■「逆」の字から「逆上」を連想か
そもそもなぜこうした意味の「揺れ」が生じたのかを突き詰めてみると、逆という漢字が持つイメージを見逃すことはできません。類義語の「ブチギレ」(ブチは「ぶちあげる」「ぶちこわす」に使われるようにその動詞の意味を強める接頭語)や「マジギレ」(マジは真面目が転じた本気を表す接頭語)が全て片仮名で書かれる傾向なのに対し、逆ギレと書けば1字だけ漢字が交じり、必然的に逆の字が目立つ構造になっています。そこで逆の字から、「逆上」――相手の立場を問題とせず、突如として激しく興奮して取り乱す――という連想が生まれた可能性があります。朝日新聞社の週刊誌「AERA」97年7月21日号には「逆ギレ(逆上してキレる)」という記述がありました。
突発性や、予測不可能という意外性に「逆」の意味を見いだす視点もあります。秋田工業高等専門学校准教授の桑本裕二さんは自著「若者ことば 不思議のヒミツ」(秋田魁新報社、10年)で逆ギレの用法の変化について、「この意味での『逆ギレ』は、思いもよらない相手の感情の表現ということでは、新しい分類に入れるべきであり、まっとうな語形成なのだろう」と、示唆に富んだ分析をしています。
■そもそも松ちゃんが作った言葉?
松本さんがこの言葉にこだわった背景についても補足する必要があります。同番組で松本さんは「これは明らかに僕が考えた言葉ですからね」と断言しており、自ら考案した言葉だけに思い入れが強かったと推測できます。この言葉が使われ始めた頃の例としては講談社の週刊誌「ヤングマガジン」94年4月11日号のギャグ漫画「行け!稲中卓球部」(古谷実作)があり、遅くとも94年以前に生まれていた言葉であることは確定できます。
初めてこの言葉を使ったのが松本さんであることを証明するのはもはや不可能ですが、間接的な証拠なら複数挙げられます。ギャグがつまらない「サブい(寒い)」、面白いことを言おうとして失敗する「滑る」などの芸人言葉を広めた立役者が松本さん(ダウンタウン)といわれており、言葉に対して鋭敏なセンスを持っているのは疑いない事実。96年、若者言葉を集めた辞典としては最も早く逆ギレに言及したと思われる「キャンパス用語集(第6版)」(高山勉編)は京阪神の高校生や大学生の日常語を収集したもの。関西出身で、当初は関西を中心に活動していたダウンタウンの影響は無視できないでしょう。さらには元となった「キレる」も吉本興業の先輩コンビが使いだしたという説もあるぐらいです。お笑いの世界と極めて近しい言葉であるのは間違いなく、説得力を増しています。
(中川淳一)
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