光市事件
不条理をテーマにした小説「異邦人」などで知られるアルベール・カミュ(1913〜60年)は死刑廃止論者だった▼ノーベル文学賞受賞(57年)の半年ほど前に書いた「ギロチン」と題する論考は、故郷アルジェリアでの父親の思い出から書き起こしている。それは第1次世界大戦が始まる少し前、子供たちもろとも農民一家を虐殺した男に対する公開処刑が行われた際の出来事だ▼カミュの父親は犯人に憤慨し、群衆に交じって町外れにある刑場に赴いた。だが、その日に目撃したことを後に誰にも語ることはなかった。母親がカミュに話したところによると、気の転倒した面持ちで帰宅した父は口もきかずにベッドに横たわり、嘔吐(おうと)したという▼作家の幼少期の心によほど深く刻まれたのか、類似エピソードは「異邦人」にもある。カミュは精緻に論を組み立て「死刑の本質的な姿は犯罪の予防ではなくて復讐(ふくしゅう)だ」と説いた。その24年後、フランスは死刑を廃止する▼山口県光市の母子殺害事件で、最高裁は犯行当時18歳と30日だった被告に死刑を言い渡した。遺族が強く極刑を求め、注目された事件だ。「当然」と受け止める人もいるだろう。一、二審判決は無期懲役だった。少年犯罪の厳罰化に暗然とした思いを抱いている人もいるはずだ▼裁判員として同種の事件を裁く立場になったら―鉛をのんだように胸が苦しい。2012・2・21
<
前の記事
|
次の記事
>