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こうのとり追って:不育症に広がる支援 流産予防の薬に保険適用/自治体の相談事業に補助金

使い終わったヘパリンの注射器は危なくないようにペットボトルにため、病院で廃棄してもらう=東京都目黒区で、五味撮影
使い終わったヘパリンの注射器は危なくないようにペットボトルにため、病院で廃棄してもらう=東京都目黒区で、五味撮影

 妊娠はするものの流産や死産を繰り返す不育症。血液が固まりやすいことが原因の一つだが、1月から血栓予防の自己注射薬が保険適用になった。また来年度から、自治体が不育症の相談員を配置する場合、国が補助金を出すことも決まった。不妊症に比べ認知度が低い不育症に、支援の動きが広がりつつある。【下桐実雅子、五味香織】

 2回の流産を経て、妊娠がわかったのは昨秋。もう悲しい結果に終わりたくない。12時間ごとにタイマーをセットして自己注射を続ける日々が始まった。血管を避けて太ももに針を刺すが、失敗すると血がにじみ、痛い。

 東京都目黒区の主婦(33)は不育症の原因となる難病「抗リン脂質抗体症候群」と診断されている。血栓ができやすい体質で、胎盤や子宮の血流が滞るため胎児に栄養が届きにくい。出産間際まで、血液が固まるのを防ぐヘパリンの注射を1日2回、打ち続けなくてはならない。

 注射は保険がきかず、通常の妊娠より約60万円も負担が増える。「2人目の子どもは無理かな」と思っていたが、2月初めの診察で、保険適用の対象になることを知らされた。「2人目に挑戦できるかも」と前向きな気持ちになったという。

 東京都練馬区の女性会社員(43)は4回の流産を経験し、不育症の検査で血栓ができやすい「プロテインS欠乏症」だと分かった。今の妊娠が分かってから自己注射を続けている。「不妊治療には助成制度があるのに、なぜ不育症にはないのだろう」と不思議だったが、主治医から保険適用の対象になると聞き、救われた思いがしている。

 ヘパリン注射をするすべての不育症患者が、保険適用になるわけではない。慶応大病院で不育症外来を担当する丸山哲夫医師によると、保険適用の対象は多くても不育症患者全体の4~5%程度の見込みだ。抗リン脂質抗体症候群と診断されるなど、明らかに血栓を引き起こす恐れがある場合に限られる。

 不育症は原因が分からないことも多く、不安感からヘパリンの処方を希望する患者も少なくない。丸山医師は「出血しやすくなるなどの副作用もあるため安易な処方は事故やトラブルの恐れもある」と適切な診断と処方の必要性を訴える。今回の保険適用で「処方が適切に整理されていくきっかけになるかもしれない」とも話す。

 不育症に詳しい日本医科大の竹下俊行主任教授(産婦人科)も「不育症の患者に本当にヘパリンが必要かどうかを吟味し、安全管理ができる施設で処方すべきだ」と指摘する。日本医科大病院では自己注射の指導のために2泊3日で入院してもらい、副作用をチェックしているという。

 公的支援を求めて活動する患者団体「不育症そだってねっと」の工藤智子代表は「全体の一部であっても患者の経済的負担が軽くなることはうれしい」と歓迎しつつ「流産で苦しんでいるのは同じなのに、原因によって(保険適用の有無が)線引きされるのは切ない」とも漏らした。

   ◇   ◇

 厚生労働省は今春から、都道府県や政令指定都市などの自治体が不育症の相談員を配置する際、半額を補助する。相談員の人件費や普及啓発の費用が対象だ。専門医らは、相談員向けの対応マニュアルづくりを始めた。

 神奈川県は茅ケ崎市にある不妊専門相談センターで、4月から不育症の相談にも対応できるように準備を進めている。現在は月2回の電話相談や面談に応じているが、「面談日を増やすことも検討している」(健康増進課)。

 富山県は国の補助金を活用し、来年度から専門医による月1回の相談会を開く予定だ。

 すでに04年から不妊専門相談センターに相談窓口を設けている栃木県こども政策課の三好大輔さんは国の補助が始まることについて「各自治体で取り組むようになれば地域ごとに医療機関の情報を提供できるようになるなど、各地で均一なサービスが受けられるようになるのでは」と、支援の広がりに期待する。同県のセンターでは不妊症、不育症ともに、病院の産科で勤務経験がある助産師が相談に応じる。希望者には産婦人科医との面談も案内する。不妊▽流産▽不妊治療の継続▽2人目以降の不妊--といった悩みごとに、年2~3回ずつグループ相談会も開催する。土曜には県外からも相談が寄せられるという。10年度は約700件の相談があった。

 相談員らは、不育症の経験者でつくる団体の勉強会に参加するなど、当事者の気持ちに寄り添う工夫を重ねている。センター開設時から担当してきた鈴木由紀江さん(45)は、「不妊症も不育症も『子どもを持てないつらさ』は共通するけれど、流産や死産の喪失感は大きく、繰り返すことへの怖さもある。相談員はその違いを認識することが必要」と指摘している。

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 ◇不育症

 厚生労働省研究班は「2回以上の流産、死産、あるいは早期新生児死亡の既往がある場合」と定義づけた。妊娠経験がある女性の4・2%、毎年約3万人の患者が発生していると推計される。研究班の報告では原因不明が約65%を占める。子宮の形の異常で流産が起こる場合は、手術で対処する。薬による治療法は、ヘパリンと、少量で血栓予防の作用がある飲み薬アスピリンぐらいしかない。専門医は少なく、適切なカウンセリングを受けられず、心の傷が回復しないまま苦しむ人も多い。

毎日新聞 2012年2月21日 東京朝刊

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