モダン・ジャズの知られざる逸話(9)

アート・ブレイキー[1


今日はドラマーの部(9)アート・ブレイキー

今日は、マックス・ローチとともに、ジャズ史上最高のドラマーと言っても過言ではない
アート・ブレイキーを取り上げたいと思います。

アート・ブレイキー
名前はブレイキーながら、この人の演奏はまさに
「ブレーキの壊れたダンプカー」
「ナイアガラ・ロール」と異名を取るドラムの連打を武器に、
文字通りハード・バップ時代からつい最近まで、
ジャズ・シーンを席巻した、ジャズ・ドラムの大御所中の大御所です。

アート・ブレイキーは、その演奏の素晴らしさもさることながら、
さらに評価に値することがあります。
自らのグループ「ジャズ・メッセンジャーズ」を率いて、
多くの新人ジャズメンを発掘し、育み、超一流に育て上げたことです。
彼に発掘されたジャズメンは、もう枚挙にいとまがありません。
ブレイキーがいなかったら、本当に多くの才能に満ち溢れたジャズメンが
その才能に自ら気づくことなく、世に出なかった。
そう考えると、アート・ブレイキーの功績はものすごいものがあります。

また、60過ぎのジャズ・マニアにとって、
アート・ブレイキーの名前は忘れようにも忘れられないはずです。
なぜか?
そう、1961年、ジャズ・メッセンジャーズが日本の地を踏んだと同時に、
日本国中に「大ジャズ・ブーム」が巻き起こったからです。
それまでもジャズメンの来日により、単発のジャズ・ブームはありました。
しかしここまでの大ブームは無かった。世に言う「ファンキー・ブーム」ですね。
「ファンキー」とはモダン・ジャズのハード・バップにおけるスタイルの一つで、
より泥臭く、より熱っぽく、より判りやすく、というジャズです。
そう、矢沢永吉のキャロル「ファンキー・モンキー・ベイビー」の「ファンキー」です。

来日当時のジャズ・メッセンジャーズのメンバーは、
御大アート・ブレイキーを筆頭に、
リー・モーガン
ウェイン・ショーター
ボビー・ティモンズ
ジミー・メリット
あまりの大歓迎ぶりに一番びっくりしたのは本人たちです。
自分たちの演奏が、国営放送で全国に流されると知って、
「マジかよ!?」状態だったとか。
アメリカでもそんなことはなかったんです。
そして、さらにアート・ブレイキーを驚かせることがあったのです。それは、、、

空港には熱狂的なファンが多数ブレイキー一味を出迎えました。
それだけでも彼らにしてみたら、
「誰かVIPでも飛行機に乗っているのか?」というほどの仰天モノなのに、
全員が自分たちを迎えに来ていると知ったブレイキーは、大泣きしたそうです。
すると、ファンの一人がブレイキーにおずおずと近づいて来て、こう言ったのです。

熱狂ファン「ミスター・ブレイキー!お願いがあります。」
ブレイキー「何だい?」
熱狂ファン「僕と一緒に写真を撮って下さいませんか?」
ブレイキー「は?本気か?」
熱狂ファン「もちろんです!是非、是非お願いします。」
ブレイキー「俺は黒人だが・・・そんな俺と同じ写真に写っていいのかい?」
熱狂ファン「そんなこと知ってますよ。是非お願いします。記念にしたいんです。」
ブレイキー「俺は黒人だぜ。本当にいいのか?」

アート・ブレイキーは知らなかったんですね。
日本には、黒人を差別するなどという、
極めて下劣で低俗な習慣など、これっぽっちもないということを。。。
同じ人間を「肌が黒い」というだけで蔑むような考えを持つものなど、
この国には一人もいないということを。。。

その時、ブレイキーは初めて知ったんです。
この国の人たちは、自分たち黒人を差別しない。
この国の人たちは、本当に自分たちの演奏を聴きたがっている。
この国の人たちは、自分たちの演奏が大好きで、心から自分たちをリスペクトしてくれる。
国籍も人種もまったく違う日本人が、ただただ自分たちの音楽を賞賛してくれている。

当時のアート・ブレイキーと言ったら、ジャズ・シーンのスーパー・スターです。
そんなブレイキーでも本国アメリカでは、ごく普通に差別されていた・・・
そんな時、日本国民は、素晴らしい音楽を日本まで運んで来てくれたスーパー・スター、
アート・ブレイキーに心から感謝し、尊敬し、それをごく普通に、態度で示したのです。
これって、涙が出るほど、素晴らしいことですよね。

のちにアート・ブレイキーはこう語ったそうです。
「我々を人間として迎えてくれたのは、アフリカと日本だけだ」
大の親日家になったブレイキーは、その後、日本女性を妻に娶りました。

あの日、あの時、アート・ブレイキーが来日しなかったら、
モダン・ジャズという極めて特異なジャンルが、
ここまで日本に根付くことはありえなかったでしょう。
我々は本当にアート・ブレイキーに感謝しなくてはなりません。
当時、ブレイキーが来たことを知っているジャズ・ファンたちは、
おそらく今でも全員がジャズを聴いていると思います。
なぜか?
それがモダン・ジャズという音楽だからです。
果てしない底なし沼だからです。

では、なぜブレイキーは新人ジャズメンばかりを選んで起用したのでしょう。
そこそこ名の通ったジャズメンを起用するほうがリスクが少ないのに・・・
その逸話はまた後日。

ということでジャケットは、
「アート・ブレイキーとジャズ・メッセンジャーズ」より
「プレイ・ラーナー&ロウ」
まったく知られていないアルバムですが、
ジャケットはこの通り秀逸です。
このアルバムで演奏されているのは「マイ・フェア・レディ」等、ブロードウェイのミュージカル。
だから、幕から顔を出してるんです。シャレですね。
ちなみに念のために、アート・ブレイキーは一番下です。