長崎市で盲導犬が失踪したことをめぐり、使用者の男性(70)に対する誹謗(ひぼう)中傷がインターネット上で続いている。動物愛護団体がうわさなどを基にブログに書き込んだ「男性による犬虐待」記事をきっかけに、男性への嫌がらせ電話にまで発展。だが虐待説に根拠はなく、かかりつけの獣医師や担当の訓練士も否定している。誰もが情報発信できるネット社会で、発信責任や情報の受け取り手の冷静さが求められている。
この盲導犬は雄のラブラドルレトリバー「アトム号」。1月23日に男性宅からいなくなった。同市の動物愛護団体がこれに関して31日から始めたブログへの書き込みが騒動の発端だ。
ブログは「『虐待は日常茶飯事』という証言が近所で9割」と記し、根拠として川辺を散歩中に犬が歩きながら排尿している写真を掲載。その上で「(男性から)許可を与えられず(アトムは)垂れ流すしかなかった…」との文言を加えた。
これらの記述はすぐに「2ちゃんねる」などのサイトに転載され広がった。「じじいが犬を殺した」などの悪意に満ちた中傷が増殖し、男性宅や担当訓練士にも嫌がらせ電話が相次いだ。
愛護団体がブログで虐待の根拠とする排尿について、男性は「アトムのためだった」と説明する。当初、協会の指示通り盲導犬用の“おむつ”を着け商店街の一角にある自宅前で排せつさせていたが、これも虐待と疑われたため場所を家の屋上に変更。だが、獣医師らから「(屋上への急な階段は)アトムの足に悪い」と助言され、自宅近くの川辺でさせるようにしたという。
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九州盲導犬協会(福岡市)によると、男性にアトムを貸与した直後の2009年末から虐待を疑う通報が協会に届いていたという。誤解や勘違い、根拠不明なものだったが、協会は通報者を納得させるため10年5月にいったんアトムを預かった。
男性に落ち度がないことを確認し同年8月に再貸与。その後も「足が折れている」「やせている」などの通報があったが、獣医師は「骨折などなく健康状態は良好。やせているどころかむしろ太っていた」と否定する。
うわさが絶えないため、協会は貸与後のケアとしては異例というほぼ毎月の現地チェックをした。担当訓練士は「男性とアトムの関係は良好だった。アトムも男性といるときはリラックスしていた」と証言している。
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警察犬などを育てる別の訓練士は、ブログに掲載された写真を見て「虐待でも何でもなく本来の習性を思い出しただけだ。歩きながら排せつする犬もいる」と話す。
愛護団体代表は「男性や担当獣医師には聞いてないが、近所の聞き込みなどはした。ある程度主観で書くのは仕方ないし、後で『信じる信じないもあなた次第』と記した」と釈明。一方で「自分たちが書いてないことまで広がるとは思わなかった」と戸惑いも見せた。
NPO法人青少年メディア研究協会(群馬県)の下田博次理事長は「誰もが情報発信ツールを持ったことで当事者に話を聞かないまま無責任な発信が行われ、それを見た者が面白がって尾ひれをつけていく。ネット情報は理性をもって扱わないと取り返しの付かないことになりかねない」と警告している。
=2012/02/22付 西日本新聞朝刊=