「物語」の始まり…その2
2005-07-10
前回は「ガン宣告」のときのことを書きました。
さて、さらに「序章」を続けます。
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乳管癌とパジェット病の疑い?
5月16日の午後、乳首から細胞を摘出検査する小さな手術が行われた。
あえて「手術」と呼ぶのは、麻酔を打ち、メスを入れ、
乳首の深部から細胞を取り出して傷口を何針か縫うのだから、
たとえ簡単な作業ではあっても、これは手術と呼ぶにふさわしい。
そしてこの細胞検査が「ガンの疑い」に明確な結論を与えてくれることになる。
その意味でこの「手術」は、グレイな状況から白か黒かへとジャンプする
一つの決定的なステップと言えた。
「小さな手術」はあっという間に終わった。
最初の麻酔注射でチクリとちょっと痛かった以外、痛みも不快感も全くなかった。
なのに、女医さんや看護婦さんたちの気遣いは、
大げさすぎるくらいに優しく親切だった。
この病院は「患者サービス」で非常に評判が良いのだそうだが、
それが「ガン宣告」の入口ともなる検査だっただけに、
よけいに患者たるぼくに気遣ってくれていたように思えた。
細胞摘出の「手術」が終わったあと、いくつかの検査を勧められたものの、
それについては「また改めて連絡する」ということにした。
ガンであることがまだ確定したわけでもないのに、
その必要はないと考えたからだった。
しかし女医さんは、そのときすでに遠隔転移を懸念していたようだった。
ここまでしこりが大きく成長している以上、転移があっておかしくない、と…。
その口調からすれば、細胞検査の結果を待たず、
一刻も早く検査を受けるべきというという思いが言葉の端々に現れていた。
女医さんは、乳ガンそのものよりも、遠隔転移を懸念していたのである。
というのも、女医さんは最初の検診で、患部を一目見ただけで
「乳管癌とパジェット病の疑いあり」と判断していたからだった。
そのことを妻に伝えると、
妻はさっそく「パジェット病」をインターネットで調べてみてくれた。
すると、パジェット病には以下のような説明がなされていた。
パジェット病は、皮膚内部あるいは皮下にある腺に発生する
まれなタイプの皮膚癌です。
パジェット病は、主に乳首に発生します。
これは、乳管の癌が乳首の皮膚に転移したものです。
男性にも女性にもみられます。
皮下にある癌については、本人も医師も、
気づく場合もあれば気づかない場合もあります。
ときにパジェット病は、汗腺由来の癌として
性器周辺や肛門の周囲に発生することもあります。
性器、腸、尿路に発生することもあります。
パジェット病を発症した皮膚は、赤くなってジクジクし、硬くなります。
見た目は炎症を起こして赤い発疹ができた、
つまり皮膚炎にかかったようにみえます。
この部分にはかゆみと痛みを伴います。
パジェット病の外観はよくある皮膚炎と似ているので、
確定診断には生検が必要です。
乳首に発症したパジェット病の治療は、乳癌と同様に行います。
乳房以外の部分にできたパジェット病の治療では、腫瘍全体を切除します。
女医さんは患部を見ただけで、この「まれなタイプの皮膚癌」を見破ったらしい。
そしてさらに「皮下にある癌」の存在にも思いを馳せ、
そこで「確定診断には生検が必要」としたのであろう。
そして検査結果を待つまでもなく、乳腺ガンと他臓器への遠隔転移を懸念した。
だからこそ「一刻も早くエコーやCT、MRI等の検査を受けるように」
と勧告したのにちがいない。
乳首の奥部の細胞を摘出してからちょうど1週間後の5月23日、
その結果を伺うために皮膚科を訪れた。
そのぼくに女医さんは、
「残念ながら、検査結果は典型的な乳ガンでした」と宣告したのであった。
乳ガン宣告をされてしまうと、治療はどうやら皮膚科から外科に移されるものらしい。
しかも外科での面談はかなり急がれているらしく、
皮膚科ではすでに外科への緊急予約を済ましてくれていた。
「ガン宣告」のあと、看護婦さんがかけつけてくれ、
「落ち込んでいるにちがいないぼく」を優しく激励してくれたことについては冒頭で述べた。
そしてそのあと、今度は外科の看護婦さんがやってきた。
そして言うには「ご家族の方もいっしょですね?」
なるほど、ガン治療の面談では、家族同伴が相場であるらしい。
しかしその日は一人で出向いていたために、
妻がかけつけてから面談、ということに相成った。
皮膚科から外科に回され
検査結果が報告されるこの日の朝、実は妻は
「いっしょに病院に行きたい」と言っていたのだったが、
ぼくにはその必要がないと思い、一人で病院に出向いていた。
というのも、女医さんや看護婦さんの予測とは反対に、
ぼく自身は「ガンであるはずがない」という思いが強かったからである。
それも、そのしこりはもうかなり前からぼくの右乳首横に現れており、
ぼくにとっては単なる「愛嬌のある変わったイボもどき」
くらいにしか思えていなかったからである。
しかも2000年に全身の湿疹で、生まれて初めて入院したときに
ついでに診てもらったところ、医師からは
「別に心配はありません。もし気になるようだったら取ってあげましょうか」
と言われたことがある。
つまり、少なくても5年以上も前からそれはそこにあり、
しかも医師はその時点で「大丈夫、決して怪しいものではない」
と保証してくれていたのである。
また、その「愛嬌のあるイボもどき」とは長い付き合いながら、
別に悪さをするわけでもなく、しこりがあるがゆえに体調がおかしいとか、
痛みや痒みに襲われることもほとんどなかった。
もっともたまにその部分に何かがぶつかったりしようものなら、
もちろんそれなりの痛さは感じた。
しかし、ぶつかって痛いのは当たり前のこと。
というわけで、ぼくにとってその「愛嬌のある変わったイボ」は、
個性の一部としか思えていなかったのである。
そんなことから、ぼく自身は「ガンであるはずがない」と思い続けてきた。
乳首のしこりといえばまず乳ガンを疑うが、
「乳ガンは女性だけのもの」という思い込みもあった。
そんなぼくがあえて皮膚科を訪ねたのは、
最近、時々痛痒さを感じるようになったからである。
そのことを黙っていればそのままだったにちがいないが、
うっかり妻にそのことを言ってしまったため、
心配した妻が執拗に病院に行くようにと懇願し始めた。
それで仕方なく連休前に病院に出向くことになったのである。
しかし女医さんは、一目で乳腺ガンとパジェット病を疑い、
そして生検の結果ガンと判定した。
それはぼくにとって、まさに思いもよらないガン宣告だった。
皮膚科から外科に回されるのは仕方ないとも思ったが、
どうしてぼく一人だけの面談ではダメなのだろう。
ぼくとしては早く外科に出向き、少しでも早く家に帰りたかった。
しかし「家族の同伴がなければ面談できない」と外科の看護婦さんは言う。
それを聞いて、ふと思った。
(そうかぁ、昔はガン宣告は直接本人にはしないで、
家族にこっそりするものだったんだ)と…。
それくらい、いまなおガンは恐ろしい病気と思われているのである。
「ご家族が到着したらお知らせください。すぐに先生に診てもらいますから」
外科の看護婦はそういい渡し、診察室に消えていった。
外科での面談に「家族の同伴」が義務づけられたとあって、
病院の外に出てぼくは携帯電話から妻に連絡した。
電話に出た妻は「どうだったの?」と心配げだった。
それに対して「正真正銘のりっぱな乳ガンと言われたよ」と笑って答え、
急いで妻に病院まで来てもらうことにした。
やがて妻が到着し、外科の診察室に呼ばれたぼくは、
細胞検査の結果を見た医師からさっそく次のように申し渡された。
「このあとすぐに検査を受けてください。まず採血。
その後は胸と腋の下をエコーで調べます。さらにRI(骨シンチ)、
CT、MRI、腹部のエコー等々の検査も必要になりますが、
今日だけで全部はできませんので、
できなかった検査はできるだけ早めにやっていただいて、
そのうえでもう一度お話することにしましょう」
どうやらその医師も、乳ガンの遠隔転移を疑っているらしい。
というのも、ぼくの乳首のしこりを触ってみた後で、腋の下も指で触って、
「うん、ここにも硬いものがある」と、
リンパ節への転移を確認したからのようだった。そして言った。
「検査が全部終わってみないとはっきりとは言えませんが、
場合によっては乳ガンの摘出手術ができないこともあります。
この状態から察するに、肝臓、肺、脳、骨などへの転移が予想されますので、
その場合には手術で乳ガンを摘出しても意味がないからです。
まずは早く検査をすることが先決ですが、
たぶん6ヶ月くらいの抗ガン剤治療が必要になると思いますので、
一応そう思って今後のことを考えてください」
(ほら来た)、ぼくはそう思った。
細胞検査の結果「乳ガン」を宣告され、
腋の下を手で触って「硬いリンパ節」が確認され、
そのうえ「遠隔転移の疑いが濃厚」などと申し渡されると、
「ガン」が妙にリアリティをもった魔物として急浮上してくる。
そして、ここから本格的な「ガン呪縛」が始まり、
やがてその呪縛がどんどん強まっていく。
こうして多くの人々がガンという得体の知れない魔物の餌食となり、
恐ろしくて不気味なガン獄舎の囚人と化していくのであろう。
それはともかく、その日はさっそく採血と、胸部、腋の下
などのエコー検査を受けた。その他の検査については、
看護婦さんと相談してできるだけ早く受けるようにすると約束し、その日は帰った。
妻はさすがにショックを受けたようだった。しかしぼくは、
(ようし、ここからがドラマの始まりだぞ!)と、
密かに「あるたくらみ?」を巡らし始めた。
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本書のテーマは「ガン呪縛」です。
「ガン」と聞いただけで体がこわばり、「死」を意識してしまう社会。
その「大錯覚の危険性とおかしさ」を、
本書では一貫して指摘していきます。
そして「たくらみ」とは、そのためのぼくならではのトライです。
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