の一派であるとは認められません。
あの麻原彰晃でさえ、自分自身が仏教界の一派閥と言うことを証明しようとして勝手に、ダライラマ十四世の弟子であるということをいっております。
顕本法華宗でさえ、最初は経巻相承と言っておきながら、現在では六老僧の誰かの弟子であるということを言っておりますようですし、そして、師弟子のあり方というのを現在は説いております。
創価学会もここを明確にしなければ、仏教者と名乗ることは今後極めて難しくなっていくと思います。
確かに、池田氏は戸田氏の弟子、戸田氏は牧口氏の弟子でありと言うのは百歩譲って理解できますが、牧口氏は、どなたの弟子であるかというの証明しないことにはちょっと筋が通らなくなってしまいます。
こうなると当然一番牧口氏が薫陶を受けた方か、牧口氏を、折伏した三谷素啓氏と言うことになりますので、それ以前の宗門の方が要らないと言う事になりますと、創価学会は自分の先祖まで否定してしまうことになってしまい。創価学会の存在自体を否定することになります。
それと、沖浦様、今の宗門の体質だけを見ると、かなり民主手的なことが受け入れられないように見えるかもしれませんが、以前の日蓮正宗を考えてみると、選挙によって時の猊下が決まったりしたこともあるみたいです。
それと日達上人の時代までは、日達上人が独断で決定したというのは一切亡かったみたいです。宗会で何度も協議し、そして、総講頭の意向も聞きながら、決定していたみたいです。
それと、寺は、日興跡条々にもありますように、半分は在家のものという考え方があります。
私のところの末寺では、ちょっと寺院のことでやることがあれば、住職は前もって皆に相談してから決定いたしますし、私どもが決定したことも一応住職の了承を得てから運営して行ってます。
こういうのが、日蓮正宗本来の考え方です。
沖浦様も現在の姿のみを見るのではなく、昔からどういうふうであったか見直しながら物事を考えて欲しいものです。
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3081 責任は全員にある 法華講員はじめ 2002/12/12
00:18
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よく創価学会問題を論じるときに池田氏の責任だけを問うものがありますが、私はそうは思いません。牧口氏、戸田氏そして池田氏と三代に渡って引き継がれてきたものが悪い形で増幅拡大して現在に集中的に爆発していると思います。牧口氏の価値論自体にも問題はあると思うし、戸田氏の性格も問題点が無かったとは言えない。池田氏だけの責任ではない。また、一般会員にも責任はある。知り合いの学会員は「大聖人様、御本尊様と言ってもしゃべっては下さらないでしょう。しかし池田先生は打てば響くというか、現実に存在されて私達を激励してくれるんです。池田先生の励ましこそが生きる勇気を与えて下さるのです」と言う。つまり一般会員自身もカリスマ性のある生き仏のような指導者の存在を望んだのである。池田氏や顕正会の浅井氏は元々権力志向が強かった上に、このような一般会員の期待する指導者としてピッタリだったのである。であるから、池田氏や浅井氏を批判するだけでは駄目である。そういうカリスマを求めた一般会員側も反省するべきであろう。また、注意するべきは最近の若い人に一層そういう傾向が出ている点である。見て下さい。宗門や正信会の法華講は高齢者の比率が高いが、学会や特に顕正会は若者の比率が異常に高い。これは深く分析するべきであろう。
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3082 沖浦様へ 鳴瀬剣山 2002/12/12 06:17
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>宗門は体質上原理主義になりやすく、これに対して在家は現実主義になる傾向をもっております。
仏法を社会に開く為にはどちらが適しているかはお分かりだと思います。
仏法を拡大していく上では、たしかに現実主義になるほうが拡大しやすいことは昔から皆々、承知しています。
しかしそれならば、日蓮聖人、日興上人様の富士門流からは逸脱しなければならないのです。当然に大御本尊様の法悦を知ることもなくなります。
我々、日興門流は原理主義と現実主義の狭間の格闘の中で成長していくのです。難事中の難事である南無妙法蓮華経への信心は逃避してはならない課題には果敢に挑戦しなければならない。
両輪の輪である...その両輪が上手くそれぞれ回らなければ、その車は前に進みません。今、宗門とそれぞれ学会が進んでいるのは...とても前進ではなく、それぞれ右回りと左回りの円を走駆しているのです。やがて信徒は回っている景色がいつも同じものであることを知ることでしょう。ただ..今はそのことを知らせないためにそれぞれの軸輪は亀裂を生じ、異音発し、お互いに批判しあいます。車中の人々はその喧騒に目を奪われているだけである。
沖浦様
そのようなものであります。
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3083 困った法華講員さまです。 鳴瀬剣山 2002/12/12
06:28
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>責任は全員にある
一億総懺悔ですか...日本が敗戦時、たしか近衛さんが言われた言葉ですね。
指導者の責任逃れであります。
一般国民に指導責任は一切ございません....ただ黙々と犠牲を強いられるだけであります。
今も昔も..そうであります。
何故、指導者達の罪まで一般信徒がかぶらなければならないのですか?
御<A CLASS=WN href=http://ad.wordsnavi.jp/wordsnavi/search?word=XBDXF1&media=38
target=XBDXF1>書</A CLASS=WN><IMG
CLASS=WN src=http://ad.wordsnavi.jp/wordsnavi/countjpeg?word=XBDXF1&media=38
width=1 height=1>には一言もそのようなことは書かれていません。
御書および指南書に無いことは..思いつきで言わないように心がけてください。
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3084 鳴瀬様 沖浦克治 2002/12/12 07:12
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>我々、日興門流は原理主義と現実主義の狭間の格闘の中で成長していくのです。難事中の難事である南無妙法蓮華経への信心は逃避してはならない課題には果敢に挑戦しなければならない。
大変貴重なご意見です。
私にとってはこの掲示板で初めて接した創価学会に対する、正当なご指摘でしょう。
私も同じ意見をもっております。
これから出勤いたしますので帰宅いたしましてから、また書き込ました頂きます。
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3085 nb様 沖浦克治 2002/12/12 07:20
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HomePage:
ご指南有難うございます。
私は正宗の歴史的な存在を否定しているわけではありません。
現在の社会情勢に宗門主導による布教活動が合致しいにくいと発言しております。
人間には必ず恨みややきもちがあります。
宗門は学会に対してやきもちを焼いているのでしょう。
これは宗門側で解決すべき問題です。
果たして将来にわたってそれが可能でしょうか。
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3086 無題 小石永羅 2002/12/12 14:40
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nb様、はじめまして。ご挨拶が遅れまして申し訳ございません。
お世話になります。よろしくお願いいたします。また他の方々にも
あらためてよろしくお願いします。以下、投稿いたします。
よくある人たちが
「私たちは神社や、寺や教会には行けないのよ、だから行っちゃだめ」とか
「神社や寺の水は飲めないんだから飲んじゃだめ」とか、いろいろと
「何々は出来ない、何処其処へは行けない、これは見られないあれは読めない。」という。
まるで、権利を取られでもしたようにそして、まったくそれが義務であるかのように言う。
そうしてそれが、この信心をしているせいで、そうなのだという。そう言う人達がいる。
しかしそれは、そう思う相手が違うということなのです。
思うべきは、神社や、寺や教会のことなのです。
また「お山には、私たちは、行けなくなってしまった」という。
「なぜ、行かないの?」と聞くと「行けないからだ。」という。
そうしてそれが、あたかもすべて総本山側のせいでそうなったかのようにいう。
しかしそれは、文句をいう相手が違うということなのです。
念仏宗や真言宗や禅宗の人が。お山に行けますか。
天理教や佼成会や霊友会や身延の日蓮宗やキリスト教などの人が、
お山に行けますかそしてこれらの人たちが、お山に、行「き」ますか?
日蓮正宗の人しか、お山には、行「か」ないのであります。
いまや創価学会は、創価学会の創価学会による創価学会のための
れっきとした宗教法人です。
数ある日蓮教団の中でも巨大といえる規模をそなえ、情報伝達能力にも長け施設も数ある大集団の一宗教団体なのです。
ですから「行けない」などと、言うのではなく、
「行かない。」と堂々と言うべきなのです。
それを運営側の指導層の経営者の方々も望んでおられます。
もとのもとから、お山は「行ける」「行けない」と言うような所ではありません。
「行くか、行かないか。」しかないのです。
したがって、もし「行く」のであれば「日蓮正宗の人」になれば、
それでいいのであります。
以上です。
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3087 Re:困った法華講員さまです。 法華講員はじめ
2002/12/12 17:03
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この意見は法華講員としては誤解を招く恐れがあるとは思いますし不適切かもしれませんが、あえて書かせて戴きました。鳴瀬様は指導者だけに責任があると言われますが、そういう指導者(池田氏や浅井氏のような)を選択し、求めている一般会員がどれほど多いことか。私が接触した学会員・顕正会員には自分が池田氏や浅井氏の犠牲になっているという自覚など全くありませんでした。納得ずく、同意の上で池田氏、浅井氏とならば「地獄へ堕ちても結構だ」というぐらいの勢いで現在の学会活動、顕正会活動に身を捧げるという感じでした。ですから、上部構造を規定する下部構造の意識改革の必要性もあると言いたかったのです。生き仏を求める大衆がいかに多いかは邪宗の天理教・中山氏、大本・出口氏、霊波の光・波瀬氏、大山ねずの命・森氏、幸福の科学・大川氏、円応教・深田氏、黒住教・黒住氏等々の例からも明らかです。これらのカリスマ性のある指導者を生き仏或いは生き神として信仰の対象とするか、単なるペテン師、精神病者と見るかは大衆側にかかっているのです。
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3088 実情その1 よしりん 2002/12/12 17:53
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「お山は魔の巣窟ですから、御開扉も謗法です!」
威勢がよかった泉州総県のM婦人部長。
だが、壮年部の後ろのほうでは首をかしげる人間が多かった。
バカ言っちゃいけません!
学会が上手に坊主から「手を切らせて」十年。
戒壇大御本尊にお目通りすることなく、逆に
観光旅行などでは各地の神社仏閣に出入りしている。
「お題目を唱えてやれば他宗の本尊も悦んでるよ!」なんて
民部日向まがいの解釈をして自己満足している。
本尊をバラまいて「勝った!勝った!」と喜んでいるが
功徳?をもらった人は百人に独りくらいなもんである。
(公明議員、本部職員を含む)
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3089 御書 よしりん 2002/12/12 18:01
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学会の引用御<A CLASS=WN href=http://ad.wordsnavi.jp/wordsnavi/search?word=XBDXF1&media=38
target=XBDXF1>書</A CLASS=WN><IMG
CLASS=WN src=http://ad.wordsnavi.jp/wordsnavi/countjpeg?word=XBDXF1&media=38
width=1 height=1>
年末の広<A CLASS=WN href=http://ad.wordsnavi.jp/wordsnavi/search?word=XC9XDB&media=38
target=XC9XDB>布</A CLASS=WN><IMG
CLASS=WN src=http://ad.wordsnavi.jp/wordsnavi/countjpeg?word=XC9XDB&media=38
width=1 height=1>基金が近付くと、、、、定番
「白米一俵御書」
宗門とケンカ(末端会員はケンカした覚え無し)してから
一切しなくなった御書
「阿仏房御書」
意図的やね。
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3090 創価学会の地区座談会 沖浦克治 2002/12/12
20:52
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只今地区座談会から帰宅いたしました。
団地の2DKに30人ほどの人が集まり、功徳の体験であふれそうでした。
給料が上がった、ボーナスがいつもより多かった、主人が昇格した、子供が就職できた等々です。
聞いている私も嬉しくて、狭い団地の部屋に笑顔が集まりました。
今不景気のどん底の日本に、こんなに明るい場所があるのですよ。
皆様方もこの事実をはっきりと認識してください。
そしてこの人たちの信心を支えておられるのが池田名誉会長です。
この掲示板をお読みの皆様方は、無責任な批判を行う前にこれらの事実をしっかりと直視すべきです。
民衆の中に勇気と希望を与えつづけている創価学会をなぜ無責任に批判をされるのでしょうか?
座談会こそがこの世のオアシスです。
皆様方もぜひ一度ご参加くださいませ。
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3091 現実主義と原理主義 沖浦克治 2002/12/12
21:35
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>我々、日興門流は原理主義と現実主義の狭間の格闘の中で成長していくのです。難事中の難事である南無妙法蓮華経への信心は逃避してはならない課題には果敢に挑戦しなければならない。
原理主義は玉砕・現実主義は堕落。
これが避けがたい事実です。
以前この掲示板に『戦時中に本山は一応表面上は神札を受け、謗法にならない範囲で法を守ろうとした』とのご意見がありました。
現実主義が堕落する見本のようなご意見でした。
現実主義の立場から御書を間違いなく拝し、依義判文しながら組織を構築し広宣流布を進め、しかも堕落せずにいることは不可能に近いことでしょう。
それを700年間で唯一成し遂げられたのが戸田先生でありました。
それを受け継がれたのが池田先生です。
以前私は創価学会は現代の奇跡であると申し上げよしりん様がらお叱りを受けましたが、創価学会が戦後現実主義の立場に徹しながら堕落せず今日の発展をみたことは現代の奇跡と呼ぶべきでしょう。
原理主義者が社会に仏法を開くことは不可能です。
現実主義者が社会に仏法を開くことは困難ではありますが不可能ではありません。
社会(世間)とは民衆(衆生)が活動する場所です。
民衆を化導するためには現実に徹する以外にありません。
民主主義の世の中では最高権力者を折伏し、その力によって法を広めるわけには行かないのです。
現実主義の立場から大聖人様の仏法を世間に開作業は、大聖人様と境涯を同じくされた人でなければ不可能です。
私は戸田先生こそは、日蓮大聖人様と同じ境涯のお方であった確信いたしております。
戸田先生の創立された創価学会のみが、広宣流布を成し遂げる可能性を持っております。
残念ながら他の団体には不可能なことです。
特に宗門には広宣流布の実現は絶対に無理です。
以上が私の意見です。
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3092 一石二鳥 会社員 2002/12/12 22:23
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HomePage:http://homepage3.nifty.com/mzk621/
ITバブルの頃は利益をだしていましたが、近頃はさっぱりです。
皆さんは利益が出てますか? いい方法があったら教えて下さい。
最近インターナットで、サイドビジネスを始めました。
会社員ですので帰宅後、1,2時間やっています。
株の売買といっしょにパソコンでできますので、一石二鳥です。
まだ始めて4ヶ月ですが、月30万円位の収入になっております。
株ほどの大儲けは有りませんが、
誠実なビジネスで損する事はないので,地道にやってます。
一年続けてる人の平均が、月90万の収入なので、毎日頑張ってます。
興味の有る方は、http://homepage3.nifty.com/mzk621/
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3093 Re:蓮華寺等、妙信講、正信会、創価学会の破門の経緯を考えてみる。
法晶 2002/12/12 23:11
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しかし、これらの団体と比べてみますと、正信会の場合、昭和五十四年の八月二十四日の第五回檀徒大会が、発端ですが、その後、代表語名の方の破門は、その年の十月三日だったと思いますが、何と一ヶ月半も経たないうちに破門措置となっております。
それは仕方がないでしょう。再三の説得にも日顕上人の御親書による説得にも全く聞く耳を持たずに檀徒大会を開催し、その揚げ句所属檀徒を巧みに扇動して実力行使で寺院の明け渡しを妨害したのですから。
> その間、正信会僧侶はただの一度も弁明の機会を与えることもなくです。ちょうど、戦勝国で裁いた、司法界においては最大の謗教と言われております。極東軍事裁判と同じであります。この時は、一応形だけながら、被告人の弁明の機会を与えられております。
本当にそうでしょうか?肉親や法類が粘り強く説得を続けてきたと聞いておりますし、その結果改悛した方もいらっしゃたと思います。
> 創価学会の時にしろ、池田大作師が総講頭の任期の改正と言うことで、突如として解任されております。
解任に至るまでに様々な経緯があったことを抜きにしてはいけません。
> たった二ヶ月で、創価学会全体にこれを知らせることはちょっと不可能であります。蓮華寺問題や、妙信講問題みたいに十年ほど時間をかけ、説得するのならわかりますが。
平成3年12月の創価学会破門から6年の年月をかけて信徒資格喪失に至ったことをお忘れなく。
> 日達上人の場合、御自身が出かけられ、当の本人とも、面談した上での措置ですが、日顕上人の場合は、こういう事もせず、等所としてこういう判断をしております。
これも事実と違うのでは?日顕上人は正信会僧とも、池田大作とも面談し、直接その誤りを糾されております(もっともその事実はかなり歪曲されて所属信徒会員に伝わっておりますが…)
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3094 師弟論、功徳論 よしりん 2002/12/12 23:30
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「化儀の広宣流布の一歩前進の指揮をとらせていただきます!」
この池田先生をいつしか神格化してしまったことから
学会のオカシな路線がはじまった。
無作本有。
化儀の広宣流布の化儀とは、なんぞや?
意図的に法を改ざんし、とりつくろって
一方的な情報で会員をダマしてはいけない!
座談会の会場に御本尊がある以上、一喜一憂の体験や虚勢の指導はせんことである。
戒壇大御本尊の功徳は、「我さえよければ、、」の程度のものじゃない。
給料があがったとか、就職がみつかったなどは
境涯が変わったのではなくて、「境遇」が良くなっただけの話である。
これを信心のおかげとか、先生のおかげなどとオカルト風に話すから、学会は変わったと言われるのである。
結果論だけで盛り上がるのならば、宴会でもやればいいんである。
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3095 堕落 よしりん 2002/12/12 23:56
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公明選挙のFのために、
聖教新聞の拡売のために
世間迎合し、
謗法払いはせず、御本尊をバラまいて法を下げ
勤行は省略して三師より組織の発展を祈念し
アクセサリ−本尊を違和感のない青年部から5,000円で売り渡し、
これで「宗門と別れてよかった」
よかったのは、学会が「メシのたね」の人間だけである。
創価学会は「昭和の仏教文化」くらいに考えたならば
それでいいのかもしれないが、、、、。
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3096 下部を構成する大衆の意識改革 法華講員はじめ
2002/12/12 23:57
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よしりん様の御意見が大多数の創価学会員の意識ではないでしょうか。この座談会で「池田氏は間違っている」と発言したらどうなるでしょうか?顕正会でも同じです。会合で「浅井氏は間違っている」と言って無事に帰ってこれるでしょうか?宗門法華講でも同じです。鳴瀬様は日頃所属寺院でどういう活動をされておられるのかしりませんが、そういう場で「猊下はおかしいよ」等と言ったらどうなるでしょうか?たちまち「あの人はおかしい、スパイかも」となって誰からも相手にされなくなるでしょう。つまりです、指導者と違う意見を言ったり批判すると、指導者から直接弾圧される以前に、本来同僚たる一般会員・信徒がそれを許さないのです。この構造は指導者にとっては非常に好都合であります。自分が手を下さなくても平の大衆が大衆を管理してくれるからです。こういう体制を打破しない限り再結集は不可能です。全て悪いのは上部の指導者だけであると言うだけでは何も変わらない。上部構造を規定する下部構造たる大衆の意識改革が絶対に必要なのである。上部は少数であるゆえに大多数の下部の造反により改革を一挙に行いうるのである。大多数の大衆が再結集の叫びをあげたときこそ、それが可能となろう。下部の意識改革責任とはこういうことである。指導者だけの責任と言って陰で批判しているだけでは平のサラリーマンが屋台で上司や会社の批判をぼやいているだけに等しく何も変わらない。
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3097 まあ、何というか。 nb 2002/12/13 00:07
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まあ、何と言いますか。法晶様みたいな方ばかりだったら宗門も楽ですね。
以前こちらの方に投稿されていました、アッド様と同じ思考方法ですね。
もう少し自分自身で咀嚼判断したご意見を書き込まれたらいかがでしょうか。
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3098 Re:下部を構成する大衆の意識改革 nb 2002/12/13
00:14
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確かに、突出した人がいる組織というのは大変と思います。
いつの間にこういうふうになってしまったのでしょうか。
現在の所、正信会は、せいぜい突出した人がいたとしても、その寺院内でしかありません。
かなり自由に意見を言い合っておりますが、そんな中でも、なぜかまとまっているというのは、何と言っても大聖人を判断基準としてますから、基本的にはそれほど意見が違うということもありません。
日蓮正宗は昔からどちらかというと、その個人個人を尊重しあってやって来たようです。
末寺の運営は、本山の方でとやかく言うこともなかったみたいですね。現在みたいに、中央集権的な体制ではなかったみたいです。
個人個人の仏性を尊重し会うという姿勢を忘れないことが大切と思います。
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3099 縮図 よしりん 2002/12/13 01:33
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ひさしぶりの例え話
貴族政治のゆきづまりと武士の勃興。
蝶よ花よと遊び呆ける朝廷やボンクラ公家に
愛想をつかして勝手に幕府を開いちゃった。
阿部法皇はいろんな策をめぐらせたが、日頃の行いが悪く
かえって、反発を買った。
全国に討幕を訴えたが、武士の結束はかたかった。
しかし幕府側も奉公ばかりを武士に求めて、恩賞をあたえなかったため、
次第に下級武士からの不満が続出してきた。
かたや朝廷は南北に分裂、
幕府も多くの御家人による、権力争いの種が芽生えはじめたのである。
歴史はくりかえす、、、、。
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3100 信心と功徳 沖浦克治 2002/12/13 06:52
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>座談会の会場に御本尊がある以上、一喜一憂の体験や虚勢の指導はせんことである。
戒壇大御本尊の功徳は、「我さえよければ、、」の程度のものじゃない。
給料があがったとか、就職がみつかったなどは
境涯が変わったのではなくて、「境遇」が良くなっただけの話である。
それでは初信の功徳は何故説かれてあるのでしょうか?
たとえ小さな功徳でも会員が嬉々として発表する時、これに感激することは人間として当然です。
こういう喜びの積み重ねが人間を育て大きくし、本物の創価学会員を作るのです。
自行化他といってもまず自行から始まることを忘れてはなりません。
境涯革命は大変に困難な目標です。
それに到達する為に色々な現証が必要となることは釈迦の法華経にも説かれいます。
指導者というものは、会員がたとえ小さくても功徳を受ければともに喜び、罰の生活をしていればともに苦しみを感じるものなのです。
よしりん様のご意見のごとく、功徳の体験を発表することを否定するならば、スタートのかからないレースになってしましますよ。
これでは布教活動などは不可能です。
大衆の生活実感から離れて広宣流布などありえないことを思い出してください。
>これを信心のおかげとか、先生のおかげなどとオカルト風に話すから、学会は変わったと言われるのである。
信心のおかげと感じられなければ創価学会をやめれば済むことです。信教の自由は憲法で保障をされています。
池田先生のおかげということばは、体験の中で一度も出ませんでした。
私がこのような組織を作り上げた池田先生は非常に優れた指導者だと,会員に皆様方の体験を聞きながら感じたまでのことです。
オカルト風に話すとは大変危険な考え方です。
まじめに信心をしている会員の体験をオカルトと呼ぶのであれば、突き詰めていけば御書もオカルトになってしまします。
注意するべきでしょう。
功徳の体験のない宗教になぞ何の値打ちもありません。
だから宗門は駄目なのです。