※アイルランドでの飲酒は１８歳から許可されています。（２０１２年現在）



２０２０年の冬、シンジとアスカは成人のお祝いとして、ミサトと加持にアイルランド旅行へ連れて行ってもらった。
本場のケルト音楽が聴けるとあって、音楽に興味のあったシンジには異論が無かった。
しかしどうしてアスカの故郷であるドイツではないのかと少し疑問に思っていた。
そのアイリッシュ・パブはダブリン近郊にある観光客向けのパブだったので、人付き合いで困る事は無かった。
店内に足を踏み入れたシンジは、まず店の中央に置かれた大型のスクリーンに目を引かれた。
その大型スクリーンにはサッカーの試合の様子が映し出され、客達は観戦をしている。
シンジ達は喧騒に巻き込まれないように店の中央から離れた店内の隅の一角に陣取った。
ミサトは慣れた調子でカウンターに居るバーテンにビールを４人分注文し、その場で代金を払ってビールを受け取ると、シンジ達の席へ持って帰る。
日本の居酒屋とは違いウェイトレスがおらず、このような半セルフサービスの形を取っているのだ。

「それじゃ、シンジ君とアスカの成人を祝って乾杯！」

ネルフの宴会部長を務めているミサトが音頭を取り、シンジ達はビールに口を付けた。
そしてミサトは言うまでもなく、アスカまでジョッキに注がれたビールを飲み干したのを見てシンジは目を丸くする。

「もしかして、アスカってビールを飲み慣れてる？」
「ドイツに居る時、ミサトに勧められて、少しね」
「でも、アスカがドイツに居たのはまだ１３歳の頃だったよね」

ドイツでも１６歳未満の飲酒は法律禁止されているのはシンジも知っていたので、不思議そうに尋ねた。
するとミサトがごまかし笑いを浮かべて答える。

「あたしが買って来たビールを、こっそりとね」
「面白半分に飲ませないで下さいよ」

シンジが軽蔑した目でミサトを見つめると、ミサトはあわてて言い訳をする。

「だって、アスカをリラックスさせるためだったんだから、仕方が無いじゃない」
「まあ葛城をそんなに責めるな、アスカは大人並みにストレスを溜め込んでいたんだからな」

アスカがドイツ支部で辛い生活を送らされていた事はシンジも知っていたので、シンジはそれ以上追及するのは止めた。

「でもアスカは、日本に来てからビールを飲む事が無くなったのよ。きっとシンジ君のおかげで毎日の生活が楽しくなったからじゃない？」
「ミ、ミサト！」

笑顔でウインクしてミサトがシンジに言うと、アスカは顔を真っ赤にした。
ミサトはそんなアスカをニヤケ顔で見つめて答える。

「今さら隠さなくても良いじゃない、もうシンジ君とは付き合っているんだし」
「だけど会った頃の僕とアスカはケンカしてばかりだったよね」

シンジは昔を懐かしむようにそうつぶやいた。

「あの頃のアタシは、シンジにライバル心剥き出しだったわね」

アスカも遠い目をして、シンジと同じようにユニゾン作戦のために葛城家に同居する事になった事などを思い浮かべていた。
葛城家での同居生活も順調なものでは無かった。
お互いに上手く歩み寄る事の出来なかった家族は、一時は崩壊してしまった事もあった。
しかし使徒との戦いが終わり、エヴァパイロットの重圧から解放された後、シンジ達はまた葛城家と言う絆を取り戻したのだ。

「あれからシンジがアタシの側に居てくれた事が、エヴァに乗って使徒を倒す事しか考えられなかった、アタシの暗い生き方に光を差してくれたのよ」
「感謝するのは僕も同じだよ、アスカの明るさにいつも助けられているんだから」

シンジも胸を熱くしてアスカの瞳を見つめ返した。
今から４年前、完全に回復したアスカにドイツ支部からの帰還要請が届いても、日本に残り暮らし続ける事をアスカは希望した。
さらにシンジと同じ高校に進学し、葛城家での同居を続けるアスカの姿を見て、シンジは勇気を出してアスカに告白し、アスカとシンジは恋人同士となったのだ。

「アタシ達、付き合い始めてもう４年になるのよ。それにもう今年でアタシ達も２０歳、そろそろ潮時なんじゃないの？」
「でも僕はまだ、自信が持てないんだ」

アスカに迫られたシンジが目を反らして下を向いた。
シンジはアスカが自分の事を好いていると気が付いていた。
しかしシンジは、まだ自分自身の事を信用できなかったのだ。

「ほらアスカ、頑張りなさい」

ミサトはアスカにお代わりのビールを渡した。
受け取ったアスカはビールをグッと飲み干して、シンジに向かって訴えかける。

「シンジ、アタシは不安なの、だからこれからもずっとアタシの側にずっと居るって約束して！」

そして加持もゆっくりとシンジに向かって話し掛ける。

「今日は２月２９日。アイルランドの法律で４年に１回、女性から男性へのプロポーズが許された日だ。そして男性は女性からのプロポーズを受けなければならないとされている」
「じゃあ、加持さんが僕達をアイルランド旅行に誘ったのはもしかして、アスカに僕へプロポーズをさせるためですか？」
「はは、シンジ君も年貢の納め時だな」

加持がそう言って笑い声をあげると、ミサトもため息をついて加持に視線を送る。

「加持、あんたの方がひどいじゃないの。１０年近くも、あたしを待たせるんだから」
「仕方無いだろう、あの時は俺もお前も、セカンドインパクトへの復讐に目が曇っていたんだ」
「じゃあ今日のおごりで許してあげる」
「おいおい、いつもの事じゃないか」
「今日は手加減無しで飲むわよ、珍しいお酒もあるし」

ミサトは笑顔で加持に答えて、世界でも３本の指に入るほど、アルコール度の高い酒が入ったグラスを手に取った。

「加持さん、もし男性が女性のプロポーズを断ったらアイルランドの法律ではどうなるんですか？」

シンジがそう質問すると、ミサトは口に含んだ酒を思いっきり噴き出した。
加持は咳き込んだミサトの背中をさすり、服にこぼした酒をハンカチで拭きながら答える。

「断った場合には罰金刑にされたらしい。でも実際はお詫びとしてドレスを買うぐらいで済まされたようだな」

ミサトも驚いた顔になってシンジに尋ねる。

「まさかシンジ君、アスカのプロポーズを断るつもりなの？」
「うん、アスカからのプロポーズは断るよ」

ミサトの質問にシンジが答えると、シンジの隣の席に座っていたアスカは、真っ青な顔をしてシンジの方へ倒れそうになった。
見守っていたミサト達の空気も凍り付く。
しかしシンジはアスカの肩をしっかりと抱き寄せ、アスカの耳元でささやく。

「アスカ、僕の方からプロポーズするよ。……今まで待たせてゴメン、婚約しよう」
「あんたバカァ!?　驚かせないでよね」

アスカは大声でそう言い放った後、安心して気が緩んだのか、涙を流し始める。

「ごめんアスカ、そんなにショックだった？」
「ううん、これは嬉し涙よ」
「良かった」

アスカの涙を見てあわてたシンジは、笑顔になって胸をなで下ろした。

「ふう、どうなる事かと思ったけど、これにて一件落着ね」

ミサトはホッとした表情でため息をついた。
その後、シンジ達はお酒を飲みながら大型スクリーンのサッカー観戦、ステージのケルト音楽のライブ演奏などを楽しんだ。

「アスカ、ちょっと飲み過ぎじゃない？」

ミサトと同じぐらいのペースで飲んでいるアスカが心配になったシンジは、アスカを止めようと声を掛けた。

「うるさいわね、これもシンジが悪いのよ！」
「えっ、僕が？」
「シンジがアタシのプロポーズを断るなんて、意地悪を言うから……」

アスカはそう言うと、手で顔を覆って泣き始めてしまった。

「ゴメン、アスカ、泣き止んでよ……」

シンジは困った顔で隣に居たアスカの頭を胸に抱き寄せた。

「シンジ君、アスカはプロポーズを断られるかとても不安だったから、アイルランドの伝統の力に頼ったのよ」
「アスカ、これからは僕も一緒に頑張るから」

ミサトに言われたシンジはアスカを安心させようと強く抱き締めた。
するとアスカは泣き疲れたのか眠ってしまった。

「シンジ君てば、泣いているアスカも可愛くていいな、なんて思っているでしょう」
「そ、そんな事……」

ミサトに指摘されたシンジは言い返す事が出来ず語尾を濁した。
シンジはアスカにお酒を飲ませるのは悪い事じゃないな、と内心思い始めた。

「アスカはきっと幸せな夢を見ているだろうな」
「そうですね」

加持の言葉にシンジは同意した。
しかしシンジは困った表情になってつぶやく。

「だけど僕にはまだドレスや婚約指輪を買うお金が無いと知ったら、アスカはガッカリするかな」
「シンジ君、女心を分かってないわね。アスカが欲しかったのはシンジ君の決心だったのよ」
「なるほど、分かりました」

ミサトに言われてシンジは納得したようにうなずいた。

「さてと、じゃあそろそろホテルに帰るか」
「まだ飲み足りないんだけど……」

加持の提案を聞いたミサトは未練がある様に言い返した。

「もう目的は果たしたんだ、お前まで酔い潰れたら面倒だから止めとけ」
「じゃあ、ホテルのバーで飲みましょうか」
「おいおい」
「大変ですね」

ミサトの言葉を聞いて加持はウンザリとした顔になり、シンジも苦笑しながら同情して声を掛けた。
シンジは足元がふらついているアスカを支えながらホテルへの帰り道を歩いた。
アスカの肩を抱きながら歩いたシンジは、アスカへのプロポーズをやり遂げた充実感を感じていた。
しかし後に、婚約記念日が４年に１回しか来ないうるう日になってしまった事をアスカに責められる度、シンジはもっと早くにアスカにプロポーズすべきだったと、少し後悔するのだった。